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他人のモノを奪った者の行く末①
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王妃より解雇を言い渡されたアンヌマリーは実家の男爵家へと戻ってきた。
父母は既に鬼籍に入っており、長姉が婿を取り跡を継いでいる。
アンヌマリーと姉は不仲だが、事情を話せば可哀想な妹を庇護してくれるものだと信じていた。
家族だもの。姉妹だもの。姉が自分を見捨てるはずがない。
基本的に考えが甘いアンヌマリーは本気でそう考えていた。
その甘さが命取りだと気づかずに……。
「よくアタシの前に顔を出せたものだよ、この恥知らずが! 王女殿下の婚約者に手を出すなんて罰当たりな真似をよくも出来たもんだね!」
邸の玄関をくぐると、そこには姉が憤怒の表情で佇んでいた。
その目は軽蔑に満ちており、姉としての情など一欠けらもない。
「お、お姉様……」
その迫力に圧され、アンヌマリーは媚びを売るような眼で姉を見つめた。
男相手になら効果抜群の庇護欲をそそる眼。だが同性の姉にとっては余計に神経を逆撫でる効果しかない。案の定姉の怒りは薪をくべた炎のように燃え盛り、激情のままアンヌマリーの頬を叩く。
「お黙り! お前のような不敬で不埒な女に”姉”だなんて呼ばれたくもない!」
「痛っ! ひ、ひどいわ、お姉様! 私は怪我人なのよ!? 王宮を出される前に鞭で打たれて……今も痛くてたまらないんだから!!」
アンヌマリーは姦通の罪で鞭打ち十回の後、治療もされず王宮より放り出された。
罪人を罰した後に治療などするわけもないのだが、そんなことを知らないアンヌマリーは「ひどい、ひどい!」と泣き喚きながら実家まで痛む体を引きずって戻ってきた。
「ふん、王女殿下の婚約者を寝取ったくせにその程度で済んでよかったじゃないか? 下手をすれば我が家は爵位剝奪を言い渡されてもおかしくなかったんだ。まったく……何だってお前はそう他人の男を欲しがるんだい?」
「違うわ! セレスタン様とは真実の愛で……」
「ふーん……そうかい。アタシは王宮の使者から”お前がヨーク公子から一方的に言い寄られた”と聞いたのだけど? だから温情を与えられて鞭打ちだけで済んだのだろう?」
「え、あ……いや、それは……」
「ふん、どうせ自分可愛さに嘘をついて相手を陥れたんだろう? お前は結局自分だけが可愛いんだよ」
「ちがっ……だってそうしなきゃ命が危なかったから……! セレスタン様への愛は本物だったの!」
「何が違うんだか……。お綺麗な言葉で飾ろうとも、お前が他人の男を欲しがって奪った事実に変わりはないじゃないか。どうせ王女殿下の婚約者を奪ったことで無意味な優越感に浸っていたんだろう? 自分の方が王女殿下よりも女として上……そんな、くっだらないことを考えていたんだろう? 違うかい?」
姉の指摘にアンヌマリーは言葉を詰まらせた。
優越感に浸っていないといえば嘘になる。
セレスタンを奪ったことで、自分の方が王女よりも女として格上だと思っていたのは確かだ。
「図星だろう? お前は昔から他人の男を奪うことでしか自分の価値を測れない哀れでつまらない女だったからねえ。……アタシの最初の夫を誘惑したこと、まだ忘れちゃいないからね」
底冷えのするような低い声音にアンヌマリーは「ひいっ!?」と悲鳴をあげる。
おずおずと顔を上げると、感情が消えた無表情な姉と目が合う。
「……今でも覚えてるよ。アタシの最初の夫が寝室で『すまない、アンヌマリーを愛してしまったんだ!』とあんたへの愛を語った夜のことを。まるで昨日のことのように、鮮明にね」
「あ……あれは、あの男が勘違いしただけで……私は何も……」
「そうだね……あんたはあの人に思わせぶりな態度をとっただけだものね? それを勘違いしたあの人が勝手に暴走しただけだものねえ……? でもそれが原因でアタシは新婚早々に夫と離婚、社交界でもいい笑い者だったよ。次の相手を見つけるにも苦労したねえ……」
