ねこのフレンズ

楠乃小玉

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三十三話 伏線

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 ドカンちゃんは自転車をこいで西を目指す。
 この前、行けなかったk2ホームセンターへ。
 前は西明石駅前で右折してしまった。
 今回はずっとそのまま国道二号線を西に進み、大きな貯水池の前を通り、
 坂を下り、坂を上り、大久保駅の前に出て、
 それでもまだ西に進み、町並みがなくなってきて、
 しだいに田んぼが見えてきたところで
 ドカンちゃんはスマホをチェックした。
 「いけない、行きすぎた」
 ドカンちゃんはちょっと引き返して清涼飲料水の工場の横の道を北側に入った。
 
 しばらく行くと見えてきた。
 大きなk2のカンバン。
 すごく広いホームセンター。
 ドカンちゃんはドキドキした。
 「すごい!すごい!」
 チカンちゃんはそう言って自転車のカゴをユサユサゆすった。
 
 広大な駐車場が目の前に広がる。
 店舗はその向こうにあった。
 店舗の前にキレイなお花の苗が陳列されている。
 ドカンちゃんはそこに向かった。
 
 自転車駐輪場に自転車をとめて、カゴからチカンちゃんを出し、
 「愛してるよ」と言って
 一旦抱きしめてから下に下ろした。
 チカンちゃんも
 『愛してるよ」と言ってドカンちゃんの足に抱きついた。
 チカンちゃんはそのままドカンちゃんの足にしがみついたまま、
 ドカンちゃんは前に進んだ。
 
 お花が一面に咲き誇るお花売り場、
 その前に五十センチくらいの女の子が立って居た。
 西洋の騎士の礼服みたいな格好をしてマントを着て、
 頭には羽根がついた帽子をかぶっている。
 腰には細い西洋の長剣をさしている。

 その帽子からにょっきりと二つの少し灰色がかった白い猫耳が出ている。
 「ようこそボクの場所へ、ボクは正義の守護者、シンガプーラのプーラです」
  そう言ってプーラは深々と頭をさげた。

 「こんにちわプーラさん」
 ドカンちゃんも頭をさげる。
 チカンちゃんはドカンちゃんの足にしがみついたまま
 キョトンとした顔で目をまん丸にして
 プーラを見ている。
 「一言いいたいんだけど、いいかな」
 「はい」

 「私の土地には決して悪は進入させない!」
 叫ぶと同時にプーラは素早く長剣を抜いて
 ドカンちゃんに突進してきた。
 一瞬の出来事だった。
 チカンちゃんは自分が前に飛び出して剣の前に
 立ちふさがろとしたが、剣の動きが一瞬速かった。
 チカンちゃんのお腹の横を剣が通過する。
 
 そしてドカンちゃんの顔めがけて剣が飛ぶ。
 ドカンちゃんは唖然としたまた動けない。
 
 グシュッ
 鈍い音がした。
 
 「ぎゃああああああっ!」
 
 悲鳴があがって、
 ドカンちゃんの後ろから黒い影が飛び退く。
 「おぼえてろよおおおおおー!」
 叫びながら黒い影は逃げ去っていった。
 
 ドカンちゃんの足がガクガクと震える。
 「な、な、な、何だったんですか……」

 「腐苦尖フクセンという妖怪だよ」
 プーラは言った。
 「ふえ~」
 チカンちゃんは腰を抜かしてその場にへたり込む。
 「これを見てごらん」
 ドカンちゃんの足下に紙が落ちている。
 「何ですか~……あっ!」
 ドカンちゃんが戦慄する。
 そこには
 『物語の最期、チカンがトラックにひかれて粉々になって死ぬ。伏線回収』
 と書かれていた。
 「なんですか、これは!」
 ドカンちゃんは顔を真っ赤にして激高した。
 
 プーラはその紙を太陽の光にかざす。
 すると、それはボロボロになって消えていった。

 「伏線回収っと。……君は以前、水と火の地霊は粉々になっても死なないけど、
 それ以外の地霊はバラバラになったら死ぬと石ヶ谷で聞いたね、そこで
 伏線が引かれたんだ。その伏線を回収するために、本当ならチカンちゃんは
 最終回にトラックに轢かれて死ぬはずだった」
 
