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彼女と元夫②
「私を虐げようが良心の一つも痛まなかった貴方ですが、最愛であるマリアナに対しては罪悪感があるのではなくて?」
ジュリエッタにとっては最悪な夫であったが、マリアナに対しては甘い恋人だった。
なのに意味不明な理由で恋人との約束を破り、彼女の大切な母を死なせかけたことがどうにも解せない。
正妻であり公爵令嬢であるジュリエッタを蔑ろにしたのは、彼の中では全てマリアナの為。
そこまでするほど愛した女性との約束一つ守れなかったのは何故なのか、ジュリエッタはそれだけが知りたくてわざわざここへとやってきたのだ。
異母姉を傷つけた本当の理由は何なのか、ただそれだけのために。
「……私は、マリアナの為にやったんだ。結果的に約束を破る形になってしまったが、それは仕方ないだろう……」
誘導するかのようなジュリエッタの物言いに、ダニエルは心の内をぽつぽつと語り始めた。
「初めてマリアナに会った時、その活発な美しさに心を奪われたんだ……。私の周りには笑顔の仮面を貼りつけた令嬢ばかりで、あんなに表情豊かな女性は初めてだった。一目惚れで、どうしても恋仲になりたくて……」
貴族令嬢は幼い頃からそういう教育を受けたから仕方ないのでは、とジュリエッタは言葉には出さないまでもそう思った。
女性だけでなく男性だってそうだ。現にハルバード公爵は何を考えているのかその顔からは何も読み取れない。
むしろこんな分かりやすい表情をするダニエルが貴族としておかしいのではと思う。
「そうですか。それで? そこまで惚れ込んだ女性の願いを何故叶えなかったのです?」
「それはマリアナが母と呼ぶ女がとんでもないからだ! あのように恥知らずな女にマリアナがいいように使われているのは我慢ならない!」
「は? 恥知らずとはどういうことでしょう?」
もしかしてダニエルはマリアナの母親に金の無心でもされたのだろうか。
それなら恥知らずなどと言うのも納得できる。
だがダニエルから出てきた言葉はそんなジュリエッタの予想を上回るものだった。
「金欲しさに娘をあのような低俗な職に就かせる母親など、恥知らず以外の何ものでもない! 母親だというなら、娘に色を売らせるような真似などしないだろう!?」
「は? はい……? 色を売る? え?」
おかしい、マリアナの話だと彼女は酒場の給仕をしていたはずだ。
だがダニエルの口ぶりだとまるで彼女が売春婦をしていたみたいではないか。
「マリアナは酒場で身体を売っていたということですか?」
「はあ? そんなことするわけないだろう!? マリアナを侮辱するな! 彼女の純潔は私に捧げられたんだぞ!」
「え……言い方キモッ……」
「おい、今なんか私の悪口言ったか!?」
「言いましたけど、今はそれはどうでもいいでしょう? それより、そうならマリアナは酒場で身体を売っていないのでは? 先ほど色を売ると仰いましたが……」
「馬鹿だな。私は一言も身体を売るなどと言ってはいないぞ?」
「馬鹿に馬鹿って言われたくありませんが、それはどういう意味です? 一般的に色を売るとは身体を売ることでしょう?」
「違う! 男相手にむやみやたらに笑みを振りまき、媚びを売ることを言っているんだ!」
「…………それは“色を売る”じゃなくて、“真面目に仕事をしている”と言うんですよ。酒場の給仕が愛想を振りまくのは当然じゃないですか? 客商売で無愛想な態度なんてとったらクビになりますからね?」
「何を言う! 同じく客を相手にする貴族家の侍女は皆笑みなど見せぬだろう? それはつまり笑顔など見せずとも客商売は成り立つということではないか!?」
「酒場の給仕と貴族家の侍女を一緒にしないでください……。雇用主から求められているものがそもそも違いますので。なんか色々グダグダと言ってますけど、ようはマリアナが自分以外の男にいい顔をするのが気に入らなかったと? そしてそれをやらせていた母親が気に食わないと? そういうわけですか……」
