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16話 悪魔と悪人、 どっちにつくよ?

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 我々は戦争に向けて着々と準備を続けていた。
 むろん、こちらから戦争を仕掛けることはない。
 ただ、ナニワ王国の王がヤマトに亡命してきている以上、
 ナニワ民国がヤマトに攻め込んでくることは確実に思えた。

 しかし、王は戦争を望んではいなかった。

 話し合いで戦争を回避すべく、マゼラン宰相を団長とした使節団をナニワ民国に派遣し、
 お互いの国柄の融合を図るために話し合いが行われたのだ。

 意外な事に、カイトは融和策に合意し、お互いに両国の官僚を派遣してお互いの国の良いところを
 取り入れて制度のすり合わせが行われることになった。

 しかし、ヤマト側の提案する政策は時代遅れの土建国家の発想だとしてナニワ民国では嘲笑され、
 反対にナニワ民国の官僚は世界最先端の政治システムを海外で学んできたとの触れ込みで、
 ヤマトの民衆からも羨望のまなざしで見られた。

 「国民を甘やかしてはならない!

 ナニワ民国の官僚は言った。

 「国民を甘やかせば付け上がり、悪い事をする、徹底的に税金をしぼりとり、
 国家財政の借金を減らすことによって健全な財政運営がなされるのだ」

 ヤマトは、特に南方の未開地域、キズ渓谷の治水整備に莫大な税金を投入していたが、
 人がほとんど住んでいない地域に砂防ダムを造るのは税金の無駄遣いだとして
 砂防ダムの廃止をナニワ民国の官僚は提案した。

 ナニワ民国の官僚がヤマトに入ることにより、瞬く間にヤマトの国家財政の借金は軽減された。

 この状況を見た、隣国ドスエもこの交流に参加することを要望し、
 ここに三国同盟が成立し、ドスエにもナニワ民国の官僚が派遣されることとなった。

 ところがである。

 ナニワ民国で大地震が起こった。

 この大地震で補強していなかった学校の壁が倒れ、少女が下敷きになって死んだ。

 それに引き続き、大雨が降り続き、地震で軟弱になった地盤が崩れ、堤防が決壊した

 ドスエのウージー地域で大水害が発生。
 ヤマトでもキズ渓谷で土石流が発生して、近隣の村落がほぼ壊滅した。

 この大災害にさいし、

 ナニワ民国の官僚は「逃げなかった住民が悪い」と言って被災者を糾弾し、
 逮捕し、民衆の前で土下座させた上に罵倒した。

 そして決壊した堤防も金がもったいないと言って復旧しなかったため、
 次に発生した暴風雨によって被害が拡大して、また大勢の死者が出た。

 この結果、この三国同盟は破綻し、

 ナニワ民国の緊縮官僚はヤマトとドスエから追い出された。

 しかし、自体はこれで収束せず、国政に不満をもった国民や犠牲になった民衆の親戚が
 暴動を起こし、ドスエやヤマトでは収取がつかなくなった。

 ここで、声を上げたのがメアリ王女だった。

 メアリーは、この大災害をナニワ民国の陰謀でり、わざとキズ渓谷で災害が起こるよう
 テロを行ったと非難した。

 ドスエ国もこれに便乗し、ウージーでの大災害はナニワ民国によるテロであると国民に説明した。

 このため、結局、ナニワ民国との戦争を望む声がヤマトでもドスエでも広がることとなってしまった。


 しかし、ナニワ王国の国王はあくまでも戦争は望まなかった。

 ヤマトに敵意が無いことを示すため、イコマー方面軍のヤマト軍を撤退させ、この地域を
 非武装地帯と宣言し、ここをナニワ民国とヤマトとの交流の地とすると宣言したのである。

 これに対してミルセラは、必ず戦争が起きると予言してサウスイコマーに俺たちを呼びつけた。

 ミルセラ自体は、ナニワ王国国王に対して、軍を元に戻すよう説得するために王が在住するナラーに
 向かった。


 「軍事的空白地帯を作ればそこに必ず軍事的衝突が起きる。
 これは、相手が誠実か不誠実かは関係ない。地政学的リスクだ」

 ミルセラはオレにそう説明した。

 俺たちはサウスイコマーに到着したがミルセラはまだこちらに来ていなかった。


 サウスイコマーに駐屯している俺たちのところにヤマト軍の斥候が馬で駆け寄ってきた。

 「味方の密偵の報告によるとナニワ民国の軍勢がイーストナニワを進軍中」

 「軍勢の概要は分かるか?」

 「一個軍団は黒鉄のオルフェン、白銀のウイドーの聖騎士団。もう一つの軍団は近衛騎士団だが、
 実際は新国王に同情した農民を中心とした部隊で、ほとんどが老人だ。まず戦力として無視していい。
 おそらく陽動部隊だろう」

