フランチェスカ王女の婿取り

わらびもち

文字の大きさ
22 / 84

他人のモノを奪った者の行く末①

しおりを挟む
 王妃より解雇を言い渡されたアンヌマリーは実家の男爵家へと戻ってきた。

 父母は既に鬼籍に入っており、長姉が婿を取り跡を継いでいる。
 
 アンヌマリーと姉はだが、事情を話せば可哀想な妹を庇護してくれるものだと信じていた。
 家族だもの。姉妹だもの。姉が自分を見捨てるはずがない。

 基本的に考えが甘いアンヌマリーは本気でそう考えていた。

 その甘さが命取りだと気づかずに……。





「よくアタシの前に顔を出せたものだよ、この恥知らずが! 王女殿下の婚約者に手を出すなんて罰当たりな真似をよくも出来たもんだね!」

 邸の玄関をくぐると、そこには姉が憤怒の表情で佇んでいた。
 その目は軽蔑に満ちており、姉としての情など一欠けらもない。

「お、お姉様……」

 その迫力に圧され、アンヌマリーは媚びを売るような眼で姉を見つめた。
 
 相手になら効果抜群の庇護欲をそそる眼。だが同性の姉にとっては余計に神経を逆撫でる効果しかない。案の定姉の怒りは薪をくべた炎のように燃え盛り、激情のままアンヌマリーの頬を叩く。

「お黙り! お前のような不敬で不埒な女に”姉”だなんて呼ばれたくもない!」

「痛っ! ひ、ひどいわ、お姉様! 私は怪我人なのよ!? 王宮を出される前に鞭で打たれて……今も痛くてたまらないんだから!!」

 アンヌマリーは姦通の罪で鞭打ち十回の後、治療もされず王宮より放り出された。
 罪人を罰した後に治療などするわけもないのだが、そんなことを知らないアンヌマリーは「ひどい、ひどい!」と泣き喚きながら実家まで痛む体を引きずって戻ってきた。

「ふん、王女殿下の婚約者を寝取ったくせにその程度で済んでよかったじゃないか? 下手をすれば我が家は爵位剝奪を言い渡されてもおかしくなかったんだ。まったく……何だってお前はそうを欲しがるんだい?」

「違うわ! セレスタン様とは真実の愛で……」

「ふーん……そうかい。アタシは王宮の使者から”お前がヨーク公子から一方的に言い寄られた”と聞いたのだけど? だから温情を与えられて鞭打ちだけで済んだのだろう?」

「え、あ……いや、それは……」

「ふん、どうせ自分可愛さに嘘をついて相手を陥れたんだろう? お前は結局自分だけが可愛いんだよ」

「ちがっ……だってそうしなきゃ命が危なかったから……! セレスタン様への愛は本物だったの!」

「何が違うんだか……。お綺麗な言葉で飾ろうとも、お前が他人の男を欲しがって奪った事実に変わりはないじゃないか。どうせ王女殿下の婚約者を奪ったことで無意味な優越感に浸っていたんだろう? 自分の方が王女殿下よりも女として上……そんな、くっだらないことを考えていたんだろう? 違うかい?」

 姉の指摘にアンヌマリーは言葉を詰まらせた。

 優越感に浸っていないといえば嘘になる。
 セレスタンを奪ったことで、自分の方が王女よりも女として格上だと思っていたのは確かだ。

「図星だろう? お前は昔から他人の男を奪うことでしか自分の価値を測れない哀れでつまらない女だったからねえ。……アタシの最初の夫を誘惑したこと、まだ忘れちゃいないからね」

 底冷えのするような低い声音にアンヌマリーは「ひいっ!?」と悲鳴をあげる。
 おずおずと顔を上げると、感情が消えた無表情な姉と目が合う。

「……今でも覚えてるよ。アタシの最初の夫が寝室で『すまない、アンヌマリーを愛してしまったんだ!』とあんたへの愛を語った夜のことを。まるで昨日のことのように、鮮明にね」

「あ……あれは、あの男が勘違いしただけで……私は何も……」

「そうだね……あんたはあの人に思わせぶりな態度をとっただけだものね? それを勘違いしたあの人が勝手に暴走しただけだものねえ……? でもそれが原因でアタシは新婚早々に夫と離婚、社交界でもいい笑い者だったよ。次の相手を見つけるにも苦労したねえ……」

 姉の恨みの籠った言葉にアンヌマリーは顔を青くする。
 アンヌマリーにとっては既に過去のことで、今の今まで忘れていた事だった。
 だが姉にとっては生涯忘れることの出来ない屈辱と悲しみに塗れた事件。

 その恨みはまだ根深く、報復を願っていることが見て分かる。

「お、お姉様……ごめんなさい、許して……。違うの、あれは誤解で……」

 長女というだけで当然のように家を継ぐ姉に、アンヌマリーは劣等感を抱いていた。
 その腹いせに姉の夫に思わせぶりな態度をとり、靡かせることで優越感に浸っていたのだ。

