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侯爵とのお茶会②
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「……ああ、失礼。つい感情的になってしまいました。無礼をお詫びいたします」
「あ、ああ……いや、こちらもすまなかった……」
正直侯爵はこの時何に対して謝っているのか自分でもよく分からなかった。
目の前の少女の怒りを収めたいと、ただそれしか頭にない。少女が何にそんな怒っているのかなど考えもしなかった。
だから彼は盛大な勘違いをしてしまった。
アリッサは婚約を結ぶであろう自分に構ってもらえなかったから怒っているのだと。
「すまない、君は寂しかったんだな?」
「……はあ? 何をおっしゃっているんです?」
またもや訳の分からない発言をかまされたアリッサは思い切り眉根を寄せた。
しかし、そんな彼女の嫌悪にも似た表情に気づかず侯爵はそのまま己に酔ったような台詞を続ける。
「分かっている。君は僕がジェシカばかりに目を向けていることが気に入らなかったのだろう?」
「はい? いえ、別にそれにつきましては何も気にしておりません」
何を言っているんだコイツは。そんな言葉が喉元まで出かかった。
「僕に恋人がいると分かっていたから……気を引きたいが為にわざとあんなことをしたのだろう? 少しでも僕の印象に残るようにと……実の父親を引き立て役にまでするなど、君は面白い人だな」
「何をおっしゃっているのかさっぱり分かりませんが、貴方様の気を引くという些末なことの為に実の父親にあのような恥辱を味合わせるほど鬼畜ではございません」
「照れなくてもいい。そうでなければ実の父親にあのような真似をさせないだろう?」
「そうでなくともあのような真似をさせます。むしろそのような意図は想定しておりませんでした」
「ふう……強情だな。分かった、そういうことにしておいてやろう」
「そういうことも何も、それしかありません。まあ、物事をどのように捉えるかは個人の自由ですのでご勝手にどうぞ」
子爵が女装をした件について侯爵はアリッサが自分の気を引く為と勝手な妄想をし始めた。勿論アリッサにそんなつもりは微塵もなく、侯爵の気を引くなどという無駄な行為をするつもりもない。
「ふむ……そのような強気なところも魅力的だな。気の強い女性は嫌いではない」
「……………………どうも」
最早反論する気も失せたアリッサは適当に流すことにした。
それにしても先ほどから悪寒が背筋を駆け巡って止まらない。
確かめてはいないが全身には鳥肌が立っていると思う。
それほどこの男からの好意を感じさせる台詞やじっとりと熱の籠った瞳が気持ち悪くてたまらないのだ。
「まあ……なんだ、王命で勝手に定められたとはいえ……君は僕の婚約者候補だ。これからはもっと親交を深めようと思う……」
思わず「は?」と言いそうになった。
こちらに関わらなかったくせにいきなり興味を示してくるとかどういうことだろう……。
「あら……それならば私だけではなく、どうぞ“ヴィクトリア”とも親交を深めてくださいませ。彼女も貴方様の婚約者候補ですから、平等に扱っていただかなくてはね……」
「は? どうして僕があんな女装中年男と親交を深めなくてはならない……」
「それは彼女も私と同じ婚約者候補だからです。候補者とは平等に扱われて然るべきでしょう?」
「はあ……いい加減にしてくれ。いつまでそのおふざけに僕を付き合わせるつもりだ?」
「おふざけ? まあ……国王陛下が定めし事をおふざけとは……随分と不敬ですこと」
苛ついた態度を見せる侯爵だが、アリッサが怯むことはない。
余裕の態度で返すアリッサに怯んだのはむしろ侯爵の方だった。
「如何にふざけた内容だろうと王命は王命です。だから私も不本意ながら婚約者候補としてこの邸に来たわけです」
「……不本意だと? 君は望んでここに来たわけではないのか!?」
驚く侯爵にアリッサは白けた目を向ける。
何をどうしたら望んでここへ来たと思えるのか不思議でならない。
「何故そのように思われたのです? 何故、私が貴方様との婚約を望んでいるなどという勘違いが出来たのですか?」
「かっ……勘違いだと!?」
