異世界から戻ったら再会した幼馴染から溺愛される話〜君の想いが届くまで〜

一優璃 /Ninomae Yuuri

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二章

精霊

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女将さんに案内され、ぎしぎしと音を立てる木の階段を上がる。
廊下の窓からは、薄い月明かりが差し込んでいて、遠くで虫の声がしていた。
一階の賑わいが少しずつ遠ざかっていく。

「ここが空いてる部屋だよ。狭いけど自由に使って良いからね」

そう言って、女将さんは古びた扉を開けた。
部屋の中には小さなベッドと机、それから窓辺に置かれたランプ。
シンプルな部屋だけど、不思議と安心する匂いがした。

「2階に私と私の子供らが住んでいるから、何かあったら遠慮なく言うんだよ」

「ありがとうございます」

「それじゃあ、おやすみね」

女将さんがゆっくりドアを閉めて、足音が遠のいていく。
僕はのそりとベッドに上がり、枕を抱きしめて横に転がった。

ひとまず、夜を外で明かす心配は無くなったことに安堵する。
運良くこの村にたどり着いたから良かったけれど、もしあのまま小さな光や人の声を聞き逃していたら、僕は今、生きていられただろうか。
村人たちに警戒されたまま追い出されていたらと思うとゾッとする。
僕に親切にしてくれた女将さんが本当に神様に見えた。
でも、村の人たちにはまだ怪しまれている。
当たり前か。
こんな見ず知らずの人間に親切にするほうが珍しいんだ。
下手したら変な事件に巻き込まれるなんてこともあるから、警戒するのは当然だ。
女将さんが珍しいんだ。
改めて本当に僕は運が良かったと思う。

ランプの明かりが消えたあと、闇の中で月明かりが静かに天井を照らしている。

身体がベッドに沈み、やがて、まぶたが重くなっていく。
安心したからか、とてつもない睡魔に襲われる。
僕はそのまま、ゆっくりと眠りの底へ沈んでいった。






ふと、暗闇の中で誰かが僕の名前を必死に叫んでいる。
こっちに伸ばされた手は、僕を必死に掴もうとしている。
でも、その手が届く前に、世界が白い光で弾け飛ぶ。
真っ暗なのに、なぜか眩しくて、僕は眼をぎゅっと瞑る。
途端に耳をつんざくような音がして、意識が一瞬で引きちぎられた。

誰かが僕の名前を呼んだ。
ひどく懐かしい声だった。
だけど、その声はだんだんと遠のいていく。
代わりに、子どものように澄んだ高い声が近づいてきた。

「っ! ましろ、真白ってば!」

耳の奥に直接声が響いて僕は驚きながらも眼を開けた。
まだ疲れが残っている重たい体をなんとか起こすと、目の前に、光の粒がふわりと浮かんでいた。

「……え?」

それは蛍の光よりも柔らかく、金色と白のあいだでゆらゆらと揺れている。
息を潜めて、その光の粒を凝視していると、やがてその光は大きくなり、ふわりと形を変えた。
徐々に光が消えていき、その生物の実体が現れる。
それは小さな翼を背中に生やした鹿の姿をしていた。
尾は炎のように燃えていて、間違えて触れたら火傷しそうだ。
そんな掌サイズの不思議な生き物は丸い体に、丸いお目目がどこかのマスコットキャラみたいで可愛いらしい。

「なに、これ。ぬいぐるみ?」

思わず呟くと、その小さな存在は前足を腰に当て、むっとした顔をした。

「ぬいぐるみじゃないもん!やっと起きたと思ったら、第一声がそれ?ひどいなぁ!」

「え、しゃべった……?」

「しゃべるよ!精霊だもん!」

ぱたぱたと宙を飛び回りながら、胸を張って言う。
呆然とその光景を見つめるしかなかった。

「えっと……精霊、さん?」

「そう!ぼく、フルゥ!君のことをずっと待ってたんだよ、真白!」

フルゥと名乗った精霊は目をキラキラさせながら得意げに僕に顔を近づける。

「待ってた?ずっとって、いつから‥‥」

「強いて言えば、真白がこの世界に来てからだよ」

僕は思わず頭を傾げる。
今、僕がいるところは明らかに日本ではない。
それはなんとなくわかる。
でも、この世界って、どう言うこと?

僕の気持ちが伝わったのかフルゥはにっこり笑った。

「ようこそ異世界人の月島真白!ここは真白のいた世界とは全くの別のそらの世界。フルゥは真白がこの世界の住人として暮らしていけるようにサポートするよ」

「やっぱりここは僕のいた世界じゃないの?」

「うん!その通りだよ!」

「一体いつから僕はこの世界にいる?記憶があやふやなんだ」

「そうだなぁ、気づいたら原っぱにいたでしょ。多分その時が真白がこの世界きた最初の記憶のはずだよ」

「確かに、僕は気づいたら原っぱの中にいた」

「そう、フルゥが真白の魂をこの世界に連れてきたんだけど、場所までは指定できなかったんだ。だから原っぱとかちょっと人里から離れた場所に来ちゃったんだね。フルゥは真白の方からフルゥのところに来てくれるよう、仕向けてたの。馬車の幻を見せたり、風に村人の声を乗せたり。それでちゃんと辿り着けるように、ずっと見張ってたんだ」

「え、僕一日中、草むら歩いたけど。死ぬかと思ったけど」

今日、一日中食べ物も飲み物もない中で命を脅かすくらい歩き続けたことを思い出し、思わず気が遠くなる。

「でも、死んではないでしょ!」

あっけらかんとした声に、僕は脱力した。
この精霊、人間の扱いが雑すぎる。

「それに、フルゥの方から会いにいけばもっと時間がかかっちゃう」

やれやれと首を振るフルゥは僕のジトッとした目を気にもせず、こほんっと咳払いをして両手を広げる動作をした。

普段なら幽霊とか妖怪とか非科学的なものは信じない主義だけど、汗をかいて外を歩き続け、見たこともない服装の人たちと話したり、食べ物も食べた。
それに、目の前には不思議な生き物が宙を浮いたまま話しかけてくる。
夢ならもうとっくに起きている頃だ。
だからーーー

「僕を元の世界に戻してほしい」

僕は必死の思いでフルゥに懇願した。
精霊ならそういう特殊な力もあるはず。
だって、こんなところに一人で生きていくなんて無理だ。
僕は特別な力を持った人間でも、チートがあるわけでも、命が何個もあるわけでもない。
普通の高校生が魔物に襲われたらすぐ死ぬような終わりの世界で一人でどうしろっていうんだ。

「それはできないよ。この世界にくる異世界人は皆んな何かをやり遂げないと帰れないの」

フルゥの言葉が胸に突き刺さった。
頭が真っ白になって、息をするのも苦しくなる。
つまり、すぐには帰れないってことだ。
僕の願いは、あっけなく砕け散った。

それでも、うつむいたままの自分を奮い立たせるように、拳を握った。
だってその言い方なら何かをやり遂げれば、元の世界に帰れるんだ。
それならまだ希望はある。

「そのやり遂げないといけないことを教えてほしい」

「えっとね……それは、本人が見つけるんだって!」

僕はフルゥの様子を見て思考が停止する。
フルゥはにこにこと笑っているけど、明らかに目が泳いでいた。

「つまり、わからないってことか」

「わからないわけじゃなくて、決まってないの!」

焦って手(前足?)をぶんぶん振る。
それは余計わからないって言っているようなものだ。

「……はいはい」

僕はもう突っ込む気力もなくなった。
それよりも僕には他に聞きたいことが山ほどある。

「ねえ、向こうの世界で僕はどうなってるの?行方不明とかで探されたりしてない?」

「フルゥが連れてきたのは魂だけで身体本体はちゃんと向こうにあるから心配しないで。真白の魂がこっちにいる間、身体本体はずっと眠っているか、誰かが憑依して勝手に動いているかも」

「いや怖すぎるんだけど!?」

思わず叫ぶと、フルゥは「ははっ」と軽く笑った。

向こうの僕は本当にどうなってしまっているんだ。
憑依されるのもゾッとするけど、眠りっぱなしはそれはそれで嫌だ。
鈴やんや佐藤に心配かけてしまう。
僕が暗い顔をしていたからか、フルゥが励ますように明るい声で言った。

「真白がここで使命をやり遂げたらきちんと向こうの世界に帰されると思うよ。その時に向こうの真白の身体があればその身体に魂が戻って、誰かが憑依していたり、もう身体がなければ、別人として赤ちゃんから生まれ変わるから大丈夫」

「それってほんとに大丈夫って言えるのか」

“大丈夫”と言い切る精霊の神経が羨ましい。

もし別人としての人生を歩むことになれば、前に関わりのある人たちに会うのは難しくなる。
そんなの悲しすぎる。

「まあまあ、焦らない焦らない!まずはこの世界に慣れるのが先だよ。文明、歴史、常識、マナーとか」

確かに、フルゥの言う通りだ。
僕はもうこの世界に来てしまった。
そして、元の世界に戻るには使命をやり遂げることだから、まずはこの世界で生きていけるようにならなきゃ。
元の僕がどうなっていようと、僕がこの世界でやるべきことは変わらない。

「もし、僕がその使命を果たせなかったらどうなるの?」

「君にとって良くないことが起こるだろうね」

「それは例えば?」

「一口には言えないけど、魂が完全に消滅するとかかな」

「残酷すぎる。なにもせずこの世界に居座るのはやっぱりなしだな」

「そうだね、そんなことはしないほうがいいよ」

そういうフルゥは心なしか目のキラキラがなくなって見えた。
が、すぐに元の表情に戻ったので見間違いだったかもしれない。

「このフルゥが真白のサポートをするんだから使命は絶対果たさせる!そのために真白の世界にはなかった魔法についても一からぜーんぶ教えるよ」

魔法と聞いて思わず顔をあげる。

「魔法も使えるの?」

「うん、むしろ教えるのはそれがメインかな」

「まあもう夜遅いから明日からね。人間は睡眠ってのを摂らないと不機嫌になるんでしょ。」

そういってフルゥは僕の頭上を回転するように飛んだ。

「じゃあ、また明日ね!ましろ」

フルゥはそれだけ言うと、赤い月明かりをくぐり抜け、窓の外へ消えた。
部屋には再び静寂が戻る。

「嵐のような精霊だったな」

そう言いながら僕は再びベッドに沈んだ。
仰向けになると、真っ赤な光が天井を染めていた。





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