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皇后となった彼女の人生
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それから数年が経ち、臣籍降下し伯爵となったノアと結婚したアリッサは穏やかな日々を過ごしていた。長年の恋を実らせた皇子と美しき令嬢の恋物語は帝国で歌劇の演目とされるほどとなる。そうして二人は帝国の民から羨望の的となった。
「奥様、そろそろ風が冷たくなって参りましたので邸の中へ入りましょう」
「そうね、体を冷やしてはいけないもの」
その日は天気が良かったのでアリッサは庭で編み物に興じていた。
彼女のお腹は少し膨らんでおり、まろやかな曲線を帯びている。
室内に入り、メイドが持ってきた蜂蜜を混ぜたホットミルクを一口飲む。
温かさがじんわりと体に染みて心地よい。
「旦那様はまだお戻りにならないの?」
「はい、そのようです」
「そう……。もう夕方になるのに……」
アリッサの夫ノアは朝から皇城へと登城している。
早朝に皇帝の使者がやってきて、急ぎ登城する旨を伝えられた夫はそのまま皇城へと向かい未だ戻って来ない。湧き上がる嫌な予感にアリッサはそっと胸を押さえた。
夜になり、ようやく戻って来た夫を出迎えたアリッサだが、彼の青白い顔にただならぬことが起こったのだと察した。
「お帰りなさいませ、旦那様。いったい何があったのですか?」
まさか皇帝陛下の身に何かあったのでは……と考えたアリッサの耳に入ってきたのはそれとは全く方向性の違う大変なことであった。
「ただいま、アリッサ。遅くなってすまない。実は……皇太子殿下が女性絡みの不祥事を起こして皇太子の座を剥奪されてしまったんだ……」
「え……? どういうことですか?」
ノアの話のよると、皇宮で皇后とお茶を楽しんでいた婚約者のもとへ皇太子がいきなり乱入してきて、何故かその場で婚約破棄を突きつけたそうだ。しかも、傍らに素性の知れぬ女性を侍らせて。
「皇太子殿下は気が触れてしまわれたのですか……? どうしてそのようなことを……」
「私にも異母兄上の気持ちはさっぱり分からない……。皇城でそれを聞かされた時もすぐには信じられなかったほどだ。もしや異母兄上の偽物が異母兄上を貶める為にやったのではないかとさえ思った。だが……」
尊敬していた異母兄の奇行を聞いてノアは一瞬頭が真っ白になった。
信じられない行動に初めは皆が自分を騙そうとしているのではないかと疑ってしまったほどだ。だが、現場に居合わせた皇后の口からそれが真実だと告げられ信じるしかなかった。
「しかも異母兄上は自分が連れてきた女性を皇太子妃にするとまで宣言なさったそうだ。そしてそれを茶席にいた他家の令嬢たちにも聞かれてしまった。こうなるともうそのことを無かったことには出来ない」
素性の知れない女を皇宮に入れることも、ましてや皇后のもとに連れて来ることも非常識で危険な行為だ。もしその女性が暗殺者だとしたらとんでもないことになる。おまけに皇太子妃を選出する権限は皇帝のみにあるので皇太子は越権行為をしたも同然。国家反逆罪を問われてもおかしくない言動だ。
「信じられない行動ですね……。その女性もいったい何者ですか?」
「それが、異母兄上が視察先で見初めた町娘だそうだ。一目で互いに好きになって、既に情も交わす仲だとか聞いてもいないのに茶席でペラペラと話したそうだ。茶席にいた令嬢の中には異母兄上の破廉恥で非常識な発言に気を失う者まで出たらしい」
「町娘ですって!? 信じられない……平民を皇太子妃にするだなんて気が触れております。それに女性の前でそんな品の無い発言をするなんて皇太子としてあるまじき言動です!」
「ああ、まったくだ。異母兄上はそんな下品な人じゃなかったのに……。それで、ここまでやらかしては異母兄上をこのまま皇太子の座に置いておくわけにもいかないと、皇帝陛下は異母兄上から皇太子の座を取り上げることにしたそうだ。そして……次の皇太子として私を指名すると……」
「旦那様を皇太子に……?」
その時、アリッサの脳裏にかつての祖父との会話が蘇る。
あの皇太子はいつか女性関係でやらかすかもしれないと、そしてそうなった場合ノアが次の皇太子に選ばれると。そして……アリッサは未来の皇后になるだろうと。
