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2話 やばい!やばい!やばい!やばい!
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「う~ん」
頭がクラクラする。
あーどうした、何がどうしたってんだ。
目がパチパチする。
「えーと」
顔に何かねっとりとついている。
生暖かい。
なんだこれ。
手で触ってみる。
やべえ、ちょとネットリしてる。
手を見る。
血だ!
「なんだ、こいつ、まだ生きてやがるぜ」
思い出した。
コンビニでオタクが不良に絡まれてたの、助けようとして不良にバットで殴られたんだ。
「とっとと死ねや!」
不良が鉄パイプを振り上げる。
やばい!やばい!やばい!やばい!
慌てて飛び起きる。
ブウン!
体が一回転してポンと地面に着地した。
「な、なんだこいつ」
不良どもがビビる。
「やべえ、こいつ、ここでぶっ殺しとこうぜ」
一人の不良がナイフを持ってこっちに突進してくる。
「や、やめろー!」
オレは必死でナイフを払いのける。
ブイン
オレの手の甲に当たったナイフは小刻みに振動する。
バン!
ナイフを持った不良の手が砕け散った。
「ぎゃあああああああ!」
不良が転げまわる。
「や、やべえ!」
不良たち二が逃げていく。
片手を吹っ飛ばされた不良も、必死に逃げていった。
「え?」
周囲を見回す。
茶色い石造りの家。
「あんた、大丈夫かい」
麻布のボロキレみたいな服をきたオッサンが家の中から出てくる。
「あれ?」
周囲を見回す。
周囲は石造りの中世の街並み。
あれ?何だってけ、オレ何してたっけ、頭を殴られて記憶が跳んでる。
そうだ、会社に行かなきゃ。
あれ?会社って何だっけ。
「うわああああああーん」
小太りのオタクが鳴き叫んでいる。
「おい、どうした」
警察官が走り寄って来た。
肩から槍を担いで。
槍?
だいたい、警察官って何だ。何を言っているんだ、オレは。
そうだ、これは城の守備隊だ。
「わああああああーあの人がああ、あの人がああああー」
オタクがオレに指さす。
「貴様あ、オルリアン公のご子息に何をしたあ!」
守備隊が一斉にオレい槍を向ける。
「違う!違う!違う!違う!」
オレは必死に手を横に振る。
「違います、兵隊さん、この人は、盗賊から坊ちゃんを守ったんです!」
お店のオッサンが証言してくれた。
「本当ですか、坊ちゃん」
小デブのぼっちゃんは鼻水をすすりながらクビを縦に振る。
てめえ、最初からそう言えよ。
小デブは涙を拭きながら、守備隊の兵士に手を引かれてどっかに行った。
礼くらい言えよ。
ぐ~っとお腹が鳴る。
お腹が減った。
「おやじ、何か食うものはあるか」
「あるよ」
店屋のオヤジは言った。
「じゃあ、これで」
オレは背広の財布から千円札を出してオヤジに渡した。
オヤジはそれでチーンと鼻をかんだ。
「何しやがる!」
「何しやがるって、ただの紙だろ。まさか、こんな模様のついた紙と物々交換で食い物を貰おうと
思ったのかい?」
「え?あ……」
「金よこしな」
オレは財布の中身を見る。
オッサンもそれを覗き込む。
「なんだ、あんた一文無しかい」
やべえ、何で金がねえんだ。気絶してる間にあの不良どもに取られたのか。
ダメだ、思い出せない。
必死に背広のポケットを探す。
ポケットの中に、胃腸液のカラのガラスの小瓶が入っていた。
こんなもの何の役にもたたねえしなあ。
「こ、これは!」
オッサンが驚きの声をあげる。
「なんだ、これ、珍しいのか?」
「あんた、この入れ物、透き通ってるじゃないか、貴族しか持てない透き通った器だ。
しかも、世間に流通しているのは瑠璃杯っていって青だが、アンタのは茶色だ。こりゃ、
なかなかの珍品だぜ」
「これ、買ってくれる?」
「バカいっちゃいけねえ、うちにそんな大金ねえよ、骨董品屋にでも行ってくれ」
「そうか、そうするよ」
オレはニヤニヤが止まらなかった。
一文無しでもうアウトかと思っていたら、とんだ拾いものだ。
町を歩いていると、オレはなんだか、だんだん不安な気持ちになってきた。
街中に行くにしたがって、朽ち果てたビルディングみたいなものが多くなってきた。
そこには人が住んでいるものの、建物の中にはコンクリートが剥離して茶色の鉄筋が
むき出しているものもあった。
しばらくそのボロボロのビルの谷間を歩いていて、ちょっと開けた場所に出た。
川が流れていて、そこにボロボロの朽ち果てたコンクリートの橋があった。
「あ……ひっかけ橋だ」
そこは、ボロボロに朽ち果てた大阪の難波周辺だった。
ここは……
「あれ?」
オレはクビをひねった。
ここは何だって?
