初恋が綺麗に終わらない

わらびもち

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ベロニカを狙う者

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「まあ……とても綺麗よ、ベロニカ……」

 ヴィクトリア伯爵夫人は花嫁衣裳に身を包んだ娘を見て感嘆の息を漏らす。
 あんな小さかった娘がこんなに大きくなって……という感動と、大切な娘が自分の手許から離れてしまう寂しさ。    

 それが同時に胸を打ち、夫人のベロニカと同色の瞳から涙が零れた。

「うっ、ぐすっ……お嫁にいってしまうのだな、ベロニカ……」

 伯爵は愛娘の嫁入りに涙が零れるどころか溢れて止まらない。
 
「お父様、お母様、わたくしをここまで育てて頂きありがとうございました。わたくしは今日よりコンラッド侯爵家の女主人となり、領民の為にこの身を尽くして参ります」

 純白の花嫁衣裳を纏う堂々とした姿はもはや庇護を必要とする令嬢ではなく、家を守る女主人として風格を感じさせる。

 娘の成長した立派な姿に伯爵夫妻は再び歓喜の涙を流した。

「失礼する。…………ああ、実に美しいな。私の花嫁は……」

 控室に入ってきた花婿は、己の花嫁の姿を見てうっとりと目を細めた。

「ディミトリ様も素敵です。いつにも増して凛々しいお姿ですわ」

 花婿に嬉しそうに寄り添う花嫁は実に幸せそうだ。
 
「式までもう少し時間がある。ベロニカは義母君と共にここで休んでいてくれ。お義父君、少々話があるのだがよろしいか?」

 花婿である侯爵は蕩けた顔から一変して真面目な顔を見せ、伯爵を連れて部屋の外へ出た。

「お母様、ディミトリ様はどうなさったのかしら?」

「……さあ? きっと殿方にしか分からない大切なお話があるのよ。それよりも式の前に何か冷たい物でも飲んでその火照った頬を冷ました方がいいわ」

 母の指摘にベロニカはハッと自分の頬に手を当てた。

「……だって、素敵だったんですもの」

 ベロニカの呟きに夫人は「親の前で惚気ないでちょうだい」と呆れ、近くにいた侍女に冷えた果実水を持ってくるよう命じる。
 
 グラスに注がれたオレンジ色の果実水を侍女から受け取り、それを口に含む。
 爽やかな酸味と甘さが熱い体に心地よい。

「そういえば侯爵閣下も二度目の結婚とはいえ、お式をするのはこれが初めてね」

 思い出したように呟いた母の言葉にベロニカはグラスをテーブルに置き、母の方に顔を向けた。

「え? そうだったのですか?」

「ええ、前の奥様は人前に出れない程お体が弱かったそうよ。お式をする体力もないそうで、貴族には珍しく式無しでの婚姻だったわ」

 それは体が弱いから人前に出れなかったのではなくて、妊娠していることを知られないためだろう。

「前の奥様は社交もなさらなかったそうなので、コンラッド侯爵家は他家との繋がりが薄いのよ。だからこれからはベロニカが一から繋がりを作っていくことになるわ。責任重大だけど、大丈夫かしら?」

「あら、お母様。わたくしは幼い頃よりお母様から社交の術を叩きこまれておりますのよ? 出来ないはずがありませんわ」

「まあ、頼もしいこと。それでこそわたくしの娘だわ」

 母娘が和やかな会話をしている頃、伯爵と侯爵の義父子はきな臭い会話を繰り広げていた。



「それは真ですか侯爵閣下……?」

「ああ、式場周囲に数名、式場関係者の中に数名、皇太子の間者が紛れ込んでいた」
 
 侯爵の言葉に伯爵は頭を抱えた。
 国王も参列する式に間者を忍び込ませるなんて、皇太子は事の重大さを理解していないのかと。

「周囲には当家の騎士団を配置しておりますので、のは不可能かと……」

「ああ、私も念のために変装させた当家の騎士を式場内に潜り込ませてある。それと陛下が万が一の為に街道に役人を置き、検問をしてくださるそうだ」

「そこまですれば娘を帝国に攫うことは不可能ですな。……だが、逆にそこまでしてしまえば皇太子の企みは明るみに出てしまうでしょう」

「むしろ穏便になど済ませてやるものか。陛下も事の次第を皇帝陛下へと全て包み隠さず伝えると仰っている」

「馬鹿なんですな、皇太子は……」

 国王より帝国の皇太子がベロニカを狙っていると聞いた伯爵と侯爵は、その日から周囲への警戒を強化した。

 金に糸目をつけない両家の強固な警備は皇太子の間者を近づけることはない。
 中々手に入りそうにない事態に焦ったせいか、皇太子はよりにもよって国王も参列する式場に間者を放つという愚行を犯す。

 国王のいる場所に己の間者を放つというのは、すなわち暗殺狙いととられてしまう。
 本当の目的は意中の女を攫うことだとしても、それで許されるわけがない。

 今回のことで皇太子は国王暗殺未遂の実行犯となる。
 そんなつもりはなかったなどという言い訳などきくはずがない。

 国際問題に発展し、最悪は戦争を引き起こす事態に皇帝が甘い判断を下すわけもない。
 皇太子は廃嫡の上生涯軟禁、もしくは毒杯を渡されるだろう。

「人生の門出に水を差したくないので、このことはベロニカには伝えないでおきましょう」

「ああ、勿論だ。私も妻を不安にさせたくないからな。……ベロニカには、折を見て伝えるとしよう」

 皇太子を廃したことが公表された頃に話そうと心に留め、侯爵は配下の者に命を出す。

「間者が生きたまま王宮へと連行しろ。後は陛下が処理してくださる」

 式場の給仕に扮した侯爵の配下は恭しく礼をし、足早にその場を去った。

「皇太子に次ぐ皇位継承権を持つのは……確か同母の皇女でしたな。となると、エーミール殿は女帝の配偶者となるわけですか……」

「いや、他国の侯爵子息程度では女帝の配偶者の座には就けぬだろう。よくて第二夫、もしくはもっと低い座に就かされるかもしれん。だが、あれとは帝国入りする前にすでに親子の縁を切っている。どのような目にあっても当家へと戻ることはない」

 エーミールが皇女と関係を持ったことで、侯爵の父親としての情は尽きた。
 最後は喧嘩別れのような形で親子の縁を切り、エーミールは皇女と共に帝国へと旅立っていったのだ。

「それを聞いて安心しました。さて、そろそろ式が始まる時間ですので参りましょうか」

 伯爵にそう促され、侯爵は再び愛する花嫁が待つ場所へと足を進めた。
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