(ああ……お祖父様の勘が当たってしまったわ)
曾祖父のように気に入った女性を皇宮まで連れ去ってしまった皇太子。その当時にどのようなやり取りがあったかは分からないが、曾祖父と皇太子の違うところは前者は気に入った女性を愛妾として囲い立場も失わなかったが、後者は妃にすると言ったせいで立場を完全に失ってしまった。まあ前者は結局その気に入った女性に逃げられているが。
「ああ、そして君は伯爵夫人から皇太子妃になる。すまないアリッサ……。身重の時期に大変なことに巻き込んでしまって……」
今アリッサのお腹には待望の第一子が宿っている。
一番体を大切にしなければならない時期にこんな大事に巻き込んでしまって申し訳ない、とノアは項垂れた。
「いいえ、旦那様は何も悪くありません。こうなっては致し方ないかと。どのような立場になったとしても私は貴方を傍でお支え致しますわ」
「アリッサ……! ありがとう、これから先何があっても君を守ってみせるから……ずっと傍にいてくれ」
覚悟したアリッサは彼を支えるべくこの帝国の国母となる道を歩むと決めた。
その後、皇帝の計らいにより元皇太子の婚約者だった令嬢は他国の王太子の元へ輿入れすることが決まった。どうやら婚約者の令嬢とその王太子は昔馴染みで互いに仄かな恋心を抱いていたそう。元皇太子の自分勝手な行いに巻き込まれた令嬢が幸せな結婚を迎えられたことに安堵したし、これにより令嬢の家門と皇家の間に亀裂が入らずに済んだ。あちらは皇家に対して色々思うところがあるだろうが表向きは円満な関係のままでいようとしてくれる。
「あちらが円満な関係を保とうとしてくれるのはアリッサのおかげだろうね」
「私ですか?」
皇宮に移り住むための引っ越し準備をしている際、夫と会話をしている時にふとそんな話が出た。
「アリッサの背後にはシーグラス家がいる。この帝国でシーグラス家を敵に回したがる奴なんて存在しない。それくらいあの家の影響力は大きい」
仮に令嬢の家門が皇家と対立することとなれば、必然的に皇后となるアリッサの背後にあるシーグラス家とも対立することとなる。それを避けたいがために表向きは友好的な態度を保っているのだろうと。
「帝国でシーグラス家の存在はかようなまでに大きいのですね……。やはり養子縁組をしておいてよかったです」
ノアから皇太子になると告げられてすぐアリッサはシーグラス家に向かい養子縁組をお願いした。夫の為にも、産まれてくる子供の為にも後ろ盾は万全でなくてはならない。皇宮のような伏魔殿において子爵令嬢の肩書よりもシーグラス公爵令嬢の肩書の方が友好的だと踏んだからだ。
アリッサの頼みを既に家督を父親から奪っていた従兄のドミニクは満面の笑みで承諾した。むしろ彼の方が何故か歓喜していて少し引いてしまったほどだ。やはりお前は只人ではなかったのだな、と感極まったように言われて更に引いてしまったが……。
(もし、私がただの子爵令嬢だったなら旦那様と離婚させられていたかもしれないわね。私がシーグラスのお祖父様の孫娘だからそういう声が上がらなかったか、もしくは上がっていたとしても潰されたのか……。いずれにしても帝国内で面と向かってシーグラスに敵対しようとする者はそうそういないのでしょう)
皇太子が廃される場合、次の皇太子になる者が婚約者も受け継ぐことが多い。今回そうならなかったのはノアが既婚者だからというわけではない。妻のアリッサがシーグラス家の血縁者だからだ。
仮に二人を離婚させて元皇太子の婚約者をノアと再婚させたとすれば、皇家と婚約者の家門は揃ってアリッサを蔑ろにしてということになる。それはつまりシーグラス家に喧嘩を売ったも同然で、下手をすればアリッサの母国の二の舞を踏むかもしれない。おまけにノアとアリッサの馴れ初めは歌劇として上演され、二人の仲は民衆に周知されている。そんな状況で二人の仲を引き裂くような真似をすれば皇家も婚約者の家門も民衆の支持を失いかねない。
シーグラス家と民衆から反感を買えば権力者といえどもただではすまない。
だからこそ婚約者の令嬢には別の嫁ぎ先を用意したのだろう。
アリッサも仮に皇家がノアと離婚しろという理不尽な命令をしてきたのなら全力で抗うつもりだった。そんな理不尽な命令を黙って受け入れてたまるものかと。