そうだよ、ここは普通に毎日歩いている街並みじゃねえか、何が珍しいんだ。
オレは何を驚いているんだ。
やべえ、頭殴られて、ちょっと記憶が跳んでるな、やべえ、やべえ。
オレは周囲の人に聞きながら、高級品を扱う骨董品屋を探した。
「道具屋筋?それならもっと南のほうだよ」
通りがかりの人に聞いて、ボロボロのアーケードを南に進む。
この先に大きな本屋さんがあったような気がする。
ラーメン屋があってその向こうにタコ焼き屋、そして劇場。
ってラーメン屋って何だっけ?
タコって何だっけ。
食べ物だったような気がする。
しばらく行くと、アーケードの屋根が無くなった。
「やめろおおおおおおおおー!」
女の野太い叫び声が聞こえた。
「てめえー!ぶっ殺してやる!必ずぶっ殺してやるぞおおおおおー!」
劇場のほうだ。
自分が劇場だと思っていた場所の前に人だかりができている。
「ちょ、ちょっとごめん」
なんか悪い予感がしてオレは人並みをかき分けて前に出る。
「なんだアンタ、買う気あるのか?」
鎧を来たチンピラ風の男に前をさえぎられる。
「え?買うもなにも、何売ってるかわかんなきゃ買えないよ」
オレがそう言うと男は「チッ」と舌打ちしてその場をどいた。
クビと両手を鉄枠にはめられた若い女の子が大声で喚き散らしている。
目はちょっと釣り目で鼻筋が通っていて、美人さんだ。
「くそが、眠り薬なんて盛りやがって、女一匹、マトモに戦って捕まえられねえのかよ、
このクソどもが!」
「誰がオソロシアなんかとマトモに戦うもんか、この殺人狂のクソ猫が」
お腹がでっぷりと太って燕尾服みたいな服を着た男が嘲笑するように言った。
女の子の上では、覆面をかぶった筋肉質の大男が巨大なハルバードを振り上げて、
今にも女の子のクビを刎ねるようとしている。
「さあさあ、カワイイ猫耳女の子だよ~誰か買うもんはいないのかい」
太った男が抑揚のついた声で歌うように言った。
「そんな殺人鬼誰が買うもんかい!」
「バカじゃね~の!」
観客からヤジが飛ぶ。
「大丈夫だよ~この奴隷猫には服従の魔法をかけてある。
ご主人様には逆らえないよ~」
「嘘だ!ウソだ!前に買った金持ちはクビを食いちぎられて殺されたって知ってるぞ~」
後ろの方から声がする。
太った男はギロリとそちらを睨むと、鎧を来たチンピラどもに目配せする。
すると、チンピラどもは人込みをかき分け、その言葉を発した男に迫る。
男は大慌てで逃げていった。
「クソが、ばらされちゃしょうがねえ、顔は上物だから誰か騙されて買ってくれるかも
しれねえと思って生かしておいたが、しかたねえ、殺して牙や革にしてコレクターに売るかな。
ヤレ!」
太った男が合図すると、筋肉質の大男がハルバードを振り上げる。
「待て!」
オレは思わず声をあげてしまった。
こんなカワイイ女の子が目の前で殺されるのを黙って見ていられなかった。
というか、はっきり言ってタイプだった。
「ほう、なんだい、お客さん、買えるのかい、この子、上玉だから高いよ、ほら美人さんだろ」
「今、オレの全財産はこれだけだ、これで買えなきゃあきらめる」
