侯爵令嬢アリスティアの愛する人

わらびもち

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アリスティアの悩み

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 私は自分が若い男性を苦手としてしまう性質に悩んでおりました。

 初めてそれに分かったのはデビュタントの夜会でのこと。
 
 うら若き乙女であれば貴公子とダンスを楽しみ甘い時間にうっとり酔いしれるものです。
 ですが、私はちっともそんな気分になれませんでした。

 どんな美しい殿方にも、どんなに身分の高い殿方にも全く魅力を感じません。
 それどころか触れられると嫌悪感で鳥肌が立ってしまいます。

 どうして……? 

 私以外の令嬢は皆、麗しい貴公子との甘い時間を楽しんでいるのに。

 私はまるで拷問のように苦痛でしかないだなんて……!

 侯爵家の娘として、ゆくゆくはどなたかに嫁ぎ、子を作る義務があります。
 だけどこのままじゃ無理。だって閨で吐いてしまいそうだもの……。

 妻に閨で嘔吐されたら、きっと夫はひどく傷ついてしまうでしょう。
 私だってそんなことをされたらショックで立ち直れません。

 どうすればいいのでしょう……。
 
 人知れず落ち込む私でしたが、父の仕事に付き添った際に転機が訪れました。

(まあ……! 素敵な殿方がこんなに……!)

 父の取引相手の男性達を見て、私は人生で初めてのときめきを覚えたのです。
 彼等は皆、父と同じくらいの年代の方でした。
 優しく理知的で紳士的で、それでいて落ち着いている素敵な方ばかり。

 私と同年代の殿方はどことなく余裕がなくて、それでいてこちらをギラギラしたいやらしい目で見てくる方がほとんどでした。今考えると、私はそれが嫌だったのでしょう。
 
 ですが、私と同年代の令嬢はそこがいいと言うのですから、やはり私は変わっているのです。

 妻になるならこういう大人の貫禄がある殿方がいい。
 
 そう思ったものの、現実は中々難しいものでした。

「はあ? 30代以降の年代の男に嫁ぎたい? 何を馬鹿なことを言っているんだ……」


「ですがお父様、私は同年代の殿方になんら魅力を感じないのです。いえ、感じないどころか触れられて嫌悪感を覚えてしまいます。これでは貴族子息に嫁いでも義務を果たすことすらできません。お願いです、後妻でも構いませんので……!」

 私はお父様に直訴しました。そういった年代の紳士的な性格の男性なら、私は喜んで妻として尽くせるのです。

「馬鹿を言え! 侯爵家の娘が後妻などと……恥でしかない! アリスティア、お前は親の贔屓目から見ても社交界で一二を争う程に美しい。そんなお前を妻にと望む高位貴族の令息は多いのだぞ。勿体ないとは思わないのか?」


「いいえお父様、私を娶る令息が可哀想です! 万一婚姻を結びましても、私は初夜の床で確実に嘔吐します! それくらい無理なのです! 私が嘔吐すれば、それだけ拒絶されたのかとお相手の男性の心も傷つけてしまいます! 誰も幸せになれません!」


「嘔吐だと!? お前そんなに嫌なのか……? 普通の令嬢ならば、社交界の貴公子から求婚されれば泣いて喜ぶものだぞ?」


「それが出来ないから困っているのです! 私が嫌悪感を出すことによって、何も悪くない貴公子にいらぬ心の傷を負わせてしまうでしょう? それはあまりにも可哀想です!」


「……そうか、そこまで嫌なのだな……。はあ~……どうしてうちの一族の女性は変わった性質の者が多いのだ……」


「うちの一族の女性? 私以外にも変わった性質の方がいらっしゃるの?」


「ああ……うん、まあな。……その話は一旦置いておくとして、侯爵家の娘が後妻になるなど、当主である私の恥だと理解できるか?」


「それは……はい」

 一般的に後妻に入る娘は瑕疵ありと見られてしまいます。名門ヴァージル侯爵家の娘が後妻など、父や一族の恥になってしまうということですね。ですが、閨で嘔吐する娘などそれこそ恥のような気がしてならないのです。

「だが……娘の気持ちを尊重したい親心は私にもある。お前の希望と我が家の名誉、どちらも守れる方法が一つだけあるが……やってみるか?」


「え!? そんな方法があるのですか? それはどのような!?」


「それは私の口からではなく、ある人から説明してもらう。その人から詳しく聞きなさい」

 お父様のお言葉に私は一縷の望みを抱きました。
 その人に賭けてみよう。そう思えたのです。

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