これから自分が歩もうとしている道は一筋縄ではいかないことばかりが待ちうけているのだろう。理不尽なことも山程あるに違いない。だがそれでも黙って屈するものかと改めて決意した。
「旦那様、私頑張りますわ。貴方も、この子も必ず守ってみせます。だからこれからもどうぞよろしくお願いしますね」
「アリッサ……。うん、私も君とお腹の子を必ず守るよ。私の方こそどうか末永く共にいてくれ」
引っ越し準備の手を止め、そのまま抱き合う二人を使用人達は微笑ましく眺めていた。周囲も認めるほど二人は仲睦まじく、それはたとえノアが即位し皇帝になった後も変わらない。ノアは側妃も愛妾も持たず、生涯アリッサ一人だけを愛し続けた。
皇帝からの寵愛を一身に受け、彼との間に二人の皇子と一人の皇女をもうけたアリッサは生涯献身的に夫に尽くし続けた。時の帝を魅了した曾祖母譲りの美貌と祖父譲りの威風堂々たる態度、そして他者を圧倒し魅了する話術により瞬く間に誰しもが膝をつき首を垂れるほどの存在となり、歴史上最も偉大な賢后と語り継がれることとなった。
特に理不尽に決して屈しない姿は男女問わず多くの者から憧れの眼差しを向けられた。何者にも屈しない様は、決して他国に屈することのない帝国を表しているようだと評され、いつしかアリッサは『強き帝国の象徴』と呼ばれるようになる。
また、アリッサは皇后となった際にかつての母国の王族を国賓として帝国へ招いた。アリッサにしたやらかしが知られ、他国から爪はじきになっていた母国を救うために。民に罪はありませんから、と寛大な心で自分に理不尽な行いを強いた母国を許す姿は帝国のみならず他国からも称賛を受けた。
後の世にもアリッサの偉業とその強く気高いな精神はいつまでも語り継がれることとなる。帝国の民が最も好む歴史上の人物で三本指に入るほど絶大な人気を誇っていた。
「あのとき理不尽に屈さなかったからこそ、今こうして愛する家族と過ごし、民の母になるという幸福を得たわ」
これは度々アリッサが皇宮で近しい者に零していた言葉であったと、彼女の人生を綴った歴史書にひっそりと記されている。
────────────────────────
これにて完結です。
最後までお読みいただきありがとうございました!
また次回作もお読みいただけたら幸いです。
「奥様、そろそろ風が冷たくなって参りましたので邸の中へ入りましょう」
「そうね、体を冷やしてはいけないもの」
その日は天気が良かったのでアリッサは庭で編み物に興じていた。
彼女のお腹は少し膨らんでおり、まろやかな曲線を帯びている。
室内に入り、メイドが持ってきた蜂蜜を混ぜたホットミルクを一口飲む。
温かさがじんわりと体に染みて心地よい。
「旦那様はまだお戻りにならないの?」
「はい、そのようです」
「そう……。もう夕方になるのに……」
アリッサの夫ノアは朝から皇城へと登城している。
早朝に皇帝の使者がやってきて、急ぎ登城する旨を伝えられた夫はそのまま皇城へと向かい未だ戻って来ない。湧き上がる嫌な予感にアリッサはそっと胸を押さえた。
夜になり、ようやく戻って来た夫を出迎えたアリッサだが、彼の青白い顔にただならぬことが起こったのだと察した。
「お帰りなさいませ、旦那様。いったい何があったのですか?」
まさか皇帝陛下の身に何かあったのでは……と考えたアリッサの耳に入ってきたのはそれとは全く方向性の違う大変なことであった。
「ただいま、アリッサ。遅くなってすまない。実は……皇太子殿下が女性絡みの不祥事を起こして皇太子の座を剥奪されてしまったんだ……」
「え……? どういうことですか?」
ノアの話のよると、皇宮で皇后とお茶を楽しんでいた婚約者のもとへ皇太子がいきなり乱入してきて、何故かその場で婚約破棄を突きつけたそうだ。しかも、傍らに素性の知れぬ女性を侍らせて。
「皇太子殿下は気が触れてしまわれたのですか……? どうしてそのようなことを……」
「私にも異母兄上の気持ちはさっぱり分からない……。皇城でそれを聞かされた時もすぐには信じられなかったほどだ。もしや異母兄上の偽物が異母兄上を貶める為にやったのではないかとさえ思った。だが……」
尊敬していた異母兄の奇行を聞いてノアは一瞬頭が真っ白になった。