オレは背広のポケットに入っていた胃腸薬のガラスの小瓶を太った男に見せた。
「ほう、あんた、異世界転生人だね。う~ん」
太った男はクビをひねった。
「これ一本じゃダメだな、もう一本なきゃ」
「一本しかないんだ」
「じゃ、ダメだ、あきらめな、ヤレ!」
太った男は合図する。
筋肉質の大男はハルバードを振り上げる。
「くそおおおおおー!」
オレはどうしようもなく腹立たしく、怒りに任せて、その小瓶を振り上げ、地面にたたきつけようとした。
「ちょちょちょ!ちょっとまったー!」
太った男がオレの腕にしがみ付く。
「なんだよ、ダメなんだろ」
「あのさあ、お前、本当に、その瓶、1本しかないの?」
「そんなもん、1本しかないに決まってるだろ」
「そそそ、そりゃそうだ、こんな貴重品な」
「なんだよ、1本じゃ足りないんだろ」
「ままま、まあな、でも、今回は、お前の必死さに負けた。
俺様、奴隷商人の金持ちジャックはものすごく心がキレイな人だから、
今回はおまけしてその瓶一つで、売ってやるよ。さあ、その瓶を渡せ」
金持ちジャックが手を差し出す。
「ああ」
オレはジャックに小瓶を手渡そうとする。
「ダメだ!」
女が叫んだ。
「え?」
驚いてオレは今、殺されかけてる女を見る。
「オレの令呪をお前に切り替えるまでは渡すな!渡した瞬間、オレに命令して、
こいつはお前を殺すぞ!」
「余計なことは言うな!」
男が固定されている女に走り寄って顔を蹴りつけた。
「ぎゃつ!」
女が悲鳴をあげる。
「おい!オレのもんだぞ!」
オレは怒って小瓶を振り上げる。
「ちょちょちょ、待った!わかったよ、今すぐ令呪を書き換えるから」
「はい、書き換えた」
金持ちジャックは女の前で手をパタパタした。
「騙されるな、まだ書き換わってない」
「ぐぬぬ、このクソ猫がああ……ぎぎぎぎぎ」
金持ちジャックはギリギリと歯ぎしりをする。
「はやくしろよ」
オレは小瓶を地面に投げつけるふりをする。
「ま、ま、ま、待った、わかったよ、おい、魔導士、やれ」
金持ちジャックがそういうと、建物の裏からズタ袋のような汚い毛布をかぶった老婆が出てきて
女の前に立ち、何か呪文を唱えた。
すると、おんなの頭からピコンと猫耳が生えてきた。
「よし、令呪は書き換わったぞ、次は鉄の固定具をはずさせろ。外す前だと、小瓶を渡した
途端、意趣返しでオレを殺すかもしれねえからな」
「わかった、はずせ」
「まったくもお、うたぐり深いですねえ、旦那あ」
ジャックはもみ手をしながらチンピラに目配せする。
チンピラは女の拘束具をはずした。
「ふう、すっきりしたあ」
女はクビをさすった。
「言う通りにしたぞ、早く渡せ!」
「あいよ」
オレはジャックに小瓶を渡した。
ジャックはオレの手から小瓶をひったくると、遠くの方に走ってにげた。
「二人とも殺せ!」
ジャックが叫んだ。
「うおおおおー!」
筋肉質のマスクをかぶった男が女に向かってハルバードを振り上げる。
女は素早く筋肉質の大男の後ろに回ると、首筋にかみつき、
クビの骨ごとムシリ取った。
