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罠③
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「この男はあろうことか王女であるわたくしの身を汚そうとしました。捕縛し、王宮へと連行なさい。それと床下にいるネズミもよ」
背後に控えていた騎士が私の命令に従いセレスタンを捕縛する。
「なっ!? お、おい、やめろ! 離せ!」
「うるさいぞ! 静かにしろ!」
騒ぐセレスタンに騎士が大声で一喝すると、見る見るうちに大人しくなる。
人から怒鳴られることのない深窓のお坊ちゃまは打たれ弱いな。
「姫様! 床下のネズミがいません!」
床に擬態した隠し扉を開けると、そこには石造りの階段が見えた。
その階段を下った先には残念ながら人影は見当たらない。
「通路内のどこかにはいるはずよ、探しなさい!」
するとものの数分で通路内から「いました!」という声が上がる。
騎士により連行された女は髪も服も薄汚れ、厚めに施した化粧も落ちかけていた。
「なんで……なんでこんなに大勢いるのよ。”前泊り”は王女一人がここで寝るんじゃなかったの……?」
呆然とする女の口から出てきた”前泊り”という言葉。
それをどうして知っているのかを尋ねようとしたが、それより先にルイの怒号が響いた。
「ジェーン……! 君は何をやっているんだ! 自分が何をしたか分かっているのか!?」
聞いたことのない声量で怒るルイに呆気にとられる私とは反対に、ジェーンは「ルイ!」と嬉しそうに名を呼んだ。
「助けに来てくれたのね!? アタシ……アタシ、こんな暗がりにずっと押し込められてて……怖くて寒かったの!」
「はあ……それは君が望んでやったことだろう? 何を被害者ぶっているんだ? こんなことをして、ただで済むと思っているのか?」
「やだ、怖いこと言わないでよ? ちょっと床下に入ったくらいでそんな……」
自分の罪の重さを全く理解していないであろうジェーンにその場にいる者は皆驚きを隠せない。
何をもって”ちょっと”だなどと言えるのだろう。
「どこが”ちょっと”なんだ? 王家の姫君の新居にある隠し通路を知っただけでも重罪だぞ? おまけに姫君を乱暴しようとした男に協力するなんて、どこまで腐っているんだ! よくそんな真似ができたものだな!?」
「そ、そんな、だって……アタシ、アタシ……」
ルイに怒鳴られ涙目になるジェーン。
その顔を見て私は呆れてしまった。
「まあ、呆れた……。わたくしが襲われることを黙認していたくせに、よくもまあ被害者ぶって涙を流せること。貴女もセレスタン様同様、自分さえ良ければ他人がどうなろうと構わない外道なのね?」
「は、はああ!? 何なのよその言い方! ちょっとルイ、聞いた? この女は清純ぶった見た目しているけれど中身はこんななのよ!? 騙されないで!」
こんな、とは何だ。
人が乱暴されるところを黙って見ようとした奴に言われたくはない。
「黙れ! フランへの暴言は許さないぞ! それに騙したのは君の方だろう? よくも世話になったヨーク公爵家を裏切ったものだ!」
「ち、ちが……裏切ってなんか……」
「ふざけているのか? 軟禁中のセレスタン様を逃がしたのは君だろう? 君が馬鹿な真似をしたせいでこんなことになっているんだぞ! 関係のないフランを酷い目に遭わせようとして……絶対に許さない!」
「ちがっ……だって、だってその女がアタシからルイを奪うから……」
「奪う? 何を言っている、私は一度たりとも君のものになった覚えはない。戯言も大概にしてくれないか?」
「ひどい! アタシはずっと昔から貴方のことが好きだったのに! 貴方だけを見つめていたのに! なんでぽっと出の女に横から搔っ攫われなきゃなんないのよ! おかしいでしょう!?」
「おかしい? おかしいのは君の方だろう? 君が私を好きだから何だというんだ? 見つめていたからどうだというんだ! それからフランのことを何度も”その女”呼ばわりするな! 立場を弁えろ!」
ルイがここまで怒るなんて、と驚いたがそれと同時に嬉しさもある。
私に無礼を働くジェーンをきちんと咎めてくれたのだから。
