理不尽には理不尽でお返しいたします

わらびもち

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「なんだこれは…………」

 手記を読み終えた子爵は唖然と呟いた。

「お父様の悪口書かれておりましたわね。サラさんの好みじゃないとか、お人好しだとか、もっさりしているだとか……。どうか気を落とさないでくださいまし」

「そこじゃない! いや……そこも気にはなるが……今はいい! 何だこれは!? これが本当ならサラはとんでもない阿婆擦れじゃないか! しかも嫁いだ時には身籠っていただと!? 嘘だっ……! そんな……サラが、あのサラが……」

「サラさんが本当に数多の殿方と関係をもっていたかは証拠がないので定かじゃありませんが、を身籠っていたのは確かですね」

「先王陛下の子だと……!? それが本当なら現王陛下の弟君が存在するということか? まて……どうしてそんなことが言い切れる? 何か証拠があるのか!?」

「ございますよ。私はまだ直接ご尊顔を拝見しておりませんが、サラさんが産んだ男児は成長して陛下にそっくりなお顔となったようですから。ね、そうでしょう?」

 アリッサが隣にいるシーグラス家の使用人に同意を求めると、彼は「さようでございます」と恭しく頷いた。

 呆気にとられる子爵に彼は真相を全て話した。
 先王が事実を捻じ曲げて子爵に伝えていたこと、現国王に異母弟がいること、その他諸々全てを包み隠さず。

「そ、そんな…………。じゃあ、サラは何者かによって殺められたということか? 私の友人や、その邸の者まで……? 嘘だ……そんな……」

「嘘ではありません。この件に関しましては皇家とシーグラス家双方で調査し、確認がとれているものです」

「は? シーグラス家と皇家? え……皇家までもがこの件に関わっているのか!?」

「ええ、此度の件はシーグラス家を愚弄するも同然の行い。大旦那様を慕う皇帝陛下は大層ご立腹です。何より、皇帝陛下はアリッサお嬢様を皇子殿下のどなたかに嫁がせようとお考えでした」

「え!? アリッサを皇子殿下のどなたかにって……聞いていないぞ、そんなの!?」

 そんな話聞いていない、と子爵は娘の方に目を向けた。
 しかし当の本人は涼しい顔をしており、その悠然とした態度は確かに皇妃として申し分ないと思わせるようなものであった。

「皇帝陛下の戯れでしょう。本当にそうであったなら、正式に当家に申し込みが来るはずですわ。それが来ないのですから、本気でそう考えてはいないということでしょう。そうではありませんか?」

「う……確かにそうだな……。だが、それはそうとして皇家まで関わってきたとなれば……今回の件はかなりの大事になってやしないか?」

「なっておりますわね。ひょっとしたら国王陛下が退位なさるかもしれません。それに伴って議会も解散ですね」

「相当なことじゃないか!? 王国の歴代史に載ってしまうような出来事だぞ?」

「そうですわね。でも、そうしたのは他でもない国王陛下御自身ですし、致し方ないかと。……知らなかったとはいえ、シーグラス家の血縁者に理不尽な要求を突きつけたのですもの。代償は支払わなくては」

 アリッサの物言いに子爵は自分がとんだ思い違いをしていたことに今更ながら気づいた。自分の娘は単なる子爵令嬢ではない。大陸に名を轟かせる帝国貴族シーグラス家の血縁者なのだと。

 気づくのが遅い。遅すぎる。
 最初からそれを理解していれば国王に毅然と対応出来た。
 シーグラス家を敵に回すつもりか、と。たとえ王命であろうとも突っぱねることが可能な理由なのに、何故最初にそれを交渉材料として出さなかったのかと自分の至らなさを後悔した。

「私が……最初から断っておけば……」

「ええ、その通りですね。でも今更どうしようもありませんよ」

「アリッサ、お前はどうしてここまで……。もっと穏便に済ませることも出来たんじゃないのか?」

「何故私が穏便に済ませねばならないのです? 国王陛下も、ヘブンズ伯爵も、私に配慮なんてせずに平然と理不尽な要求をしてきたのですよ? 理不尽なことをされたのなら、同じように理不尽な対応をして何が悪いのです?」