男は声もなくその場に崩れ落ちた。
「おい、何してる、約束が違うぞ!」
オレは叫んだがジャックはアッカンベーをする。
「約束なんかしてないよ、あほー!」
「てめえ」
「あぶない!」
女の子が叫んだ。
後ろからチンピラがロングソードでオレに切りかかってきた。
「やめろ!」
オレが手でロングソードを振り払うと、ロングソードが共振して、
チンピラが粉々に砕け散った。
周囲に肉片が散乱する。
「ひ、ひいいいいいー!」
ジャックは悲鳴をあげて逃げていった。
ジャックが町の警備兵に告げ口したようで、警備兵たちが駆けつけてきたが、
目撃していた民衆が証言してくれて、オレたちは正当防衛ということでお咎めを受けることはなかった。
「にひひひひ、よろしくな、ご主人様」
女の子はニヒョニヒョしながらオレの腕に抱き着いてきた。
腕に柔らかいオッパイが当たってドキドキした。
カワイイ、こんなカワイイ猫耳娘が御供になってくれて、本当によかったと思った。
大金は手に入れられなかったけど、この子にはそれだけの価値があると思った。
「ねえねえ、あんた、名前は何てえんだ。オレはロシアンブルー。みんなはオソロシアって呼んでるぜ」
「ああ、えーとね」
思い出せない。
「うーんと」
思い出せない、あ、ちょっとだけ思い出してきた。
「あ……タケシ……タケシだ」
「よおタケシ、これからもよろしくな」
オソロシアは満面の笑みで言った。
頭がクラクラする。
あーどうした、何がどうしたってんだ。
目がパチパチする。
「えーと」
顔に何かねっとりとついている。
生暖かい。
なんだこれ。
手で触ってみる。
やべえ、ちょとネットリしてる。
手を見る。
血だ!
「なんだ、こいつ、まだ生きてやがるぜ」
思い出した。
コンビニでオタクが不良に絡まれてたの、助けようとして不良にバットで殴られたんだ。
「とっとと死ねや!」
不良が鉄パイプを振り上げる。
やばい!やばい!やばい!やばい!
慌てて飛び起きる。
ブウン!
体が一回転してポンと地面に着地した。
「な、なんだこいつ」
不良どもがビビる。
「やべえ、こいつ、ここでぶっ殺しとこうぜ」
一人の不良がナイフを持ってこっちに突進してくる。
「や、やめろー!」
オレは必死でナイフを払いのける。
ブイン
オレの手の甲に当たったナイフは小刻みに振動する。
バン!
ナイフを持った不良の手が砕け散った。
「ぎゃあああああああ!」
不良が転げまわる。
「や、やべえ!」
不良たち二が逃げていく。
片手を吹っ飛ばされた不良も、必死に逃げていった。
「え?」
周囲を見回す。
茶色い石造りの家。
「あんた、大丈夫かい」
麻布のボロキレみたいな服をきたオッサンが家の中から出てくる。
「あれ?」
周囲を見回す。
周囲は石造りの中世の街並み。
あれ?何だってけ、オレ何してたっけ、頭を殴られて記憶が跳んでる。
そうだ、会社に行かなきゃ。
あれ?会社って何だっけ。
「うわああああああーん」
小太りのオタクが鳴き叫んでいる。
「おい、どうした」
警察官が走り寄って来た。
肩から槍を担いで。
槍?
