遊戯超過

小判鮫

文字の大きさ
43 / 47

そういう時代だろ?

しおりを挟む
 朝、着替えると、右耳が裂けた。リュウくんとお揃いのピアスが落ちた。滴り落ちる血液なんかに目もくれず、左耳にすぐさま付け直した。ほっとした、お守りのようだ。右耳には適当に絆創膏を貼り付けた。
 「テン、ミュージック」
 と後部座席に座るヒロさんに強請られる。最近はクラシックを聴きながら、優雅な朝の時間を過ごすのが、この車内では流行っていた。
 ジャジャジャジャーン!
 目が覚める、叩き起されるかのような激しい音。ベートーヴェンの運命だ。後ろから笑い声が聞こえる。思っていたのとは違うと。慌てて次の曲へと変えようとするとスマホを助手席へと落とした。
 「すいません、チトセさん。スマホ、拾ってもらえませんか?」
 「変えるのか?」
 「ああ、はい」
 「好きなんだがな」
 とスマホを渡される。
 「……すいません、このままでいいですか?」
 「何なーん、俺ら文句言ってねえじゃんよお」
 そうやって笑いながら文句を垂れるアキさんに、運転席の後ろからバンバン叩かれた。その振動が脳内に響く。チトセさんが満足げに窓の外を見つめていた。
 「死にゆく運命を前にして、人は抗えはするけれど、避けられはしない。だが、抗わなければ、歓喜はできない」
 その独り言のような格言に、引き込まれるように深く考えさせられた。この曲の解釈なんだろうが、彼が言うと、その人生の歴史までもが滲み出ていて、説得力が俺の心を押した。
 「クラシック音楽に詳しいんですか?」
 ウィンカーのカチカチとした音を鳴らして、信号待ちをする。貧乏ゆすりをしてしまいそうで、暇を持て余す前に潰した。
 「いいや」
 そっけなく、俯いたまま、興味がないというよりかは、説明をしたくないというように、答えられた。
 「そうですか」
 「ググッた。そういう時代だろ?」
 と助手席のチトセさんに、何でもないようにスマホを見せられた。思わず、「は?」と間抜けな口を開けて、言ってしまうところだった。唾を飲み込んでから、カチカチと規則正しく点滅するライトのように、目を白黒させて、感情を無にした。
 「はは、そうですね」
 俺が感銘を受けた、彼の経験則に基づいていると思われた、あの言葉の深みや味わいは、スマホに書かれている誰かのサイトの言葉で、それを知ってしまうと、今まで輝いて見えていたものが、瞬時にくすんでしまったような喪失感に襲われる。
 「ん?年寄りっぽくないか?」
 と不自然な笑顔を訝しげに見られる。俺は、自らのヘラヘラとした薄っぺらい態度を恥じて、顔から出火して、燃え尽きてしまえばいいのに、なんて考えていた。
 「チトセさんってば、アキさんよりもスマホとか機械とか使いこなせるっすもんね。脳年齢、若いっすよ」
 後部座席からヒロさんがナイスフォローをするように、チトセさんに話しかけた。横から茶々を入れられながらだが。叩かれてる。それに懲りずにヒロさんは、この前も、とゲームした時の話を、アキさんをいじりながら、原始人なんて囃し立てて、嬉々として話している。
 「そのゲーム、随分と楽しそうだな」
 「チトセさんもやりますか?」
 「やってみたい」
 「テン、いいよな?」
 「ああ、はい」
 同調圧力に負けて、肯定せざるを得なかった。まあ、何もないし、別にいいけど。
 「アキさんは?」
 「俺はパス。読みたい新刊があるし」
 とまだ理由があるように語尾を濁した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

イケメンモデルと新人マネージャーが結ばれるまでの話

タタミ
BL
新坂真澄…27歳。トップモデル。端正な顔立ちと抜群のスタイルでブレイク中。瀬戸のことが好きだが、隠している。 瀬戸幸人…24歳。マネージャー。最近新坂の担当になった社会人2年目。新坂に仲良くしてもらって懐いているが、好意には気付いていない。 笹川尚也…27歳。チーフマネージャー。新坂とは学生時代からの友人関係。新坂のことは大抵なんでも分かる。

兄貴同士でキスしたら、何か問題でも?

perari
BL
挑戦として、イヤホンをつけたまま、相手の口の動きだけで会話を理解し、電話に答える――そんな遊びをしていた時のことだ。 その最中、俺の親友である理光が、なぜか俺の彼女に電話をかけた。 彼は俺のすぐそばに身を寄せ、薄い唇をわずかに結び、ひと言つぶやいた。 ……その瞬間、俺の頭は真っ白になった。 口の動きで読み取った言葉は、間違いなくこうだった。 ――「光希、俺はお前が好きだ。」 次の瞬間、電話の向こう側で彼女の怒りが炸裂したのだ。

同居人の距離感がなんかおかしい

さくら優
BL
ひょんなことから会社の同期の家に居候することになった昂輝。でも待って!こいつなんか、距離感がおかしい!