「だってそうでしょう? 会ったこともない、顔も見たことの無い殿方との婚約を望むとでも? おまけに貴方様は私に嫌がらせをしたではありませんか」
実行はされていないものの、この男は自分達に嫌がらせをするよう命じていた。
よくそれで平然と擦り寄ってこようとするな、と呆れてしまう。
「っ……!? い、いや……だからそれは謝罪したじゃないか……」
「謝罪一つで罪が消えてなくなるとでも? その理論でいけば何十年前の我が父の罪など存在しないはずですよね?」
「そ、それは……僕には関係の無いことだし……」
「ええ、そうです。ならば私にとって貴方様がジェシカさんを溺愛するあまり独身を貫いているということも関係の無いことです」
「その話は今関係ないだろう!?」
「いいえ、大いに関係しております。そもそも貴方様がこのような中途半端な状態をお続けにならなければ私がここへ来ることもなかったのです」
淡々と話すアリッサの迫力に侯爵は小声で「中途半端って……」と返すことしか出来なかった。年下の令嬢とは思えぬほどの威圧感に冷や汗が流れる。
「中途半端でしょう? ジェシカさんをそんなにも愛しているのなら、なぜ何年も今のような状態のままでいるのです? 妻扱い、と聞こえはいいですが戸籍上も世間的にも妻ではなく愛人です。そんなにも愛しているのなら身分など捨てて夫婦になればよろしいでしょう?」
「身分を捨てろだと!? ふざけたことを言うな! 長年守り続けてきた由緒正しきバーティ家を途絶えさせるなど先祖への冒涜だぞ!」
「ふん、愛する人よりも家が大切だとでも? その程度で“真実の愛”とのたまうなど笑わせますね」
「なんだと……? 君は僕のジェシカへの愛を愚弄するつもりか!」
「つもり、ではなく愚弄しております。そもそも貴方様はジェシカさんをどうしたいのですか?」
男の怒号にも怯むことなく淡々と詰め寄るアリッサに気圧されたのは侯爵の方だった。この少女は自分よりも身分も年齢も遥かに下のはずなのに、何故か格上の者と話している気分になる。
「どうって……。傍にいてほしいと、ただそれだけだが……」
「それはどのような形で? 妻として? それとも愛人として?」
「なっ……なにを言っているんだ、君は……!」
その問いかけに焦りだす侯爵。明確な答えを避けようとするその態度にアリッサは表情を消した。
「何故答えられないのです? 至極簡単な質問でしょう。たったの二択ですよ?」
「そ、そんなの……答える必要は……」
「答える必要がないのではなく、答えられないの間違いでは? 侯爵様、貴方……ただジェシカさんを自分の都合のいいように扱っているだけでしょう? 彼女が貴方よりも身分が圧倒的に低い平民だから、どう扱ってもいいと思っているのでは……?」
「そ……そんなことはない! 僕はジェシカを誰よりも愛している……!」
顔から表情を消したアリッサは大の大人が悲鳴をあげてしまうほど恐ろしかった。
その美貌も相まって迫力が物凄く、思わず逃げ出したくなってしまうほどに。
「本当に? では、何故ジェシカさんを中途半端な位置に置いておくのです? 愛しているならさっさと身分などお捨てになり、夫婦になればよろしいではありませんか」
「君の意見を押し付けないでくれ……! 僕が貴族だからこそ愛するジェシカに贅沢な暮らしをさせてやれるんだ。愛する人に金で苦労をさせないことだって大切だろう!?」
「贅沢を知らない村娘だったジェシカさんに煌びやかな服や宝石をふんだんに与え、贅を凝らした食事に舌を慣れさせ、働くこともなく何不自由のない暮らしをさせることは本当に大切ですか? そしてそれは“愛”なのですか?」
「え……? どうしてジェシカが村娘だったことを知っているんだ……?」
「そんなことはどうでもよろしいんですのよ。それより、お金だけをかけることが愛情だとおっしゃるつもりですか? 私はそうは思いません。それは単に現実から目を逸らしているだけでは?」
「は……? どういうことだ……?」
「お金をかければジェシカさんの物欲は満たせますし、貴方も愛する方の喜ぶ顔を見ることで満ち足りた気分になれるでしょう。でも、それだけ。身分差がある限りジェシカさんは決して貴方の妻にはなれません。そうでしょう? 貴方はそれを分かっていながら不確かな立ち位置のままジェシカさんを傍に置き続けている。そんな不誠実極まりない態度が本当に“愛”だと? 笑わせますね……」
