茶番には付き合っていられません

わらびもち

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ヒロインという生き物

「ぐすっ……うう、ひっく……ミシェル様、お願い! どうかアレクと王妃様を助けてください……うう……」

(あー……やっぱり、泣いて助けを求めるのね……)

 私の顔を見るなり泣きじゃくって助けを求めるヘレンになんだかひどくがっかりした。
 
 ここで「これから私はどうすればいいの!」と泣き言を叫ぶか「全部アンタのせいよ!」とこちらに見当違いの恨みを向けてくれたのなら、私は彼女を人として見れたと思う。

 王妃と王子をさっさと切り捨て、自分だけ助かりたいという欲を見せてくれたのなら手を差し伸べてやらないこともなかった。だけどヘレンはどこまでいっても“ヒロイン”らしく自分の大切なものを守りたいと願うようだ。

 こんな状況下でも情け深い“ヒロイン”という姿勢を崩さないヘレンに吐き気がした。
 
 私は何か言葉をかける気も失せ、目の前の“ヒロイン”が綺麗な涙を流す様をただじっと眺めていた。

「あ、あの……ミシェル様?」

 私が黙って自分を眺めていることに気づいたヘレンが泣くことを止め、顔を上げた。
 彼女の菫色の瞳から涙が流れる姿は可憐で庇護欲をそそる。きっとこの場にあの馬鹿王子がいたのなら、彼女の涙を指で拭い優しく抱き締めることだろう。

 でも、私はヒーローではない。それに考えてみれば悪役令嬢の座からもとっくに降りている。となると私は目の前の“ヒロイン”とは無関係の他人ではないか。

「王妃様はもう長くは保たないでしょう……。王子の処遇については父を始めとした諸侯の間で決めると思います。王族への殺人未遂は重罪ですが、何せ前例にない事件ですので刑罰がどのようなものになるかは分かりかねますね……」

 興味を失った私はただ事実だけを淡々と述べた。
 その事務的な反応はヘレンにとって想定外だったのだろう。彼女は慌てて捲し立ててきた。

「あ、あの……図々しいとは思うのですが、何とかならないでしょうか!? 王妃様もアレクもミシェル様に酷い事をしたとは分かっています……! でも、私にとっては二人共大切な家族なんです!」

 必死の訴えにも私は「だから?」としか思えなかった。
 そして意図せぬうちに口から漏れてしまっていたようで、ヘレンが唖然とした顔でこちらを見ていた。

「王妃様に用いられたは王家秘伝の物でしょう。痛みや苦しみはありませんが、徐々に体力を奪ってゆくもの。最後はまるで老衰のように儚くなると王妃教育で習いました。解毒に関しましては服用してすぐに処置を行うことですが、王妃様のご様子からですとどうやらしていないようですね……」

 王妃教育で習った王家秘伝の毒。それは国王のみが所持できるもので、服用した者に前述のような作用をもたらす。まだ30代なのに老婆のような見た目になっていた王妃の姿からそれを盛られたのだと察した。

「え? え……? 毒って何です!? 王妃様は病を患っているのでは?」

「あら? 何も聞いておりません? 王妃様は陛下から毒を盛られたんですよ」

「王様が!? うそ……なんで、そんな……」

「なんでって……原因は貴女ですよ? 貴女が原因でわたくしとアレクセイ王子の婚約にヒビが入ったからです。王命で結ばれた婚約を軽んじたのですから当たり前ですよね?」

「ええ!? それで何で王妃様が? それだと毒を盛られるべきは私ではないですか!?」

「王妃様が貴女の存在を隠していたからですよ。どこまで陛下に隠していたかは分かりませんが、国母である王妃様が王命に背くような真似をしたら駄目でしょう」

 どうやらヘレンは毒の存在もその原因も知らされていなかったらしい。
 あの王妃はヘレンに心配をかけさせまいと黙っていたのだろうか……。

「そんな……。私のせいで王妃様が……」

 驚愕の表情で震えるヘレンに私は首を傾げ、ぽつりと「今更ですか?」と呟く。

「ずっと前から注意していたではないですか? 貴女がアレクセイ王子の傍にいるのは良くない事だと。その忠告を聞かず、傍から離れることもしなかったくせに今更何です?」

「だって……こんな事になるなんて思わなくて……!」

 また大粒の涙を流し始めたヘレンを私は冷めた目で一瞥した。
 どうも“ヒロイン”という生き物は自分の行動にいちいち泣く悪癖がある。
 これが物語ならば“ヒロイン”の涙に周囲が動かされるのだが、生憎私の心は一ミリたりとも動かない。

「ふーん……そうですか。で? 貴女はどうします? 貴女お一人が助かりたいのでしたらどうとでも出来ますけども……」

 いくら婚約破棄の原因になったとはいえ、ヘレンに処罰は求められていない。
 まあ、多分今後何らかの処分は受けざるを得ないだろうが、今ならまだ逃がしてやることは出来る。王妃と王子はどうしようもないし、何かをしてやるつもりもないけど。

 ここでヘレンが「あいつらなんてどうなろうとも構わないわ! 私だけ逃がして!」と懇願するならそうしてやってもいい。そういう生き汚い女は嫌いじゃない。

 でも“ヒロイン”は嫌い。純粋無垢な姿で悪役令嬢ミシェルのものを全て掻っ攫うから。
 婚約者だったアレクセイ王子の心も、本来ミシェルがいるべき場所も、無邪気な微笑みで全部奪う。それでは“ヒロイン”というより悪魔だ。罪悪感なく他人のものを奪う悪魔が“ヒロイン”という生き物。だから絶対に好きにはなれない。
 
 ヘレンが“ヒロイン”から自分さえ良ければいい女に……ただの人間に成り下がったのなら、私は救いの手を差し伸べるつもりだった。大嫌いな“ヒロイン”ではなくなるのなら……。

「そんなことは出来ません! 私一人が助かるなんて……そんなの駄目です!」

 ヘレンの言葉に私はひどく落胆した。
 
 きっと今、私の表情はすごいものとなっていることだろう。
 かすかに「ひっ……!」という悲鳴が聞こえてくるから。

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