愛おしい、君との週末配信☆。.:*・゜

立坂雪花
BL
羽月優心(はづきゆうしん)が ビーズで妹のヘアゴムを作っていた時 いつの間にかクラスメイトたちの 配信する動画に映りこんでいて 「誰このエンジェル?」と周りで 話題になっていた。 そして優心は 一方的に嫌っている 永瀬翔(ながせかける)を 含むグループとなぜか一緒に 動画配信をすることに。 ✩.*˚ 「だって、ほんの一瞬映っただけなのに優心様のことが話題になったんだぜ」 「そうそう、それに今年中に『チャンネル登録一万いかないと解散します』ってこないだ勢いで言っちゃったし……だからお願いします!」  そんな事情は僕には関係ないし、知らない。なんて思っていたのに――。 見た目エンジェル 強気受け 羽月優心(はづきゆうしん) 高校二年生。見た目ふわふわエンジェルでとても可愛らしい。だけど口が悪い。溺愛している妹たちに対しては信じられないほどに優しい。手芸大好き。大好きな妹たちの推しが永瀬なので、嫉妬して永瀬のことを嫌いだと思っていた。だけどやがて――。 × イケメンスパダリ地方アイドル 溺愛攻め 永瀬翔(ながせかける) 優心のクラスメイト。地方在住しながらモデルや俳優、動画配信もしている完璧イケメン。優心に想いをひっそり寄せている。優心と一緒にいる時間が好き。前向きな言動多いけれど実は内気な一面も。 恋をして、ありがとうが溢れてくるお話です🌸 *** お読みくださりありがとうございます 可愛い両片思いのお話です✨ 表紙イラストは ミカスケさまのフリーイラストを お借りいたしました ✨更新追ってくださりありがとうございました クリスマス完結間に合いました🎅🎄

僕の部下がかわいくて仕方ない

まつも☆きらら
BL
ある日悠太は上司のPCに自分の画像が大量に保存されているのを見つける。上司の田代は悪びれることなく悠太のことが好きだと告白。突然のことに戸惑う悠太だったが、田代以外にも悠太に想いを寄せる男たちが現れ始め、さらに悠太を戸惑わせることに。悠太が選ぶのは果たして誰なのか?

【完結】取り柄は顔が良い事だけです

pino
BL
昔から顔だけは良い夏川伊吹は、高級デートクラブでバイトをするフリーター。25歳で美しい顔だけを頼りに様々な女性と仕事でデートを繰り返して何とか生計を立てている伊吹はたまに同性からもデートを申し込まれていた。お小遣い欲しさにいつも年上だけを相手にしていたけど、たまには若い子と触れ合って、ターゲット層を広げようと20歳の大学生とデートをする事に。 そこで出会った男に気に入られ、高額なプレゼントをされていい気になる伊吹だったが、相手は年下だしまだ学生だしと罪悪感を抱く。 そんな中もう一人の20歳の大学生の男からもデートを申し込まれ、更に同業でただの同僚だと思っていた23歳の男からも言い寄られて? ノンケの伊吹と伊吹を落とそうと奮闘する三人の若者が巻き起こすラブコメディ! BLです。 性的表現有り。 伊吹視点のお話になります。 題名に※が付いてるお話は他の登場人物の視点になります。 表紙は伊吹です。

月曜9時の恋人 ――上司と部下のリモート勤務録

斎宮たまき/斎宮環
BL
「おはようございます」から始まる恋がある。 在宅勤務の上司と部下、画面越しに重なっていく生活音と沈黙。 誰もいない夜、切り忘れたマイクから漏れた吐息が、心の距離を壊していく。 社会的距離が恋の導火線になる―― 静かな温度で燃える、現代オフィスBLの新形。

今日もBL営業カフェで働いています!?

卵丸
BL
ブラック企業の会社に嫌気がさして、退職した沢良宜 篤は給料が高い、男だけのカフェに面接を受けるが「腐男子ですか?」と聞かれて「腐男子ではない」と答えてしまい。改めて、説明文の「BLカフェ」と見てなかったので不採用と思っていたが次の日に採用通知が届き疑心暗鬼で初日バイトに向かうと、店長とBL営業をして腐女子のお客様を喜ばせて!?ノンケBL初心者のバイトと同性愛者の店長のノンケから始まるBLコメディ ※ 不定期更新です。

処理中です...