2 / 11
第二話 妖魔の襲撃
しおりを挟む
▲
高い所から見下ろすと、五人ほどの男たちと毛足の長い牛のような動物たちが二十頭ばかり。
ゴマのように散らばって見える。
毛長牛はヤクという名前で、力も強いし高山も平気だ。
荷物を背負って、辛抱強く山道を歩く。
ヒマラヤ地方ではなくてはならない使役獣だ。
「馬鹿じゃねえの、あんな少人数で護衛もつけずに来たら、食って下さいって言ってるようなもんだ」
近づくと、男たちの周りにやけにきらびやかな女性たちが群がっていた。
妖魔だ。
やつらは人間の女性の体に寄生している。
二人ほどすでに谷間に転がっている。
恐らく妖魔に精気を吸われてミイラのようになっているだろう。
「十人以上居るかな」
小角は下の海棠で男たちを追い回している妖魔を数えて言った。
「いけね、もっと集まって来やがった、応援呼ばないとだめだ」
遥か遠い紫色の稜線を超えて、大きな岩の塊が飛んで来る。
その上に乗る何人もの女の影を見つけて、ハヌマンが叫んだ。
岩はあちこちの山を越えて集まって来る。
さすがの妖魔退治のプロもこの人数を一人で相手する気はないようだ。
「カトマンズに無線?」
「シティからじゃ間に合わねえ、近くに居る仲間を呼び寄せよう」
専用周波数を使って、ハヌマンがご近所さんに召集をかけるが応答がない。
「畜生、、間の悪い時ってあるんだな、皆で払ってるみたいだ」
その間にまた一人捕まったようだ。
悲惨な声を上げながらひげの大男が倒れる。
「おい、もうひとりしか残ってないぞ」
「仕方ない、あいつ拾って逃げよう」
言ってハヌマンはぐんっ、とマシンの高度を下げた。
「小角、あいつを捕まえて引っ張り上げろ」
「よしきた!」
その時、二人の上におおきな影がさして、太陽の光を遮った。
「うひゃあ、ハヌマン上だ、上にいるぞ!」
見上げる小角たちの頭上に、一抱えもある岩が浮いている。
その上から顔をのぞかせているのは、むろん妖魔だ。
ひらひらきらきらした飾り物だらけの美人たち(美人でない妖魔は見た事がない)がくすくす笑っている。
捕まったら命はない。
男と見れば精気を抜いて、ミイラのような死体を残す、凶悪な生物なのだ。
「やばい!」
ハヌマンは大岩を避けて、近くの身ねの陰に飛び込んだ。
「あいつ、やられちまう!」
「出て行ったら俺達だって御同様だ」
五人ほどの妖魔が一人の男を追いかけている。
あの状態ですぐ捕まらないのは、妖魔たちが遊んでいるとしか思えない。
「いたぶって楽しんでやがるんだ」
ハヌマンが悔しそうに言った。
その時、どこからか白いフライングマシーンが現れ、追われていた男を拾い上げるとすぐに飛びあがった。
「何者だ? 単機で無茶しやがって!」
舌打ちすると、ハヌマンはすぐさまそのマシーンを助けに飛び出す。
するとその時、南側の峰を超えて、黒っぽい球体がたくさん飛び出した。
小角たちの脇をすり抜け、妖魔の固まっている方向っへ飛び込んで行く。
「わ、危ねえ、何だ!」
ハヌマンが叫んで、操縦桿をぐっと引いた。
妖魔たちの間に飛び込んだたまが一斉に火花を散らして放電し始めたのだ。
そのおこぼれが小角たちのマシーンの側で炸裂したので、ハヌマンは慌てたのだ。
しかし妖魔たちは見事に浮足立った。
その隙に小角たちと隊商の男を助けたマシーンは、安全圏に逃げ込んだ。
「ふー、危ねえ所助けられたな、あのままだったら俺達も…」
ハヌマンが悲鳴のようなため息を漏らして言った。
小角が横を行く白いマシーンに目をやる。
「小角っ!よかった、無事でしたね?」
白いマシーンから手を振ってこちらに笑いかけて来たのは、尾鷹星野ではないか。
まぎれもない例の恋敵、ルームメイトにして同僚パトロールである。
「星野! 何してんだよこんな所で、危ないじゃないか!」
見るはずのない所で意外な人間を見て、若干うろたえぎみな口調で小角が叫ぶ。
「インドから逃げ出した妖魔たちが山に向かったと、杣の盗伐隊から連絡があったんです。
あなたがおそわれたらいけないと思って知らせに来たんですよ」
ソマ族はシティ・カトマンズから特別待遇を受けている、妖魔退治の専門家集団。
