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四十五話 親心
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翌日には早速今川館から使者がこられ、
第三者として見た状況を聞きたいと義元公ご所望であるので
今川館まで出仕するよう要請があった。
元実はすぐさま参上した。
座敷に通されるとそこでは孕石親子が平伏しており、
息子の孕石元泰はいささかしょげかえっているようであった。
「おお来たか実元、して三河方は身の程も知らず、
怒鳴りちらして抗議してきておるのだが、そちは何と見る」
「はい、勝手に人の屋敷に上がり込むなど言語道断にて
孕石様のお怒りもともっともと存じ上げまする。
ただし、もし刃傷におよび竹千代様ご生害に至れば、
三河は騒乱の地となりこれを治めるために多くの今川家中の血が流れましょう」
「まことにその通りじゃ」
義元公が頷かれた。
「されど」
「ええい、黙れ籐六」
元泰が口を開きかけて親の光尚が頭を殴って黙らせた。
「光尚、そなた良い息子を持ったの」
「は、とんでもございません。分別のない愚息で苦労しておりまする」
「いや、殴って素直に言う事を聞く」
「されば子が親に孝行し従うは世の習いにて凡俗にも出来ることでございまする」
「我が子はそれができぬ」
義元公が悲しげに微笑を浮かべられた。
「あっ、ははーっ」
孕石親子は共々顔を真っ青にしてかしこまり、
体を小刻みに震わせた。
一番触れてはならぬ処に触れたのだ。
「我はそなたら孕石家の隣に竹千代を住まわせた。
それはそなた等が分別あると思うたが故じゃ。
隣家の竹千代に対して、我はいかように接しろと言うたか」
孕石の子供の方が震えながら上目使いで義元公を見た。
「はい、酷く育てよと仰せでした。
よって松平の竹千代には厳しく接して参りました」
「それは考え違いじゃ、
子供を酷く育てるということは、
贅沢をさせ、楽をさせ、
何でも言うことをきいてやり、
甘やかして育てることじゃ。
そうやって楽ばかりさせて育てれば、
どのような賢明な子でも使い物にならなくなる。
光尚よ、先にそなたは息子を殴って黙らせたであろう。
あれば、ヘタな事を言うて、我より無礼打ちにされてはならじと、
子供可愛さから殴ったのであろう」
「ま、真か父上」
孕石の息子が目を丸くして光尚を見た。
「真にご明察の通りでございまする」
孕石の親は震えて平伏した。
「父上、某はいつも殴る父上に嫌われていると思うておったぞ、父上」
「ひ、控えよ、御前なるぞ」
孕石の親が怒鳴った。
「ははっ」
孕石の子が平伏する。
「もうよい、帰れ」
義元公がのたまった。
「されば、この愚息への懲罰はいかがいたしましょうか」
「さきほど光尚が殴ったではないか。あれでよい」
「ありがとうございまする」
光尚親子共々平伏し、香箱座りする猫のごとき格好で後ろに下がりながら御前を退席した。
「それでは某も退散してもよろしいでしょうか」
「いや待て」
元実が退散しようとすると義元公がお止めになられた。
義元公は思案された。
「ずいぶん前であるが、早死にした瀬名氏貞を思い出しておった。
あれも出来の悪い息子に心悩ませていたことであろうの」
「まことに」
「されば息子の事で思案にあぐね寿命を縮めたのかもしれぬ」
「はい」
「なれば、愚息瀬名貞綱を許してやろうとおもう。氏貞が可哀想じゃ」
「はい」
元実は喜び勇んで答えた。
甲斐に逃亡していた瀬名貞綱は許され、
過去の行状を義元公に詫び、恥じ入って名前を
瀬名氏俊と改名した。
第三者として見た状況を聞きたいと義元公ご所望であるので
今川館まで出仕するよう要請があった。
元実はすぐさま参上した。
座敷に通されるとそこでは孕石親子が平伏しており、
息子の孕石元泰はいささかしょげかえっているようであった。
「おお来たか実元、して三河方は身の程も知らず、
怒鳴りちらして抗議してきておるのだが、そちは何と見る」
「はい、勝手に人の屋敷に上がり込むなど言語道断にて
孕石様のお怒りもともっともと存じ上げまする。
ただし、もし刃傷におよび竹千代様ご生害に至れば、
三河は騒乱の地となりこれを治めるために多くの今川家中の血が流れましょう」
「まことにその通りじゃ」
義元公が頷かれた。
「されど」
「ええい、黙れ籐六」
元泰が口を開きかけて親の光尚が頭を殴って黙らせた。
「光尚、そなた良い息子を持ったの」
「は、とんでもございません。分別のない愚息で苦労しておりまする」
「いや、殴って素直に言う事を聞く」
「されば子が親に孝行し従うは世の習いにて凡俗にも出来ることでございまする」
「我が子はそれができぬ」
義元公が悲しげに微笑を浮かべられた。
「あっ、ははーっ」
孕石親子は共々顔を真っ青にしてかしこまり、
体を小刻みに震わせた。
一番触れてはならぬ処に触れたのだ。
「我はそなたら孕石家の隣に竹千代を住まわせた。
それはそなた等が分別あると思うたが故じゃ。
隣家の竹千代に対して、我はいかように接しろと言うたか」
孕石の子供の方が震えながら上目使いで義元公を見た。
「はい、酷く育てよと仰せでした。
よって松平の竹千代には厳しく接して参りました」
「それは考え違いじゃ、
子供を酷く育てるということは、
贅沢をさせ、楽をさせ、
何でも言うことをきいてやり、
甘やかして育てることじゃ。
そうやって楽ばかりさせて育てれば、
どのような賢明な子でも使い物にならなくなる。
光尚よ、先にそなたは息子を殴って黙らせたであろう。
あれば、ヘタな事を言うて、我より無礼打ちにされてはならじと、
子供可愛さから殴ったのであろう」
「ま、真か父上」
孕石の息子が目を丸くして光尚を見た。
「真にご明察の通りでございまする」
孕石の親は震えて平伏した。
「父上、某はいつも殴る父上に嫌われていると思うておったぞ、父上」
「ひ、控えよ、御前なるぞ」
孕石の親が怒鳴った。
「ははっ」
孕石の子が平伏する。
「もうよい、帰れ」
義元公がのたまった。
「されば、この愚息への懲罰はいかがいたしましょうか」
「さきほど光尚が殴ったではないか。あれでよい」
「ありがとうございまする」
光尚親子共々平伏し、香箱座りする猫のごとき格好で後ろに下がりながら御前を退席した。
「それでは某も退散してもよろしいでしょうか」
「いや待て」
元実が退散しようとすると義元公がお止めになられた。
義元公は思案された。
「ずいぶん前であるが、早死にした瀬名氏貞を思い出しておった。
あれも出来の悪い息子に心悩ませていたことであろうの」
「まことに」
「されば息子の事で思案にあぐね寿命を縮めたのかもしれぬ」
「はい」
「なれば、愚息瀬名貞綱を許してやろうとおもう。氏貞が可哀想じゃ」
「はい」
元実は喜び勇んで答えた。
甲斐に逃亡していた瀬名貞綱は許され、
過去の行状を義元公に詫び、恥じ入って名前を
瀬名氏俊と改名した。
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