「な、なんで……? なんでそんな酷い事を言うの……? アタシを助けるために変装までしてくれたんじゃないの?」
「何をどう見たらそう判断できるんだ……。私が助けたかったのはフランであって、君じゃない」
「え? え……? どういうこと?」
本気で理解していないジェーンに呆れ、ルイは小さくため息をついた。
「ジェーン、一つ聞きたいのだが、君は今宵何をしにここへ来た?」
「え……そ、それは……セレスタン様に無理やり連れてこられて……」
「ふうん、そうか。ではセレスタン様は何をしにここへ来た?」
「あ、え、いや、その……セレスタン様は、王女様と復縁する為に……」
「へえ? 女性の寝室に、床下から、いきなり現れて、髪を乱暴に掴む……しかも真夜中に。それで復縁できるんだ、へえ~……」
言外にそんなわけないだろうと責めるルイに気圧されるジェーン。
月明りでも分かるほど彼女の顔色は悪い。
「こちらはセレスタン様と君の企みを知っていたんだよ。彼がフランに悍ましい真似をしようとしていることも、君がそれに協力していたこともね。だから罠をはって君達ネズミが巣穴から出てくるのを待った。まさか髪を掴んでくるとは思わなかったけどね。本当、フランに身代わりを申し出てよかったよ」
「え? 罠!? それにネズミって……まさか、アタシ達のこと!?」
「そうだよ? 床下に潜んで悪さをする君たちにピッタリの表現だ。 それにしても簡単に罠にかかってくれたものだね。この邸に忍んだ時、途中でおかしいと思わなかったのか?」
「お、おかしいって……何が……?」
「ああ、気づいていなかったのか。まずこの寝室、姫君が使うにしてはお粗末すぎやしないか? 君だって侍女の職に就いていたから知っているだろう、貴族夫人の寝室はもっと華やかで質の高い調度品が設置されているはずだ。こんな必要最低限の、しかも質の悪いものが置かれているなんておかしいと思わなかったのか?」
「あ、ああ……そんな、やっぱり……」
顔面蒼白で”やっぱり”と言う姿を見ると、彼女は違和感に気付いていたのかもしれない。
私も改めてこの部屋を見渡すが、まるで安いビジネスホテルのような設えだ。
まあ、そうするように頼んだのは私なのだが。
背後に控えていた騎士が私の命令に従いセレスタンを捕縛する。
「なっ!? お、おい、やめろ! 離せ!」
「うるさいぞ! 静かにしろ!」
騒ぐセレスタンに騎士が大声で一喝すると、見る見るうちに大人しくなる。
人から怒鳴られることのない深窓のお坊ちゃまは打たれ弱いな。
「姫様! 床下のネズミがいません!」
床に擬態した隠し扉を開けると、そこには石造りの階段が見えた。
その階段を下った先には残念ながら人影は見当たらない。
「通路内のどこかにはいるはずよ、探しなさい!」
するとものの数分で通路内から「いました!」という声が上がる。
騎士により連行された女は髪も服も薄汚れ、厚めに施した化粧も落ちかけていた。
「なんで……なんでこんなに大勢いるのよ。”前泊り”は王女一人がここで寝るんじゃなかったの……?」
呆然とする女の口から出てきた”前泊り”という言葉。
それをどうして知っているのかを尋ねようとしたが、それより先にルイの怒号が響いた。
「ジェーン……! 君は何をやっているんだ! 自分が何をしたか分かっているのか!?」
聞いたことのない声量で怒るルイに呆気にとられる私とは反対に、ジェーンは「ルイ!」と嬉しそうに名を呼んだ。
「助けに来てくれたのね!? アタシ……アタシ、こんな暗がりにずっと押し込められてて……怖くて寒かったの!」
「はあ……それは君が望んでやったことだろう? 何を被害者ぶっているんだ? こんなことをして、ただで済むと思っているのか?」
「やだ、怖いこと言わないでよ? ちょっと床下に入ったくらいでそんな……」
自分の罪の重さを全く理解していないであろうジェーンにその場にいる者は皆驚きを隠せない。
何をもって”ちょっと”だなどと言えるのだろう。
「どこが”ちょっと”なんだ? 王家の姫君の新居にある隠し通路を知っただけでも重罪だぞ? おまけに姫君を乱暴しようとした男に協力するなんて、どこまで腐っているんだ! よくそんな真似ができたものだな!?」
