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次の婚約者
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「この度は我が愚息が姫様にとんだご無礼を……」
夜になり、王宮へと訪れた公爵夫妻は開口一番に謝罪をしてきた。
夫妻はセレスタンのそれまでの非礼を詫び、婚約者の座から辞退することを告げる。
あら意外、てっきりそのまま婚約を続けてほしいと懇願してくるかと思ったのに。
あんなことをしでかした馬鹿をそのまま婚約者に据えておくほど愚かではなかったようだ。
「それで姫様がお許しくださるのでしたら、セレスタンに変わる者を婚約者の座に据えていただけないかと……」
こちらからもそう提案するつもりだったが、公爵から申し出てくれたので手間が省ける。
「そうね。こちらとしてもヨーク公爵家と縁を繋きたく思います。ですが、ヨーク公爵家の子息はもう嫡男しかいないのではなくて?」
もしここで公爵が嫡男を差し出すと言うのであれば、丁重にお断りして養子を迎えるよう言うつもりだった。
嫡男を奪うことでセレスタンが跡継ぎにでもなったら困る。そうなればヨーク公爵家が傾きかねない。
「いいえ……実は、私には年の離れた弟がいるのです。年の頃は15で、姫様よりも年下ですが人柄も能力も申し分ないかと」
「え? 公爵閣下にそんな若い弟君が?」
「ええ、その……父が生前囲っていた妾との子でして。あ、妾といえど平民ではなく男爵家の令嬢でしたので、弟は生粋の貴族ですのでご安心を。庶子ではありますが、正式に私の養子とすれば身分に問題はないかと思われます」
確かに両親ともに貴族であるなら、王女の婿として申し分ない。
しかも前公爵の子であればその血筋に問題はない。
「身分も血筋も申し分ないけれど……その方は納得していらっしゃるの? 次はこの婚約の意味をきちんと理解している方でないと困るのですよ」
暗に『お前の息子は政略の意味すら分かっていなかった』と責めているのだが、どうやらその嫌味を公爵は理解したようだ。額に汗を滲ませ、再び頭を下げてくる。
「仰る通りににございます。セレスタンは愚かにもその意味を理解しておりませんでした……。これは私共の不徳の致すところにございます。なれど、我が弟は聡い子ですのでご心配には及びません」
そうは言うものの、愚か極まりないセレスタンを婚約者として寄越してきた前科がある。
その公爵の弟がまともかどうかを判別してからでないと、次の婚約者に据えるわけにはいかない。
「うーん……でしたら、婚約締結前に一度弟君に会わせていただけるかしら?」
セレスタンの時は婚約が締結してからの顔合わせだった。
もし順番が逆であったなら、あんな失礼な態度をとるような男と婚約を結んだりはしなかった。
その公爵の弟が常識を弁えた人物であるならいい。だが、そうでなかった場合、下手するとまた婚約者を変更する必要が出てしまう。流石に二度目ともなると、もうヨーク公爵家から婚約者を決めるのは止めようという流れも出てくるだろう。
「姫様がお望みでしたらそのように。もしお気に召さないようでしたら遠慮なく仰ってください」
そこまで言うのなら少しは期待してもいいのかもしれない。
公爵の弟……セレスタンにとっては叔父にあたる男性はどんな人なのだろう。
「そういえば……一つ聞きたいのだけど、セレスタン様はわたくしとの婚約がお嫌だったのかしら?」
私の質問に公爵夫妻は顔を見合わせ何とも言えない表情になる。
「姫様に非は何一つございません。ただセレスタンの思考が幼稚で愚かなだけだったのです……」
遠回しな言い方だけど、結局は嫌だったというわけね。
それにしても何がそんなに嫌だったのだろう?
公爵が言いにくそうに「私の亡き母がセレスタンに余計なことを言ったようでして……」と説明してくれたのだが、聞いてもいまいち理解できなかった。
私が見初めたという嘘の情報を信じたからといって、それが婚約を嫌がる理由になるだろうか?