だいたい、警察官って何だ。何を言っているんだ、オレは。
そうだ、これは城の守備隊だ。
「わああああああーあの人がああ、あの人がああああー」
オタクがオレに指さす。
「貴様あ、オルリアン公のご子息に何をしたあ!」
守備隊が一斉にオレい槍を向ける。
「違う!違う!違う!違う!」
オレは必死に手を横に振る。
「違います、兵隊さん、この人は、盗賊から坊ちゃんを守ったんです!」
お店のオッサンが証言してくれた。
「本当ですか、坊ちゃん」
小デブのぼっちゃんは鼻水をすすりながらクビを縦に振る。
てめえ、最初からそう言えよ。
小デブは涙を拭きながら、守備隊の兵士に手を引かれてどっかに行った。
礼くらい言えよ。
ぐ~っとお腹が鳴る。
お腹が減った。
「おやじ、何か食うものはあるか」
「あるよ」
店屋のオヤジは言った。
「じゃあ、これで」
オレは背広の財布から千円札を出してオヤジに渡した。
オヤジはそれでチーンと鼻をかんだ。
「何しやがる!」
「何しやがるって、ただの紙だろ。まさか、こんな模様のついた紙と物々交換で食い物を貰おうと
思ったのかい?」
「え?あ……」
「金よこしな」
オレは財布の中身を見る。
オッサンもそれを覗き込む。
「なんだ、あんた一文無しかい」
やべえ、何で金がねえんだ。気絶してる間にあの不良どもに取られたのか。
ダメだ、思い出せない。
必死に背広のポケットを探す。
ポケットの中に、胃腸液のカラのガラスの小瓶が入っていた。
こんなもの何の役にもたたねえしなあ。
「こ、これは!」
オッサンが驚きの声をあげる。
「なんだ、これ、珍しいのか?」
「あんた、この入れ物、透き通ってるじゃないか、貴族しか持てない透き通った器だ。
しかも、世間に流通しているのは瑠璃杯っていって青だが、アンタのは茶色だ。こりゃ、
なかなかの珍品だぜ」
「これ、買ってくれる?」
「バカいっちゃいけねえ、うちにそんな大金ねえよ、骨董品屋にでも行ってくれ」
「そうか、そうするよ」
オレはニヤニヤが止まらなかった。
一文無しでもうアウトかと思っていたら、とんだ拾いものだ。
町を歩いていると、オレはなんだか、だんだん不安な気持ちになってきた。
街中に行くにしたがって、朽ち果てたビルディングみたいなものが多くなってきた。
そこには人が住んでいるものの、建物の中にはコンクリートが剥離して茶色の鉄筋が
むき出しているものもあった。
しばらくそのボロボロのビルの谷間を歩いていて、ちょっと開けた場所に出た。
川が流れていて、そこにボロボロの朽ち果てたコンクリートの橋があった。
「あ……ひっかけ橋だ」
そこは、ボロボロに朽ち果てた大阪の難波周辺だった。
ここは……
「あれ?」
オレはクビをひねった。
ここは何だって?
そうだよ、ここは普通に毎日歩いている街並みじゃねえか、何が珍しいんだ。
オレは何を驚いているんだ。
やべえ、頭殴られて、ちょっと記憶が跳んでるな、やべえ、やべえ。
オレは周囲の人に聞きながら、高級品を扱う骨董品屋を探した。
「道具屋筋?それならもっと南のほうだよ」
通りがかりの人に聞いて、ボロボロのアーケードを南に進む。
この先に大きな本屋さんがあったような気がする。
ラーメン屋があってその向こうにタコ焼き屋、そして劇場。
ってラーメン屋って何だっけ?