 「そんな、不条理な!」

 体をワナワナふるわせてドカンちゃんが答えた。

 「ボクも不条理と思う。だから、今、腐苦尖から、この伏線をとりあげたんだ。
 こんな伏線、回収されても誰も喜ばないからね」
 
 「そうなんですね!ありがとうございます!ありがとうございます!」
 ドカンちゃんは何度もプーラに頭をさげた。
 「あんがとございます!あんがとございます!
 チカンちゃんも両手をあわせて、前後にヘコヘコとうごかした。
 
 「当然の事をしたまでさ、なんたって、ボクは正義の守護者だからね」
 物静かにプーラは言った。

 「いいかい、人は時々意味不明の不安に襲われることがある。
 そういう時は放っておくと、どんどん怖くなってゆくんだ。
 恐怖とは相手の正体がわからないと、どんどん増大してゆく。
 そこで、冷静に、なぜ、自分が不安か考えて伏線を回収する
 必要がある。
 もしかして、寝不足かもしれない。
 季節の変わり目で体調が悪いのかもしれない。
 冷えすぎかもしれない、
 仕事の不安かもしれない、
 深夜まで起きすぎかもしれない、
 働き過ぎかもしれない、
 自分に合っていない仕事を無理にしているかもしれない。
 上司のイジメが原因かもしれない、
 何か隠し事が見つかるのがイヤなのかもしれない。
 自分が何かに対して後ろめたいと思って居るかもしれない。
 愛している人の愛を失うのが怖いのかもしれない。
 タダ単に、温度が急激に変化したからかもしれない。
 
 冷静に原因を探っていかなければならない。
 もし、原因が分からないなら分からないでいい、
 精神科の先生に相談するのもいいし、軽い場合は
 勘違いだと思って安心するのもいい。

 それをせずに、ただ、不安におびえていると、
 どんどん不安は大きくなり、最期には
 死に至る病となるのだ。
 不安に思い続けたり、恐がり続けるのが一番わるい。
 思考の方向性、チャンネルを変えるのが必要なのだ。
 わかったかい」

 「はい、わかりました!」
 「はーい!」
 
 ドカンちゃんとカバンちゃんは答えた。

 「それではこのホームセンターご自慢のお花売り場を案内するよ」
 プーラはそっけなく無表情に言った。
 そういう性格らしい。

 「うわ、すごい、このお花六角形だ」
 ドカンちゃんは目を輝かせる。
 「それはカルミアといってね、アメリカから記念樹として
 日本に送られた花なんだよ」
 
 シンガプーラが言った。
 「キレイ、ほしいな~」
 
 「有毒だけどね」
 「じゃあ、だめだ、猫ちゃんが危なくなるから」
 
 「他には何かありますか?猫ちゃんに毒なもの」
  
 「では順番に言っていこうか。
  これはあくまでも参考であって、自分でも調べるんだよ。
  私が知らないものでも猫ちゃんに毒なものがあるかもしれない。

 アジサイ
 アロエ
 オシロイバナ
 カラジューム
 キキョウ
 菊
 クロッカス
 ゲッケイジュ
 ゴクラクチョウカ
 サクラソウ
 サボテン
 鉛筆サボテン
 ジャスミン
 スイトピー
 スズラン
 セイヨウキョウチクトウ
 ゼラニウム
 
 ニオイスミレ(パンジー)
 ニチニチソウ
 シクラメン
 シダ
 シャクヤク
 ポインセチア
 マリゴールド
 マリファナ
 リリー
 ロベリア

 ウマノアシガタ
 オキナグサ
 オダマキ
 キツネノボタン
 キンポウゲ
 クリスマスローズ
 クレマチス
 ケキツネノボタン
 トリカブト
 ハンショウヅル
 ヒエンソウ
 フクジュソウ
 