「そ、そんな、だって……アタシ、アタシ……」
ルイに怒鳴られ涙目になるジェーン。
その顔を見て私は呆れてしまった。
「まあ、呆れた……。わたくしが襲われることを黙認していたくせに、よくもまあ被害者ぶって涙を流せること。貴女もセレスタン様同様、自分さえ良ければ他人がどうなろうと構わない外道なのね?」
「は、はああ!? 何なのよその言い方! ちょっとルイ、聞いた? この女は清純ぶった見た目しているけれど中身はこんななのよ!? 騙されないで!」
こんな、とは何だ。
人が乱暴されるところを黙って見ようとした奴に言われたくはない。
「黙れ! フランへの暴言は許さないぞ! それに騙したのは君の方だろう? よくも世話になったヨーク公爵家を裏切ったものだ!」
「ち、ちが……裏切ってなんか……」
「ふざけているのか? 軟禁中のセレスタン様を逃がしたのは君だろう? 君が馬鹿な真似をしたせいでこんなことになっているんだぞ! 関係のないフランを酷い目に遭わせようとして……絶対に許さない!」
「ちがっ……だって、だってその女がアタシからルイを奪うから……」
「奪う? 何を言っている、私は一度たりとも君のものになった覚えはない。戯言も大概にしてくれないか?」
「ひどい! アタシはずっと昔から貴方のことが好きだったのに! 貴方だけを見つめていたのに! なんでぽっと出の女に横から搔っ攫われなきゃなんないのよ! おかしいでしょう!?」
「おかしい? おかしいのは君の方だろう? 君が私を好きだから何だというんだ? 見つめていたからどうだというんだ! それからフランのことを何度も”その女”呼ばわりするな! 立場を弁えろ!」
ルイがここまで怒るなんて、と驚いたがそれと同時に嬉しさもある。
私に無礼を働くジェーンをきちんと咎めてくれたのだから。
「な、なんで……? なんでそんな酷い事を言うの……? アタシを助けるために変装までしてくれたんじゃないの?」
「何をどう見たらそう判断できるんだ……。私が助けたかったのはフランであって、君じゃない」
「え? え……? どういうこと?」
本気で理解していないジェーンに呆れ、ルイは小さくため息をついた。
「ジェーン、一つ聞きたいのだが、君は今宵何をしにここへ来た?」
「え……そ、それは……セレスタン様に無理やり連れてこられて……」
「ふうん、そうか。ではセレスタン様は何をしにここへ来た?」
「あ、え、いや、その……セレスタン様は、王女様と復縁する為に……」
「へえ? 女性の寝室に、床下から、いきなり現れて、髪を乱暴に掴む……しかも真夜中に。それで復縁できるんだ、へえ~……」
言外にそんなわけないだろうと責めるルイに気圧されるジェーン。
月明りでも分かるほど彼女の顔色は悪い。
「こちらはセレスタン様と君の企みを知っていたんだよ。彼がフランに悍ましい真似をしようとしていることも、君がそれに協力していたこともね。だから罠をはって君達ネズミが巣穴から出てくるのを待った。まさか髪を掴んでくるとは思わなかったけどね。本当、フランに身代わりを申し出てよかったよ」
「え? 罠!? それにネズミって……まさか、アタシ達のこと!?」
「そうだよ? 床下に潜んで悪さをする君たちにピッタリの表現だ。 それにしても簡単に罠にかかってくれたものだね。この邸に忍んだ時、途中でおかしいと思わなかったのか?」
「お、おかしいって……何が……?」
「ああ、気づいていなかったのか。まずこの寝室、姫君が使うにしてはお粗末すぎやしないか? 君だって侍女の職に就いていたから知っているだろう、貴族夫人の寝室はもっと華やかで質の高い調度品が設置されているはずだ。こんな必要最低限の、しかも質の悪いものが置かれているなんておかしいと思わなかったのか?」
「あ、ああ……そんな、やっぱり……」
顔面蒼白で”やっぱり”と言う姿を見ると、彼女は違和感に気付いていたのかもしれない。
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まあ、そうするように頼んだのは私なのだが。
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