理不尽には理不尽でお返しいたします

わらびもち

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アリッサの怒り

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「ならばどうぞ“ヴィクトリア”を妻に。そうすれば貴方の願いは叶えられます」

「……だからっ! どうしてあんな女装中年男を妻にしなければならないんだ! ふざけるのも大概にしてくれ!」

「ふざけているのは貴方でしょう? 身分差があろうとも愛する人と離れたくない、貴族の身分も手放したくない、養子は嫌だ、自分の子に跡を継がせたい。こんな子供みたいな駄々ばかりこねて恥ずかしくないのですか? それに“ヴィクトリア”を妻にする以外で貴方の望みが全て叶う方法があるのですか?」

「だから……それは……君が僕のになれば……」

 ポツリと呟いた侯爵の一言にアリッサの目が吊り上がった。
 その恐ろしいまでに迫力のある表情に侯爵は「ひいっ!?」と悲鳴をあげてのけぞる。

「……まあまあ、私にふざけるなと言っておきながら、侯爵様こそ大分おふざけが過ぎるようですわね。私が貴方の正妻? 今の流れでどうしてそんな話が出てくるのです?」

「い、いや……だって、その……」

「お忘れですか? 私を選ぶのであればジェシカさんを手放さなければなりません。それは王命で定めしこと、破れば当然処罰は免れませんよ?」

「いや……それは……ヘブンズ伯爵が……」

「ヘブンズ伯爵ですって……? 何故ここでその名が出てくるのです!?」

「あ、えっと……それは、その……」

 言い淀む侯爵を睨みつければ観念したように話し始めた。
 ヘブンズ伯爵と交わした会話の内容を馬鹿正直にも全て白状すると、それを聞いたアリッサの顔から表情が抜け落ちる。

「……ふーん、そうですか。ヘブンズ伯爵が私を”お飾りの妻”にするよう貴方に話をもちかけた、と。つまり貴方は最初から事情を全て知ったうえでこの縁談を受けたと……」

「あ、ああ……そう、なる……かな」

 無表情のアリッサが恐ろしすぎて侯爵は直視できず目を逸らす。
 しまった、言うのではなかったと後悔するがもう遅い。

「それで私が一人訪れるかと思いきや女装した男までもがやって来て、婚約に条件までつけてきたものだから話が違うと文句をつけに行ってた、と」

「ああ……うん、そうだな……」

「で、ヘブンズ伯爵は私一人が”お飾りの妻”になるよう陛下に話をつけてくるとおおせになったと。だから貴方も私に対して『正妻になれ』などとおっしゃったわけですね」

「あ、ああ……」

 詰め寄る口調に侯爵はまたもや馬鹿正直に返事をした。
 この男、誤魔化すということが出来ないのかとアリッサは深くため息をついた。

「どれだけ私を馬鹿にするおつもりですか? 何故、私がそのような生贄のような扱いを受けねばならぬのです? 貴方の”お飾りの妻”になって私に何の利益があります?」

「い、生贄だなんて……そんな言い方……」

「生贄でしょう? 仮に我が家が困窮していて資金援助の為に嫁ぐというのならまだ分かります。でも、そうではない。我が家と貴家が縁づいた所で特に利益は見当たりません。ならばそんな生贄のような扱いを受けると分かったうえで嫁ぐ意味など無いのですよ!」

 自分に嫁ぐことを”生贄”になるのは御免だと怒るアリッサに侯爵はひどくショックを受けた。
 だって下位貴族が侯爵夫人になれるのだ。それを喜ばず、まるで何かの罰のように言われるなんて思ってもみなかったから。

「それでもヘブンズ伯爵と同じように罪人云々おっしゃるおつもりならば、どうぞ”ヴィクトリア”を妻になさいませ。あれこそ”罪人”ですのでどうぞお飾りだろうと置物だろうとお好きに扱ってかまいませんわ」

「自分の父親にそこまで言うか……?」

「父親だろうと何だろうと、罪を犯した者が償うことが道理だと私は思います。いくら娘といえども何の罪も犯していない私がこの身を犠牲にしてまで償えというのなら、それは不条理でしょう?」