 「おい」
 
 オレの後ろから声をかける者があった。

 オレは振り返る。

 「お前、オダんとこの小僧か」

 「あ、はい、オダ・ケンクン魔法院の先遣隊です」

 「お前らは下がっていろ。白銀のウイドーはお前らが束になってかかっても勝てる相手じゃねえ」

 「あなたは?」

 「オレはイコマー第一師団のサンゴリアンだ。王には撤兵するように言われていたが、
 こうなることは分かっていた。第三師団のアンディー、第四師団のヘグラーも一緒だ。
 いくらあいつらでも三倍の兵力には勝てまい。ご苦労、帰っていいぞ」

 「そんなわけにはいきません。オレたちも同行します」

 「あ~、正直足手まといなんだよなあ、まあいい、それなら、陽動部隊の近衛騎士団を叩いてくれ。
 お前らでも素人の農民の年寄の寄せ集めが相手なら勝てるだろ。ただし、油断するな」

 「承知しました」

 「ボンベイ」

 「はい」

 「お前は武芸に心得がありそうだし、知恵もある。偵察は状況把握が重要だ。
 斥候と一緒に引き返して近衛騎士団の動向をさぐってくれ。
 敵本隊は大人数なので、おそらくナカウチガキーを通って大回りで生駒に侵入してくると思う。
 特にオルフェンは山上から敵と交戦する以前に長距離魔弾を撃ってこちらを
 消耗させる戦法をとってくるはずだ。

 近衛騎士団はまともには戦えない。
 バカが指揮官じゃなければ、間道を目立たないようにショートカットしてヤマト軍の後方に回り、
 近隣の村に放火して補給路を遮断するはずだ。

 おれは、間道のヤミトウゲに向かう。ボンベイは近衛騎士団の動きを確認してから
 ヤミトウゲに向かってくれ」

 「わかりました」

 ボンベイは斥候の馬の後ろに乗って走り去った。

 
 オレはヤミトウゲに来て無茶苦茶後悔した。
 酷い急勾配だ。

 その時である。

 巨大な火の玉が目の前から猛スピードで転がってくる。

 早いうえに道が狭くて避けられない。

 「う、う、う、う、ああああああーしぬうううううー!」

 その時である。

 ドウウウウン!

 目の前に巨大な火柱が上がった。

 シャンティーリーが紅蓮の炎と化して、巨大な火の玉を食い止めたのだった。

 オレは周囲の気配をさぐる。

 かならず近くに魔導士がいるはずだ。

 「そこだ!」

 オレは全力で天空に飛び上がった。

 その、かすかな気配がする方に一直線に落下していった。

 見えた!

 あの時、俺の足にケリを入れた子供だった。

 そうか、こいつの火の玉の能力でメアリー軍の主力を撃退したのか。

 これは初見殺しだ。


 恰好は子供でも実際は化け物だということが分かった。

 仲間の命を守るために殺す!

 勢いよくその水色の着物を来た子供の上に落下したオレは、
 相手が気付く間も与えず、一撃をくらわした。


 パン!

 軽い音を立てて子供は粉々に飛び散った。

 辺りに子供が背中に着けていた七枚の召喚符が散らばる。

 そこに刻印されている文字を見て、オレはゾッとした。

 「White dragon GR」

 GRって何だ。

 これだけの実力者が付けていたのだ。ただのフェイクとか飾りじゃない。

 そんなレアリティ見たことない。いや、見た事があるかもしれない。もしかして……ボンベイの背中で。
 一枚だけ。

 それにしても、それが7枚とは。

 不意打ちで殺しておいてよかった。

 まともに戦ったらいくら最強のオレでも勝てないかもしれない。
 実力マックスなら必ず勝てるが、まだレベルがそこまで上がっていない。


 よかった。

 ヒュン

 軽い音がした。

 「だから言ったでしょ、あんた程度のヘナチョコパンチじゃ、私は倒せないと」

 驚いて後ろを振り返ると、青い着物の子供がいた。

 パン!

 オレは反射的にその子供を殴った。

 子供は粉々に砕け散る。

 しかし、すぐ、ヒュンと元にもどった。

 水だ、水の精霊だ。

 水にパンチは通じない。オレがたとえどんなに最強であっても。

 俺は急に恐怖感に襲われた。

 「あらあら、ボウヤ、怖がってるのかしら、オシッコ漏らさないでね、臭いからうふふ」

 子供の形をした水色のものはニタリと笑った。

 「今日はあんたの実力もだいたい分かったし、これで帰るわ。あとは私のシモベが遊んでくれるわ。
 それじゃね」

 子供はバシャッと水に帰るとスルスルと移動してどこかへ行ってしまった。

 林の中から誰か出てきた。

 頭ぼさぼさのボーっとした男だ。


 無精ひげもはえてる。


 オレは拍子抜けした。

 王子様に感情移入した村人1か?いやまて、Tシャツ着てる。こいつ、
 どう考えたった現代人だ。

 「君、異世界転移者かい?」

 「あ、どうも、江戸主水えどもんどです」

 「どうも、タケシです。」

 「そういうの、どうでもいいんんだけど聞いてくれる?」

 「何?」

 「君は何のために戦ってるの?」


 「精神攻撃来たこれ」

 「そういうんじゃないから。オレさ、ヒョウゴーの田舎町でボーっと暮らしてたの。
 そしたら選挙があってさ、前の市長は隣の島に渡る船をマフィアに売り渡しちゃったクズでさ、
 駅前の土地をマフィアに売ってギャンブル場作ろうとしてたりさ、そういうのが
 発覚して市長辞めたんだわ。次の市長はさ、マトモな人かと思ったんだけど」

 「うん」

 「それでさ、さっきお前が見た通りさ、オレって炎使いじゃん」

 「ああ、あの火の玉君だったの?」

 「市長がさ、立ち退きしない家の一家、俺の能力で放火して皆殺しにしろって言ったの。
 でも、オレ断ったよ、人殺しじゃん。そしたらさ、なんでかそれがまた、

 市長選の直前に世間にバレてさ。オレは何も言ってないよ。市長との関係は良好だと思ってたからさ。

 どう考えたって、前の市長がマフィアつかってやったって思うじゃん。
 オレの住んでた市はマフィアに支配されてんだよ。
 そうなら、どっちか、マシなマフィアを応援するしかないと思って、
 立ち退きしない一家を皆殺しにしろと言った市長を応援したのさ。
 そしたらさ、その市長が勝ったのはいいんだけどさ、
 前の市長と今度の市長、手打ちしたみたいでさ、
 両方の手先から毎日、酷い嫌がらせされてさ。

 結局、そういう場合、末端のがスケープゴートにされてさ。

 オレは一生懸命応援して滅私奉公で無償で働いていたのにさ。
 それでも、「あいつが『あいつら皆殺しにしてやる』って言ってたぜ」とか
 絶対オレが言ってないことを言ったことにされてさ、
 被害者なのに加害者に仕立て上げられてさ。
 本当は、連中の仲間割れなのに、「こいつが悪者だ」って事にされて、
 みんなで弱い者イジメ、集団イジメをされる。
 服従しても、酒飲んではなしあっても、土下座しても金いくら出しても許してもらえない。


 警察も最初は最初はとりあってくれたけど、だんだん面倒になったのか放置されるようになったさ。

 それから地獄だわ。

 1週間に一度、必ず、店屋で買い物かごのカートをオレのカカトに当ててくる。

 ニタニタ笑ってる奴もいるし、無視してる奴もいる、ごめんなさいね~って言ってくる奴もいる。

 それを何年も何年も毎週やってくる。

 オレさ、近隣じゃ、最強の能力者さ。でもいくら最強でも、
 そういうのやってくる陰険な嫌がらせって避けようなくね?

 お前分かるよ、すげー強そうじゃん。

 でも、俺と同じことされて、反撃できる?
 反撃したら即日逮捕だよ。

 そのあとさ、飲み屋に呼び出されてさ、集団暴行されてさ、
 それでも相手は不起訴だよ。

 「訴訟してみろよ!訴訟してみろよ!あ?やってみろよ、訴訟よ」

 って言われてずっと殴られ続けた。

 

 それでオレ、気づいたんだよ、そういう甘い汁吸って集団で面白半分に弱い者イジメしてる
 連中を一人でも多く殺していくしか、解決方法ないんだって。

 そいつら殺したらオレは確実に死刑になる。相手は何人殺しても無罪だけどよ。

 

 お前んとこに
 逃げ込んでるメアリー王女って、偽善者の代表だよな。

 なんで、お前らそんな奴ら守ってんの?」

 「お前が所属してる鬼神の会だって、社会的弱者は金の無駄から
 殺せってって言ってるじゃん」

 「少なくとも、オレは殺されてない。それに、鬼神の会はオレに対して
 毎日やってくる悪魔のような嫌がらせはやってこない。あれは悪魔だよ。悪魔と悪人、
 どっちにつくよ?オレは悪人を選ぶね。お前はどうすんだよ、悪魔を選ぶのか?そしたら、
 オレはたとえ殺されたって全力でお前と闘う」

 「難しい問題だが、俺はオレの仲間を守ることしかできない。世界中に悲劇が溢れているが、
 それでも、オレはオレの仲間しか守れない。お前はまもれない。もし、メアリーがオレの仲間を
殺しにきたら、法律関係なくメアリーを殺しにいく。ただ、今、お前らがオレの大切な仲間を
 殺しに来た。だからお前を殺す」

 「めんどくさい言い訳だけど、結局、悪魔を選ぶんだね、じゃあ、オレはお前と命がけでたたかう」
 
 ボウン!


 巨大な火の玉がオレの前に出現した。

 オレは高くジャンプして後方に退いた。

 跳んで、跳んで、シャンティーリーの所まで飛んだ。

 火の玉が転がり落ちてくる。

 それをシャンティーリーが火柱になって食い止める。

 また火の玉が転がり落ちてくる。

 シャンティーリーが食い止める。

 しばらくして、江戸主水が道に出てきた。

 「君が食い止めていたのかい。これじゃきりがないね。じゃ、今日は帰るよ」

 そう言って江戸主水はとぼとぼと帰っていった。
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