「────っ!!」
それは侯爵がずっと目を背け続けていた事だった。
平民は貴族の妻になれない。そして平民を貴族にすることも出来ない。
侯爵に身分を捨てるつもりがないのであれば、いくら妻気分を味合わせたところで本当の妻には出来ない。
それを理解したうえで現実から目を逸らし続けていた。
何年間も、ずっと。ジェシカの結婚適齢期が過ぎたとしても、妻に出来ないと分かったうえで自分のもとへと縛り続けていた。
結婚できなくと、本当に愛しているのは君だよと耳障りのいい言葉を囀って。
「う、うるさい! 君には関係ないだろう!?」
「関係はないですが、腹は立ちます」
「はあ!? どうして君が怒るんだ?」
「私が憤る理由は二つあります。まず一つは、貴方が妻に出来ない身分のジェシカさんを侍らせているとだけという中途半端な状態を続けていたせいで今更ながら世継ぎの為に妻を娶らなければいけないという事態に発展し、そこに私が巻き込まれたことです。……こうなる前にどうにか出来なかったのですか?」
「ど、どうにかって……」
アリッサの鋭い目で睨みつけられた侯爵は蛇に睨まれた蛙のように縮こまった。
恐ろしいまでの威圧感に声を出すのが精一杯で、とてもじゃないが反論することも出来やしない。
「身分を捨てる気もない、ジェシカさんと離れる気もないのであればさっさと親戚から養子でもとればよかったんですよ。その子を跡継ぎに指名すればとりあえず貴族としての体面は保てます。まさかこの程度のことが思いつかないはずもありませんし、となると何故そうしなかったと疑問が湧きますね」
「い、いや……それは……だって、やはり自分の血を引いた子に跡を継がせたいし……」
女々しい言い訳にアリッサは苛々を募らせた。
何をするにしても目の前の男には覚悟が足りない。身分差の恋を貫くか、当主の座に居続けるか、どちらも捨てられないがためにこんな中途半端な状態を何年間も続け、その結果何の関係もないアリッサがとばっちりを受けている。
そもそも目の前の男は自分の願望ばかりだ。
身分差があろうとも愛する人と離れたくない、貴族の身分も手放したくない、養子は嫌だ、自分の子に跡を継がせたい。夢を見るのは結構だが、それを叶えようと動かないあたりに腹が立つ。
「あ、ああ……いや、こちらもすまなかった……」
正直侯爵はこの時何に対して謝っているのか自分でもよく分からなかった。
目の前の少女の怒りを収めたいと、ただそれしか頭にない。少女が何にそんな怒っているのかなど考えもしなかった。
だから彼は盛大な勘違いをしてしまった。
アリッサは婚約を結ぶであろう自分に構ってもらえなかったから怒っているのだと。
「すまない、君は寂しかったんだな?」
「……はあ? 何をおっしゃっているんです?」
またもや訳の分からない発言をかまされたアリッサは思い切り眉根を寄せた。
しかし、そんな彼女の嫌悪にも似た表情に気づかず侯爵はそのまま己に酔ったような台詞を続ける。
「分かっている。君は僕がジェシカばかりに目を向けていることが気に入らなかったのだろう?」
「はい? いえ、別にそれにつきましては何も気にしておりません」
何を言っているんだコイツは。そんな言葉が喉元まで出かかった。
「僕に恋人がいると分かっていたから……気を引きたいが為にわざとあんなことをしたのだろう? 少しでも僕の印象に残るようにと……実の父親を引き立て役にまでするなど、君は面白い人だな」
「何をおっしゃっているのかさっぱり分かりませんが、貴方様の気を引くという些末なことの為に実の父親にあのような恥辱を味合わせるほど鬼畜ではございません」
「照れなくてもいい。そうでなければ実の父親にあのような真似をさせないだろう?」
「そうでなくともあのような真似をさせます。むしろそのような意図は想定しておりませんでした」
「ふう……強情だな。分かった、そういうことにしておいてやろう」
「そういうことも何も、それしかありません。まあ、物事をどのように捉えるかは個人の自由ですのでご勝手にどうぞ」
子爵が女装をした件について侯爵はアリッサが自分の気を引く為と勝手な妄想をし始めた。勿論アリッサにそんなつもりは微塵もなく、侯爵の気を引くなどという無駄な行為をするつもりもない。
「ふむ……そのような強気なところも魅力的だな。気の強い女性は嫌いではない」