「だからって女装した中年男を嫁に迎えろというのは理不尽ではないのか!?」

「先に理不尽な要求を押し付けてきたのはあなた方ではありませんか? 理不尽な要求をしてきたヘブンズ伯爵もそうですが、それに従った貴方や国王陛下のことが私は許せません。相手が誰であろうとも、理不尽な要求をしてきた者には理不尽な対応でお返しいたします」

 格上相手に不敬過ぎる発言。だがそれでもアリッサは堂々としていた。
 その佇まいにまるで彼女が誰よりも格上の存在だと錯覚させられる。

「で、でもそれだと困るんだ……!」

「困る? 何がですか?」

「いくら好条件を並べられようとも男じゃ子は産めないだろう? 私は……やはり自分の血を引いた子がほしい……」

「は? だからそれはジェシカさんにお願いすればいいではありませんか。ちゃんと王命で”妻扱い”を許すと明記されたのですもの。跡継ぎを作っても多分許されますわよ」

 妻扱いを許すとあるものの、跡継ぎを設けることが許されるかどうかは分からない。
 でもそこは侯爵が押し通せば何とでもなるとアリッサは他人事だからその程度しか考えていなかった。
 まあ、仮に許されなくとも自分には関係ない。

「……それは無理だ。だって、ジェシカとは……もう何年も子が出来ない」

「は……?」

「だから……君に僕の子を産んでもらいたいと……」

 それを言われた瞬間、全身の血が沸騰しそうな心地に襲われた。
 もちろん、羞恥などという可愛らしいものではない。怒りだ。アリッサの全身に怒りが巡り、気づけばテーブルに思い切り拳を叩きつけていた。

「ひっ!?」

 ドン、という鈍い音が部屋中に響く。
 侯爵の悲鳴とその音に扉の外で控えていたメイド達が慌てて部屋へと入ってきた。

「失礼します! 旦那様、今の音は…………ひいっ!?」

 部屋の光景を目にしたメイド達は思わず悲鳴をあげてしまう。
 そこには座したまま怒りに身を震わせるアリッサと、真っ青な顔で床に尻もちをつく侯爵の姿があった。

「戯れがすぎますわね……? その発言はジェシカさんと私、両方を傷つけ見下しているものだという自覚はお有りで?」

 どこから出しているのかと問いたくなるほど低く圧の込められた声。
 その声に部屋の中にいる者は皆驚きの余り震えることしか出来ない。

「御自分の子が欲しい、という気持ちはまあ分かります。では私やジェシカさんの気持ちは? 好きでもないうえに恋人のいる男の子を孕まされる私の気持ちと、愛した男が自分以外の女を孕ませるという鬼畜の所業を突きつけられるジェシカさんの気持ちは?」

「なっ……!? そこまで酷い言い方をしなくてもいいだろう!」

「お黙りさない! 今は貴方の気持ちなど聞いておりません! 私やジェシカさんの気持ちを考えなさいと申しているのです!」

 ピシャリと叱りつけると侯爵は驚いて体をすくませた。
 自分よりも遥かに年下の少女の叱責が、どうしてここまで恐ろしいのか理解できない。

「……そういうところですよ。私が怒る二つ目の理由は……」

 はあ、と大きく息を吐いたアリッサは再び侯爵を睨みつける。

「結局貴方は私やジェシカさんが自分よりも身分が下だからといって、どう扱っても構わないと思っているのですよね? こちらがどう思うかなんて気にせず……自分勝手で傲慢な発言ばかり。貴方だけじゃない、ヘブンズ伯爵も、国王陛下でさえ身分が下の者を軽く見て理不尽な要求を押し付けて何とも思わない……。もう、うんざりです!」

 再びアリッサが両手の拳をテーブルに叩きつけると衝撃で上に載っていた茶器や菓子皿が揺れて音を出す。その光景に一同はますます顔を青褪めさせた。

「……確かに私はあなた方より遥かに身分の低い下位貴族の娘です。でもね、それはの話です。いつまでも理不尽な対応に甘んじて従う側だと思わないことですね」

 動きだけは優雅にスッと椅子から立ち上がり、アリッサは「お茶ご馳走様でした」とだけ告げてその場から立ち去った。残された侯爵は情けない恰好のまま「どうしてあんなに怒るんだ……」と呟くも、それに答えられる者はいない。

 ただ、居合わせたメイド達は顔を見合わせながら心の中で主人が悪いと思うだけだった。
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