「そうだ! あんな低俗な場所で娘を働かせるなんてとんでもない母親だ! 娘が汚らわしい男達の厭らしい視線に晒されるのを何とも思わないなど頭がおかしいとしか思えぬ! なんと恥知らずな!」
「マリアナを厭らしい目で見ていた貴方も同類でしょうが。そもそも、マリアナは母親に言われて酒場の給仕をやっていたんですか? 彼女の口ぶりですと自ら望んで働いていたようでしたが……」
「何を言う!? あのような低俗な仕事をうら若い娘が望んでやるはずがないだろう! 無理矢理やらされたに決まっている!」
「平民にとっては酒場の給仕は花形の仕事ですよ? まず美人じゃないと採用されませんし、客あしらいも上手くなければ続けられません。給金も高いですし、客からチップも貰えるので、やりたい女性は多いですよ」
「はあ? 嘘をつくな! 好きでもない男に媚びを売るなど嫌に決まっているだろう!?」
「別に仕事と思えば割り切れるものでは? 笑顔なんて無料なんですからいくらでも振りまきますよ。それよりも貴方はマリアナから直接聞いたわけではないのですね? なのに勝手な妄想で彼女の大切な母親を悪し様に罵ったと……」
「妄想などではない! マリアナは優しいから母親を悪く言いたくなかっただけで、本当は憎んでいるに違いない!」
「いや、憎んでいないからこそ、母親を危険な目にあわせた貴方を見限ったんでしょうよ。勝手な妄想でマリアナとの約束を破って、彼女の大切な母親を死なせかけて、馬鹿ですね貴方は。これのどこが彼女のためになっているんですか?」
「うるさい! 金のかかる母親などいらないだろう!? いなくなればその分の金をマリアナに使えるのだ! だから結果的には彼女の為になる!」
「…………本当にそう思うのなら、それを素直にマリアナに伝えればよかったじゃないですか? なのになんで『育ての母は母親じゃない、乳母だ』とか訳の分からないことを言ったんですか? 自分でもそれを言ったら不味いことは理解していたのでは?」
ジュリエッタは自分でも驚くほどの低い声でそう尋ねた。
先ほどからダニエルの発言は聞くに堪えないことばかりだ。
自分勝手な男であることは重々承知していたが、まさか愛する人の母親を故意に死なせようとするほどの屑だったとは。
ジュリエッタにとっては最悪な夫であったが、マリアナに対しては甘い恋人だった。
なのに意味不明な理由で恋人との約束を破り、彼女の大切な母を死なせかけたことがどうにも解せない。
正妻であり公爵令嬢であるジュリエッタを蔑ろにしたのは、彼の中では全てマリアナの為。
そこまでするほど愛した女性との約束一つ守れなかったのは何故なのか、ジュリエッタはそれだけが知りたくてわざわざここへとやってきたのだ。
異母姉を傷つけた本当の理由は何なのか、ただそれだけのために。
「……私は、マリアナの為にやったんだ。結果的に約束を破る形になってしまったが、それは仕方ないだろう……」
誘導するかのようなジュリエッタの物言いに、ダニエルは心の内をぽつぽつと語り始めた。
「初めてマリアナに会った時、その活発な美しさに心を奪われたんだ……。私の周りには笑顔の仮面を貼りつけた令嬢ばかりで、あんなに表情豊かな女性は初めてだった。一目惚れで、どうしても恋仲になりたくて……」
貴族令嬢は幼い頃からそういう教育を受けたから仕方ないのでは、とジュリエッタは言葉には出さないまでもそう思った。
女性だけでなく男性だってそうだ。現にハルバード公爵は何を考えているのかその顔からは何も読み取れない。
むしろこんな分かりやすい表情をするダニエルが貴族としておかしいのではと思う。
「そうですか。それで? そこまで惚れ込んだ女性の願いを何故叶えなかったのです?」
「それはマリアナが母と呼ぶ女がとんでもないからだ! あのように恥知らずな女にマリアナがいいように使われているのは我慢ならない!」
「は? 恥知らずとはどういうことでしょう?」
もしかしてダニエルはマリアナの母親に金の無心でもされたのだろうか。
それなら恥知らずなどと言うのも納得できる。
だがダニエルから出てきた言葉はそんなジュリエッタの予想を上回るものだった。