タコって何だっけ。
食べ物だったような気がする。
しばらく行くと、アーケードの屋根が無くなった。
「やめろおおおおおおおおー!」
女の野太い叫び声が聞こえた。
「てめえー!ぶっ殺してやる!必ずぶっ殺してやるぞおおおおおー!」
劇場のほうだ。
自分が劇場だと思っていた場所の前に人だかりができている。
「ちょ、ちょっとごめん」
なんか悪い予感がしてオレは人並みをかき分けて前に出る。
「なんだアンタ、買う気あるのか?」
鎧を来たチンピラ風の男に前をさえぎられる。
「え?買うもなにも、何売ってるかわかんなきゃ買えないよ」
オレがそう言うと男は「チッ」と舌打ちしてその場をどいた。
クビと両手を鉄枠にはめられた若い女の子が大声で喚き散らしている。
目はちょっと釣り目で鼻筋が通っていて、美人さんだ。
「くそが、眠り薬なんて盛りやがって、女一匹、マトモに戦って捕まえられねえのかよ、
このクソどもが!」
「誰がオソロシアなんかとマトモに戦うもんか、この殺人狂のクソ猫が」
お腹がでっぷりと太って燕尾服みたいな服を着た男が嘲笑するように言った。
女の子の上では、覆面をかぶった筋肉質の大男が巨大なハルバードを振り上げて、
今にも女の子のクビを刎ねるようとしている。
「さあさあ、カワイイ猫耳女の子だよ~誰か買うもんはいないのかい」
太った男が抑揚のついた声で歌うように言った。
「そんな殺人鬼誰が買うもんかい!」
「バカじゃね~の!」
観客からヤジが飛ぶ。
「大丈夫だよ~この奴隷猫には服従の魔法をかけてある。
ご主人様には逆らえないよ~」
「嘘だ!ウソだ!前に買った金持ちはクビを食いちぎられて殺されたって知ってるぞ~」
後ろの方から声がする。
太った男はギロリとそちらを睨むと、鎧を来たチンピラどもに目配せする。
すると、チンピラどもは人込みをかき分け、その言葉を発した男に迫る。
男は大慌てで逃げていった。
「クソが、ばらされちゃしょうがねえ、顔は上物だから誰か騙されて買ってくれるかも
しれねえと思って生かしておいたが、しかたねえ、殺して牙や革にしてコレクターに売るかな。
ヤレ!」
太った男が合図すると、筋肉質の大男がハルバードを振り上げる。
「待て!」
オレは思わず声をあげてしまった。
こんなカワイイ女の子が目の前で殺されるのを黙って見ていられなかった。
というか、はっきり言ってタイプだった。
「ほう、なんだい、お客さん、買えるのかい、この子、上玉だから高いよ、ほら美人さんだろ」
「今、オレの全財産はこれだけだ、これで買えなきゃあきらめる」
オレは背広のポケットに入っていた胃腸薬のガラスの小瓶を太った男に見せた。
「ほう、あんた、異世界転生人だね。う~ん」
太った男はクビをひねった。
「これ一本じゃダメだな、もう一本なきゃ」
「一本しかないんだ」
「じゃ、ダメだ、あきらめな、ヤレ!」
太った男は合図する。
筋肉質の大男はハルバードを振り上げる。
「くそおおおおおー!」
オレはどうしようもなく腹立たしく、怒りに任せて、その小瓶を振り上げ、地面にたたきつけようとした。
「ちょちょちょ!ちょっとまったー!」
太った男がオレの腕にしがみ付く。
「なんだよ、ダメなんだろ」
「あのさあ、お前、本当に、その瓶、1本しかないの?」
「そんなもん、1本しかないに決まってるだろ」
「そそそ、そりゃそうだ、こんな貴重品な」
「なんだよ、1本じゃ足りないんだろ」
「ままま、まあな、でも、今回は、お前の必死さに負けた。
俺様、奴隷商人の金持ちジャックはものすごく心がキレイな人だから、
今回はおまけしてその瓶一つで、売ってやるよ。さあ、その瓶を渡せ」
金持ちジャックが手を差し出す。
「ああ」
オレはジャックに小瓶を手渡そうとする。
「ダメだ!」
女が叫んだ。
「え?」
驚いてオレは今、殺されかけてる女を見る。
「オレの令呪をお前に切り替えるまでは渡すな!渡した瞬間、オレに命令して、
こいつはお前を殺すぞ!」
「余計なことは言うな!」
男が固定されている女に走り寄って顔を蹴りつけた。
「ぎゃつ!」
女が悲鳴をあげる。
「おい!オレのもんだぞ!」
オレは怒って小瓶を振り上げる。