ハヌマンは普段は山の中に一人で住んでいるが、集団行動もする。
「今回俺は街道警備に残されたんだな」
「大丈夫、妖魔研究所の職員たちに火星を頼んだので、危険はありませんよ」
星野は小角の無事な姿を見て、人懐こく話しかけた。
「いい奴じゃん」
ハヌマンが小角を非難がましい目つきで見る。
「わかってるよ!」
星野は女神のような微笑を浮かべて小角を見た。
彼が無事だったので安心したのだろう。
明るい色の長髪が風になびいて、ヒマラヤの清浄な空気に溶けて行きそうに淡やかな美しさだ。
ちなみに、彼はれっきとした男性で、それ以外になりたいと思ってもいない。
小角は星野に何度も助けられている。
またしても借りを作ってしまった…、ようだ。
「やあ、よかった小角、被害はない?」
近くの岩陰から、プロフェッサー・ダ・マーヤの少年ぽい顔が覗いた。
妖魔研究所の特装マシーンに乗っている。
彼はあの放電する球体の製作者だ。
子供っぽいと侮ってはいけない、大学教授なのである。
妖魔研究所の特別研究員でもある。
「やあ、来てくれたの? 助かったよ。
隊商が四人ほどやられて、一人しか生き残らなかった。
その一人も星野が助けたんだけどね」
小角は頭を掻きながら、ダ・マーヤに頭を下げた。
彼になら何のこだわりもなく礼が言えるのに…。
「おーい、星野さん、こいつ引き取ってくれ。
そろそろシティに帰らんと、明日のお勤めに差し障る」
ハヌマンがそう言って、小角を星野のマシーンに追いやった。
マシーンから飛び移りながら、小角は恨みがましいめでちらりとハヌマンを見る。
「へへ、俺だって助けられたら、恩返しくらいするぜ」
星野の小角に対する並々ならぬ執着を考えれば、小角を彼のそばに追いやった事で礼になるだろう。
そうハヌマンは思った。
彼の心のなかではそれでバランスが取れたらしい。
お気楽な性格である。
「んじゃ、俺罠の見回りに行くから、またな」
ハヌマンは小角たちに手を振って、さっさと消えて行く。
「馬鹿野郎、裏切りー者!」
小角の叫びは空しくヒマラヤの峰々と雲海に吸い込まれて消えて行く。
「さあ、私たちも帰りましょう、少し打ち合わせもありますしね…」
星野は楽しそうに言うと、マシーンをカトマンズへ向けた。
◇
マシーンの隅では、助けられた男が小さくなっている。
『なんだ、まだ子供みたいだな』
助けられたのは、痩せこけた十六・七ばかりの少年だった。
尖った顎やおどおどした目つきが、小型のげっ歯類を思わせる。
『商人にしちゃ愛想がない。雇われたチンピラか、もしかしたら秘密の運び屋かも知れんな』
小角はカトマンズに来てから幾度も麻薬取締に参加して下部の販売人や手配師を見ている。
あんな所を少人数で歩いていたのだから、後ろ暗いことがあるのに違いない。
大都市カトマンズに向かう商人は、大抵は安全のため、高速艇を使う。
それが調達できない貧乏な商人は、僅かな金を払ってソマに護衛を依頼する。
そうすれば安全なルートから何からすべてやってくれるので、道中の心配はない。
ソマはシティから十分な褒賞を得ているので、多額な礼金は要求しないのだ。
その制度は都市の人々の利益をも守っている。
それすら怠ると言う事は、よほど無鉄砲か、知られたくない事があるかだ。
荷物を積んでいたヤクは、皆崖から落ちるか逃げ散ってしまった。
『後で調べて見たほうがいいな』
密輸品はおおむね麻薬である。
ドームで覆われていないカトマンズは、検疫体制に隙が多く、麻薬の取り締まりも完璧でない。
パトロール局の頭痛の種である。
「取り合えずカトマンズのパトロール局に行きます。
そこで詳しい事情をお聞きして、どこか身を寄せる所があればお送りしますよ」
星野が少年に向かって、優しい笑顔を向けた。
「………」
少年は黙って星野を見つめる、うっとりと。憧れ一杯という目つきで。
『まあ、助けられたばかりだしな。いや、女性と間違えている可能性もあるかも』
何となく気分が悪い、と思いながら小角は少年と星野を見比べた。
嫌な予感がする。
少年の目には小角なんか入っていないようだった。
高い所から見下ろすと、五人ほどの男たちと毛足の長い牛のような動物たちが二十頭ばかり。
