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2章

5話 割譲

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 殺生石はキョウタナベの各村々を回った。

 殺生石が村に来ると、村の者たちは家から飛び出してきて、大歓迎してくれた。
 そして、どうか仇を取ってほしいと懇願された。

 しかし、それは無理であること、この地は魔王に割譲される可能性が高い事を説明すると
 落胆する者激高するもの、自分たちだけで魔王と戦おうというもの、など混乱を極めた。
 
 殺生石が力説したのはこの地に住む女子供の処遇だ。

 この地が魔王に支配されれば報復として虐殺が起こるかもしれない。

 しかし、かといって住民全員が逃げてしまえば余計に魔王を怒らせ、
 追撃をされるかもしれない。
 妥協点として女子供と老人だけは仮説住居に移設し、国の支援の生活保護で
 生きてもらうということだけだった。

 ここで暴動を起こせば、それもかなわなくなる。だから自暴自棄にならず、
 素直に従ってほしいと説得して回った。


 家族の命という担保があるが故に、どの村でも暴動には発展しなかった。

 殺生石は伏見を中心として深草辺りにあるキツネのための幻術高等学校のグラウンドや墓地が
 住居建設用地に当てられたため、殺生石の地元での評判は悪くなった。

 それでも、殺生石は必死でキョウタナベの住民の家族の移住を進めた。

 そして、移住も完了しかけた頃、キョウタナベの上空に巨大な骸骨が現れた。

 「愚かなる下等動物どもよ、ゴミ以下の存在でありながら至高の君主に逆らい、
 あまつさえその股肱の臣を殺害した罪は万死に値する。お前たちには
 至高の君主にひれ伏すことさえ許されぬ。震えながら至高の君主の軍から
 蹂躙され死にゆく栄誉を甘受するがよい」

 そう言って骸骨は消えた。

 「うわっ、キモっ」

 それを見上げながら殺生石は呟いた。

 「どないします」

 宗丹が尋ねた。

 「どないもこないも、ひれ伏して許しをこうしかないやろ。向こうが一方的に
 攻めてきたんやけどな」

 「ゆるしてくれますやろか」

 「ゆるしてくれんやろなあ、むっちゃイキってたからなあ」

 「ですなあ」

  殺生石と宗丹は呆然と空を眺めた。

 しばらくすると、何万ものデスナイトの群れが山の中から湧き出てきて
 キョウタナベに進軍してきた。
 デスナイトに四方の柱を持たせた3平方メートルほどの輿こしに乗った魔王の姿が
 遠方から確認できる。

 その前には魔王の将軍たちであろう者らが行進している。

 女はほぼ青で、一人だけ赤がいる。

 男は青だったり白だったり様々な服を着ている。

 赤い服を着ているのは前に宇治川に沈めて殺した女将軍と同じ顔をしていた。
 おそらく、前に出てきた奴がレアタイプであって、今回出てきたのがノーマルタイプなのだろう。

 


 魔王の腹心らしき男が一歩前に出る。

 「我こそは至高の君主、覇王ケーニッヒ・ファンネル様が臣下、ハインツ・グランデである!
  この地を支配するおさよ前に出るがよい」

 近隣の村の村長と殺生石、宗丹が前に進み出る。

 「が高い、平伏せよ!」

 怒鳴るとノーマルの村長たちは地面に叩きつけらえれて這いつくばる。殺生石も平伏する。

 宗丹はボーッと立っている。

 「おい、平伏しろ、平伏!」

 殺生石が宗丹のズボンの裾を引っ張る。

 「え?あの程度の圧力、耐えられますよ」

 「いいから平伏しろ、煽っるな」

 「あ、はい」

 宗丹も慌てて平伏した。

 「愚か者どもよ聞くがよい。先ごろの戦いでお前たちは偉大なる至高の君、ケーニッヒ・ファンネル様の
 股肱の臣、ブルーチーズを倒したと思い込んでいただろう。だが、この通り、ブルーチーズは生きている。
 我らには無限の命があるのだ。お前たちの抵抗はすべて無駄だのだ。それを思い知るがよい!」