「ちょちょちょ、待った!わかったよ、今すぐ令呪を書き換えるから」
「はい、書き換えた」
金持ちジャックは女の前で手をパタパタした。
「騙されるな、まだ書き換わってない」
「ぐぬぬ、このクソ猫がああ……ぎぎぎぎぎ」
金持ちジャックはギリギリと歯ぎしりをする。
「はやくしろよ」
オレは小瓶を地面に投げつけるふりをする。
「ま、ま、ま、待った、わかったよ、おい、魔導士、やれ」
金持ちジャックがそういうと、建物の裏からズタ袋のような汚い毛布をかぶった老婆が出てきて
女の前に立ち、何か呪文を唱えた。
すると、おんなの頭からピコンと猫耳が生えてきた。
「よし、令呪は書き換わったぞ、次は鉄の固定具をはずさせろ。外す前だと、小瓶を渡した
途端、意趣返しでオレを殺すかもしれねえからな」
「わかった、はずせ」
「まったくもお、うたぐり深いですねえ、旦那あ」
ジャックはもみ手をしながらチンピラに目配せする。
チンピラは女の拘束具をはずした。
「ふう、すっきりしたあ」
女はクビをさすった。
「言う通りにしたぞ、早く渡せ!」
「あいよ」
オレはジャックに小瓶を渡した。
ジャックはオレの手から小瓶をひったくると、遠くの方に走ってにげた。
「二人とも殺せ!」
ジャックが叫んだ。
「うおおおおー!」
筋肉質のマスクをかぶった男が女に向かってハルバードを振り上げる。
女は素早く筋肉質の大男の後ろに回ると、首筋にかみつき、
クビの骨ごとムシリ取った。
男は声もなくその場に崩れ落ちた。
「おい、何してる、約束が違うぞ!」
オレは叫んだがジャックはアッカンベーをする。
「約束なんかしてないよ、あほー!」
「てめえ」
「あぶない!」
女の子が叫んだ。
後ろからチンピラがロングソードでオレに切りかかってきた。
「やめろ!」
オレが手でロングソードを振り払うと、ロングソードが共振して、
チンピラが粉々に砕け散った。
周囲に肉片が散乱する。
「ひ、ひいいいいいー!」
ジャックは悲鳴をあげて逃げていった。
ジャックが町の警備兵に告げ口したようで、警備兵たちが駆けつけてきたが、
目撃していた民衆が証言してくれて、オレたちは正当防衛ということでお咎めを受けることはなかった。
「にひひひひ、よろしくな、ご主人様」
女の子はニヒョニヒョしながらオレの腕に抱き着いてきた。
腕に柔らかいオッパイが当たってドキドキした。
カワイイ、こんなカワイイ猫耳娘が御供になってくれて、本当によかったと思った。
大金は手に入れられなかったけど、この子にはそれだけの価値があると思った。
「ねえねえ、あんた、名前は何てえんだ。オレはロシアンブルー。みんなはオソロシアって呼んでるぜ」
「ああ、えーとね」
思い出せない。
「うーんと」
思い出せない、あ、ちょっとだけ思い出してきた。
「あ……タケシ……タケシだ」
「よおタケシ、これからもよろしくな」
オソロシアは満面の笑みで言った。
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勇者ギアベルは皇帝の息子でやりたい放題。活躍すれば咎められ、上手く行かなければユートのせいにされ、パーティーに入った初日から後悔するのだった。そして他の仲間達は全て女性で、ギアベルに絶対服従していたため、味方は誰もいない。
ユートはすぐにでもパーティーを抜けるため、情報屋に金を払い噂を流すことにした。
勇者パーティーはユートがいなければ何も出来ない集団だという内容でだ。
プライドが高いギアベルは、噂を聞いてすぐに「貴様のような役立たずは勇者パーティーには必要ない!」と公衆の面前で追放してくれた。
しかし晴れて自由の身になったが、一つだけ誤算があった。
それはギアベルの怒りを買いすぎたせいで、帝国を追放されてしまったのだ。
そしてユートは荷物を取りに行くため自宅に戻ると、そこには腹をすかした猫が、道端には怪我をした犬が、さらに船の中には女の子が倒れていたが、それぞれの正体はとんでもないものであった。
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