 アンヌマリーとしては姉の夫に好意はない。姉の夫が自分に惹かれている、と実感することで気持ちよくなっていただけだ。

 まさか姉の夫がアンヌマリーと添い遂げたい為に離婚を言い出すとは思っていなかったのだ。
 ちょっと夫婦仲が悪くなればいい位に考えていたのだが、まさか本当に離婚になるとは予想もしていなかった。

 これには両親も激怒し、アンヌマリーを家から追い出した。
 だが元々王宮の侍女になることが決まっていたアンヌマリーにとっては罰にもならない。
 姉の結婚を壊したことも忘れ、王宮の侍女として華々しい生活を送っていた。

 だから今まで忘れていたのだ。姉に酷い事をしたという過去を……。

「父様と母様はなんだかんだとお前に甘かったから、家から追い出すだけで済ませたけど、アタシはじゃ済まさないよ。姉の夫のみならず、よりにもよって王家の姫君の婚約者まで奪うなんざ、お前の性根はとんでもなく汚れているよ。汚物がこの家の門をくぐったことすら許しがたい。さっさと出て行きな!」

「いやっ! 謝るから許してお姉様! 私ここ以外行くところがないし、お金もないの……!」

「ふん、こっちだってお前のやらかしに対する慰謝料を王家に支払ったから金がないよ! おまけにヨーク公爵家にも多額の賠償金を支払ったんだ! これ以上お前にかける金なんてないよ!」

「え? ヨーク公爵家に賠償金を……?」

 王家に慰謝料を支払うのはまだ分かる。王女の婚約者に手出しをしたのだから。
 だがヨーク公爵家への賠償金とは、何に対しての賠償なのか……。
 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】私を捨てた皆様、どうぞその選択を後悔なさってください 〜婚約破棄された令嬢の、遅すぎる謝罪はお断りです〜

くろねこ
恋愛
王太子の婚約者として尽くしてきた公爵令嬢エリシアは、ある日突然、身に覚えのない罪で断罪され婚約破棄を言い渡される。 味方だと思っていた家族も友人も、誰一人として彼女を庇わなかった。 ――けれど、彼らは知らなかった。 彼女こそが国を支えていた“本当の功労者”だったことを。 すべてを失ったはずの令嬢が選んだのは、 復讐ではなく「関わらない」という選択。 だがその選択こそが、彼らにとって最も残酷な“ざまぁ”の始まりだった。

八年間の恋を捨てて結婚します

abang
恋愛
八年間愛した婚約者との婚約解消の書類を紛れ込ませた。 無関心な彼はサインしたことにも気づかなかった。 そして、アルベルトはずっと婚約者だった筈のルージュの婚約パーティーの記事で気付く。 彼女がアルベルトの元を去ったことをーー。 八年もの間ずっと自分だけを盲目的に愛していたはずのルージュ。 なのに彼女はもうすぐ別の男と婚約する。 正式な結婚の日取りまで記された記事にアルベルトは憤る。 「今度はそうやって気を引くつもりか!?」

花嫁に「君を愛することはできない」と伝えた結果

藍田ひびき
恋愛
「アンジェリカ、君を愛することはできない」 結婚式の後、侯爵家の騎士のレナード・フォーブズは妻へそう告げた。彼は主君の娘、キャロライン・リンスコット侯爵令嬢を愛していたのだ。 アンジェリカの言葉には耳を貸さず、キャロラインへの『真実の愛』を貫こうとするレナードだったが――。 ※ 他サイトにも投稿しています。

乙女ゲームの悪役令嬢の兄の婚約者に転生しましたが傷物になったので退場を希望します!

ユウ
恋愛
平凡な伯爵令嬢のリネットは優しい婚約者と妹と穏やかで幸福な日々を送っていた。 相手は公爵家の嫡男であり第一王子殿下の側近で覚えもめでたく社交界の憧れの漆黒の騎士と呼ばれる貴族令息だった。 結婚式前夜、婚約者の妹に会いに学園に向かったが、そこで事件が起きる。 現在学園で騒動を起こしている第二王子とその友人達に勘違いから暴行を受け階段から落ちてしまう… その時に前世の記憶を取り戻すのだった… 「悪役令嬢の兄の婚約者って…」 なんとも微妙なポジション。 しかも結婚前夜で傷物になる失態を犯してしまったリネットは婚約解消を望むのだが、悪役令嬢の義妹が王子に婚約破棄を突きつける事件に発展してしまう。

《完結》「パパはいますか?」ある日、夫に似た子供が訪ねて来た。

ヴァンドール
恋愛
嫁いですぐに夫は戦地に赴いた。すると突然一人の男の子が訪ねて来た「パパはいますか?」 その子供の顔は戦地に行った夫にそっくりだった。

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

『白い結婚だったので、勝手に離婚しました。何か問題あります?』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
「――離婚届、受理されました。お疲れさまでした」 教会の事務官がそう言ったとき、私は心の底からこう思った。 ああ、これでようやく三年分の無視に終止符を打てるわ。 王命による“形式結婚”。 夫の顔も知らず、手紙もなし、戦地から帰ってきたという噂すらない。 だから、はい、離婚。勝手に。 白い結婚だったので、勝手に離婚しました。 何か問題あります?

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

処理中です...