11 / 47
刃物で罰した
しおりを挟む
「もう動けねえんだよ」
身体が固定されたように動かなかった。全身が重いし痛いし動きたくもなかった。動ける内に死んじゃえばよかった。ぼーっとしていたら、時間が攻めてきた。もう動かないと遅刻すると焦らせた。動けない自分を手探りで掴んだ刃物で罰した。動け動け動け動け。願うように何度も何度も切りつけた。怠けている俺を殺した。血液を眺めていると、人間一人殺したぐらいの疲労あった。だがそれと引き換えに、心は軽くなった。何とも不恰好だろう。涙で濡れてぐちゃぐちゃな顔と、寝癖を治していない髪の毛、指先から血液がこぼれ落ちる。適当にテーピングを腕に巻いて、それを泥まみれの作業着で隠した。時間的にそんなことにも構ってられずに廊下に出て、壁に支えられながら歩いた。工事現場までは四人で相乗りの車で行く。運転手の人に飲み物か昼飯代を奢るのが暗黙のルールになっている。でも俺のグループでは、まずみんなでお金を出し合う。一番少ない額の人が運転手になり、全員のお金を貰うことができる。原則として、必ず百円以上出すことになっている。一日目は百十円、二日目は二百円を出したのだけれど、両日とも運転手になった。
「今日はマジで無理っす、事故ります」
「あははっ、テンが五百円も出すらしいっすよ!」
ヒロさんが俺の肩を陽気に叩いてくる。俺はテンとずっと呼ばれているので、多分この人達は俺の本名を知らないんだろう。でも、それはそれで生きやすかった。俺もみんなのフルネーム知らないし。ヒロさんは三十代前半ぐらいの人で、パチンコが好きでずっとその話を楽しそうにしている。給料のほとんどを費やしているらしい。いつも元気で疲れ知らずなこの人を俺は密かに体力オバケだと思っている。
「ヒロ、ん?お前はいくら出すん?」
とアキさんはタバコを吸いながらヒロさんの出方を伺っている。アキさんは所謂、コワモテといった雰囲気で、色黒で筋肉質でちょっとおっかなかい感じの人だ。初対面はかなり緊張したが、話している内にとても優しい人だということに気付いて、笑うときにくしゃっとなる笑顔を見て安心した。仕事もできる人で、テキパキと指示を出しながら、俺のサポートもしてくれる凄い人だ。
「テンが五百円なんで、俺は五百十円っすね」
「お前、言ったな?それちゃんと出せよ?」
意地悪く笑って俺を運転手にしようとするヒロさんに、何かを企むように笑って、念押しするアキさん。「当たり前っすよ」とそれにヒロさんが答えると、
「じゃ、百円」
とアキさんがニカッと歯を見せて、運転手に立候補した。
「狡いっすよ、一週間はテンにやらせるって話じゃないっすかあ」
「知らねえな、んなもん」
俺もそんな話は露知らずに運転手をしていた。お金を出す順番も年功序列なのもそのせいだったらしい。騙された気分がして、悲しくなったが、ヒロさんとアキさんの会話を聞いていると、そこには二人の思いやりがあることを知った。ヒロさんが言うには、土地勘がない俺に道を覚えさせるため、車内で一人で黙って座らせないため、昼飯代を奢っている分、ちょっかいを出しやすくするため、等の俺を運転手にさせたのは色んな理由があった。確かに昼飯に何を食うのかはしつこく問われた。アキさんはそれに反論して、あからさまに疲れているから休ませてやれ、と言っていた。その気遣いに何だか心が温まった。その二人の口論を集結させるように最年長のチトセさんが黙ったまま、百円を手のひらに乗せて差し出した。
「「狡いっすよ、チトセさん」」
と二人の声が重なった。結局、運転手はチトセさんになり、千百十円を手にした。その助手席にヒロさんが座り、後部座席にアキさんと一緒に座った。
「テン、飯食ってないだろ?」
とアキさんにパンを二袋渡された。
「飯食わねえと力出ねえぞ」
とヒロさんにも囃し立てられる。食欲も何もなかったから、昨日の昼飯から何も食っていなかった。ありがとうございます、とちぎりパンをちぎって口に入れた。
「あっ!お前、これ洗ってないん?」
アキさんが俺に飯を与えることだけでは飽き足らず、俺の作業着に付いた土埃まで気付いた。本当に世話焼きで他人のことをよく見ている恐ろしく優しい人だ。
「はは、面倒くさくて」
「汚ねえ、ちゃんと洗わねえと臭くなんぞ」
と釘を刺される。でもその後に、ついでに洗ってやろうか?と聞いてくれるところ、非常に優しいところだと思う。
「タバコ臭い人に言われてもだよなあ、テン?」
助手席から笑い声が聞こえた。
「あはは」
という愛想笑いをして返した。