「……………………どうも」
最早反論する気も失せたアリッサは適当に流すことにした。
それにしても先ほどから悪寒が背筋を駆け巡って止まらない。
確かめてはいないが全身には鳥肌が立っていると思う。
それほどこの男からの好意を感じさせる台詞やじっとりと熱の籠った瞳が気持ち悪くてたまらないのだ。
「まあ……なんだ、王命で勝手に定められたとはいえ……君は僕の婚約者候補だ。これからはもっと親交を深めようと思う……」
思わず「は?」と言いそうになった。
こちらに関わらなかったくせにいきなり興味を示してくるとかどういうことだろう……。
「あら……それならば私だけではなく、どうぞ“ヴィクトリア”とも親交を深めてくださいませ。彼女も貴方様の婚約者候補ですから、平等に扱っていただかなくてはね……」
「は? どうして僕があんな女装中年男と親交を深めなくてはならない……」
「それは彼女も私と同じ婚約者候補だからです。候補者とは平等に扱われて然るべきでしょう?」
「はあ……いい加減にしてくれ。いつまでそのおふざけに僕を付き合わせるつもりだ?」
「おふざけ? まあ……国王陛下が定めし事をおふざけとは……随分と不敬ですこと」
苛ついた態度を見せる侯爵だが、アリッサが怯むことはない。
余裕の態度で返すアリッサに怯んだのはむしろ侯爵の方だった。
「如何にふざけた内容だろうと王命は王命です。だから私も不本意ながら婚約者候補としてこの邸に来たわけです」
「……不本意だと? 君は望んでここに来たわけではないのか!?」
驚く侯爵にアリッサは白けた目を向ける。
何をどうしたら望んでここへ来たと思えるのか不思議でならない。
「何故そのように思われたのです? 何故、私が貴方様との婚約を望んでいるなどという勘違いが出来たのですか?」
「かっ……勘違いだと!?」
「だってそうでしょう? 会ったこともない、顔も見たことの無い殿方との婚約を望むとでも? おまけに貴方様は私に嫌がらせをしたではありませんか」
実行はされていないものの、この男は自分達に嫌がらせをするよう命じていた。
よくそれで平然と擦り寄ってこようとするな、と呆れてしまう。
「っ……!? い、いや……だからそれは謝罪したじゃないか……」
「謝罪一つで罪が消えてなくなるとでも? その理論でいけば何十年前の我が父の罪など存在しないはずですよね?」
「そ、それは……僕には関係の無いことだし……」
「ええ、そうです。ならば私にとって貴方様がジェシカさんを溺愛するあまり独身を貫いているということも関係の無いことです」
「その話は今関係ないだろう!?」
「いいえ、大いに関係しております。そもそも貴方様がこのような中途半端な状態をお続けにならなければ私がここへ来ることもなかったのです」
淡々と話すアリッサの迫力に侯爵は小声で「中途半端って……」と返すことしか出来なかった。年下の令嬢とは思えぬほどの威圧感に冷や汗が流れる。
「中途半端でしょう? ジェシカさんをそんなにも愛しているのなら、なぜ何年も今のような状態のままでいるのです? 妻扱い、と聞こえはいいですが戸籍上も世間的にも妻ではなく愛人です。そんなにも愛しているのなら身分など捨てて夫婦になればよろしいでしょう?」
「身分を捨てろだと!? ふざけたことを言うな! 長年守り続けてきた由緒正しきバーティ家を途絶えさせるなど先祖への冒涜だぞ!」
「ふん、愛する人よりも家が大切だとでも? その程度で“真実の愛”とのたまうなど笑わせますね」
「なんだと……? 君は僕のジェシカへの愛を愚弄するつもりか!」
「つもり、ではなく愚弄しております。そもそも貴方様はジェシカさんをどうしたいのですか?」
男の怒号にも怯むことなく淡々と詰め寄るアリッサに気圧されたのは侯爵の方だった。この少女は自分よりも身分も年齢も遥かに下のはずなのに、何故か格上の者と話している気分になる。
「どうって……。傍にいてほしいと、ただそれだけだが……」
「それはどのような形で? 妻として? それとも愛人として?」
「なっ……なにを言っているんだ、君は……!」
その問いかけに焦りだす侯爵。明確な答えを避けようとするその態度にアリッサは表情を消した。
「何故答えられないのです? 至極簡単な質問でしょう。たったの二択ですよ?」
「そ、そんなの……答える必要は……」
