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やっぱり父が原因だった
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「お父様、お母様、お帰りなさいませ」
「ただいま、アリッサ。留守中変わりはなかったか?」
帰宅した父は脱いだ外套を侍従に渡しつつそう尋ねた。
「ございました。国王陛下から“王命”の書状が届いております」
「はっ…………? な、なんだって……!?」
父はまるで鳩が豆鉄砲を食ったような顔でその場に固まった。
まさか自分の留守中にそんな仰々しいものが送られてきたとは予想もしていなかったのだろう。
私が国王の玉璽が押された書状を渡すと、父はそれをひったくるように奪って記載された内容に目を通す。そして全て読み終えると顔面蒼白でその場に膝をついた。
「そんな……。なんで今更……こんな……」
今更? それはどういう意味だと尋ねようとしたが、それより早く母が父に鬼の形相で詰め寄った。
「あなた……“今更”とはどういうことですの? あなたはこの有り得ない王命について何か心当たりがあるのですか?」
もう完全に父が悪いと決めつけたうえでの発言。
父は父で「違うんだ、これは……」としどろもどろになりながら弁明しようとしている
その様子に私は「あ、これは完全に父が原因だな」と察した。
「何が違うと言うのです? 何もしていないのなら、どうして国王陛下直々の命令が当家に届くのですか? 何もなければ子爵家の娘を侯爵家に嫁がせよなどという有り得ない命令が下るわけがないでしょう!!」
母の雷が落ちる。その迫力に父は「ヒイッ!」と悲鳴をあげて腰を抜かした。
「いや、だって今更……もう数十年も昔の事なのに……」
「数十年も昔の事……? いったい何があったのです?」
数十年も前というと私が産まれる前のことだろうか?
いったい父は何をやらかしたのだろう?
そしてそれが何故私が侯爵家に嫁ぐという話に繋がるのだろうか? さっぱり分からない。
「違う……違うんだ。あれはもう終わった話で……」
「だから! それはどんな話だと聞いているのです!」
再び落ちる母の雷。また情けなく父が「ヒイイイッ!!?」と悲鳴をあげて後ずさる。話が進まないな、もう。
「あなたが何をしたかは知りませんが……こんな悪名高い男にアリッサを嫁がせるなんてわたくしは反対です!」
「あら、お母様はその“バーティ侯爵”をご存じなのですか?」
どうも私は社交界の情報に疎い。王都の令嬢であれば高位貴族のことは当然のように知っているのであろうが、こちらは田舎貴族の娘だ。情報には疎い。
「ええ……。何年も平民の愛人を侍らせている方よ」
「愛人? ですが、貴族が愛人を持つことは普通なのでは?」
裕福な貴族家の当主は正妻の他に愛人を持つこともあると聞いたことがある。
なら、愛人を侍らすのは“悪名高い”と言うほどのことだろうか?
「それは既婚者に限った話よ。貴族家の令嬢を娶り、跡継ぎをもうけてからなら愛人を囲ってもいいというのが社交界での暗黙のルールなの。バーティ侯爵は未だ独身のまま愛人を正妻のように扱っているの。そのせいで社交界では爪はじきにされているわ。非常識が服を着て歩いていると揶揄されているほどよ」
「ああ……成程。それは貴族としてあまりにも無責任な行動ですね」
貴族の妻は貴族でなくてはならず、もしも平民を妻にしたいのであれば身分を捨てねばならない。貴族の身分を捨てないまま平民の愛人を妻として扱っているとなると、家の為にと政略結婚を受け入れている人間から反感を買って当然だ。
「でも、どうして私がそんな相手に嫁がなくてはならないのでしょう? その人が平民を妻のように扱っていようが、私にも当家にも関係ないのでは?」
「その通りだわ。……ねえ、あなた、どうしてなのかしら?」
まるで地を這うような低い母の声に父は慌てて首を左右に振って否定する。
「それについては知らない! 私はバーティ侯爵とは何の接点もない!」
「それについては……ね。なら、それ以外はご存じということよね? どうしてアリッサがそんな接点もない方に嫁がなくてはならないのか……。そしてどうして国王陛下が王命まで出してそれを強制するのか……」
「それは……その……」
余程言いたくないのか脂汗を流して言葉を詰まらせる父。
埒が明かないと思った私は冷めた声で父にこう告げた。
「お父様が何もご説明なさらないのでしたら私はこの王命を受けません」
「なっ……王命を受けないだと!? それは陛下への反逆行為だぞ? そんなことをすればどうなるか分かっているのか!」
「きっとお叱りを受けてしまうでしょうね? それだけでなく爵位返上も有り得るかも……」
意地悪く笑ってやれば父は観念したように俯いた。
王命を拒否して一番困るのは当主の自分だと分かったのだろう。
黙秘し続けていれば有耶無耶になると思うなよ?
いざとなれば家を没落させてでも拒否するからな?