ゴマのように散らばって見える。
毛長牛はヤクという名前で、力も強いし高山も平気だ。
荷物を背負って、辛抱強く山道を歩く。
ヒマラヤ地方ではなくてはならない使役獣だ。
「馬鹿じゃねえの、あんな少人数で護衛もつけずに来たら、食って下さいって言ってるようなもんだ」
近づくと、男たちの周りにやけにきらびやかな女性たちが群がっていた。
妖魔だ。
やつらは人間の女性の体に寄生している。
二人ほどすでに谷間に転がっている。
恐らく妖魔に精気を吸われてミイラのようになっているだろう。
「十人以上居るかな」
小角は下の海棠で男たちを追い回している妖魔を数えて言った。
「いけね、もっと集まって来やがった、応援呼ばないとだめだ」
遥か遠い紫色の稜線を超えて、大きな岩の塊が飛んで来る。
その上に乗る何人もの女の影を見つけて、ハヌマンが叫んだ。
岩はあちこちの山を越えて集まって来る。
さすがの妖魔退治のプロもこの人数を一人で相手する気はないようだ。
「カトマンズに無線?」
「シティからじゃ間に合わねえ、近くに居る仲間を呼び寄せよう」
専用周波数を使って、ハヌマンがご近所さんに召集をかけるが応答がない。
「畜生、、間の悪い時ってあるんだな、皆で払ってるみたいだ」
その間にまた一人捕まったようだ。
悲惨な声を上げながらひげの大男が倒れる。
「おい、もうひとりしか残ってないぞ」
「仕方ない、あいつ拾って逃げよう」
言ってハヌマンはぐんっ、とマシンの高度を下げた。
「小角、あいつを捕まえて引っ張り上げろ」
「よしきた!」
その時、二人の上におおきな影がさして、太陽の光を遮った。
「うひゃあ、ハヌマン上だ、上にいるぞ!」
見上げる小角たちの頭上に、一抱えもある岩が浮いている。
その上から顔をのぞかせているのは、むろん妖魔だ。
ひらひらきらきらした飾り物だらけの美人たち(美人でない妖魔は見た事がない)がくすくす笑っている。
捕まったら命はない。
男と見れば精気を抜いて、ミイラのような死体を残す、凶悪な生物なのだ。
「やばい!」
ハヌマンは大岩を避けて、近くの身ねの陰に飛び込んだ。
「あいつ、やられちまう!」
「出て行ったら俺達だって御同様だ」
五人ほどの妖魔が一人の男を追いかけている。
あの状態ですぐ捕まらないのは、妖魔たちが遊んでいるとしか思えない。
「いたぶって楽しんでやがるんだ」
ハヌマンが悔しそうに言った。
その時、どこからか白いフライングマシーンが現れ、追われていた男を拾い上げるとすぐに飛びあがった。
「何者だ? 単機で無茶しやがって!」
舌打ちすると、ハヌマンはすぐさまそのマシーンを助けに飛び出す。
するとその時、南側の峰を超えて、黒っぽい球体がたくさん飛び出した。
小角たちの脇をすり抜け、妖魔の固まっている方向っへ飛び込んで行く。
「わ、危ねえ、何だ!」
ハヌマンが叫んで、操縦桿をぐっと引いた。
妖魔たちの間に飛び込んだたまが一斉に火花を散らして放電し始めたのだ。
そのおこぼれが小角たちのマシーンの側で炸裂したので、ハヌマンは慌てたのだ。
しかし妖魔たちは見事に浮足立った。
その隙に小角たちと隊商の男を助けたマシーンは、安全圏に逃げ込んだ。
「ふー、危ねえ所助けられたな、あのままだったら俺達も…」
ハヌマンが悲鳴のようなため息を漏らして言った。
小角が横を行く白いマシーンに目をやる。
「小角っ!よかった、無事でしたね?」
白いマシーンから手を振ってこちらに笑いかけて来たのは、尾鷹星野ではないか。
まぎれもない例の恋敵、ルームメイトにして同僚パトロールである。
「星野! 何してんだよこんな所で、危ないじゃないか!」
見るはずのない所で意外な人間を見て、若干うろたえぎみな口調で小角が叫ぶ。
「インドから逃げ出した妖魔たちが山に向かったと、杣の盗伐隊から連絡があったんです。
あなたがおそわれたらいけないと思って知らせに来たんですよ」
ソマ族はシティ・カトマンズから特別待遇を受けている、妖魔退治の専門家集団。
ハヌマンは普段は山の中に一人で住んでいるが、集団行動もする。
「今回俺は街道警備に残されたんだな」
「大丈夫、妖魔研究所の職員たちに火星を頼んだので、危険はありませんよ」