 ケシ
 ケマンソウ
 クサノオウ
 タケニグサ
 ポピー(ケシ)
 ヤマブキソウ

 カラー
 ザゼンソウ
 ディフェンバキア
 フィロデンドロン
 マムシグサ
 モンステラ

 アザレア
 サツキ
 ツツジ
 アセビ
 アメリカシャクナゲ 
 シャクナゲ
 ハナヒリノキ
 レンゲツツジ

 イヌホオズキ
 ジャガイモ
 たばこ
 エンジェルトランペット
 トマト
 ナス
 ヒヨドリジョウゴ
 ホオズキ

 アリストロメリア
 アマリリス
 キツネノカミソリ
 スイセン
 黄水仙
 ラッパスイセン
 タマスダレ
 ハマユウ
 ヒガンバナ

 イヌサフラン
 オモト
 タチアオイ
 コバイケソウ
 シュロソウ
 ツクバネソウ
 バイケイソウ
 ハシリドコロ
 ヒヤシンス
  百合
 オニユリ
 東洋百合
 平和百合
 チューリップ

 イチイ
 イギリスイチイ
 ウエスタンイチイ
 ウツギ
 梅の花
 ゴムの木
 インドゴムの木
 オーク
 トチノキ
 マロニエ
 セイヨウヒイラギ
 ヤシ
 サゴヤシ
 ドラゴン木
 ナンテン
 マダガスカルドラゴン木
 マユミ
 ミツマタ
 ブッシュ
 ブナの木
 松
 ヤツデ
 ランタナ
 ユーカリ

 アイビー
 アイリスアイビー
 アメリカヅタ
 イングランドアイビー
 グレイシャーアイビー
 ジャャーマンアイビー
 スィートハートアイビー
 デビルアイビー
 ニードロポイントアイビー
 ポトス
 アサガオ
 チョウセンアサガオ
 ツタウルシ
 フジ

 タロイモツル
 アマ
 アメリカヤマゴボウ
 イヌホウズキ
 イボタノキ
 エメラルドフェザー
 オトナシソウ
 カストール豆
 木フィロデンドロン
 エルサレムサクランボ
 ザゼンソウ
 サンギリアナ
 ジギタリス
 ジャワ島豆
 
 ジャングルトランペット
 スイカズラ
 スノードロップス
 セイヨウニワトコの実
 ダイオウ
 タイワンセンダン
 ダフネ

 ドクニンジン
 ハズ
 ハリケーンプラント
 ヒヨス
 ベラドンナ
 フルーツゼリープラント
 ブルールピナス
 フロリダビューティー
 ベインベリー
 ベラドンナ
 ホウオウボク
 ミニチュアハズ
 メスカル酒豆
 ヤグルマギク
 ヤドリギ
 ユーオニムス属
 ブルールピナス
 ユキノハナ
 ヨモギギクカラシ
 リボンプラント
 ルピナス
 ルリハコベ
 ローズマリーエンドウ豆
 ロコ草」

 「うわー!覚えきれないよー」
 「ノートと鉛筆を買ってきなさい、書いてあげるから」
 「あ、はい、やさしいんですね」
 「正義だからね」
 プーラは無表情に言った。

 「ウツギがダメなら前に買った大紅ウツギもだめなんですね。
 せっかく大丈夫だとおもって木戸さんのお庭に植えたのに~」
 ドカンちゃんががっくり肩を落とした。

 「大丈夫だよ木戸さんは猫を飼ってないから」
 チカンちゃんがピョンピョンとびはねた。

 「木戸さんは猫が大好きなのに猫を飼っていないの?」
 「あのお家には大きな松があるけど、松は猫に毒らしいので
 猫を飼うために松の大木を切るのが可哀想だからだそうだよ」
 「そうなんだ~」
 

  
 「館内にも球根が売っているけど見るかい?」
 
 プーラに案内されて館内に入ると、そこには珍しいチューリップがいっぱいあった。
 
 「うわー、ピンク色でまるでバラの花みたいな咲き方するリューリップがあるんですね」

 「八重咲きチューリップだよ、アンジェリケっていうんだ」
 
「すごくキレイです、見惚れます。でもチューリップは猫ちゃんに有毒なんだよな~」

 「お花には色々あるから自分でもしらべてみるといいよ、君は猫ちゃんにやさしいんだね、
 きっと神と精霊の加護があるよ」

 無表情のままプーラは抑揚のない声で言った。
 
 「はい!」
 
 ドカンちゃんは元気よく答えた。

 
 

 
 
 
 

 
 
 


 
 
 
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