「分かった……話す。話すからどうか王命を拒否するなどという恐ろしいことは言わないでくれ……」
「あなたが黙ったままでいるから悪いのでしょう? アリッサの主張は最もです。ほら、いつまでもこんな場所にいないで執務室に行きますよ。そこで洗いざらい吐いてもらいますからね」
確かに玄関ホールでするような話でもない。
母は文字通り父の首根っこを掴み執務室まで向かっていったので私もその後ろを着いて行った。
「ただいま、アリッサ。留守中変わりはなかったか?」
帰宅した父は脱いだ外套を侍従に渡しつつそう尋ねた。
「ございました。国王陛下から“王命”の書状が届いております」
「はっ…………? な、なんだって……!?」
父はまるで鳩が豆鉄砲を食ったような顔でその場に固まった。
まさか自分の留守中にそんな仰々しいものが送られてきたとは予想もしていなかったのだろう。
私が国王の玉璽が押された書状を渡すと、父はそれをひったくるように奪って記載された内容に目を通す。そして全て読み終えると顔面蒼白でその場に膝をついた。
「そんな……。なんで今更……こんな……」
今更? それはどういう意味だと尋ねようとしたが、それより早く母が父に鬼の形相で詰め寄った。
「あなた……“今更”とはどういうことですの? あなたはこの有り得ない王命について何か心当たりがあるのですか?」
もう完全に父が悪いと決めつけたうえでの発言。
父は父で「違うんだ、これは……」としどろもどろになりながら弁明しようとしている
その様子に私は「あ、これは完全に父が原因だな」と察した。
「何が違うと言うのです? 何もしていないのなら、どうして国王陛下直々の命令が当家に届くのですか? 何もなければ子爵家の娘を侯爵家に嫁がせよなどという有り得ない命令が下るわけがないでしょう!!」
母の雷が落ちる。その迫力に父は「ヒイッ!」と悲鳴をあげて腰を抜かした。
「いや、だって今更……もう数十年も昔の事なのに……」
「数十年も昔の事……? いったい何があったのです?」
数十年も前というと私が産まれる前のことだろうか?
いったい父は何をやらかしたのだろう?
そしてそれが何故私が侯爵家に嫁ぐという話に繋がるのだろうか? さっぱり分からない。
「違う……違うんだ。あれはもう終わった話で……」
「だから! それはどんな話だと聞いているのです!」
再び落ちる母の雷。また情けなく父が「ヒイイイッ!!?」と悲鳴をあげて後ずさる。話が進まないな、もう。
「あなたが何をしたかは知りませんが……こんな悪名高い男にアリッサを嫁がせるなんてわたくしは反対です!」
「あら、お母様はその“バーティ侯爵”をご存じなのですか?」
どうも私は社交界の情報に疎い。王都の令嬢であれば高位貴族のことは当然のように知っているのであろうが、こちらは田舎貴族の娘だ。情報には疎い。
「ええ……。何年も平民の愛人を侍らせている方よ」
「愛人? ですが、貴族が愛人を持つことは普通なのでは?」
裕福な貴族家の当主は正妻の他に愛人を持つこともあると聞いたことがある。
なら、愛人を侍らすのは“悪名高い”と言うほどのことだろうか?
「それは既婚者に限った話よ。貴族家の令嬢を娶り、跡継ぎをもうけてからなら愛人を囲ってもいいというのが社交界での暗黙のルールなの。バーティ侯爵は未だ独身のまま愛人を正妻のように扱っているの。そのせいで社交界では爪はじきにされているわ。非常識が服を着て歩いていると揶揄されているほどよ」
「ああ……成程。それは貴族としてあまりにも無責任な行動ですね」
貴族の妻は貴族でなくてはならず、もしも平民を妻にしたいのであれば身分を捨てねばならない。貴族の身分を捨てないまま平民の愛人を妻として扱っているとなると、家の為にと政略結婚を受け入れている人間から反感を買って当然だ。
「でも、どうして私がそんな相手に嫁がなくてはならないのでしょう? その人が平民を妻のように扱っていようが、私にも当家にも関係ないのでは?」
「その通りだわ。……ねえ、あなた、どうしてなのかしら?」
まるで地を這うような低い母の声に父は慌てて首を左右に振って否定する。
「それについては知らない! 私はバーティ侯爵とは何の接点もない!」
「それについては……ね。なら、それ以外はご存じということよね? どうしてアリッサがそんな接点もない方に嫁がなくてはならないのか……。そしてどうして国王陛下が王命まで出してそれを強制するのか……」
「それは……その……」
余程言いたくないのか脂汗を流して言葉を詰まらせる父。
埒が明かないと思った私は冷めた声で父にこう告げた。
「お父様が何もご説明なさらないのでしたら私はこの王命を受けません」
「なっ……王命を受けないだと!? それは陛下への反逆行為だぞ? そんなことをすればどうなるか分かっているのか!」
「きっとお叱りを受けてしまうでしょうね? それだけでなく爵位返上も有り得るかも……」
意地悪く笑ってやれば父は観念したように俯いた。
王命を拒否して一番困るのは当主の自分だと分かったのだろう。
黙秘し続けていれば有耶無耶になると思うなよ?
いざとなれば家を没落させてでも拒否するからな?
「分かった……話す。話すからどうか王命を拒否するなどという恐ろしいことは言わないでくれ……」
「あなたが黙ったままでいるから悪いのでしょう? アリッサの主張は最もです。ほら、いつまでもこんな場所にいないで執務室に行きますよ。そこで洗いざらい吐いてもらいますからね」
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母は文字通り父の首根っこを掴み執務室まで向かっていったので私もその後ろを着いて行った。
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