ozunu1十字路の木

山田ミネコ

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第十一話 目覚め

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 ▲

 頭が霞んで手足に力が入らない。戦わなくちゃ。起きるんだ。
 こんな所で眠ったら薬漬け、変態な王様のおもちゃだぞ。
 あいつは正気じゃないからきっとやるぞ、俺も星野も売り飛ばされて…。

 びくっ、びくっ、手の先が痙攣して、自由が利かない。
 だめだよこんなんじゃあ、銃が持てない。戦うには…。
 だが動けなかった、目は開いているのに、体がいう事聞いてくれない。

 ただ仰向けに寝ているだけだ。いい月だなあ、満月だ。
 オタルにいた時は月見したっけ…、団子食って、俺みたらしが好き。
 月に兎がいるって、本当かな?

 なぜ岩が空に浮いているんだ? なんだ、妖魔か。

 誰かの叫び声が聞こえる。
 妖魔たちに追われているんだな。
 そうか、俺も死ぬのか、皆一緒かあ…。

 
 目の前に白い霧が広がる。見えないよ、、まあいいか。
 もうどうでもいい樹がした。
 疲れたよ、ちょっとだけ休ませてくれよ……。

 その時、小角の体を何か柔らかいふわりとしたものが抱き上げた。

「小角!」

 優しい懐かしい香り。
 
「ああ……」

 小角は安心して張り詰めていたものが消えて行くのを感じた。

「死ぬなんて許しません、だめよ」

 もう大丈夫、もう安心……。誰かが頭の隅で言っている。

「大好きだ…」

 誰にともなくつぶやいた。
 一体誰に? この街にすきなひとなんかいたろうか?





 ◇




 残り香が漂っていた。
 花の。

 あれは何という名前だったかな?
 懐かしい。慕わしい。優し気な。でも、憎い?

 いつだって側にいてほしかった。
 いつだって好きだった。

 嫌いになった事なんかないよ。
 ただ嫌われるのが悲しかったんだ。
 憎んだ事なんかない。
 憎まれるのがつらかった。



「あ……?」

「小角っ!」

 ジジャ。

「小角、気がついたか?」

 プルバは腕を肩からつっていた。いや、肩を固定してるのか。

「小角ーっ!」

 ジャッカルの半べそをかいた顔。

「大丈夫、大丈夫だからあんんまり一度に話しかけないで、血が足りないのよ」

 大車の冷静な看護師の声。

「今すぐ輸血しますから、もうほとんど回復してますから、心配ないですよ」

 冷静で安心できる、しっかりしていて可愛い…。
 あれで恋人がいなけりゃなあ……。

「大丈夫だ、小角は頑丈な奴だから、ちょっとやそっとじゃくたばらないよ。
 何しろ唱に愛されてんからな」

 ハヌマンは擦り傷だらけだ。

「え……?」

「何たって唱に愛されてんからよーっ」

 あれは相当妬いてるぞ、機嫌とるのが大変そうだ。
 でも、何故?

 俺は唱に愛されてなんかいないぞ。
 彼女は俺を憎んでるんだ。
 俺が生まれたばかりに、自分が不幸になったと思っているんだ。

 最初からずうっと、俺は彼女の人生の重荷でしかなかったんだよ…。
 再び意識に厚い膜がかかって行く。

 ホワイトアウト……。



 ◇

 その後、何度か小角の意識は、浜に打ち上げられる小石のように、現実の浜辺に放り出された。
 
 誰かが慌ただしく走り回っている。
 ベッドの下についた車の回転する音。

 ある時は誰かが心配そうに覗き込んでいる。
 ある時は誰かの冷たい手が小角の手首をおさえていた。
 ああ、脈をはかっている、ぼんやりそう思った。
 ある時は目盛りの着いた瓶がスタンドにぶら下がっている光景。
 おなじみの点滴というやつだ。どうして病院はこう点滴が好きなんだろう?

 そしてすぐに意識は波に巻き込まれ、暗い深い海に飲み込まれてしまうのだった。



 ◇

「ああ……」

 はっきりと目が覚めたのは、小鳥の声が聞こえたからだ。
 今何時だ? 急がないと、朝一で会議じゃなかったっけ、だから月曜は嫌いだよ。

「ん…?」

 窓からの光が眩しくて反対を向くと、やはり誰かが同じようにベッドに横たわって、こっちを見ている。
 きれいな顔だ。…誰かに似ている、懐かしい恋しい人に。
 小角は少しの間目を丸くして見とれた。
 その顔はにっこり笑う。

「気がつきましたか? 私がわかりますか?」

 静かな声で言った。

「だれだっけ、覚えてねえな」

 と言ってやろうかと思ったが、あんまり相手の眼差しが真摯だったので、出かかった皮肉が消えてしまった。
 うっかり冗談の言えない雰囲気だ。
 それでも、彼の方は遠慮なく意地悪をする。

