逃げたヒロインと逃げられなかった王子様

わらびもち

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勘違い王子

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「クローディア嬢! そなた、王太子に対して不敬ではないのか!?」

 見ていられなくなった王太子の側近一号がクローディアに対して物申した。
 彼の言っていることは正しいが、この荒ぶる悪役令嬢には逆効果である。
 案の定怒りの矛先がそちらに向いてしまった。

「うっさいわね!! あんたもあんたで側近なら主人の行いを止めなさいよ! 止めなかったせいでその王太子が夜会の場をぶち壊してんじゃないの! どう収拾つけんのよこれ!?」

「れ、令嬢がなんて言葉遣いをするんだ!? ふん、婚約を破棄されておかしくなったのか?」

「んなわけないでしょう!? 婚約破棄自体は飛び上がるほど嬉しいわよ! そうじゃなくて、私が言いたいのは何でこの場所で言うのかって話よ! どう考えても参加者の方々に迷惑だし、王太子が堂々と浮気発言して王家の名に泥を塗ってんじゃない! せめて個室でなら馬鹿を晒すこともなかったのに、どうすんのよこれ?」

 飛び上がるほど嬉しい発言に驚愕し、側近一号は二の句が継げないでいた。
 この側近一号もミアと同様にクローディアが王太子を好いていると盛大な勘違いをしていたため、こんな言葉が彼女から返ってくるとは思わなかったのである。

「も、もとはといえばクローディア嬢……貴女がミア嬢を虐めるから……」

「だーかーら! 彼女とは今日が初対面だって言ってんでしょうが!? 本当にあんた達は人の話を聞かないわね! ちょっと元婚約者! あんたもいつまで呆けてんのよ!?」

 疎ましく思っていた婚約者に「好きではなかったし、気持ち悪い」と言われて茫然自失としていたギルベルトはクローディアの声に反応し、我に返った。

「クローディア……お前、その口調は何だ? お前はもっとお淑やかだっただろう……?」

 ギルベルトの記憶ではクローディアはいつも微笑みを浮かべている物静かな令嬢というイメージだった。
 少なくてもこんなにズケズケと物を言ったところなんて見たことがない。

「あんたが知らないだけで私は元からこういう話し方してるわよ? そりゃ公の場ではきちんとした言葉遣いをするけどさ、この場でそんな話し方してもあんた達は絶対に聞く耳持たないじゃない? そうでしょう!?」

 確かにそれはそうだ。
 この場で「わたくしはその方を虐めていません」だの「殿下、婚約破棄の理由をお聞かせくださいませ」なんて言ってもまともに聞いてもらえるとは思えない。
 
 この有無を言わせない口調だったからこそ、彼等は口を噤み怯んだといえよう。

「大体さ、あんた私と婚約破棄したら必然的に王太子の座はなくなるわよ!? そこまで考えてたの? 絶対に考えていないでしょう!?」

「はっ? え? な、なんでお前と婚約破棄したくらいで王太子の座がなくなるんだ?」

「あのね、あんたの母親は側妃様で弟の第二王子殿下は王妃様の御子なのよ? いくら我が国が長子相続とはいえ側妃様の実家は準男爵家、後ろ盾が弱すぎるわ。 私が王妃となって我が家が後ろ盾となることであんたが王太子として認められたんじゃない! どーせ忘れてたんでしょうけども! もちろん我が家は婚約の打診を何回も断ったのに、国王陛下に何度も懇願されたから止むなく婚約したのよ? だというのに、あんたときたら私のこと散々蔑ろにしてくれちゃって、よっぽど王太子になりたくなかったみたいねー? だったらさっさと婚約を解消してくれたらよかったのにさー、よりにもよって今? 何年間も人のこと『王太子の婚約者』として縛り付けてくれた結果がこれ? 全く、死んで詫びなさいよ!!」

 たまりにたまった鬱憤を晴らすかのようにクローディアは息継ぎなしで一気に捲し立てた。
 彼女だってこんな阿呆王子との婚約は嫌で嫌で仕方なかったのに、王命だから従わざるを得なかったのだ。

 一方、その阿呆王子は自分が王太子でなくなることとクローディアが自分を全くこれっぽっちも好いていなかった事実を知り唖然としていた。

 ギルベルトは散々クローディアを放置していたにも関わらず、何故か彼女は自分を好いているという自信があったからだ。

「だったら……また婚約を結びなおせばいいだろう? お前を正妃にしてミアを側妃にすれば私は王太子のままでいられるじゃないか……?」

 勝手に婚約破棄しておきながら、自分が王太子じゃなくなると知ると恥ずかし気もなく再度婚約を結ぼうとする。

 この身勝手な行動には周囲の者も軽蔑し、まるでゴミを見るかのような眼でギルベルトを見始めた。

 それはもちろんクローディアもそうだ。彼女はまるで放置した生ゴミを見るかのような目つきでギルベルトを見据える。

「は? 嫌に決まってんじゃない、馬鹿なんじゃないの!? ミアさんを側妃にするのは好きにすればいいけどさ、私があんたと再度婚約するなんて絶対嫌よ気持ち悪い!! あんたと結婚するくらいなら一生独身でいた方がまだマシよ!」

 はっきり嫌だと言われてギルベルトは予想以上に傷ついた。ここまで言われてるのに彼は何故かクローディアなら了承してくれるなどという甘い妄想を抱いていたのだ。

 それをばっさり切られ、縋るような悲しい表情でクローディアを見つめた。

「お前は……そこまで私が嫌いなのか……?」

「むしろどこで好きになればいいのか教えてほしいんだけど? あんたが私と初めて会ったときになんて言ったか覚えてないの? 初対面で『いいか、私はお前なぞ望んでいないんだ! そんなお前を私が愛することなど一生ないと思え!』よ。 何様!? えっらそーに! 何様なのよあんたは! こんなやつを好きになるような人間なんて被虐思考の持ち主だけよ! あいにくのこと私はそんな高尚な趣味は持ち合わせていないのよ!!」

 ギルベルトのあまりにも身勝手な言動にミアでさえ引いた。
 ゲームでは彼は品行方正な王子様で、婚約者のクローディアにも最低限の義務は果たしていたはず。
 決してこんな勘違い系俺様男子ではなかったのに。

(なんかギル様って筋金入りの勘違い野郎じゃない……? そんな扱いしていたくせに、なんでクローディア様が自分のこと好きだと勘違いできるのよ? 有り得ないんですけど! 確かに私もそれっぽいこと言ったけどさ、普通の感性ならこれだけ塩対応してきた相手に好かれてるなんて思わないわよね? どうしよう……ゲームの展開と全然違うんですけど……)

 自分の最愛がドン引きしていることに全く気付いていない勘違い王子ギルベルトは、整った顔を歪めて悲観に暮れていた。

「そんな……じゃあ、私はどうしたらいいんだ……?」

「いや、知らないわよそんなの! 私と婚約破棄してミアさんと婚約を結びたかったんでしょう? だったらそうすればいいじゃないの! 王太子の座は失うだろうし、王命の婚約を勝手に破棄して陛下はお怒りになるだろうけど、まあ命まではとられないんじゃない? 臣籍降下させられるか平民に落とされるかは分んないけどさ」

 随分と具体的な回答にギルベルトは絶句した。
 頭の中がお花畑な彼は王太子じゃなくなっても何故かまだ王族でいられると激甘な想像をしていたのだ。


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