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名付け
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「セイラ、しばらくここでアニーと息子の面倒を見てくれないか?」
その日の夜半過ぎ、用事を終えて再びアニーの住む邸へと戻って来たダニエルは乳母のセイラにそう頼み込んだ。夜も遅いのでアニーはとっくに眠りについている。どうも今日はすれ違ってしまうな、とダニエルは不満を零していた。
「旦那様……アニー様とお子様は別の邸に住まわせるはずではなかったのですか?」
叔父との約束では王女の滞在中にアニーと縁を切らねば当主を罷免する、となっているはず。ここにアニーがいてはそれが成されていないことになり、ダニエルは当主の座を追われてしまう。
「確かに御子様はまだ産まれたばかりのか弱い存在ですのですぐに移動はさせない方がいいとは思われます。でも、せめてアニー様だけでもここから居を移さないと不味いのではないですか?」
そうすれば子供の教育に悪影響を及ぼしかねない母親と離すことができる。しかしそんなセイラの企みはむなしく却下されてしまう。
「いや、ここが一番安全だからアニーと息子はこのままにしてくれ」
「はい? 安全とは……」
微妙に会話が噛み合っていないうえに“安全”という意味が分からずセイラは首を傾げた。
ここにアニーを滞在させていたら当主の座を下ろされるというのに、何が安全なのだろうか。
「とにかく、しばらくよろしく頼む」
「はあ……かしこまりました」
「そしてしばらく私はここへ来られないだろうから、アニーにはよろしく言っておいてくれ」
「あら、忙しいのですか?」
「ああ、やらなくてはならない事が出来たのでな」
やらなくてはならないこととは何だろう、とセイラは不思議に思った。
だが、もしかしたら溜まっている仕事を片付けろと子爵に叱られでもしたのかとあまり気にせず頷いた。
「分かりました。どうぞアニー様のことも御子様のこともこのセイラにお任せください」
「頼もしいな、流石はセイラだ。ああ、それと息子の名前はルイにしようと思うのだが……どうかな?」
「素敵なお名前ですね。きっと喜ばれるでしょう」
貴族社会において子供の名付けは父親がするもの。そこに産んだ母親の意志は反映しない。それが貴族の当たり前の風習だった為、セイラもダニエルが子供の名前をつけたことを当然だと考えていた。
それが違うと知ったのは、翌朝目覚めたばかりのアニーに子供の名前を伝えた時だ。
「えー!? ダニエルが勝手に赤ちゃんの名前を決めちゃったの? 二人で決めようと思っていたのに……何それ!」
爽やかな朝の空気が一変するほどの大声でアニーが泣き叫ぶ。
平民の間では子供の名前は夫婦で話し合って決めるものであり、こんな風に夫が勝手に決めるのは有り得ないことだった。
「ひどい、ひどい……ひどい! 子供を産んでから顔も見せてくれないし……ダニエルはもうアタシのことなんて好きじゃないのね!? うわああああん……」
子供みたいに泣きじゃくるアニーにセイラは一瞬驚きはしたものの、すぐに目を般若のように吊り上げ片腕を大きく振りかぶった。
パアンッ…………!
「……………………え?」
乾いた音が部屋に響いたと同時にアニーの泣き声も止んだ。
「セ、セイラさん…………?」
遅れてやってきた頬の痛みにアニーはそこで初めて自分がぶたれたのだと理解した。
ぶった相手は勿論、目の前で般若の形相で睨みつけてくる女……セイラだ。
その事実が受け入れられず、呆けた声でアニーは目の前の女の名を呼ぶ。
「思い上がりも大概になさい! 卑しい平民の孤児の分際で旦那様を罵るなど言語道断! 高貴な血筋の子を産めただけでも光栄だと思いなさい!!」
あの優しかったセイラの口から出てくる差別発言の数々にアニーは頭が真っ白になった。
その日の夜半過ぎ、用事を終えて再びアニーの住む邸へと戻って来たダニエルは乳母のセイラにそう頼み込んだ。夜も遅いのでアニーはとっくに眠りについている。どうも今日はすれ違ってしまうな、とダニエルは不満を零していた。
「旦那様……アニー様とお子様は別の邸に住まわせるはずではなかったのですか?」
叔父との約束では王女の滞在中にアニーと縁を切らねば当主を罷免する、となっているはず。ここにアニーがいてはそれが成されていないことになり、ダニエルは当主の座を追われてしまう。
「確かに御子様はまだ産まれたばかりのか弱い存在ですのですぐに移動はさせない方がいいとは思われます。でも、せめてアニー様だけでもここから居を移さないと不味いのではないですか?」
そうすれば子供の教育に悪影響を及ぼしかねない母親と離すことができる。しかしそんなセイラの企みはむなしく却下されてしまう。
「いや、ここが一番安全だからアニーと息子はこのままにしてくれ」
「はい? 安全とは……」
微妙に会話が噛み合っていないうえに“安全”という意味が分からずセイラは首を傾げた。
ここにアニーを滞在させていたら当主の座を下ろされるというのに、何が安全なのだろうか。
「とにかく、しばらくよろしく頼む」
「はあ……かしこまりました」
「そしてしばらく私はここへ来られないだろうから、アニーにはよろしく言っておいてくれ」
「あら、忙しいのですか?」
「ああ、やらなくてはならない事が出来たのでな」
やらなくてはならないこととは何だろう、とセイラは不思議に思った。
だが、もしかしたら溜まっている仕事を片付けろと子爵に叱られでもしたのかとあまり気にせず頷いた。
「分かりました。どうぞアニー様のことも御子様のこともこのセイラにお任せください」
「頼もしいな、流石はセイラだ。ああ、それと息子の名前はルイにしようと思うのだが……どうかな?」
「素敵なお名前ですね。きっと喜ばれるでしょう」
貴族社会において子供の名付けは父親がするもの。そこに産んだ母親の意志は反映しない。それが貴族の当たり前の風習だった為、セイラもダニエルが子供の名前をつけたことを当然だと考えていた。
それが違うと知ったのは、翌朝目覚めたばかりのアニーに子供の名前を伝えた時だ。
「えー!? ダニエルが勝手に赤ちゃんの名前を決めちゃったの? 二人で決めようと思っていたのに……何それ!」
爽やかな朝の空気が一変するほどの大声でアニーが泣き叫ぶ。
平民の間では子供の名前は夫婦で話し合って決めるものであり、こんな風に夫が勝手に決めるのは有り得ないことだった。
「ひどい、ひどい……ひどい! 子供を産んでから顔も見せてくれないし……ダニエルはもうアタシのことなんて好きじゃないのね!? うわああああん……」
子供みたいに泣きじゃくるアニーにセイラは一瞬驚きはしたものの、すぐに目を般若のように吊り上げ片腕を大きく振りかぶった。
パアンッ…………!
「……………………え?」
乾いた音が部屋に響いたと同時にアニーの泣き声も止んだ。
「セ、セイラさん…………?」
遅れてやってきた頬の痛みにアニーはそこで初めて自分がぶたれたのだと理解した。
ぶった相手は勿論、目の前で般若の形相で睨みつけてくる女……セイラだ。
その事実が受け入れられず、呆けた声でアニーは目の前の女の名を呼ぶ。
「思い上がりも大概になさい! 卑しい平民の孤児の分際で旦那様を罵るなど言語道断! 高貴な血筋の子を産めただけでも光栄だと思いなさい!!」
あの優しかったセイラの口から出てくる差別発言の数々にアニーは頭が真っ白になった。
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