身体が固定されたように動かなかった。全身が重いし痛いし動きたくもなかった。動ける内に死んじゃえばよかった。ぼーっとしていたら、時間が攻めてきた。もう動かないと遅刻すると焦らせた。動けない自分を手探りで掴んだ刃物で罰した。動け動け動け動け。願うように何度も何度も切りつけた。怠けている俺を殺した。血液を眺めていると、人間一人殺したぐらいの疲労あった。だがそれと引き換えに、心は軽くなった。何とも不恰好だろう。涙で濡れてぐちゃぐちゃな顔と、寝癖を治していない髪の毛、指先から血液がこぼれ落ちる。適当にテーピングを腕に巻いて、それを泥まみれの作業着で隠した。時間的にそんなことにも構ってられずに廊下に出て、壁に支えられながら歩いた。工事現場までは四人で相乗りの車で行く。運転手の人に飲み物か昼飯代を奢るのが暗黙のルールになっている。でも俺のグループでは、まずみんなでお金を出し合う。一番少ない額の人が運転手になり、全員のお金を貰うことができる。原則として、必ず百円以上出すことになっている。一日目は百十円、二日目は二百円を出したのだけれど、両日とも運転手になった。
「今日はマジで無理っす、事故ります」
「あははっ、テンが五百円も出すらしいっすよ!」
ヒロさんが俺の肩を陽気に叩いてくる。俺はテンとずっと呼ばれているので、多分この人達は俺の本名を知らないんだろう。でも、それはそれで生きやすかった。俺もみんなのフルネーム知らないし。ヒロさんは三十代前半ぐらいの人で、パチンコが好きでずっとその話を楽しそうにしている。給料のほとんどを費やしているらしい。いつも元気で疲れ知らずなこの人を俺は密かに体力オバケだと思っている。
「ヒロ、ん?お前はいくら出すん?」
とアキさんはタバコを吸いながらヒロさんの出方を伺っている。アキさんは所謂、コワモテといった雰囲気で、色黒で筋肉質でちょっとおっかなかい感じの人だ。初対面はかなり緊張したが、話している内にとても優しい人だということに気付いて、笑うときにくしゃっとなる笑顔を見て安心した。仕事もできる人で、テキパキと指示を出しながら、俺のサポートもしてくれる凄い人だ。
「テンが五百円なんで、俺は五百十円っすね」
「お前、言ったな?それちゃんと出せよ?」
意地悪く笑って俺を運転手にしようとするヒロさんに、何かを企むように笑って、念押しするアキさん。「当たり前っすよ」とそれにヒロさんが答えると、
「じゃ、百円」
とアキさんがニカッと歯を見せて、運転手に立候補した。
「狡いっすよ、一週間はテンにやらせるって話じゃないっすかあ」
「知らねえな、んなもん」
俺もそんな話は露知らずに運転手をしていた。お金を出す順番も年功序列なのもそのせいだったらしい。騙された気分がして、悲しくなったが、ヒロさんとアキさんの会話を聞いていると、そこには二人の思いやりがあることを知った。ヒロさんが言うには、土地勘がない俺に道を覚えさせるため、車内で一人で黙って座らせないため、昼飯代を奢っている分、ちょっかいを出しやすくするため、等の俺を運転手にさせたのは色んな理由があった。確かに昼飯に何を食うのかはしつこく問われた。アキさんはそれに反論して、あからさまに疲れているから休ませてやれ、と言っていた。その気遣いに何だか心が温まった。その二人の口論を集結させるように最年長のチトセさんが黙ったまま、百円を手のひらに乗せて差し出した。
「「狡いっすよ、チトセさん」」
と二人の声が重なった。結局、運転手はチトセさんになり、千百十円を手にした。その助手席にヒロさんが座り、後部座席にアキさんと一緒に座った。
「テン、飯食ってないだろ?」
とアキさんにパンを二袋渡された。
「飯食わねえと力出ねえぞ」
とヒロさんにも囃し立てられる。食欲も何もなかったから、昨日の昼飯から何も食っていなかった。ありがとうございます、とちぎりパンをちぎって口に入れた。
「あっ!お前、これ洗ってないん?」
アキさんが俺に飯を与えることだけでは飽き足らず、俺の作業着に付いた土埃まで気付いた。本当に世話焼きで他人のことをよく見ている恐ろしく優しい人だ。
「はは、面倒くさくて」
「汚ねえ、ちゃんと洗わねえと臭くなんぞ」
と釘を刺される。でもその後に、ついでに洗ってやろうか?と聞いてくれるところ、非常に優しいところだと思う。
「タバコ臭い人に言われてもだよなあ、テン?」
助手席から笑い声が聞こえた。
「あはは」
という愛想笑いをして返した。
4
あなたにおすすめの小説
イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話
タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。
瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。
笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。
兄貴同士でキスしたら、何か問題でも?
