遊戯超過

小判鮫

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刃物で罰した

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 「もう動けねえんだよ」
 身体が固定されたように動かなかった。全身が重いし痛いし動きたくもなかった。動ける内に死んじゃえばよかった。ぼーっとしていたら、時間が攻めてきた。もう動かないと遅刻すると焦らせた。動けない自分を手探りで掴んだ刃物で罰した。動け動け動け動け。願うように何度も何度も切りつけた。怠けている俺を殺した。血液を眺めていると、人間一人殺したぐらいの疲労あった。だがそれと引き換えに、心は軽くなった。何とも不恰好だろう。涙で濡れてぐちゃぐちゃな顔と、寝癖を治していない髪の毛、指先から血液がこぼれ落ちる。適当にテーピングを腕に巻いて、それを泥まみれの作業着で隠した。時間的にそんなことにも構ってられずに廊下に出て、壁に支えられながら歩いた。工事現場までは四人で相乗りの車で行く。運転手の人に飲み物か昼飯代を奢るのが暗黙のルールになっている。でも俺のグループでは、まずみんなでお金を出し合う。一番少ない額の人が運転手になり、全員のお金を貰うことができる。原則として、必ず百円以上出すことになっている。一日目は百十円、二日目は二百円を出したのだけれど、両日とも運転手になった。
 「今日はマジで無理っす、事故ります」
 「あははっ、テンが五百円も出すらしいっすよ!」
 ヒロさんが俺の肩を陽気に叩いてくる。俺はテンとずっと呼ばれているので、多分この人達は俺の本名を知らないんだろう。でも、それはそれで生きやすかった。俺もみんなのフルネーム知らないし。ヒロさんは三十代前半ぐらいの人で、パチンコが好きでずっとその話を楽しそうにしている。給料のほとんどを費やしているらしい。いつも元気で疲れ知らずなこの人を俺は密かに体力オバケだと思っている。
 「ヒロ、ん?お前はいくら出すん?」
 とアキさんはタバコを吸いながらヒロさんの出方を伺っている。アキさんは所謂、コワモテといった雰囲気で、色黒で筋肉質でちょっとおっかなかい感じの人だ。初対面はかなり緊張したが、話している内にとても優しい人だということに気付いて、笑うときにくしゃっとなる笑顔を見て安心した。仕事もできる人で、テキパキと指示を出しながら、俺のサポートもしてくれる凄い人だ。
 「テンが五百円なんで、俺は五百十円っすね」
 「お前、言ったな?それちゃんと出せよ?」
 意地悪く笑って俺を運転手にしようとするヒロさんに、何かを企むように笑って、念押しするアキさん。「当たり前っすよ」とそれにヒロさんが答えると、
 「じゃ、百円」
 とアキさんがニカッと歯を見せて、運転手に立候補した。
 「狡いっすよ、一週間はテンにやらせるって話じゃないっすかあ」
 「知らねえな、んなもん」
 俺もそんな話は露知らずに運転手をしていた。お金を出す順番も年功序列なのもそのせいだったらしい。騙された気分がして、悲しくなったが、ヒロさんとアキさんの会話を聞いていると、そこには二人の思いやりがあることを知った。ヒロさんが言うには、土地勘がない俺に道を覚えさせるため、車内で一人で黙って座らせないため、昼飯代を奢っている分、ちょっかいを出しやすくするため、等の俺を運転手にさせたのは色んな理由があった。確かに昼飯に何を食うのかはしつこく問われた。アキさんはそれに反論して、あからさまに疲れているから休ませてやれ、と言っていた。その気遣いに何だか心が温まった。その二人の口論を集結させるように最年長のチトセさんが黙ったまま、百円を手のひらに乗せて差し出した。
 「「狡いっすよ、チトセさん」」
 と二人の声が重なった。結局、運転手はチトセさんになり、千百十円を手にした。その助手席にヒロさんが座り、後部座席にアキさんと一緒に座った。
 「テン、飯食ってないだろ?」
 とアキさんにパンを二袋渡された。
 「飯食わねえと力出ねえぞ」
 とヒロさんにも囃し立てられる。食欲も何もなかったから、昨日の昼飯から何も食っていなかった。ありがとうございます、とちぎりパンをちぎって口に入れた。
 「あっ!お前、これ洗ってないん?」
 アキさんが俺に飯を与えることだけでは飽き足らず、俺の作業着に付いた土埃まで気付いた。本当に世話焼きで他人のことをよく見ている恐ろしく優しい人だ。
 「はは、面倒くさくて」
 「汚ねえ、ちゃんと洗わねえと臭くなんぞ」
 と釘を刺される。でもその後に、ついでに洗ってやろうか?と聞いてくれるところ、非常に優しいところだと思う。
 「タバコ臭い人に言われてもだよなあ、テン?」
 助手席から笑い声が聞こえた。
 「あはは」
 という愛想笑いをして返した。
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