星野は小角の無事な姿を見て、人懐こく話しかけた。
「いい奴じゃん」
ハヌマンが小角を非難がましい目つきで見る。
「わかってるよ!」
星野は女神のような微笑を浮かべて小角を見た。
彼が無事だったので安心したのだろう。
明るい色の長髪が風になびいて、ヒマラヤの清浄な空気に溶けて行きそうに淡やかな美しさだ。
ちなみに、彼はれっきとした男性で、それ以外になりたいと思ってもいない。
小角は星野に何度も助けられている。
またしても借りを作ってしまった…、ようだ。
「やあ、よかった小角、被害はない?」
近くの岩陰から、プロフェッサー・ダ・マーヤの少年ぽい顔が覗いた。
妖魔研究所の特装マシーンに乗っている。
彼はあの放電する球体の製作者だ。
子供っぽいと侮ってはいけない、大学教授なのである。
妖魔研究所の特別研究員でもある。
「やあ、来てくれたの? 助かったよ。
隊商が四人ほどやられて、一人しか生き残らなかった。
その一人も星野が助けたんだけどね」
小角は頭を掻きながら、ダ・マーヤに頭を下げた。
彼になら何のこだわりもなく礼が言えるのに…。
「おーい、星野さん、こいつ引き取ってくれ。
そろそろシティに帰らんと、明日のお勤めに差し障る」
ハヌマンがそう言って、小角を星野のマシーンに追いやった。
マシーンから飛び移りながら、小角は恨みがましいめでちらりとハヌマンを見る。
「へへ、俺だって助けられたら、恩返しくらいするぜ」
星野の小角に対する並々ならぬ執着を考えれば、小角を彼のそばに追いやった事で礼になるだろう。
そうハヌマンは思った。
彼の心のなかではそれでバランスが取れたらしい。
お気楽な性格である。
「んじゃ、俺罠の見回りに行くから、またな」
ハヌマンは小角たちに手を振って、さっさと消えて行く。
「馬鹿野郎、裏切りー者!」
小角の叫びは空しくヒマラヤの峰々と雲海に吸い込まれて消えて行く。
「さあ、私たちも帰りましょう、少し打ち合わせもありますしね…」
星野は楽しそうに言うと、マシーンをカトマンズへ向けた。
◇
マシーンの隅では、助けられた男が小さくなっている。
『なんだ、まだ子供みたいだな』
助けられたのは、痩せこけた十六・七ばかりの少年だった。
尖った顎やおどおどした目つきが、小型のげっ歯類を思わせる。
『商人にしちゃ愛想がない。雇われたチンピラか、もしかしたら秘密の運び屋かも知れんな』
小角はカトマンズに来てから幾度も麻薬取締に参加して下部の販売人や手配師を見ている。
あんな所を少人数で歩いていたのだから、後ろ暗いことがあるのに違いない。
大都市カトマンズに向かう商人は、大抵は安全のため、高速艇を使う。
それが調達できない貧乏な商人は、僅かな金を払ってソマに護衛を依頼する。
そうすれば安全なルートから何からすべてやってくれるので、道中の心配はない。
ソマはシティから十分な褒賞を得ているので、多額な礼金は要求しないのだ。
その制度は都市の人々の利益をも守っている。
それすら怠ると言う事は、よほど無鉄砲か、知られたくない事があるかだ。
荷物を積んでいたヤクは、皆崖から落ちるか逃げ散ってしまった。
『後で調べて見たほうがいいな』
密輸品はおおむね麻薬である。
ドームで覆われていないカトマンズは、検疫体制に隙が多く、麻薬の取り締まりも完璧でない。
パトロール局の頭痛の種である。
「取り合えずカトマンズのパトロール局に行きます。
そこで詳しい事情をお聞きして、どこか身を寄せる所があればお送りしますよ」
星野が少年に向かって、優しい笑顔を向けた。
「………」
少年は黙って星野を見つめる、うっとりと。憧れ一杯という目つきで。
『まあ、助けられたばかりだしな。いや、女性と間違えている可能性もあるかも』
何となく気分が悪い、と思いながら小角は少年と星野を見比べた。
嫌な予感がする。
少年の目には小角なんか入っていないようだった。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
29
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる