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シーザーの主人
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現在ダニエルは王都のタウンハウスに滞在していた。
愛するアニーがいる領地の邸から離れることになってまでここにいる理由は一つ。婚約者となったジュリアーナ姫を口説き落として少しでも早く領地に連れ帰るためだ。
ダニエルの側仕えとして共にやってきたシーザーは主人の歪んだ目的までは知らない。
血筋に対する劣等感を拗らせてこうなったと思っている。
まあそれも間違っていないのだが、真の目的は愛人が産んだ子の母親にするためという訳の分からないものだ。それを知っていれば殴ってでも止めたことだろう。
このようにダニエルに全く甘くないシーザーだが、主の奇行を積極的に止めようとも改善しようともしない。口では煩く言うが強制的に従わせようという様子は見せない。あんなにも非常識な言動をするというのに。
しかしそれには理由がある。
実は彼にはダニエルとは別の……いや、彼が仕えるべき真の主人は別にいるからだ。
領地へと一時的に戻って来たシーザーはオーガスタ邸に寄るよりまず行くべき場所があった。それはダニエルの叔父が住むお邸だ。
「奥様、ただいま戻りました」
慣れた様子でダニエルの叔父の邸内を進み、奥にある部屋へと向かう。
「ご苦労様です、シーザー。どうです? ダニエル卿の様子は……」
「はい。相変わらずこちらの想像を遥かに超えてきます」
優雅にシーザーを出迎える貴婦人。彼女はダニエルの叔父の妻であり次の当主にと一族に推薦されているクリストファーの母、ラティーシャ夫人である。
「そう……。くれぐれも王女殿下に必要以上の無礼を働かないよう目を見張らせてちょうだい。オーガスタ家が没落することのないよう、ダニエル卿一人が失脚するように調整してね」
「心得ております、奥様」
ラティーシャ夫人こそがシーザーの真の主人である。
夫人は自分の子をオーガスタ家の当主に据える為、現当主の失脚を誘発させるとの密命をシーザーに託し、ダニエルのもとへと潜り込ませた。
もともと頭が残念なダニエルの失脚を狙うのは容易いことだったが、王女と婚約したことによりそれも難しくなった。流石に王女の婚約者を当主の座から引きずり下ろすことは出来ない。
ならば王女に無礼を働き、不敬な輩だと婚約破棄されてしまえばよい。
そう考えていた夫人だが、シーザーから聞いたダニエルのあまりの馬鹿さ加減に対処を間違えるとオーガスタ家自体が没落すると危惧するようになった。
「あの男を当主の座から引きずり下ろす算段はついていたというのに……まさか王女殿下と婚約するとは。中々危機感に優れていること……」
ラティーシャ夫人はダニエルが当主の座から降ろされないようにするため王女という権力を味方につけようとしたと考えていた。王女と婚約するという事は結果的にそうなるのだが、ダニエルはそこまで考えてはいない。
「ただ、せっかく王女殿下という最高の切り札が手に入ったというのに蔑ろにしているというのは解せないわね。だけど王女相手にそのような不敬を働いているのなら婚約破棄もすぐかしら? 殿下のご様子はどう?」
「いえ、それが王女殿下はよほど御心が広いのか一向に婚約を破棄するという態度は見受けられません。贈り物一つ渡さない、隙あらば二人きりになろうとする紳士さの欠片も無いケチな男を嫌悪せず、婚約をお続けになっております。それどころか殿下はオーガスタ家を訪問なさりたいとおっしゃっているようでして」
「……王女殿下はよほど御心が広いのね。わたくしだったらとっくに見限っていると思うわ。それにしてもオーガスタ家を訪問……ね」
ラティーシャ夫人はしばし考えた後、ゆっくりと口を開いた。
「ならばそれに合わせてわたくしもオーガスタ家へと滞在しましょう」
「奥様が? しかしながら放っておけばダニエル様は王女殿下に無礼を働くでしょうし、今度こそ不興を買うのでは? そうすれば婚約は破棄されるのではないですか?」
王女が婚約破棄してくれさえすれば今度こそダニエルを当主の座から引きずり下ろすことが出来る。ならば今回の訪問はうってつけだ。上手くもてなすことが出来ず、それどころか無礼を働けば今度こそ王女は怒って婚約を破棄してくれるかもしれない。
「先ほどお前も言ったでしょう? ダニエル卿はこちらの想像を遥かに超えると。卿本人のみが責を負えることならばよいのだけど、オーガスタ家のみならず一族までもその責任を負うほどの無礼を働かれたらたまらないわ。馬鹿の行動で連座などごめんよ」
「ああ……それは確かに」
「それにこちらが介入しないと、何を血迷ったのかあの平民の愛人に王女殿下へのもてなしを頼むかもしれないわ。そんなことをすればとんでもない不敬罪よ。何より王族の訪問という栄誉を不敬で返すなどオーガスタ家の名に泥を塗る行為だわ。そんなこと許せなくてよ」
平民が貴族の邸で客人をもてなすというのは正気を疑うような行為だが、ダニエルなら平気でやりそうで怖い。そんなことをすればオーガスタ家は社交界で笑い者になってしまう。いずれは己の息子が座るであろう当主の椅子を汚すような行為を夫人は決して許さなかった。
「邸の者達に指示を出すのはわたくしの方でやっておきます。貴方は再びダニエル卿の監視に戻りなさい」