 ハインツがそういうと、赤いブルーチーズが前に進み出る。名前の表示はサラマンドラだけど。

 「お前たちの不敬は断じて許されるものではなく、死をもって償わなければならない」

 ハインツがそこまで言うと、殺生石が顔をあげた。

 「恐れながら、我らは偉大なる至高の君の軍隊が来られたとは思いもよらず、
 もし至高の君の軍隊であると知っていたなら喜んで歓迎し、進んで忠誠を誓ったでありましょう。
 今とてその気持ちは変わらず、至高の君の御為ならば、このキョウタナベの地を進んで献上する
 所存であります」

 「黙れ!平伏しろ!」

 ハインツが怒鳴るので、殺生石は慌てて顔を伏せた。

 ファンネルがハインツを手で制止する。

 「ハッ」

 ハインツが後ろに下がる。

 「おいゴミムシども、そなたらの心がけ、虫けらながら殊勝である。されど、
 自分たちが勝ったと思い込んでいる相手に服従するのも不本意であろう。
 お前ら無価値なゴミどもがいかに意味がない存在であるか、思い知った上で、
 この偉大なる支配者に服従することの喜びを知るがよい」

 ファンネルが高圧的に言った。


 「戦わずともその偉大なるお力は思い知っております。どうか、戦争は、戦争だけは 
 お許しください。我が身を偉大なる至高の君にささげ、どうかその配下にお加えください」

 殺生石が上目使いに懇願する。

 「控えよ、ゴミムシが!」

 殺生石の言葉にハインツが激高して罵声を浴びせる。

 「ふふふ、それは許さぬぞ、お前のようなゴミが臣下にだと、ふざけるな、足の裏にくっついた
 チューインガムを煩わしいとは思えども、それを懐に入れる者があろうか、この偉大なる支配者に
 討たれる栄誉を得ただけでも満足するがよい。もちろん、この地は頂くことにする。
 お前らには選択肢などない!戦え!そして己の無価値さを自覚しながら死んでゆくがよい!
 ただ、我はこの世でもっとも寛大な存在である。
 お前ら無価値なゴミどもに戦う準備をするいとまを与える。
 早々に戦いの準備をし、震えて死を待つがよい、わははははははは」

 ファンネルは大声で笑った。

 「ははーっ、ありがたき幸せ」

 殺生石は平伏したまま叫んだ。

 ファンエルは後方に退いた。

 村人たちを見ると、制圧の魔法がとけたらしく、立ち上がった。

 村人たちは殺生石を見る。

 「どうしましょう」

 「できるだけ戦いは回避したかったが、戦うしかない」

 「一緒に戦ってくれるのでしょうね」

 「それはできん。私が加われば相手に打撃を与える。そうすれば相手は
 激高して、殺戮をエスカレートさせる。それに私が死ねばお前たちの家族を
 庇護する将軍がいなくなる」

 「何を勝手な事言ってんだ、あんた!」

 一人の村長が殺生石に掴みかかろうとしたが、他の村長が止めた。

 「やめろ、今は俺達の家族を守ってくださるのはこのお方しかいないんだ」

 「それにしても、なぜ、あいつらは村人に戦わせようとしてるんですか?
  殺せばそれだけ労働力も減るし、黙って服従すると言っているのに、
 損しかないじゃないですか」

 宗丹が殺生石に問うた。

 「一方的に圧倒的に弱い相手を蹂躙していい気分になりたいだけだろ。
 前に急に攻めて来たときも、圧勝できると思って、ロクに作戦も立ててこなかった。
 今回は総戦力で来たが、こっちの戦力が思いのほか弱いので、楽しむために
 戦いの準備をする時間を与えたんや」