perari
BL
挑戦として、イヤホンをつけたまま、相手の口の動きだけで会話を理解し、電話に答える――そんな遊びをしていた時のことだ。
その最中、俺の親友である理光が、なぜか俺の彼女に電話をかけた。
彼は俺のすぐそばに身を寄せ、薄い唇をわずかに結び、ひと言つぶやいた。
……その瞬間、俺の頭は真っ白になった。
口の動きで読み取った言葉は、間違いなくこうだった。
――「光希、俺はお前が好きだ。」
次の瞬間、電話の向こう側で彼女の怒りが炸裂したのだ。
愛おしい、君との週末配信☆。.:*・゜
立坂雪花
BL
羽月優心(はづきゆうしん)が
ビーズで妹のヘアゴムを作っていた時
いつの間にかクラスメイトたちの
配信する動画に映りこんでいて
「誰このエンジェル?」と周りで
話題になっていた。
そして優心は
一方的に嫌っている
永瀬翔(ながせかける)を
含むグループとなぜか一緒に
動画配信をすることに。
✩.*˚
「だって、ほんの一瞬映っただけなのに優心様のことが話題になったんだぜ」
「そうそう、それに今年中に『チャンネル登録一万いかないと解散します』ってこないだ勢いで言っちゃったし……だからお願いします!」
そんな事情は僕には関係ないし、知らない。なんて思っていたのに――。
見た目エンジェル
強気受け
羽月優心(はづきゆうしん)
高校二年生。見た目ふわふわエンジェルでとても可愛らしい。だけど口が悪い。溺愛している妹たちに対しては信じられないほどに優しい。手芸大好き。大好きな妹たちの推しが永瀬なので、嫉妬して永瀬のことを嫌いだと思っていた。だけどやがて――。
×
イケメンスパダリ地方アイドル
溺愛攻め
永瀬翔(ながせかける)
優心のクラスメイト。地方在住しながらモデルや俳優、動画配信もしている完璧イケメン。優心に想いをひっそり寄せている。優心と一緒にいる時間が好き。前向きな言動多いけれど実は内気な一面も。
恋をして、ありがとうが溢れてくるお話です🌸
***
お読みくださりありがとうございます
可愛い両片思いのお話です✨
表紙イラストは
ミカスケさまのフリーイラストを
お借りいたしました
✨更新追ってくださりありがとうございました
クリスマス完結間に合いました🎅🎄
僕の部下がかわいくて仕方ない
まつも☆きらら
BL
ある日悠太は上司のPCに自分の画像が大量に保存されているのを見つける。上司の田代は悪びれることなく悠太のことが好きだと告白。突然のことに戸惑う悠太だったが、田代以外にも悠太に想いを寄せる男たちが現れ始め、さらに悠太を戸惑わせることに。悠太が選ぶのは果たして誰なのか?
【完結】取り柄は顔が良い事だけです
pino
BL
昔から顔だけは良い夏川伊吹は、高級デートクラブでバイトをするフリーター。25歳で美しい顔だけを頼りに様々な女性と仕事でデートを繰り返して何とか生計を立てている伊吹はたまに同性からもデートを申し込まれていた。お小遣い欲しさにいつも年上だけを相手にしていたけど、たまには若い子と触れ合って、ターゲット層を広げようと20歳の大学生とデートをする事に。
そこで出会った男に気に入られ、高額なプレゼントをされていい気になる伊吹だったが、相手は年下だしまだ学生だしと罪悪感を抱く。
そんな中もう一人の20歳の大学生の男からもデートを申し込まれ、更に同業でただの同僚だと思っていた23歳の男からも言い寄られて?
ノンケの伊吹と伊吹を落とそうと奮闘する三人の若者が巻き起こすラブコメディ!
BLです。
性的表現有り。
伊吹視点のお話になります。
題名に※が付いてるお話は他の登場人物の視点になります。
表紙は伊吹です。
月曜9時の恋人 ――上司と部下のリモート勤務録
斎宮たまき/斎宮環
BL
「おはようございます」から始まる恋がある。
在宅勤務の上司と部下、画面越しに重なっていく生活音と沈黙。
誰もいない夜、切り忘れたマイクから漏れた吐息が、心の距離を壊していく。
社会的距離が恋の導火線になる――
静かな温度で燃える、現代オフィスBLの新形。
今日もBL営業カフェで働いています!?
卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ
※ 不定期更新です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる