殺さないだけ感謝しろ!

小判鮫

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お揃いじゃん

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彼が手を繋ごうと言ってくるから、手を繋ぎながらボロアパートまで帰ってきた。手を繋いで彼と歩いていると、俺にはこんなに良いご主人様がいるんだぞ!と周りに誇示している気分になって、とても優越感でいっぱいになった。

「ご主人様、お散歩楽しかった!」

「そっか。また行こうね」

セックスしてくれない以外は理想のご主人様。俺よりも強くて、俺のことをよく見てくれていて、俺の欲しい言葉をくれる。

「家でも仕事するの?」

彼とこのアパートでゴロゴロできると思ったのに、彼はテーブルの上に資料を並べて何か難しそうな顔をしていた。そんな彼に構って欲しさで後ろから抱きついた。

「うん。やらなきゃいけないことはたくさんあるからな」

「そんなんじゃ過労死しちゃうよ」

「大丈夫だよ。その分の給料はちゃんと貰ってるから」

こんなボロアパートに住んでんのに!??と思わず声に出して言ってしまうところだった。世の中っておかしいな。みんな頑張って働いてんのに、富裕層と貧困層に分かれてる。しかも、彼みたいに命を懸ける仕事をしてる人よりも仕事を部下に任せて好き放題やってる人のが稼げてたりするんだ。

「仕事なんてしないで奪う方がよっぽど楽だよ」

俺はこの人生で学んだことと言えば、俺みたいな何の資格も人脈もない人間は、ローリスクローリターンで働くよりもハイリスクハイリターンで好き放題やった方が人生楽しいってことだ。

「そうなんだろうね。だけど、僕はこの仕事が好きだからやってるんだ」

「仕事が好き?……変な奴!」

「ふふっ、何とでも言えばいいよ」

と彼は笑って、また資料をまじまじと見つめている。その視線を俺は奪いたくて、その資料を彼の手からヒョイっと盗んだ。

「あ、イル!返せ!!」

「んー?どれどれ??遺体冷蔵庫事件ね」

その資料をひらつかせて、おちょくるように部屋の中で逃げ回っていた。

「社外秘だ!返しなさい!!」

「ふふっ、欲しけりゃ奪ってみろよ」

と彼の目の前にその資料を見せびらかして、彼がそれを取ろうとした瞬間、ウザったいトルコアイス屋みたいに資料を上に持ち上げて彼に取られないようにする。

「イル、お願いだ。返して」

彼は手のひらをこちらに向けて、素直に返すように要求してきた。俺はこれを素直に返すことなんかできなかった。

「嫌だ。また仕事始めるんだもん」

「……僕が仕事してちゃダメなの?」

彼は不思議そうに俺に聞いてきた。

「……ダメ」

こんなん、仕事しないで俺に構って!って言ってるのと同じで恥ずかしくなってきた。

「どうして?」

「……もう、いい!返す!!」

と彼に投げるように資料を乱雑に返して、俺はベッドルームに引きこもった。ベッドの上で身体を丸く縮こませて、布団に染み付いた彼の匂いを探った。

「イル、怒ってるの?」

彼がベッドルームまできて、布団を頭まで隠れるようにかぶっている俺に声をかけてきた。俺はもういなくなってしまいたい気分で彼の声を無視した。

「……イル、顔見せて」

彼は俺が隠れている布団を剥いでこようとした。俺は今の顔を見られたくなくて、必死に布団を引っ張った。それでも彼は俺の背中の方からガバッと布団を剥いでしまって、情けなく丸く縮こまっている俺が見られてしまった。

「嫌だ。布団返して」

弱ったような声を出しながら、彼の方に手を伸ばした。顔が熱い。

「ふふっ、可愛い。耳まで真っ赤になってる」

「別に。熱かっただけ」

「じゃあ、布団いらないよね?」

と彼は意地悪く布団を床へと放り投げた。

「あぁっ!返してよ……」

俺はもう顔を両手で覆うしかなかった。

「イル、その可愛い顔見せてよ」

「嫌だ。ご主人様きらーい!」

俺は楯突いているフリをして、こうやって彼に構われてるのに愉悦を覚え始めた。

「そうなの?それは残念だな……」

「だからもう、あっちいって!」

「……わかったよ」

ベッドの傍から離れていく。彼の肩を落とした悲しそうな背中が見えた。あ、やりすぎた。

「……ご、ご主人様!」

「何?」

いつもみたいな冷静というより冷徹な一言。

「いっ……」

「い?」

「行かないで」

聞こえるか聞こえないか怪しい声量。こんな弱った声しか出せないくらい、俺は恥ずかしさでいっぱいで泣いてしまいそうだった。

「イル、抱きしめてもいい?」

彼はまたベッド脇まで寄ってきて、俺と目線が合うようにしゃがみ込んで、そんなことを聞いてきた。

「別に。好きにすれば?」

ありがとう、とベッドに寝っ転がっている俺の上から覆いかぶさるように彼は抱きしめてきた。布団よりも温かい彼の体温で俺は更に顔を赤らめてしまった。

「ふふっ、重い?」

彼の全体重が俺に乗っかってるような体勢で、彼は悪戯っ子のような笑みを見せた。

「重いよ、ご主人様。真正面から抱きしめて」

わかったよ、と彼は体勢を崩して、俺の正面に身体を持ってくると、両手を伸ばしてぎゅっと俺の身体を抱き寄せる。そして、脚を絡めて身体を密着させてくるその動作がえろかった。

「イル、顔真っ赤だね」

「誰のせいだと思ってんの?」

お互いの顔がよく見える距離。俺は恥ずかしくって情けなくって、ため息が出た。

「ふふっ、僕かな?」

と不意に楽しそうに笑うその顔にわからせてやりたくて、キスしたくなって、

「正解」

と彼の顔をぐっと引き寄せて唇を奪った。すると彼の顔もすぐ真っ赤になって、お揃いじゃんって笑っちゃった。
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