「金欲しさに娘をあのような低俗な職に就かせる母親など、恥知らず以外の何ものでもない! 母親だというなら、娘に色を売らせるような真似などしないだろう!?」
「は? はい……? 色を売る? え?」
おかしい、マリアナの話だと彼女は酒場の給仕をしていたはずだ。
だがダニエルの口ぶりだとまるで彼女が売春婦をしていたみたいではないか。
「マリアナは酒場で身体を売っていたということですか?」
「はあ? そんなことするわけないだろう!? マリアナを侮辱するな! 彼女の純潔は私に捧げられたんだぞ!」
「え……言い方キモッ……」
「おい、今なんか私の悪口言ったか!?」
「言いましたけど、今はそれはどうでもいいでしょう? それより、そうならマリアナは酒場で身体を売っていないのでは? 先ほど色を売ると仰いましたが……」
「馬鹿だな。私は一言も身体を売るなどと言ってはいないぞ?」
「馬鹿に馬鹿って言われたくありませんが、それはどういう意味です? 一般的に色を売るとは身体を売ることでしょう?」
「違う! 男相手にむやみやたらに笑みを振りまき、媚びを売ることを言っているんだ!」
「…………それは“色を売る”じゃなくて、“真面目に仕事をしている”と言うんですよ。酒場の給仕が愛想を振りまくのは当然じゃないですか? 客商売で無愛想な態度なんてとったらクビになりますからね?」
「何を言う! 同じく客を相手にする貴族家の侍女は皆笑みなど見せぬだろう? それはつまり笑顔など見せずとも客商売は成り立つということではないか!?」
「酒場の給仕と貴族家の侍女を一緒にしないでください……。雇用主から求められているものがそもそも違いますので。なんか色々グダグダと言ってますけど、ようはマリアナが自分以外の男にいい顔をするのが気に入らなかったと? そしてそれをやらせていた母親が気に食わないと? そういうわけですか……」
「そうだ! あんな低俗な場所で娘を働かせるなんてとんでもない母親だ! 娘が汚らわしい男達の厭らしい視線に晒されるのを何とも思わないなど頭がおかしいとしか思えぬ! なんと恥知らずな!」
「マリアナを厭らしい目で見ていた貴方も同類でしょうが。そもそも、マリアナは母親に言われて酒場の給仕をやっていたんですか? 彼女の口ぶりですと自ら望んで働いていたようでしたが……」
「何を言う!? あのような低俗な仕事をうら若い娘が望んでやるはずがないだろう! 無理矢理やらされたに決まっている!」
「平民にとっては酒場の給仕は花形の仕事ですよ? まず美人じゃないと採用されませんし、客あしらいも上手くなければ続けられません。給金も高いですし、客からチップも貰えるので、やりたい女性は多いですよ」
「はあ? 嘘をつくな! 好きでもない男に媚びを売るなど嫌に決まっているだろう!?」
「別に仕事と思えば割り切れるものでは? 笑顔なんて無料なんですからいくらでも振りまきますよ。それよりも貴方はマリアナから直接聞いたわけではないのですね? なのに勝手な妄想で彼女の大切な母親を悪し様に罵ったと……」
「妄想などではない! マリアナは優しいから母親を悪く言いたくなかっただけで、本当は憎んでいるに違いない!」
「いや、憎んでいないからこそ、母親を危険な目にあわせた貴方を見限ったんでしょうよ。勝手な妄想でマリアナとの約束を破って、彼女の大切な母親を死なせかけて、馬鹿ですね貴方は。これのどこが彼女のためになっているんですか?」
「うるさい! 金のかかる母親などいらないだろう!? いなくなればその分の金をマリアナに使えるのだ! だから結果的には彼女の為になる!」
「…………本当にそう思うのなら、それを素直にマリアナに伝えればよかったじゃないですか? なのになんで『育ての母は母親じゃない、乳母だ』とか訳の分からないことを言ったんですか? 自分でもそれを言ったら不味いことは理解していたのでは?」
ジュリエッタは自分でも驚くほどの低い声でそう尋ねた。
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