信じられない行動に初めは皆が自分を騙そうとしているのではないかと疑ってしまったほどだ。だが、現場に居合わせた皇后の口からそれが真実だと告げられ信じるしかなかった。
「しかも異母兄上は自分が連れてきた女性を皇太子妃にするとまで宣言なさったそうだ。そしてそれを茶席にいた他家の令嬢たちにも聞かれてしまった。こうなるともうそのことを無かったことには出来ない」
素性の知れない女を皇宮に入れることも、ましてや皇后のもとに連れて来ることも非常識で危険な行為だ。もしその女性が暗殺者だとしたらとんでもないことになる。おまけに皇太子妃を選出する権限は皇帝のみにあるので皇太子は越権行為をしたも同然。国家反逆罪を問われてもおかしくない言動だ。
「信じられない行動ですね……。その女性もいったい何者ですか?」
「それが、異母兄上が視察先で見初めた町娘だそうだ。一目で互いに好きになって、既に情も交わす仲だとか聞いてもいないのに茶席でペラペラと話したそうだ。茶席にいた令嬢の中には異母兄上の破廉恥で非常識な発言に気を失う者まで出たらしい」
「町娘ですって!? 信じられない……平民を皇太子妃にするだなんて気が触れております。それに女性の前でそんな品の無い発言をするなんて皇太子としてあるまじき言動です!」
「ああ、まったくだ。異母兄上はそんな下品な人じゃなかったのに……。それで、ここまでやらかしては異母兄上をこのまま皇太子の座に置いておくわけにもいかないと、皇帝陛下は異母兄上から皇太子の座を取り上げることにしたそうだ。そして……次の皇太子として私を指名すると……」
「旦那様を皇太子に……?」
その時、アリッサの脳裏にかつての祖父との会話が蘇る。
あの皇太子はいつか女性関係でやらかすかもしれないと、そしてそうなった場合ノアが次の皇太子に選ばれると。そして……アリッサは未来の皇后になるだろうと。
(ああ……お祖父様の勘が当たってしまったわ)
曾祖父のように気に入った女性を皇宮まで連れ去ってしまった皇太子。その当時にどのようなやり取りがあったかは分からないが、曾祖父と皇太子の違うところは前者は気に入った女性を愛妾として囲い立場も失わなかったが、後者は妃にすると言ったせいで立場を完全に失ってしまった。まあ前者は結局その気に入った女性に逃げられているが。
「ああ、そして君は伯爵夫人から皇太子妃になる。すまないアリッサ……。身重の時期に大変なことに巻き込んでしまって……」
今アリッサのお腹には待望の第一子が宿っている。
一番体を大切にしなければならない時期にこんな大事に巻き込んでしまって申し訳ない、とノアは項垂れた。
「いいえ、旦那様は何も悪くありません。こうなっては致し方ないかと。どのような立場になったとしても私は貴方を傍でお支え致しますわ」
「アリッサ……! ありがとう、これから先何があっても君を守ってみせるから……ずっと傍にいてくれ」
覚悟したアリッサは彼を支えるべくこの帝国の国母となる道を歩むと決めた。
その後、皇帝の計らいにより元皇太子の婚約者だった令嬢は他国の王太子の元へ輿入れすることが決まった。どうやら婚約者の令嬢とその王太子は昔馴染みで互いに仄かな恋心を抱いていたそう。元皇太子の自分勝手な行いに巻き込まれた令嬢が幸せな結婚を迎えられたことに安堵したし、これにより令嬢の家門と皇家の間に亀裂が入らずに済んだ。あちらは皇家に対して色々思うところがあるだろうが表向きは円満な関係のままでいようとしてくれる。
「あちらが円満な関係を保とうとしてくれるのはアリッサのおかげだろうね」
「私ですか?」
皇宮に移り住むための引っ越し準備をしている際、夫と会話をしている時にふとそんな話が出た。
「アリッサの背後にはシーグラス家がいる。この帝国でシーグラス家を敵に回したがる奴なんて存在しない。それくらいあの家の影響力は大きい」
仮に令嬢の家門が皇家と対立することとなれば、必然的に皇后となるアリッサの背後にあるシーグラス家とも対立することとなる。それを避けたいがために表向きは友好的な態度を保っているのだろうと。
「帝国でシーグラス家の存在はかようなまでに大きいのですね……。やはり養子縁組をしておいてよかったです」
