理不尽には理不尽でお返しいたします

わらびもち

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祖父の勘

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「少しだけ昔話をしよう。儂の母、お前にとっての曾祖母の話を」

「曾お祖母様の話……?」

 どうして急にそんな話をするのだろうと訝しむアリッサだが、黙って耳を傾けた。
 類まれなる美貌で時の皇帝を虜にしたという曾祖母。皇帝から寵愛を受ける身でありながら祖父を身籠ると同時にさっさと王宮を出て市井で暮らし始めたという一風変わった性格をしていたと聞いたことがある。

 粉雪のように儚げで透明感のある美貌を持ちながらもその中身はかなり豪気な気性だったという。そんな曾祖母の話にはかなり興味をそそられた。

「ありがちな話だが鷹狩りの為に滞在した邸で当時の皇帝が母を見初めた。そしてそのまま母を王宮へと連れ去った、というのが二人の馴れ初めだ」

「なかなかロマンティックなお話ですこと。滞在先の邸の令嬢を見初めた若き皇帝、なんてまるで恋愛物語のようですね」

「いや、少し違う。母はその邸で働いていたメイドだ。邸には令嬢もいたのに父はそちらに目もくれず母に一目惚れしたそうだ」

「……それは令嬢の面目丸潰れですね」

「それはもう。まあ、そこはいいとして問題は気に入った女を連れ去るというだ。母の意志を尊重せず、権力者だから許されるという傲慢さは褒められたものではない。母は父のそういう傲慢さが嫌で王宮を出てしまった。嫌がって止めようとする父にきっぱりと拒絶を示してな。貴方は私の意志を尊重してくれませんでしたので私も貴方の意志を尊重しません、とな」

「曾お祖母様が皇帝陛下を拒絶!? しかもそんなことまでおっしゃったのですか?最高権力者相手にそのようなことをするなんて……凄い胆力の持ち主ですね」

「ああ、丁度お前とそっくりな性格をしていた。お前だって同じ状況なら断るだろう?」

「……確かに、そうですね」

 皇帝とはいえこちらの意思も聞かず勝手に連れ去っていくようなら不信感を抱くだろうし、それ以降心を開くとも思えない。最初にこちらの意思を聞いてくれない時点でもうこいつは駄目だと切り捨ててしまうと思う。

「お祖父様、どうして曾お祖母様の話をなさったのですか? いったい何をおっしゃりたいの?」

 なかなか興味深い話ではあったが、どうしてこのタイミングでその話をしてきたのか分からない。

「……現皇太子殿下は我が父によく似ている。どの分野においても優秀で、眉目秀麗かつ自信に満ち溢れた王者に相応しい気質。それに挫折一つしたことの無いところも若き父によく似ておる。父は母に拒絶されたことで初めて挫折と皇帝とはいえ思い通りにならないこともあること知ったそうだ」

「お祖父様……。まさかとは思いますが、皇太子殿下がどこぞの女性に一目惚れして皇宮に連れ帰るのではないかとおっしゃりたいの? 馬鹿馬鹿しいですわ、そんなことをすればご自分がどうなるか知らないわけではないでしょうに。憶測で不敬なことを言うのはよろしくありませんことよ……」

 皇太子は帝国貴族の中でも一番歴史が古く社交界に影響力のある家の令嬢と婚約している。そのようなことをすれば婚約者の令嬢を侮辱したも同然であり、ひいては家門全体に喧嘩を売ることになる。そうなった場合自分の立場は完全に危うくなると皇太子も理解しているはずだ。だからそんなことは起きようがない、とアリッサは一笑に付した。

 この話はこれで終わり、とばかりに強引に話題を変えたアリッサだったが心の奥底では嫌な予感が燻っていた。祖父のはただの根拠のない予想に過ぎない。それなのに頭のどこかでそれが確定事項であるかのように考えてしまう。

(お祖父様の勘は当たることが多いのよね……。ううん、多いというだけで外れることもあるのだし……あまり深く考えるのは止しましょう)

 アリッサはそれ以上考えないようにした。
 そんなことが起こり得るはずがないのだと。

 しかしこの時の祖父の勘は後に最悪の形で当たることになる。
 そしてアリッサは波乱に満ちた人生を送ることになることを、今の彼女はまだ知らない。
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