理不尽には理不尽でお返しいたします

わらびもち

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最適解

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 なんだか頭がごちゃごちゃしてきた。一回状況を整理して考えよう。

 まず、今私は好きな人から求婚されていて、それを受けるべきか否かを迷っている状況にある。そして私が彼の求婚に時間をかけるかもしくは断った場合、何故か従兄によってシーグラス家の養女に強制的になるという謎の展開が待ち受けている。

 例えばここで求婚を断った場合、私はシーグラス家の養女になって誰か別の人のもとへ嫁ぐのだろうか。誰かって誰だろう……。

 次に求婚の返事を待たせた場合、私はシーグラス家の養女になった状態で殿下に嫁ぐことになる。こうなると殿下がたとえ伯爵になるのだとしてもシーグラス家の後ろ盾という強大な権力を持つことになる。そうなると現皇太子殿下と帝位を巡って争うことになるかもしれない。これが一番まずい。

 そして今、殿下の求婚を受けた場合、私はフロンティア子爵令嬢として伯爵となった殿下に嫁ぐ。これならば血縁者とはいえシーグラス家の後ろ盾は無いに等しい。

 ……うん、言わずもがな最後の選択が最適解だ。
 好きな人と結ばれて、帝国に内乱をもたらす恐れも無い。

 なら、もう色々悩んでいないで今度こそこの手を取ってもいいんじゃないだろうか?

 若干ムードのない求婚になってしまったが、元々そういうことを気にする性格でもないし、別にいい。

 腹をくくったアリッサはノアに向けて姿勢を正し、真っすぐ目を合わせた。

「殿下、求婚をお受けします。不束者ですが、末永くよろしくお願いします」

「アリッサ……!! 嬉しいよ、ありがとう! 必ず幸せにするから……ずっと傍にいてくれ」

 想いを通じ合わせた二人は互いに身を寄せきつく抱き合った。
 そのまま唇が触れ合うかと思ったその時、馬車の外から聞きなれた声が響いた。

「殿下、お取込み中のところ失礼いたします。そろそろ兵士達が邸内に突入したいそうなので道を空けるために馬車を移動させましょう」
 
 とてもいいところを邪魔された二人は恨みがましく馬車の外に目を向ける。
 声の主こそはたった今話題にのぼっていたシーグラス家の嫡男ドミニクで、彼が話をややこしくしてくれたせいで時間がかかってしまったのだ。それがなければ今頃口づけのひとつでも交わせていたかもしれないと思うと悔しく思えた。

「……分かった。すぐに移動させよう」

「ありがとうございます。それで求婚は上手くいきましたか?」

「君はデリカシーというものを母君の胎内に置いてきてしまったのか? こんな往来でそのような繊細な話題を出さないでくれ」

「おや、それは申し訳ございません」

 たいして悪びれもせず飄々とした口調で謝罪したドミニクが「失礼します」と告げて馬車の扉を開ける。すると彼の後ろにシーグラス翁が気まずそうな顔で佇んでいた。

「ドミニク……。やはり儂等は別の馬車に乗るべきではないか?」

「お祖父様、別の馬車にはヘブンズ伯爵と叔父上の二人だけにさせてあげると言ったではありませんか。先王のついた嘘のせいで長い間見当違いの怒りをぶつけてしまったことを詫びさせてほしいという伯爵の願いを叶えてあげねば」

「その二人への配慮はするくせにどうして殿下とアリッサにはしてやらぬのか……」

「え? だってもう求婚は終わっていますよね? だったらいいではありませんか。ねえ、殿下?」

 久しぶりに会えた二人の仲を邪魔するのは如何なものか、と気まずげな顔をするシーグラス翁。豪快な見た目だが無粋な真似に難色を示すあたり存外繊細な部分を持ち合わせていた。

 それに対してドミニクは見た目は繊細な美青年だというのに中身は繊細さの欠片もない。あっけらかんと悪びれもせず同意を求めてくる彼にノアは力なく「ああ……」と頷くしかなかった。

「ヘブンズ伯爵? 伯爵がどうしてお祖父様達と一緒にいるのですか?」

「いやなに、たまたま往来で会ったのよ。馬車が壊れて立ち往生していたので助けてやったまでのこと。まあ……いずれにせよ伯爵にはアリッサをこんなくだらない事に巻き込んだ落とし前をつけもらう予定だったからな。手間が省けてよかったわ」

「そうだったのですか……」

「伯爵も大分反省していてな。すっかり憔悴しきっておるわ。アリッサにも謝りたいと申しておったぞ」

「あら、別によろしいのに」

 あんなにも伯爵に対して怒りを感じていたアリッサだったが、ノアに求婚された嬉しさで今はもうそれがどうでもよくなっていた。好きな人の力ってすごいな……とうっとりするアリッサの頭にあることが浮かんだ。

(……そういえば、お父様って今女装姿だったわ。あの恰好で伯爵に会って大丈夫だったかしら)

 高齢の伯爵にあの姿は少々刺激が強すぎやしないかと一瞬心配したアリッサだったが、すぐに「まあいいか」と思い直す。そう思い直すあたり伯爵に対して少しだけ怒りは残っていたのかもしれない。

 馬車が発車し、バーティ侯爵家から遠ざかってゆく道中でアリッサはドミニクに先ほどのことを尋ねた。

「ところでドミニク従兄様、家督を奪って私を養女にするというお話を聞いたのですが本気なのですか?」

 責めるような口調で聞くと、ドミニクは悪びれもせず「そうだが?」と返した。

「……何故、そんな真似をなさろうと思ったのです?」

「何故、か……。お前はどうしてだと思った?」

「質問を質問で返さないでくださいませ。お答えいただけないのかしら?」

「そうだな。まずお前がどう考えたかを聞かせてくれ」

「従兄様はいつもそうやって答えを自分でおっしゃらないのね……」

 この人は昔からこうだ。勿体ぶった言い方で相手の出方を探る。
 従兄として付き合う分にはいいが、生涯を共にする伴侶ともなると疲れてしまう。
 だから昔この人と婚約までいかなかったんだよね……と心の中でため息をついた。

「では、僭越ながら私の考えを言わせていただきます。従兄様は……私をシーグラス家の令嬢にしたうえで殿下のもとに嫁がせたかったのでは? そうすればシーグラス家が後ろ盾となり殿下は次代の皇帝争いに参戦できますものね」

 穏やかではない話にノアが驚愕した顔でドミニクを見た。
 無表情だった彼の顔には微かな笑みが浮かんでおり、その反応が肯定を示しているように見える。

「……従兄様が何を考えているのかは分かりませんが、そうはさせませんよ」

「そうか、残念だ」

 この話はこれで終わりとばかりにアリッサとドミニクはそれきり黙ってしまった。
 ノアは信じられないものを見るような目をドミニクに向けており、シーグラス翁はとくに驚きもせず黙って外の風景を眺めていた。
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