姉の恨みの籠った言葉にアンヌマリーは顔を青くする。
アンヌマリーにとっては既に過去のことで、今の今まで忘れていた事だった。
だが姉にとっては生涯忘れることの出来ない屈辱と悲しみに塗れた事件。
その恨みはまだ根深く、報復を願っていることが見て分かる。
「お、お姉様……ごめんなさい、許して……。違うの、あれは誤解で……」
長女というだけで当然のように家を継ぐ姉に、アンヌマリーは劣等感を抱いていた。
その腹いせに姉の夫に思わせぶりな態度をとり、靡かせることで優越感に浸っていたのだ。
アンヌマリーとしては姉の夫に好意はない。姉の夫が自分に惹かれている、と実感することで気持ちよくなっていただけだ。
まさか姉の夫がアンヌマリーと添い遂げたい為に離婚を言い出すとは思っていなかったのだ。
ちょっと夫婦仲が悪くなればいい位に考えていたのだが、まさか本当に離婚になるとは予想もしていなかった。
これには両親も激怒し、アンヌマリーを家から追い出した。
だが元々王宮の侍女になることが決まっていたアンヌマリーにとっては罰にもならない。
姉の結婚を壊したことも忘れ、王宮の侍女として華々しい生活を送っていた。
だから今まで忘れていたのだ。姉に酷い事をしたという過去を……。
「父様と母様はなんだかんだとお前に甘かったから、家から追い出すだけで済ませたけど、アタシはその程度じゃ済まさないよ。姉の夫のみならず、よりにもよって王家の姫君の婚約者まで奪うなんざ、お前の性根はとんでもなく汚れているよ。汚物がこの家の門をくぐったことすら許しがたい。さっさと出て行きな!」
「いやっ! 謝るから許してお姉様! 私ここ以外行くところがないし、お金もないの……!」
「ふん、こっちだってお前のやらかしに対する慰謝料を王家に支払ったから金がないよ! おまけにヨーク公爵家にも多額の賠償金を支払ったんだ! これ以上お前にかける金なんてないよ!」
「え? ヨーク公爵家に賠償金を……?」
王家に慰謝料を支払うのはまだ分かる。王女の婚約者に手出しをしたのだから。
だがヨーク公爵家への賠償金とは、何に対しての賠償なのか……。
父母は既に鬼籍に入っており、長姉が婿を取り跡を継いでいる。
アンヌマリーと姉は不仲だが、事情を話せば可哀想な妹を庇護してくれるものだと信じていた。
家族だもの。姉妹だもの。姉が自分を見捨てるはずがない。
基本的に考えが甘いアンヌマリーは本気でそう考えていた。
その甘さが命取りだと気づかずに……。
「よくアタシの前に顔を出せたものだよ、この恥知らずが! 王女殿下の婚約者に手を出すなんて罰当たりな真似をよくも出来たもんだね!」
邸の玄関をくぐると、そこには姉が憤怒の表情で佇んでいた。
その目は軽蔑に満ちており、姉としての情など一欠けらもない。
「お、お姉様……」
その迫力に圧され、アンヌマリーは媚びを売るような眼で姉を見つめた。
男相手になら効果抜群の庇護欲をそそる眼。だが同性の姉にとっては余計に神経を逆撫でる効果しかない。案の定姉の怒りは薪をくべた炎のように燃え盛り、激情のままアンヌマリーの頬を叩く。
「お黙り! お前のような不敬で不埒な女に”姉”だなんて呼ばれたくもない!」
「痛っ! ひ、ひどいわ、お姉様! 私は怪我人なのよ!? 王宮を出される前に鞭で打たれて……今も痛くてたまらないんだから!!」
アンヌマリーは姦通の罪で鞭打ち十回の後、治療もされず王宮より放り出された。
罪人を罰した後に治療などするわけもないのだが、そんなことを知らないアンヌマリーは「ひどい、ひどい!」と泣き喚きながら実家まで痛む体を引きずって戻ってきた。
「ふん、王女殿下の婚約者を寝取ったくせにその程度で済んでよかったじゃないか? 下手をすれば我が家は爵位剝奪を言い渡されてもおかしくなかったんだ。まったく……何だってお前はそう他人の男を欲しがるんだい?」
「違うわ! セレスタン様とは真実の愛で……」
「ふーん……そうかい。アタシは王宮の使者から”お前がヨーク公子から一方的に言い寄られた”と聞いたのだけど? だから温情を与えられて鞭打ちだけで済んだのだろう?」