こうしてジュリアーナの訪問への準備はラティーシャ夫人が担うこととなった。
これによりオーガスタ家は一族郎党処刑という未来を免れたのだが、それを知る者は誰もいない───。
愛するアニーがいる領地の邸から離れることになってまでここにいる理由は一つ。婚約者となったジュリアーナ姫を口説き落として少しでも早く領地に連れ帰るためだ。
ダニエルの側仕えとして共にやってきたシーザーは主人の歪んだ目的までは知らない。
血筋に対する劣等感を拗らせてこうなったと思っている。
まあそれも間違っていないのだが、真の目的は愛人が産んだ子の母親にするためという訳の分からないものだ。それを知っていれば殴ってでも止めたことだろう。
このようにダニエルに全く甘くないシーザーだが、主の奇行を積極的に止めようとも改善しようともしない。口では煩く言うが強制的に従わせようという様子は見せない。あんなにも非常識な言動をするというのに。
しかしそれには理由がある。
実は彼にはダニエルとは別の……いや、彼が仕えるべき真の主人は別にいるからだ。
領地へと一時的に戻って来たシーザーはオーガスタ邸に寄るよりまず行くべき場所があった。それはダニエルの叔父が住むお邸だ。
「奥様、ただいま戻りました」
慣れた様子でダニエルの叔父の邸内を進み、奥にある部屋へと向かう。
「ご苦労様です、シーザー。どうです? ダニエル卿の様子は……」
「はい。相変わらずこちらの想像を遥かに超えてきます」
優雅にシーザーを出迎える貴婦人。彼女はダニエルの叔父の妻であり次の当主にと一族に推薦されているクリストファーの母、ラティーシャ夫人である。
「そう……。くれぐれも王女殿下に必要以上の無礼を働かないよう目を見張らせてちょうだい。オーガスタ家が没落することのないよう、ダニエル卿一人が失脚するように調整してね」
「心得ております、奥様」
ラティーシャ夫人こそがシーザーの真の主人である。
夫人は自分の子をオーガスタ家の当主に据える為、現当主の失脚を誘発させるとの密命をシーザーに託し、ダニエルのもとへと潜り込ませた。
もともと頭が残念なダニエルの失脚を狙うのは容易いことだったが、王女と婚約したことによりそれも難しくなった。流石に王女の婚約者を当主の座から引きずり下ろすことは出来ない。
ならば王女に無礼を働き、不敬な輩だと婚約破棄されてしまえばよい。
そう考えていた夫人だが、シーザーから聞いたダニエルのあまりの馬鹿さ加減に対処を間違えるとオーガスタ家自体が没落すると危惧するようになった。
「あの男を当主の座から引きずり下ろす算段はついていたというのに……まさか王女殿下と婚約するとは。中々危機感に優れていること……」
ラティーシャ夫人はダニエルが当主の座から降ろされないようにするため王女という権力を味方につけようとしたと考えていた。王女と婚約するという事は結果的にそうなるのだが、ダニエルはそこまで考えてはいない。
「ただ、せっかく王女殿下という最高の切り札が手に入ったというのに蔑ろにしているというのは解せないわね。だけど王女相手にそのような不敬を働いているのなら婚約破棄もすぐかしら? 殿下のご様子はどう?」
「いえ、それが王女殿下はよほど御心が広いのか一向に婚約を破棄するという態度は見受けられません。贈り物一つ渡さない、隙あらば二人きりになろうとする紳士さの欠片も無いケチな男を嫌悪せず、婚約をお続けになっております。それどころか殿下はオーガスタ家を訪問なさりたいとおっしゃっているようでして」
「……王女殿下はよほど御心が広いのね。わたくしだったらとっくに見限っていると思うわ。それにしてもオーガスタ家を訪問……ね」
ラティーシャ夫人はしばし考えた後、ゆっくりと口を開いた。
「ならばそれに合わせてわたくしもオーガスタ家へと滞在しましょう」
「奥様が? しかしながら放っておけばダニエル様は王女殿下に無礼を働くでしょうし、今度こそ不興を買うのでは? そうすれば婚約は破棄されるのではないですか?」
王女が婚約破棄してくれさえすれば今度こそダニエルを当主の座から引きずり下ろすことが出来る。ならば今回の訪問はうってつけだ。上手くもてなすことが出来ず、それどころか無礼を働けば今度こそ王女は怒って婚約を破棄してくれるかもしれない。
「先ほどお前も言ったでしょう? ダニエル卿はこちらの想像を遥かに超えると。卿本人のみが責を負えることならばよいのだけど、オーガスタ家のみならず一族までもその責任を負うほどの無礼を働かれたらたまらないわ。馬鹿の行動で連座などごめんよ」
「ああ……それは確かに」
「それにこちらが介入しないと、何を血迷ったのかあの平民の愛人に王女殿下へのもてなしを頼むかもしれないわ。そんなことをすればとんでもない不敬罪よ。何より王族の訪問という栄誉を不敬で返すなどオーガスタ家の名に泥を塗る行為だわ。そんなこと許せなくてよ」
平民が貴族の邸で客人をもてなすというのは正気を疑うような行為だが、ダニエルなら平気でやりそうで怖い。そんなことをすればオーガスタ家は社交界で笑い者になってしまう。いずれは己の息子が座るであろう当主の椅子を汚すような行為を夫人は決して許さなかった。
「邸の者達に指示を出すのはわたくしの方でやっておきます。貴方は再びダニエル卿の監視に戻りなさい」
こうしてジュリアーナの訪問への準備はラティーシャ夫人が担うこととなった。
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