どこまでも付いていきます下駄の雪

楠乃小玉

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三十九話 多忙は甘え

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 欲をかいた織田信秀が美濃から斉藤道三を排除し、
 明智の油の利権を独占しようとして失敗し、
 尾張経由で入ってくる油が激減高騰してより数年がたっていた。

 美濃の斉藤道三は織田信秀を警戒し、
 近江経由の陸路で入る値の張る油を中心に買うようになったが、
 明智は相変わらず、長良川を使って収穫した荏胡麻を川下の尾張に流し、
 水上経路で京に運んでいたようだ。

 従順に道三の輸出抑制策に従った木曽の木材の伐採を取り仕切る小島氏は
 この間の美濃と尾張の不和によって致命的に勢力を縮小し、
 明智の発言権が大きくなっていたようである。

 政的背景である明智ら国人衆の圧力を受けて、
 斉藤道三は織田信秀と和睦を図ったようであった。

 道三側から織田に和睦を申し入れ、
 明智の血筋の姫を織田の嫡子に嫁がせたようである。

 姫を嫁がせるとは人質を取らせることでもある。

 戦に勝った道三側が人質を送るとは、
 よほど明智の圧力が強かったのであろう。


 尾張はと言えばすでに他国に出兵する余力はなく、
 身内の織田信清が騒乱を起こし、独立の気配を見せる有様である。

 織田信秀はそのまま勢力を盛り返すことなく、
 天文二十年この世を去った。

 大原資良の調べによると、
 後を継いだ織田信長は織田信秀の葬儀の席で
 「喝」と叫んで位牌に焼香を投げつけたため
 尾張でも笑いものになっているとの事だった。

 この話を聞き、今川館に居並ぶ群臣は思わず笑いをかみ殺したが、
 義元公は平静なお顔をされておられた。

 「して、葬儀の宗旨は」

 「はい、浄土宗かと」

 「それはおかしい。信秀は禅宗であったはず。
 それを織田の家臣どもが信秀の輪廻転生を願って、
 無理強いして浄土宗の葬儀をしたのであろう。
 ならば、禅宗の流儀にて喝を入れ、
 魂を雲散霧消したるは親孝行の冥利に尽きるというものじゃ」

 義元公がそうのたまったので実元ら家臣一同恥じ入って頭を下げた。

 「伊豆守(大原資良)引き続き、信長の動向を探ってくれ」

 「ははっ」

 資良は平伏したあと退席した。

 資良の報告を義元公が重臣らと共にお聞きになり、
 各自帰参いたすところ、龍王丸様の傅役であられる
 三浦内匠助殿が廊下から足を踏み外し、庭に転がり落ちた。

 「何をしておる」

 義元公が呆れて覗きこまれる。

 「恐れながら先頃は多忙で、
 龍王丸様のご教育もままならず、
 思案しておりました処、足を踏み外しました。
 真に恐悦至極にございますが、
 出来うる事なら龍王丸様のご教育係として専念させていただければ、
 この命削り尽くしても龍王丸様を立派な武者にお育てさせていただきまする」

 「はーっ」

 義元公は深いため息をつかれた。

 「なあ、内匠助よ、多忙などというのは甘えだ。
  働いて、働いて、必死に働いておれば、疲れなどとれるもの」

 義元公は履きものもお履きにならず、お庭にお降りになられた。

 「これは、恐れ多い。お足が汚れまする。
 どうぞこの内匠助を踏み台にしてくださいませ」

 「何を、そなたのような働き者、
 足蹴にしては罰が当たるというものじゃ、なあ内匠助」

 義元公は優しく微笑まれて内匠助殿の手を取られた。

 「恐れ多い、恐れ多い事でございまする」

 「そなたは、この今川義元が認めた武士(もののふ)ぞ、
 そなたなら出来る。
 必ずできる。頑張るのだ。
 我はそなたに期待しておるのだぞ」

 「なんと慈悲深きお言葉。
 この内匠助、思い違いをしておりました。
 今より一層励み、全ての責務を熟してみせまする」

 「よしよし、それでこそ、我が見込んだ男じゃ。誇らしく思うぞ」

 義元公は内匠助殿をお支えになり、
 立たせ、その体についた埃をお払いになった。
 なんと深きお心であることか。内匠助殿は赤面し、
 体を震わせて泣いておられた。
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