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とある侍女の手記②
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×月×日
お嬢様が婚約破棄されてしまった。
でも、それも当然だと思う。ここまで異性関係にだらしない婚約者なんて私が男でも願い下げだ。
お嬢様は婚約破棄事態をそこまで気にしていない。
旦那様や奥様には「婚約者様が他に好きな人が出来たって……」と嘘をついていた。無理があるとは思うけど、お嬢様のあの可愛いお顔で泣かれたら男でも女でも信じてしまうのだろう。実際お二人はその話をまるっと信じてしまった。
だけど、婚約破棄されたらもうまともな縁談は望めない。
だから旦那様は幼馴染のヴィンセント様にお嬢様を貰ってくれないか頼もうとしていた。あの方お人好しようだったし、頼めば簡単に受け入れてくれそう。でも、お嬢様がヴィンセント様の顔が好みじゃないから嫌だと我儘を言う。そんなことを言っている場合じゃないのにね。
×月〇日晴れ
ヴィンセント様の紹介でお嬢様に新しい婚約者が出来た。
かなりのハンサムで女性の扱いも手慣れている。もっさりとしているヴィンセント様とは大違いだ。
だけど婚約者様には恋人がいるらしい。
他に女がいるような男でいいのか聞くと、お嬢様は花が咲くような笑顔でこう言った。
「いいのよ。だって、そっちの方が燃えるもの」
そうだった。お嬢様はお相手のいる男性の方がお好きだった。
お相手よりもご自分を選んでくれた時の優越感がたまらないそうだ。
それに、お嬢様のお腹にいる子も受け入れてくださるそうだ。
他の男の子を妊娠している花嫁を迎えるなんて、なんとも太っ腹な御方だな。
それにしてもお腹の子の父親は誰なんだろう?
お嬢様に聞いても「生まれてみないと分からないわ」と言っていた。
でも、母親であるお嬢様にそっくりだったら結局分からないままじゃないかな?
△月△日曇り
お嬢様の輿入れももうすぐだ。
私も専属侍女としてお嬢様の輿入れ先まで着いていくことになった。
破天荒なお嬢様だけど、私にはお優しいから外国まで着いていくことになっても苦じゃない。
そういえば以前お付き合いしていたおじさんこと王様は最近いつにも増してお嬢様に手紙や贈り物をしてくるようになった。
あれ? もしかして別れていないの?
てっきり結婚が決まった時に別れたのかと思っていた。
お嬢様はもう未来の旦那様を恋人から奪う事で頭がいっぱいだし、王様のことはもう眼中にないみたい。手紙の返事もしていないし、贈り物だっていらないのか私に下賜してくれる。結構高そうなのに、いいのかな。
読んでおいて、と頼まれたから王様からの手紙を読んだ。
いかにお嬢様を愛しているかがつらつら書かれているけど、中年が若い娘に夢中になっているのが透けて見えて痛々しい。
なんかお腹の子が自分の子だとか、お嬢様を王妃にするとか書いてある。
結構大事なのに放っておいて大丈夫なのかな、これ。
お嬢様は「放っておいていいわよ」としか言わない。
一応手紙は誰にも見られないように厳重に保管しておいてと言われたからそうする。
〇月□日雨
お嬢様が男の子をお産みになった。
目の色と髪の色はお嬢様と同じ。お顔は皺くちゃのお猿さんみたいでこれだと誰が父親だか分からないな。
でも可愛い。小っちゃくて、あったかくて、愛おしい。
名前は私がつけていいと言われたから“トム”と名付けた。
この家の女主人であるお嬢様が産んだ子とするのは体裁が悪いということで、私の子として届け出を出した。それはお嬢様とお嬢様の旦那様で決めたことらしい。
まあ、その方がいいのかもしれない。お嬢様の子とすると相続権とかで揉めそうだし。お嬢様が納得しているのならそれでいい。
こっちの国では母乳じゃなくて哺乳瓶でミルクを与える育児方法が主流のようで、出産していない私でもこの子の母になれた。
お嬢様はご自分が産んだ子に興味が無いらしく、この後の養育に関して全部私に任せると言った。お嬢様の頭にはもう新しい旦那様のことしかないらしい。
ああ、そういえばお嬢様が付き合っていた王様からの手紙に生まれてくる子の名前を“マーティン”にすると書いてあったけど、王様の子かどうかなんて分からないからいいや。
△月×日晴れ
私ももう20を超えるし、そろそろ結婚したいなと零したらお嬢様が結婚相手を紹介してくれた。相手は郊外に住む農場の経営者の跡継ぎの男性。逞しくて優しくて私好みのお相手だ、流石はお嬢様。
嫁ぎ先にトムも連れていっていいし、相手方もそれで構わないと言ってくれたので喜んで結婚を了承した。お嬢様と離れるのは悲しいけど、いつまでも傍にいられないのは薄々分かっていた。
お嬢様に気にしないと言ってくださったけど、やっぱり貴族夫人の侍女ともなればある程度の教養が求められる。無教養の私では駄目だと自分でよく分かっていた。
それにしてもお嬢様は本当にトムに興味が無い。
一回も抱いたことも名前を呼んだこともない。
トムが大きくなっても実の母親であるお嬢様のことは伏せておこう。
実の母親から興味を持たれなかったなんて知ったらこの子が傷ついてしまう。
私が母親としてきちんと愛情を注いで育てていこう。
愛人から旦那様の心を見事奪い取ったお嬢様。
きっとそのうち旦那様の子を産んで、その子がこの邸の跡継ぎになるのだろう。