ノアから皇太子になると告げられてすぐアリッサはシーグラス家に向かい養子縁組をお願いした。夫の為にも、産まれてくる子供の為にも後ろ盾は万全でなくてはならない。皇宮のような伏魔殿において子爵令嬢の肩書よりもシーグラス公爵令嬢の肩書の方が友好的だと踏んだからだ。
アリッサの頼みを既に家督を父親から奪っていた従兄のドミニクは満面の笑みで承諾した。むしろ彼の方が何故か歓喜していて少し引いてしまったほどだ。やはりお前は只人ではなかったのだな、と感極まったように言われて更に引いてしまったが……。
(もし、私がただの子爵令嬢だったなら旦那様と離婚させられていたかもしれないわね。私がシーグラスのお祖父様の孫娘だからそういう声が上がらなかったか、もしくは上がっていたとしても潰されたのか……。いずれにしても帝国内で面と向かってシーグラスに敵対しようとする者はそうそういないのでしょう)
皇太子が廃される場合、次の皇太子になる者が婚約者も受け継ぐことが多い。今回そうならなかったのはノアが既婚者だからというわけではない。妻のアリッサがシーグラス家の血縁者だからだ。
仮に二人を離婚させて元皇太子の婚約者をノアと再婚させたとすれば、皇家と婚約者の家門は揃ってアリッサを蔑ろにしてということになる。それはつまりシーグラス家に喧嘩を売ったも同然で、下手をすればアリッサの母国の二の舞を踏むかもしれない。おまけにノアとアリッサの馴れ初めは歌劇として上演され、二人の仲は民衆に周知されている。そんな状況で二人の仲を引き裂くような真似をすれば皇家も婚約者の家門も民衆の支持を失いかねない。
シーグラス家と民衆から反感を買えば権力者といえどもただではすまない。
だからこそ婚約者の令嬢には別の嫁ぎ先を用意したのだろう。
アリッサも仮に皇家がノアと離婚しろという理不尽な命令をしてきたのなら全力で抗うつもりだった。そんな理不尽な命令を黙って受け入れてたまるものかと。
これから自分が歩もうとしている道は一筋縄ではいかないことばかりが待ちうけているのだろう。理不尽なことも山程あるに違いない。だがそれでも黙って屈するものかと改めて決意した。
「旦那様、私頑張りますわ。貴方も、この子も必ず守ってみせます。だからこれからもどうぞよろしくお願いしますね」
「アリッサ……。うん、私も君とお腹の子を必ず守るよ。私の方こそどうか末永く共にいてくれ」
引っ越し準備の手を止め、そのまま抱き合う二人を使用人達は微笑ましく眺めていた。周囲も認めるほど二人は仲睦まじく、それはたとえノアが即位し皇帝になった後も変わらない。ノアは側妃も愛妾も持たず、生涯アリッサ一人だけを愛し続けた。
皇帝からの寵愛を一身に受け、彼との間に二人の皇子と一人の皇女をもうけたアリッサは生涯献身的に夫に尽くし続けた。時の帝を魅了した曾祖母譲りの美貌と祖父譲りの威風堂々たる態度、そして他者を圧倒し魅了する話術により瞬く間に誰しもが膝をつき首を垂れるほどの存在となり、歴史上最も偉大な賢后と語り継がれることとなった。
特に理不尽に決して屈しない姿は男女問わず多くの者から憧れの眼差しを向けられた。何者にも屈しない様は、決して他国に屈することのない帝国を表しているようだと評され、いつしかアリッサは『強き帝国の象徴』と呼ばれるようになる。
また、アリッサは皇后となった際にかつての母国の王族を国賓として帝国へ招いた。アリッサにしたやらかしが知られ、他国から爪はじきになっていた母国を救うために。民に罪はありませんから、と寛大な心で自分に理不尽な行いを強いた母国を許す姿は帝国のみならず他国からも称賛を受けた。
後の世にもアリッサの偉業とその強く気高いな精神はいつまでも語り継がれることとなる。帝国の民が最も好む歴史上の人物で三本指に入るほど絶大な人気を誇っていた。
「あのとき理不尽に屈さなかったからこそ、今こうして愛する家族と過ごし、民の母になるという幸福を得たわ」
これは度々アリッサが皇宮で近しい者に零していた言葉であったと、彼女の人生を綴った歴史書にひっそりと記されている。
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これにて完結です。
最後までお読みいただきありがとうございました!
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