理不尽には理不尽でお返しいたします

わらびもち

文字の大きさ
52 / 77

子爵の知らない幼馴染の姿

しおりを挟む
 選定期間六日目の昼、とある男がアリッサの元へとやってきた。

「お嬢様、例の女を無事目的地まで届けました」

「まあ、随分と早いわね。ありがとう、ご苦労様。道中何もなかったかしら?」

「はい、あの村に寄るよう言われました」

「あら、やっぱりね。それでどうしたの?」

「お望み通り村に寄りましたが……、彼女。なんでも結婚するはずだった男も、家族も、知り合いですらだーれもあの村にいないみたいで」

「ジェシカさんの知り合いが誰もいない……。なら、あの村にはもう、元の住人は誰もいないということね。それで例の植物は確認できた?」

「はい、勿論です。確認しましたがあれは栽培が禁止されている種類で間違いないかと。帝国では医療用として取引されていますけど、それも国の許可を得た業者だけですね。少なくともこの国ではそういった許可を出しておりませんので、見つかれば村人は全員処罰されるでしょうね」

「それは致し方ないでしょうね。元いた村人がどこに行ったかは聞いた?」

「はい。どうやら元の村人は領主に嫌気が差して全員出て行ってしまったようです。領地に飢饉があっても、災害があっても何もしてくれないような領主の元では暮らせないと。生活に苦しんでいたところで今住んでいる村人が現れてあの村を買い取ったらしいです」

「村を買い取る……? そんなことが可能なの?」

「いえ、普通は有り得ません。村自体は管理者である領主のものですから、たとえ村人といえども勝手に売買なんて出来ませんよ。ですが、ここの領主は長年領地を視察すらしなかったんでしょう? 領主の目がないのであれば好き勝手できそうですよ」

「一応は家令が視察していたみたいなんだけど……多分、新しい家令が来た時には既に村人は今の人たちに変わっていたから、そういうものだと思ってしまったのかもしれないわ」

「なんとまあ……こんな、本当にあるのですね。こんな妙なことに巻き込まれてしまうなんて……お嬢様、何ともおいたわしい……」

 ほろりと涙を零す男はジェシカを修道院まで送っていった馬丁である。
 彼はシーグラス家の上級使用人で、本来であれば馬の操縦という下男がやるべき仕事をするような身分ではない。

 だが、事が大きすぎるので下男では対応しきれないと判断したシーグラス翁が孫娘の為にと彼を派遣した。幼少の頃からアリッサを知る彼は喜んで馳せ参じたというわけだ。

「まったく、このような馬鹿げたことにお嬢様が巻き込まれるなどあってはならぬことです! 婿殿、お嬢様を守るべき貴方様がこのていたらくでどうするのです!?」

 シーグラス家の上級使用人は部屋の隅で小さくなっているフロンティア子爵を叱責した。子爵は項垂れながら「面目ない……」と小声で謝罪するも、使用人の怒りは冷めない。

「だいたい何ですか? 何十年も前に幼馴染に屑男を紹介してしまったことへの贖罪に娘を嫁がせるとか、どう考えても意味不明でしょう! 当主として毅然と断らずしてどうします!?」

 ど正論を言われて子爵はますます小さくなってしまった。
 王命を下された時は王家の命令だから逆らえない、とアリッサにも受け入れるよう言ってしまったがそれは悪手だった。いくら王命といえども正統性のないものであれば抗議することくらいはできたはず。それをせず、簡単に屈してしまったことで多方面から失望されてしまったのだ。

 妻にも娘にも失望され、義父や義父の家の者にまで失望された。
 自業自得といえどもその代償はあまりにも大きい。

「まったく、を平民の恋人を囲う男に嫁がせたところでなんだというのです。そのような貞操観念の無い女を娶ってくれたのです。むしろ感謝されてもいいでしょうに、罪悪感を覚えるなど意味が分かりません」

「…………は? 男をとっかえひっかえしている阿婆擦れ……? 何のことだ?」

「は? だから、婿殿の幼馴染の伯爵令嬢のことですよ。大分貞操観念の緩い令嬢だったようで、それが原因で婚約破棄されたと伺いました。まったく、そんな女のことでお嬢様まで巻き込むとは有り得ません……」

「いや、待ってくれ! 貞操観念が緩い? サラが? 何だそれは!?」

 噛み合わない会話に子爵は慌てて使用人に詰め寄った。
 当の使用人は「何言ってんだこいつ?」と言わんばかりの目で見てくる。

「ですから、貴方様の幼馴染だった伯爵令嬢サラ・ヘブンズのことですよ。婚約者がいながら色々な男に手を出し、ついには当時の国王の子を孕んだというふしだらな女性、それが貴方様の幼馴染です」

「はあ!? 国王の子? いったい何を言っているんだ!?」

 困惑する子爵を横目に使用人はアリッサの方へと向いた。

「お嬢様、婿殿にを話していないのですか?」

「あら、そういえば話すのを忘れていたわ」

 わざとらしく「うっかりしていたわ」とおどける娘に子爵は信じられないものを見るような目を向ける。

「どういうことだ、アリッサ!? 真相って何だ!?」

「まあ、とりあえずをお読みください。話はそれからです」

 アリッサが手渡したのは古びた手帳。
 保管状況が悪かったのか所々破れているし表紙は煤けている。

「アリッサ、これは何だ……?」

「これはサラさんの専属侍女だった女性の手記です。ここに、お父様の知らないサラさんの姿が細かく書き記されておりますよ」

「私の知らないサラの姿……だと?」

 兄妹のように過ごしてきたサラに自分の知らない姿があるとは思えず、子爵は手帳を持ったまま唖然とした。か弱く、優しく、守ってあげなくてはと思わせる庇護欲があったサラ。そんな彼女の知らない部分というのは、まさか先程使用人の彼が言った稀代の悪女染みた姿のことなのだろうか……。

 そんな馬鹿な、と一笑に伏してしまいたかった。
 そんなわけがない。だいたい娘も使用人もサラに会ったことすらないのに彼女の為人が分かるわけが……

「お父様? 早くご覧になってくださいまし」

 娘に促され、子爵は恐る恐る手帳の表紙を開いた……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約者の幼馴染?それが何か?