さようなら、お嬢様。
これからも陰ながらお嬢様の幸せを祈り続けます。
お嬢様が婚約破棄されてしまった。
でも、それも当然だと思う。ここまで異性関係にだらしない婚約者なんて私が男でも願い下げだ。
お嬢様は婚約破棄事態をそこまで気にしていない。
旦那様や奥様には「婚約者様が他に好きな人が出来たって……」と嘘をついていた。無理があるとは思うけど、お嬢様のあの可愛いお顔で泣かれたら男でも女でも信じてしまうのだろう。実際お二人はその話をまるっと信じてしまった。
だけど、婚約破棄されたらもうまともな縁談は望めない。
だから旦那様は幼馴染のヴィンセント様にお嬢様を貰ってくれないか頼もうとしていた。あの方お人好しようだったし、頼めば簡単に受け入れてくれそう。でも、お嬢様がヴィンセント様の顔が好みじゃないから嫌だと我儘を言う。そんなことを言っている場合じゃないのにね。
×月〇日晴れ
ヴィンセント様の紹介でお嬢様に新しい婚約者が出来た。
かなりのハンサムで女性の扱いも手慣れている。もっさりとしているヴィンセント様とは大違いだ。
だけど婚約者様には恋人がいるらしい。
他に女がいるような男でいいのか聞くと、お嬢様は花が咲くような笑顔でこう言った。
「いいのよ。だって、そっちの方が燃えるもの」
そうだった。お嬢様はお相手のいる男性の方がお好きだった。
お相手よりもご自分を選んでくれた時の優越感がたまらないそうだ。
それに、お嬢様のお腹にいる子も受け入れてくださるそうだ。
他の男の子を妊娠している花嫁を迎えるなんて、なんとも太っ腹な御方だな。
それにしてもお腹の子の父親は誰なんだろう?
お嬢様に聞いても「生まれてみないと分からないわ」と言っていた。
でも、母親であるお嬢様にそっくりだったら結局分からないままじゃないかな?
△月△日曇り
お嬢様の輿入れももうすぐだ。
私も専属侍女としてお嬢様の輿入れ先まで着いていくことになった。
破天荒なお嬢様だけど、私にはお優しいから外国まで着いていくことになっても苦じゃない。
そういえば以前お付き合いしていたおじさんこと王様は最近いつにも増してお嬢様に手紙や贈り物をしてくるようになった。
あれ? もしかして別れていないの?
てっきり結婚が決まった時に別れたのかと思っていた。
お嬢様はもう未来の旦那様を恋人から奪う事で頭がいっぱいだし、王様のことはもう眼中にないみたい。手紙の返事もしていないし、贈り物だっていらないのか私に下賜してくれる。結構高そうなのに、いいのかな。
読んでおいて、と頼まれたから王様からの手紙を読んだ。
いかにお嬢様を愛しているかがつらつら書かれているけど、中年が若い娘に夢中になっているのが透けて見えて痛々しい。
なんかお腹の子が自分の子だとか、お嬢様を王妃にするとか書いてある。
結構大事なのに放っておいて大丈夫なのかな、これ。
お嬢様は「放っておいていいわよ」としか言わない。
一応手紙は誰にも見られないように厳重に保管しておいてと言われたからそうする。
〇月□日雨
お嬢様が男の子をお産みになった。
目の色と髪の色はお嬢様と同じ。お顔は皺くちゃのお猿さんみたいでこれだと誰が父親だか分からないな。
でも可愛い。小っちゃくて、あったかくて、愛おしい。
名前は私がつけていいと言われたから“トム”と名付けた。
この家の女主人であるお嬢様が産んだ子とするのは体裁が悪いということで、私の子として届け出を出した。それはお嬢様とお嬢様の旦那様で決めたことらしい。
まあ、その方がいいのかもしれない。お嬢様の子とすると相続権とかで揉めそうだし。お嬢様が納得しているのならそれでいい。
こっちの国では母乳じゃなくて哺乳瓶でミルクを与える育児方法が主流のようで、出産していない私でもこの子の母になれた。
お嬢様はご自分が産んだ子に興味が無いらしく、この後の養育に関して全部私に任せると言った。お嬢様の頭にはもう新しい旦那様のことしかないらしい。
ああ、そういえばお嬢様が付き合っていた王様からの手紙に生まれてくる子の名前を“マーティン”にすると書いてあったけど、王様の子かどうかなんて分からないからいいや。
△月×日晴れ
私ももう20を超えるし、そろそろ結婚したいなと零したらお嬢様が結婚相手を紹介してくれた。相手は郊外に住む農場の経営者の跡継ぎの男性。逞しくて優しくて私好みのお相手だ、流石はお嬢様。
嫁ぎ先にトムも連れていっていいし、相手方もそれで構わないと言ってくれたので喜んで結婚を了承した。お嬢様と離れるのは悲しいけど、いつまでも傍にいられないのは薄々分かっていた。
お嬢様に気にしないと言ってくださったけど、やっぱり貴族夫人の侍女ともなればある程度の教養が求められる。無教養の私では駄目だと自分でよく分かっていた。
それにしてもお嬢様は本当にトムに興味が無い。
一回も抱いたことも名前を呼んだこともない。
トムが大きくなっても実の母親であるお嬢様のことは伏せておこう。
実の母親から興味を持たれなかったなんて知ったらこの子が傷ついてしまう。
私が母親としてきちんと愛情を注いで育てていこう。
愛人から旦那様の心を見事奪い取ったお嬢様。
きっとそのうち旦那様の子を産んで、その子がこの邸の跡継ぎになるのだろう。
さようなら、お嬢様。
これからも陰ながらお嬢様の幸せを祈り続けます。
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