”お姫様に見初められて婚約”というのは男女逆の立場に置くと”王子様に見初められて婚約”ということだ。
普通に喜ばしいことだと思うのだが、セレスタンにとっては違うらしい。
女の方から選ぶという行為が嫌だったのだろうか。
それとも婚約者は自分で選びたかったのか。
いずれにしても面倒くさい性格の男だ。縁が切れてよかった。
「ああそれと、セレスタン様はいつもこちらへ来る際に従者を一人もつけていなかったのですが……それはご存じで?」
貴族が従者を一人もつけないというのはかなり珍しい。
いや、珍しいというよりも、私が知る限りではセレスタンしかいない。
私の質問に公爵は顔全体に汗を垂らしながら答えてくれた。
「いえ、わたくし共もこうなって初めて知りました……」
ハンカチで顔を拭いながら説明してくれた内容は、やはりというものだった。
「……初めから不貞を働く気だったということね」
予想はしていたけど、改めて聞くと”いい度胸している”と呆れてしまった。
夜になり、王宮へと訪れた公爵夫妻は開口一番に謝罪をしてきた。
夫妻はセレスタンのそれまでの非礼を詫び、婚約者の座から辞退することを告げる。
あら意外、てっきりそのまま婚約を続けてほしいと懇願してくるかと思ったのに。
あんなことをしでかした馬鹿をそのまま婚約者に据えておくほど愚かではなかったようだ。
「それで姫様がお許しくださるのでしたら、セレスタンに変わる者を婚約者の座に据えていただけないかと……」
こちらからもそう提案するつもりだったが、公爵から申し出てくれたので手間が省ける。
「そうね。こちらとしてもヨーク公爵家と縁を繋きたく思います。ですが、ヨーク公爵家の子息はもう嫡男しかいないのではなくて?」
もしここで公爵が嫡男を差し出すと言うのであれば、丁重にお断りして養子を迎えるよう言うつもりだった。
嫡男を奪うことでセレスタンが跡継ぎにでもなったら困る。そうなればヨーク公爵家が傾きかねない。
「いいえ……実は、私には年の離れた弟がいるのです。年の頃は15で、姫様よりも年下ですが人柄も能力も申し分ないかと」
「え? 公爵閣下にそんな若い弟君が?」
「ええ、その……父が生前囲っていた妾との子でして。あ、妾といえど平民ではなく男爵家の令嬢でしたので、弟は生粋の貴族ですのでご安心を。庶子ではありますが、正式に私の養子とすれば身分に問題はないかと思われます」
確かに両親ともに貴族であるなら、王女の婿として申し分ない。
しかも前公爵の子であればその血筋に問題はない。
「身分も血筋も申し分ないけれど……その方は納得していらっしゃるの? 次はこの婚約の意味をきちんと理解している方でないと困るのですよ」
暗に『お前の息子は政略の意味すら分かっていなかった』と責めているのだが、どうやらその嫌味を公爵は理解したようだ。額に汗を滲ませ、再び頭を下げてくる。
「仰る通りににございます。セレスタンは愚かにもその意味を理解しておりませんでした……。これは私共の不徳の致すところにございます。なれど、我が弟は聡い子ですのでご心配には及びません」
そうは言うものの、愚か極まりないセレスタンを婚約者として寄越してきた前科がある。
その公爵の弟がまともかどうかを判別してからでないと、次の婚約者に据えるわけにはいかない。
「うーん……でしたら、婚約締結前に一度弟君に会わせていただけるかしら?」
セレスタンの時は婚約が締結してからの顔合わせだった。
もし順番が逆であったなら、あんな失礼な態度をとるような男と婚約を結んだりはしなかった。
その公爵の弟が常識を弁えた人物であるならいい。だが、そうでなかった場合、下手するとまた婚約者を変更する必要が出てしまう。流石に二度目ともなると、もうヨーク公爵家から婚約者を決めるのは止めようという流れも出てくるだろう。
「姫様がお望みでしたらそのように。もしお気に召さないようでしたら遠慮なく仰ってください」
そこまで言うのなら少しは期待してもいいのかもしれない。
公爵の弟……セレスタンにとっては叔父にあたる男性はどんな人なのだろう。
「そういえば……一つ聞きたいのだけど、セレスタン様はわたくしとの婚約がお嫌だったのかしら?」
私の質問に公爵夫妻は顔を見合わせ何とも言えない表情になる。
「姫様に非は何一つございません。ただセレスタンの思考が幼稚で愚かなだけだったのです……」
遠回しな言い方だけど、結局は嫌だったというわけね。
それにしても何がそんなに嫌だったのだろう?
公爵が言いにくそうに「私の亡き母がセレスタンに余計なことを言ったようでして……」と説明してくれたのだが、聞いてもいまいち理解できなかった。
私が見初めたという嘘の情報を信じたからといって、それが婚約を嫌がる理由になるだろうか?
”お姫様に見初められて婚約”というのは男女逆の立場に置くと”王子様に見初められて婚約”ということだ。
普通に喜ばしいことだと思うのだが、セレスタンにとっては違うらしい。
女の方から選ぶという行為が嫌だったのだろうか。
それとも婚約者は自分で選びたかったのか。
いずれにしても面倒くさい性格の男だ。縁が切れてよかった。
「ああそれと、セレスタン様はいつもこちらへ来る際に従者を一人もつけていなかったのですが……それはご存じで?」
貴族が従者を一人もつけないというのはかなり珍しい。
いや、珍しいというよりも、私が知る限りではセレスタンしかいない。
私の質問に公爵は顔全体に汗を垂らしながら答えてくれた。
「いえ、わたくし共もこうなって初めて知りました……」
ハンカチで顔を拭いながら説明してくれた内容は、やはりというものだった。
「……初めから不貞を働く気だったということね」
予想はしていたけど、改めて聞くと”いい度胸している”と呆れてしまった。
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