「答える必要がないのではなく、答えられないの間違いでは? 侯爵様、貴方……ただジェシカさんを自分の都合のいいように扱っているだけでしょう? 彼女が貴方よりも身分が圧倒的に低い平民だから、どう扱ってもいいと思っているのでは……?」
「そ……そんなことはない! 僕はジェシカを誰よりも愛している……!」
顔から表情を消したアリッサは大の大人が悲鳴をあげてしまうほど恐ろしかった。
その美貌も相まって迫力が物凄く、思わず逃げ出したくなってしまうほどに。
「本当に? では、何故ジェシカさんを中途半端な位置に置いておくのです? 愛しているならさっさと身分などお捨てになり、夫婦になればよろしいではありませんか」
「君の意見を押し付けないでくれ……! 僕が貴族だからこそ愛するジェシカに贅沢な暮らしをさせてやれるんだ。愛する人に金で苦労をさせないことだって大切だろう!?」
「贅沢を知らない村娘だったジェシカさんに煌びやかな服や宝石をふんだんに与え、贅を凝らした食事に舌を慣れさせ、働くこともなく何不自由のない暮らしをさせることは本当に大切ですか? そしてそれは“愛”なのですか?」
「え……? どうしてジェシカが村娘だったことを知っているんだ……?」
「そんなことはどうでもよろしいんですのよ。それより、お金だけをかけることが愛情だとおっしゃるつもりですか? 私はそうは思いません。それは単に現実から目を逸らしているだけでは?」
「は……? どういうことだ……?」
「お金をかければジェシカさんの物欲は満たせますし、貴方も愛する方の喜ぶ顔を見ることで満ち足りた気分になれるでしょう。でも、それだけ。身分差がある限りジェシカさんは決して貴方の妻にはなれません。そうでしょう? 貴方はそれを分かっていながら不確かな立ち位置のままジェシカさんを傍に置き続けている。そんな不誠実極まりない態度が本当に“愛”だと? 笑わせますね……」
「────っ!!」
それは侯爵がずっと目を背け続けていた事だった。
平民は貴族の妻になれない。そして平民を貴族にすることも出来ない。
侯爵に身分を捨てるつもりがないのであれば、いくら妻気分を味合わせたところで本当の妻には出来ない。
それを理解したうえで現実から目を逸らし続けていた。
何年間も、ずっと。ジェシカの結婚適齢期が過ぎたとしても、妻に出来ないと分かったうえで自分のもとへと縛り続けていた。
結婚できなくと、本当に愛しているのは君だよと耳障りのいい言葉を囀って。
「う、うるさい! 君には関係ないだろう!?」
「関係はないですが、腹は立ちます」
「はあ!? どうして君が怒るんだ?」
「私が憤る理由は二つあります。まず一つは、貴方が妻に出来ない身分のジェシカさんを侍らせているとだけという中途半端な状態を続けていたせいで今更ながら世継ぎの為に妻を娶らなければいけないという事態に発展し、そこに私が巻き込まれたことです。……こうなる前にどうにか出来なかったのですか?」
「ど、どうにかって……」
アリッサの鋭い目で睨みつけられた侯爵は蛇に睨まれた蛙のように縮こまった。
恐ろしいまでの威圧感に声を出すのが精一杯で、とてもじゃないが反論することも出来やしない。
「身分を捨てる気もない、ジェシカさんと離れる気もないのであればさっさと親戚から養子でもとればよかったんですよ。その子を跡継ぎに指名すればとりあえず貴族としての体面は保てます。まさかこの程度のことが思いつかないはずもありませんし、となると何故そうしなかったと疑問が湧きますね」
「い、いや……それは……だって、やはり自分の血を引いた子に跡を継がせたいし……」
女々しい言い訳にアリッサは苛々を募らせた。
何をするにしても目の前の男には覚悟が足りない。身分差の恋を貫くか、当主の座に居続けるか、どちらも捨てられないがためにこんな中途半端な状態を何年間も続け、その結果何の関係もないアリッサがとばっちりを受けている。
そもそも目の前の男は自分の願望ばかりだ。
身分差があろうとも愛する人と離れたくない、貴族の身分も手放したくない、養子は嫌だ、自分の子に跡を継がせたい。夢を見るのは結構だが、それを叶えようと動かないあたりに腹が立つ。
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