 娘の毅然とした態度と物言いに子爵は「う……」と言葉を詰まらせた。
 理不尽なことをしてくる奴等相手に穏便に済ませようとする理由はアリッサには無い。確かにその通りだった。

 そして自分も娘に理不尽な要求をしてしまったと今更ながら後悔した。
 あんな阿呆みたいな王命を「黙って受け入れろ、それが貴族としての務めだ」とばかりに押し付けてしまった。それに何の疑問も抱かずに。

「お父様はサラさんに対して負い目があったからこそ、馬鹿みたいな王命でも受け入れてしまったのでしょう? でも、実際はサラさんは自ら死を選んでおりませんし、ご夫君とも仲睦まじくされていたようですからよかったんじゃありませんこと?」

 それに関しては確かにそうだった。
 子爵は幼馴染を自分のせいで死なせてしまったことをずっと後悔していたのだから。それこそ何も考えず娘を生贄として差し出してしまうほどに。

 それで罪が償えるわけでもないということに気づかないほど、幼馴染のことがずっと頭から消えなかった。

 だが実際はどうだ。先王がついて何の為かは知らない嘘に翻弄され、娘を生贄に差し出そうとした結果、国際問題から王位の交代にまで発展してしまった。それだけではない、娘や妻、そして義理の父親からの信頼まで失ったと本当に今更ながら自覚した。

「…………嘘をついて有りもしない罪を被せてきた先王も許せないが、その嘘に翻弄されて大切なお前を蔑ろにした自分自身が許せないよ。アリッサ、本当にすまない……」

 何故、先王はそんな嘘をついた挙句有りもしない罪で自分を罰したのか。
 それに対して言いようのない怒りが込み上げるが、それ以上に後ろめたさで愛娘に理不尽な結婚を強要させようとした自分が許せない。

「……お父様は本当に人が好い。貴族でそれはあまり褒められたものではありませんね。権力者によって食い物にされてしまいますから」

 まさしくその通りだ。権力者の言うことに何の疑いもなく素直に従った甘さが今回の件を招いた。子爵もそれを痛感し、力なく「そうだな……」と呟いた。

 サラが自害したと聞いた時、自ら彼の国へ行って自らの耳で事の顛末を聞いておけばよかったのだ。国王の言う事だからと安易に聞くべきではなかった。

「いくら悔やもうと時間は戻せません。お父様は最後まできちんと見届けてくださいませ。ご自分の甘さと、権力を持った方々がこぞって結果を」

 まるで審判を告げるかのようにそう言い放つアリッサは眩いまでに輝いていた。
 神々しさすら感じさせる高貴さにつくづく自分は娘の価値を見誤っていたと痛感する。

「……分かった。私が招いた結果だ、最後までちゃんと見届けるよ」

 後悔ばかり募るが、こうなってはもうどうしようもない。
 自分が招いた結果だ。どうなろうとも見届ける他ない。

 いつの間にか娘はここまでの権力を動かせるほどの手腕を持っていたのだと感心する一方で、そんな娘に理不尽なことをしてしまった自分の愚かさを恥じた。

「ところでお嬢様、この邸の主人はどうしているのですか? 全然姿を見ないのですが……」

「ああ、侯爵様なら身支度が整えられないので部屋から出られないそうよ」

「なんと……! それはいけませんね。明日あたり大旦那様がこちらにいらっしゃるというのに、主人がそのような有様では。大旦那様に対する不敬です。わたくしめがこの邸の使用人に代わって身支度を整えてさしあげませんと。お嬢様、ご当主の部屋はどちらでしょうか?」

「確か二階の奥だったと思うわ」

「ありがとうございます。では、早速行って参りますね」

 シーグラス家の使用人はそういってすぐに部屋を後にした。
 それも見た子爵はすぐにアリッサの方へと顔を向ける。

「大旦那様って……まさか、義父上がここに?」

「はい。お祖父様が明日こちらにいらっしゃる予定と聞いております。お父様、覚悟を決めてくださいまし」

 苦手な義理の父がここに来ると聞いた子爵は顔面蒼白となった。

 どんな結末でも見届けると豪語しておきながらこのザマか、とアリッサは白い目を向けるのだった。
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