初恋が綺麗に終わらない

わらびもち

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エーミールの末路③

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 今から遡ること数か月前、エーミールと関係を持った女官は皆毒盃を仰ぎ、その命を絶った。
 使われた毒は公爵家の秘毒、まるで眠るかのように苦しまずに逝けるという。

 ほぼ間違いなく対象を死に至らしめる毒だが、稀に例外も存在する。
 かなり低い確率だが、稀にいるのだ。

 今回、毒を仰いだ女官の中にその稀な体質が存在した。
 彼女は一人だけ生き残ったのだ。体に数多の後遺症を残して……。

「運がいいのだか悪いのだか分かりませんが、お前はどうやら生き残ったようです。ですが生き残ったところでもう女官として生きていくことも、実家に帰ることもできません。それは分かりますね?」

 皇后付きの侍女が生き残った女官にそう冷たく言い放つ。
 その顔はまるで汚物を見るかのよう。

「お前が生きる術はただ一つ。今一度心を入れ替えて皇女様のお役に立つことです。といってもまた女官に戻るというわけではありません。その汚れた体を皇女様に近づけることは許されないので」

 軽蔑を隠さない表情で見下ろしてくる侍女に女官は何も言えない。
 余計なことを言えば今度こそ始末されてしまうことが分かってしまうから。

「お前のような、主人の夫に手出しするような卑しく汚らわしい乞食のごとき性根の女にも、慈悲深き陛下はお役目を与えてくださいました。いらなくなったゴミエーミールを引き受けるという立派なお役目を」

「え………? それは、どういうことでしょうか……?」

「言葉通りの意味です。此度、皇女様はめでたくも皇太子位を授かることとなりました。皇太子とは未来の皇帝、その尊きお立場にはそれに相応しい伴侶が必要。あのような女と交わるしか能力のない男は不要です。お前も嬉しいでしょう? を手に入れられて」

 それはつまり、と言葉の意味を理解し女官は冷や汗をかいた。

「それは……エーミール様を下賜していただける、という意味でしょうか……?」

「ええ、そうです。皇族の方より下賜品をいただけるなどなんと誉れ高いことでしょうか。有難く受け取りなさい」

 下賜品と耳障りのいい言葉を使っているが、ようは厄介払いなのだろう。
 先ほどハッキリと”いらなくなったゴミ”だと言っていたし。

 女官にとってエーミールは確かに命を懸けて愛した男だ。
 死の間際にその想いはほぼ消えつつあったが、こうして自分だけが生き残り、下げ渡しとはいえ彼を手に入れられると自覚し、また想いが再燃焼し始めた。

 国を離れ、皇家からも見捨てられた彼が頼れるのは自分だけ。
 その状態で暮らしていくうちに、きっと愛が芽生えて互いだけを必要とする関係になれるはず。

 この時、女官はそんな都合のいい夢を見ていた。
 彼女は愛が芽生えるよりも先に、自分の愛が枯渇することになるなんて微塵も思っていなかった。



 生き残った女官は皇家より下賜された小さな家でエーミールの到着を待った。
 辺鄙な田舎で、日用品を買うにも遠くの町まで行かねばならないような不便な場所だ。
 だが、その分二人で寄り添いあい、協力し合いながら生きていけるはず。
 そうすればきっと、愛情は芽生えていくはず。
 この時までは、そんな希望に満ち溢れていた。

 だが、再会したエーミールがすっかり自分の顔を忘れていたことに女官は少なからず失望した。
 貴方のせいで毒を煽る羽目になったのに薄情な人、と責めてみるが少しも気にしていない。

 それに、ふと彼の顔を見ると無数の傷がついていた。

(あれ? なんだか………)

 あれだけ夢中になったのに、皇女から奪いたいと願うほど恋焦がれた人なのに、傷のついた顔を見た瞬間、不思議とその気持ちが萎れていった。

 理性を失うほどの魔性が、彼にはあったはずなのに。
 何故かそれを感じられない。

(私……こんな人を好きだったの? 命を懸けてまで……?)

 あれほど熱く燃えていた思いが急速に冷めていく。
 おそらくだが、彼の魔性の魅力は整った容姿から醸し出されていたものなのかもしれない。
 その容姿が損なわれると、ここまで何の魅力も感じられなくなるものなのか。
 
 なら、エーミールはということになる。

 ああ、そうか……。だから皇女はエーミールを捨てたのか。何の魅力も無くなってしまったから……。

 そう理解してしまうと、女官はもはやエーミールに何の興味も持てなくなった。

「……エーミール様、これから貴方はここで私と暮らしていくのですよ。ですが自分の身の回りのことは自分でなさってくださいね。私は貴方の女官ではありませんので」

 冷めた表情、冷めた口調で女官がそう告げると彼はひどく驚いていた。

「自分でだと!? そんな平民みたいな真似ができるわけないじゃないか!」

「出来る、出来ない、ではなく、やって頂かなければ困ります。私に貴方の世話をする義理はありませんので」

 本当なら妻のように甲斐甲斐しく彼に尽くすつもりだった。

 だが、もう少しも興味もない、主人でもない男にそこまでしてやる義理はないと女官はエーミールを突き放す。

「私が命じられたことは貴方を引き受けること、ただそれだけです。貴方の世話は命じられておりません」

「そんな! 君はあんなに僕に尽くしてくれていたじゃないか!」

「それは貴方が皇女様の夫だったからです。もうそうではありませんので、貴方に尽くす義理はありません」

 冷めた目で突き放すと、エーミールは焦りだし、彼女を抱き寄せた。

「ごめん、忘れたから拗ねているんだよね? 大丈夫、今思い出したよ。君の名は、えーっと……そうそう、確かアンだったよね?」

「いいえ、私の名はメアリーです。アンは貴方がつけたキスマークを皇女様の眼前に晒した阿婆擦れの名です。私はそんな恥さらしなことはしておりません」

 エーミールが自分の名すら覚えていなかったことに、女官のメアリーはわずかに残っていた愛情すらも枯れ果てた。
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