仏白目
恋愛
タバサは学園で婚約者のリカルドと食堂で昼食をとっていた 「あ〜、リカルドここにいたの?もう、待っててっていったのにぃ〜」 目の前にいる私の事はガン無視である 「マリサ・・・これからはタバサと昼食は一緒にとるから、君は遠慮してくれないか?」 リカルドにそう言われたマリサは 「酷いわ!リカルド!私達あんなに愛し合っていたのに、私を捨てるの?」 ん?愛し合っていた?今聞き捨てならない言葉が・・・ 「マリサ!誤解を招くような言い方はやめてくれ!僕たちは幼馴染ってだけだろう?」 「そんな!リカルド酷い!」 マリサはテーブルに突っ伏してワアワア泣き出した、およそ貴族令嬢とは思えない姿を晒している  この騒ぎ自体 とんだ恥晒しだわ タバサは席を立ち 冷めた目でリカルドを見ると、「この事は父に相談します、お先に失礼しますわ」 「まってくれタバサ!誤解なんだ」 リカルドを置いて、タバサは席を立った

愛された側妃と、愛されなかった正妃

編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。 夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。 連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。 正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。 ※カクヨムさんにも掲載中 ※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります ※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。

ある辺境伯の後悔

だましだまし
恋愛
妻セディナを愛する辺境伯ルブラン・レイナーラ。 父親似だが目元が妻によく似た長女と 目元は自分譲りだが母親似の長男。 愛する妻と妻の容姿を受け継いだ可愛い子供たちに囲まれ彼は誰よりも幸せだと思っていた。 愛しい妻が次女を産んで亡くなるまでは…。

【完結】家族にサヨナラ。皆様ゴキゲンヨウ。

くま
恋愛
「すまない、アデライトを愛してしまった」 「ソフィア、私の事許してくれるわよね?」 いきなり婚約破棄をする婚約者と、それが当たり前だと言い張る姉。そしてその事を家族は姉達を責めない。 「病弱なアデライトに譲ってあげなさい」と…… 私は昔から家族からは二番目扱いをされていた。いや、二番目どころでもなかった。私だって、兄や姉、妹達のように愛されたかった……だけど、いつも優先されるのは他のキョウダイばかり……我慢ばかりの毎日。 「マカロン家の長男であり次期当主のジェイコブをきちんと、敬い立てなさい」 「はい、お父様、お母様」 「長女のアデライトは体が弱いのですよ。ソフィア、貴女がきちんと長女の代わりに動くのですよ」 「……はい」 「妹のアメリーはまだ幼い。お前は我慢しなさい。下の子を面倒見るのは当然なのだから」 「はい、わかりました」 パーティー、私の誕生日、どれも私だけのなんてなかった。親はいつも私以外のキョウダイばかり、 兄も姉や妹ばかり構ってばかり。姉は病弱だからと言い私に八つ当たりするばかり。妹は我儘放題。 誰も私の言葉を聞いてくれない。 誰も私を見てくれない。 そして婚約者だったオスカー様もその一人だ。病弱な姉を守ってあげたいと婚約破棄してすぐに姉と婚約をした。家族は姉を祝福していた。私に一言も…慰めもせず。 ある日、熱にうなされ誰もお見舞いにきてくれなかった時、前世を思い出す。前世の私は家族と仲良くもしており、色々と明るい性格の持ち主さん。 「……なんか、馬鹿みたいだわ!」 もう、我慢もやめよう!家族の前で良い子になるのはもうやめる! ふるゆわ設定です。 ※家族という呪縛から解き放たれ自分自身を見つめ、好きな事を見つけだすソフィアを応援して下さい! ※ざまあ話とか読むのは好きだけど書くとなると難しいので…読者様が望むような結末に納得いかないかもしれません。🙇‍♀️でも頑張るます。それでもよければ、どうぞ! 追加文 番外編も現在進行中です。こちらはまた別な主人公です。

【完結】仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

婚約者の幼馴染って、つまりは赤の他人でしょう?そんなにその人が大切なら、自分のお金で養えよ。貴方との婚約、破棄してあげるから、他

猿喰 森繁
恋愛
完結した短編まとめました。 大体1万文字以内なので、空いた時間に気楽に読んでもらえると嬉しいです。

【完結】留学先から戻って来た婚約者に存在を忘れられていました

山葵
恋愛
国王陛下の命により帝国に留学していた王太子に付いて行っていた婚約者のレイモンド様が帰国された。 王家主催で王太子達の帰国パーティーが執り行われる事が決まる。 レイモンド様の婚約者の私も勿論、従兄にエスコートされ出席させて頂きますわ。 3年ぶりに見るレイモンド様は、幼さもすっかり消え、美丈夫になっておりました。 将来の宰相の座も約束されており、婚約者の私も鼻高々ですわ! 「レイモンド様、お帰りなさいませ。留学中は、1度もお戻りにならず、便りも来ずで心配しておりましたのよ。元気そうで何よりで御座います」 ん?誰だっけ?みたいな顔をレイモンド様がされている? 婚約し顔を合わせでしか会っていませんけれど、まさか私を忘れているとかでは無いですよね!?

処理中です...