「え、あ……いや、それは……」
「ふん、どうせ自分可愛さに嘘をついて相手を陥れたんだろう? お前は結局自分だけが可愛いんだよ」
「ちがっ……だってそうしなきゃ命が危なかったから……! セレスタン様への愛は本物だったの!」
「何が違うんだか……。お綺麗な言葉で飾ろうとも、お前が他人の男を欲しがって奪った事実に変わりはないじゃないか。どうせ王女殿下の婚約者を奪ったことで無意味な優越感に浸っていたんだろう? 自分の方が王女殿下よりも女として上……そんな、くっだらないことを考えていたんだろう? 違うかい?」
姉の指摘にアンヌマリーは言葉を詰まらせた。
優越感に浸っていないといえば嘘になる。
セレスタンを奪ったことで、自分の方が王女よりも女として格上だと思っていたのは確かだ。
「図星だろう? お前は昔から他人の男を奪うことでしか自分の価値を測れない哀れでつまらない女だったからねえ。……アタシの最初の夫を誘惑したこと、まだ忘れちゃいないからね」
底冷えのするような低い声音にアンヌマリーは「ひいっ!?」と悲鳴をあげる。
おずおずと顔を上げると、感情が消えた無表情な姉と目が合う。
「……今でも覚えてるよ。アタシの最初の夫が寝室で『すまない、アンヌマリーを愛してしまったんだ!』とあんたへの愛を語った夜のことを。まるで昨日のことのように、鮮明にね」
「あ……あれは、あの男が勘違いしただけで……私は何も……」
「そうだね……あんたはあの人に思わせぶりな態度をとっただけだものね? それを勘違いしたあの人が勝手に暴走しただけだものねえ……? でもそれが原因でアタシは新婚早々に夫と離婚、社交界でもいい笑い者だったよ。次の相手を見つけるにも苦労したねえ……」
姉の恨みの籠った言葉にアンヌマリーは顔を青くする。
アンヌマリーにとっては既に過去のことで、今の今まで忘れていた事だった。
だが姉にとっては生涯忘れることの出来ない屈辱と悲しみに塗れた事件。
その恨みはまだ根深く、報復を願っていることが見て分かる。
「お、お姉様……ごめんなさい、許して……。違うの、あれは誤解で……」
長女というだけで当然のように家を継ぐ姉に、アンヌマリーは劣等感を抱いていた。
その腹いせに姉の夫に思わせぶりな態度をとり、靡かせることで優越感に浸っていたのだ。
アンヌマリーとしては姉の夫に好意はない。姉の夫が自分に惹かれている、と実感することで気持ちよくなっていただけだ。
まさか姉の夫がアンヌマリーと添い遂げたい為に離婚を言い出すとは思っていなかったのだ。
ちょっと夫婦仲が悪くなればいい位に考えていたのだが、まさか本当に離婚になるとは予想もしていなかった。
これには両親も激怒し、アンヌマリーを家から追い出した。
だが元々王宮の侍女になることが決まっていたアンヌマリーにとっては罰にもならない。
姉の結婚を壊したことも忘れ、王宮の侍女として華々しい生活を送っていた。
だから今まで忘れていたのだ。姉に酷い事をしたという過去を……。
「父様と母様はなんだかんだとお前に甘かったから、家から追い出すだけで済ませたけど、アタシはその程度じゃ済まさないよ。姉の夫のみならず、よりにもよって王家の姫君の婚約者まで奪うなんざ、お前の性根はとんでもなく汚れているよ。汚物がこの家の門をくぐったことすら許しがたい。さっさと出て行きな!」
「いやっ! 謝るから許してお姉様! 私ここ以外行くところがないし、お金もないの……!」
「ふん、こっちだってお前のやらかしに対する慰謝料を王家に支払ったから金がないよ! おまけにヨーク公爵家にも多額の賠償金を支払ったんだ! これ以上お前にかける金なんてないよ!」
「え? ヨーク公爵家に賠償金を……?」
王家に慰謝料を支払うのはまだ分かる。王女の婚約者に手出しをしたのだから。
だがヨーク公爵家への賠償金とは、何に対しての賠償なのか……。
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