『ハゲワシに食われればよかったんだ』

 自分が彼を助けに出かけたという事を忘れて小角は思った。

「ああ、星野。気分はどうだ?」

 けれど、口から出たのは、いたわりの言葉だった。不本意ながら。
 どうもこいつは苦手だ。
 いつだって労わってやらないとどこかに消えてしまいそうなんだ。

「私は…、え、あれから何日経ったと思っているんですか?」

「え…、さあ?」

「二週間ですよ、もうとっくに私は回復期なんです。
 無理を言って、あなたと同じ病室にしてもらったんです。
 このままあなたが目覚めなかったらどうしようと思いました、それだけが…」

 星野が静かに起き上がって、そっと手を差し伸べる。
 指先が小角の顔に触れた。

「やめろ」と言って、飛びのかなかったのはなぜだろうと小角は思った。
 星野は小角の手を握って、顔を伏せた。

「あなたが私のために死んだらと…、それだけが不安で…」

 呻くように言った。

「ああ、大丈夫だ、俺は頑丈なんだよ」

 どうもそれは力関係のようだ。小角は星野に勝てない事になったのだ。
 誰が決めたか知らないが、そういう事になってしまった。

 ずいぶんじゃないか…。



 ◇

 午後になると、一斉に皆が押しかけて来て、あらゆる情報をいっぺんに喋った。

「結局、インドラ・シェルチャンは証拠不十分で不起訴になったんだ」

「鼠は先週の便で故郷に送り返されたよ。小角によろしくって」

 小角はまだ彼に聞きたい事が残っていた。
 何故星野につきまとったんだ?
 なぜ彼の目の前で悪い事ばかりして危険な目にあわせたんだ?

 だが今、その答えは直接聞かなくても、わかる気がした。
 可哀そうな鼠。

「俺、唱の事見直しちゃった。やっぱりあいつ、すきだな…」

 うっとりした表情でハヌマンが言った。
 毎度の事だ。

「お前、頭半分ほとんど吹き飛んでたんだぜ。
 頭蓋骨上三分の一なかったんだよ。

「えええええ、よく脳みそ零れなかったな」

「零れたのを唱がひろったんじゃねえの。
 少なくとも頭蓋骨はそうだよ、唱がくっつけたんだ」

「えっ?」

「んで、唱がお前の命助けたんだ。
 生命力を吹き込んだんだ」

「え? そんな事できるのか?」

「俺も初めて知ったけど、できるんだろうな。
 お前生きてるもんな」

「………………」

「自分以外のやつがお前をいじめるのは許せないんだろうな。
 愛されてんじゃん」

 ハヌマンが恨みがましい目を小角に向けた。

「えー、それ、ちょっと違わねえか?」

「いいえ、あの人は笑を助けてくれたんですよ」

 星野が言った。天使のような笑顔で。

「ああ…」

 そう、矢を押し込んで、矢じりを押し出した。
 小角が全力で押しても引いてもびくともしなかった、あの矢だ。
 それはつまり物理的力以外の何かで、笑を呪縛していた矢じりを抜いたという事だろう。

「唱と笑さんて、仲よくないんじゃないのか?」

「それでも、人間の手に落ちて、人形のように操られるのは許せないって言ってたぜ」

「ああ、そういう奴だよ」

 そうは言ったが、小角は自然に嬉しさが沸き上がって来るのを止められない。

「一応、笑さんは」唱の統括する地域の仲間で、手下ということになるらしいな。
 人間ふうに言うと」

「へー…?」

 夕方になると、人波が遠のいて、静けさが戻る。

 小角は希望のないと思っていたこの街の生活に、明るい灯がともるのを感じた。
 それは十字路の樹につりさげられた灯篭のように、美しく温かい光だった。
 どんなに邪悪な意図で灯されたものであっても、炎のうつくしさは変わりがない。

 そのことが小角の心に希望をもたらした。


 母親も友人も片思いの恋人も、…からの授かりものだ。
 小角に与えられた彼だけのものなのだ。

 小角は枕に頭をつけると、また眠りの中に引き込まれて行った。

 目の奥に揺れる、十字路の樹の灯りを見ながら。


                         終り   
                             山田ミネコ 
                                   


▲▲▲▲▲

 最後までお読みくださり、ありがとうございました。
 この作品は1994年5月28日にかき揚げ、1994年8月の夏コミに「OZUNUBONN 1」として
同人誌で出版したものに、若干手を入れて出しました。
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感想 3

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みんなの感想(3件)

Narian
2021.11.10 Narian

先生、どうか続きをアップしてください。

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2020.04.26 ユーザー名の登録がありません

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2020.04.21 ユーザー名の登録がありません

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