 「どうします?」

 「撤退する。下手に相手を怒らせたら狂暴化させるだけだ」

 「……はい」

 殺生石たちは近隣の山中に撤退し、戦いの様子を偵察することにした。

 戦いが始まるとNの村人がデスナイトに勝てるわけもなく、
 一方的に蹂躙されていった。

 「格下相手に無双かよ、気分悪いな」

 宗丹が小声でつぶやいた。

 戦いはすぐに済み、ファンネルが出てきて上機嫌で大笑いしている姿が遠目に見えた。

 あとは領土の割譲交渉だ。

 交渉の場にはドスエ軍十個師団、竹中丼兵衛、出武尾太郎、ウララムが動員された。

 この面子を見て、ファンエルは一時、唖然としたが、急に激高して皆殺しにすると言い出した。
 しかし、ハインツがそれを必死に止めた。

 ファンネル側は当初徹底的に低姿勢だったドスエ側が、村人の大虐殺で決死の覚悟で出てきたことに
 気づき、態度を軟化させた。

 キョウタナベの割譲及び、両国の不可侵条約の締結である。

 これで、ドスエは救われた。

 ハインツは、激高して殺生石に罵声を浴びせるファンネルに対して、
 これはガリガリソーダを殺した、憎いタケシ一派を全力で皆殺しにするために必要な策であると
 ハインツを説得していた。
 タケシ一派は、魔王軍全力で叩かないと、皆殺しにできないと。

 その言葉を聞いてファンネルも落ち着きを取り戻したようであった。

 ドスエが全面戦争を回避したことにより平和が訪れたが、
 殺生石を批判する者も多かった。

 竹中丼兵衛の勧めで、殺生石は長期休暇を貰いキシューで過ごすこととなった。

 実際には殺生石に対する殺人予告が軍部に多数よせらえており、ドスエにとどまれば
 暗殺される危険性があったからだ。

 キョウタナベ住民の家族および遺族の管理は千宗丹に任せた。

 領土を割譲した罪は重い。

 その責任と業を殺生石は一生背負っていく覚悟をしているようであった。

 職業病というものであろうか、殺生石はキシューに到着すると、ギルドに登録して 
 情報収集を開始した。

 不可侵条約が結ばれたからといってそれで終わりではない。

 支配者ファンネルは地政学を学んでいない。その場の感情と強大な力にまかせて
 世界を征服しようとしている。
 
 もし、世界征服がかなったら、即座にドスエに攻め込んでくることは分かっている。

 だからこちらも、魔王軍が弱体化した時は即座にキョウタナベに攻め込み、
 祖国の地を奪還せねばならない。

 そのためには、少しでも魔王軍に関する情報が欲しかった。

 最初に接触したのはサイカギルドの古株。
 関脇の劉剣貴。

 名前は剣だが槍の使い手であったようだ。
 鳥の巣で指が発見されたことにより死亡確認。
 残りの七人も死体の指が鳥の巣で発見されて死亡が確認された。

 息子がおり、キシューで中華料理店を営んでいると聞き、訪れたが、
 父の話を聞こうとすると顔の表情が曇り、店から追い出された。

 息子は父が冒険者であることを嫌がっていたようだ。

 他の冒険者仲間に聞くと、息子の猛反対で一時や冒険者を休職していたが、
 息子に孫が出来たことで、孫にオモチャでも買ってやろうと思ったのだろう。
 昔の仲間を引き連れて探索に向かった。

 息子は、自分との約束を破って冒険者の仕事を復活したことを、非常に怒っているようであった。

 他のメンバーの家族も、一度引退した冒険者の職に復職したことを困惑していたようであった。
 年金をもらうような年齢だったのに。

 もう一つのファミリアはネゴロギルドの英雄騎士団。
 ランクは関脇。

 人数はかなり多くて十六人ほど。

 リーダーのアーサーはでっぷりと太った中年で、没落貴族の跡取りだと主張していた。

 しかし、実際は庶民の出で、名前も偽名だった。実際の名はサム。

 仲間もみんな騎士や貴族出身を自称していたが、いずれも偽証だった。

 このグループも全員未帰還者となっていた。


 もう一つもネゴロギルドだった。

 ランクは大関。これはかなりの実力者だった。

 ここは四人組で三人は自称貴族。
 一人は神官の家と主張していた。

 リーダーの男は祖父がヤマトから授かったという勲章をよく
 見せびらかしていいたが、実はそれはナニワの骨董市で購入したものだとわかった。
 実際はキシューの漁師の息子だった。
 これは剣使い。

 もう一人は、攻撃魔法使いの女。
 これは、ナニワの飲み屋の女将の娘だった。
 金持ちの家で親の金で魔法学校に行き、魔法を学んでいた。
 
 もう一人は教会の庭先に捨てられていた孤児。
 孤児院で育てられていたが、ヒール魔法の素養があり、
 教会の浮浪者看護のボランティアを長年務めていた。
 初老で外見は五十歳くらいに見えたそうだ。

 もう一人はまだ十五歳の少女だが、バフ、デバフが使える貴重な存在。
 この少女の能力が故にこのファミリアは大関の地位にまで登りつめたのだろう。
 このバフ、デバフは何か秘密結社、特別な組織、血筋などがないかぎり、
 普通、一般人に流出しない技術であり希少価値がある。

 この少女、実は貴族だった。

 貴族?

 貴族がなぜ冒険者などを。

 殺生石はギルドに依頼して金を払い、この情報を集めた。

 すると分かったことは、この一族は彼女の祖父が国家官僚であったが、
 ナニワ王国との交渉で、ナニワがアワーに攻め込む時、ナニワに通行許可を与えてしまった
 国土交通省の役人であった。

 その後、ナニワ王国でクーデターが起こり、アワーと親交があるカイトが国を支配した。

 新しく出来たナニワ民国との友好関係を重んじたキシューは彼女の祖父を免職処分とし、
 その息子も名門校の出身でありながら、出世コースからはずし左遷した。

 彼女の祖父は失意のうちに衰弱死し、父親はプライドが高く官僚の職を辞めた。

 だが、プライドが高いために既存の職に就けず、職についても上司を小ばかにして
 疎まれ、排斥されて退職するを繰り返していた。

 そのうち、一攫千金を夢みて投資にハマり、騙されて財産の大半を失った。

 このため、この少女は、名門魔法学校で習得したバフ、デバフのスキルを活かし、
 冒険者として稼いで、家族を養っていたのだ。

 この彼女も血痕がついた首飾りが回収されており、死亡が確実視されているが、
 彼女の両親も幼い妹二人も、彼女が生存していると信じているようであった。

 この父親、まだ自分が成功する夢をあきらめきれず、
 一度は犯罪歴のある貴族に幼い娘を養子に出そうとしたことがある。

 この貴族は幼い養女を大量に養子にしてレイプしたことが発覚し、
 幼女との接触が禁止されていた。

 それを他の貴族の養子にするという書類を偽造してその貴族に金で売り渡そうとしたのだ。
 それを児童福祉局に発見され、父親はムチ打ち十回の刑に処された。
 
 それがあまりにもプライドがキズつけられたのか、父親はその後飲んだくれてまったく働かなくなったよだ。

 投資のための資金を借金し、娘を売って返済しようとしていた父親はギャングから毎日脅迫されるようになり、
 切羽詰まってギャングに言われるがまま、人身売買が合法なナニワ民国に娘二人を連れ出し、
 金持ちジャックという奴隷商人に娘を売ってしまったことが判明した。
 外国の事ゆえ、キシューとしても手出しができない。

 この話を聞いて殺生石はいたたまれなくなった。
 いままで散々人を殺してきた身が今さらではあるが、
 殺生石は貧乏神官の娘だった。
 家が貧しく、栄養失調で病気になり、一度は死にかけた殺生石を見かねた父親は
 伏見に殺生石を養子に出した。

 そのおかげで方術も兵法も学ぶことができたが、養子に出された時、殺生石は親に捨てられたと思った。

 それから、ずっと、世を拗ねて生きてきた。

 殺生石はそのままキシューからナニワに渡り、金持ちジャックと交渉して二人の娘を買い取った。
 一人300万P二人で600万P。

 かなり痛い出費だったが、独身で戦死してしまえば財産も国のモノになってしまう身だ。
 たまには贅沢な散財もいいものだと殺生石は思った。

 買い取った娘は自分の養子とし、ネゴロギルドの女性ファミリアに護衛を依頼し、
 千宗丹に手紙をしたため、キョウタナベ遺族仮設住宅になんとかねじ込んでもらった。
 毎月の生活費は生活保護には頼らず、殺生石が現金書留で送付した。

 弁護士を雇い、遺言書を書き、自分が暗殺されるか、戦死した場合、この子供達二人に
 遺族年金が渡るよう手続きをしたのだった。
 

 

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