1 / 18
第1話
しおりを挟む
喧騒が聞こえる。 怒鳴り声、発砲音、石造りの家が抉られ崩れる音。
閑静な住宅街であるはずの街は酷く騒がしい。 近所のやんちゃな男の子達の馬鹿騒ぎでもここまで騒ぐことはないので、異常な事態であることはすぐに分かった。
学舎でも間抜けと評判の僕としても、何か怖いことが起こっていることは一目瞭然……いや、一目もしていないけれど瞭然で、一人暮らしの自分の身を守るために戸締りの確認をして安堵の息を吐き出した。
いくらこの王都が治安がいいと言っても、女の我が身では気をつけるに越したことはない。 徐々に離れていく喧騒に安心してベッドに潜り込み目を閉じる。
すぐに眠気に襲われて眠りにつく。
日の出と共に目が覚める。 喧騒はとっくの前になくなったらしく撫でる程度の風の音が聞こえるほど静かだ。
身支度を一通り済ませ、朝食を食べた頃に五時を知らせる鐘の音が街に鳴り、うるさいというわけではないけれど、街が少しだけ活気を帯びてくる。
何処からともなく聞こえてくる人が生きる音と共に、読みかけの本を開いて窓辺の椅子に腰掛ける。 窓の隙間から入り込んでくる他の家の朝食の匂いに恨ましい気持ちを覚えながら本のページをめくっていく。
騒がしさが増してきた頃、もう一度鐘の音が鳴り響き、僕は本にしおりを挟んで鞄の中に入れた。 立ち上がって服を整えてからカーテンを閉めて、鞄を手に持つ。
「いってきます」
一人でそう頭を下げてから、ゆっくりと家から出る。 品のいい人が多いこの街は居心地は良くないけれど、住むにはこれ以上ないところだ。
何せ治安がいい。 庇護者のいないけどお金だけはある僕のような小娘だと、色々と都合がいいところだ。 危ない目には合わないし、美味しい物は食べれる、学ぶことも出来れば安心して出歩ける。
だからこそ、昨日の喧騒が不安である。 ガヤガヤと野次馬が集まっているところに目を向けると、魔導銃によって抉られたであろう石の壁と、まだ生々しい赤さの残る血痕が付着していた。
少しゆっくりと歩き、話し声に耳を傾けると、どうやら吸血鬼という魔物が出たらしい。 聞き覚えのある単語に首を傾げ、後で学校で調べてみることにした。
学校の図書館に入り、人気の少ない魔物関連の棚を見る。
「吸血鬼、吸血鬼……と、ありました」
パラパラとめくってから、確かにそれが吸血鬼について書かれている書物であることを確認してから、図書館に備え付けられている椅子に座って読む。
真新しい折れ線に似たような切っ掛けで開いた人がいたことと、その人なぞんざいな扱いに微妙な気分になりながら見ていくと、既に滅んだ魔物であると書かれていた。 だからすぐに棚に戻したのだろう。
興味を失いかけたけれど、人にそっくりな姿であるという記述に好奇心を揺さぶられて本を置かずにめくっていく。
曰く、人に似ているが鋭い牙があり、その牙により人から吸血して生きる。 人より強靭な身体、闇に隠れる特性。 しかしながら日に弱いとか香辛料が苦手とか水が苦手とか、案外弱点が多いらしい。
それに、銀の武器によって簡単に致命傷を与えられるとか……そうやって淘汰された魔物である。 そう本に書いてあった。
滅んだのは百年以上前らしく、もし数人生き残っていたとしても自分の敵ばかりの人里にいなければならないのだから絶滅は避けられないだろうと、他人事のように思う。
おそらく吸血鬼の噂はガセだろう。 生き残っていられるはずがない生き物だ。
興味を失って棚に戻そうとするが、棚の上の方に戻すのは結構大変だった。 取った時にはあったはずの台はなくなっており、指の先で本の下を引っ掛けるようにして押して、頭上でぐらりと揺れた本に嫌な予感がする。
ごつん、と硬い装丁の本が落ちて頭にぶつかり、軽く蹲りながら本に手を伸ばす。 捲られたページは丁度特徴を記した挿絵のページであり、人と変わらない姿のそれを見ながら手を伸ばし、僕の手が届くより前に他の白い手が伸びて本に触れる。
「……吸血鬼か」
男の人の声。 本を片付けようとして頭に落とすなんて間抜けな姿を見られてしまった、と気がついて羞恥心に顔が熱くなるのを感じる。
まともに顔を見ることも出来ずに立ち上がりながら、パタンと本が閉じられる音を聞く。僕の頭の上に手が伸びて、本が棚に戻される。
「ありがとうございます」
僕のお礼は聞き流されて、男の人はつまらなさそうに去っていく。
本の匂いに紛れて薄らと感じる鉄の匂い、すぐにそれは失われて、気のせいだったかと息を吐く。
本を拾ってくれた金髪の男の人の後ろ姿を見て小さく思う。 あの人間にしか見えない吸血鬼の挿絵で、よく吸血鬼だと判断出来たものだ。
吸血鬼について知っているというだけでも珍しいというのに。
ああ、本についていた真新しい折れ線は彼がつけてしまったものなのかもしれない。
そう思いながら気になる本がないかを探しながら歩いていく。
閑静な住宅街であるはずの街は酷く騒がしい。 近所のやんちゃな男の子達の馬鹿騒ぎでもここまで騒ぐことはないので、異常な事態であることはすぐに分かった。
学舎でも間抜けと評判の僕としても、何か怖いことが起こっていることは一目瞭然……いや、一目もしていないけれど瞭然で、一人暮らしの自分の身を守るために戸締りの確認をして安堵の息を吐き出した。
いくらこの王都が治安がいいと言っても、女の我が身では気をつけるに越したことはない。 徐々に離れていく喧騒に安心してベッドに潜り込み目を閉じる。
すぐに眠気に襲われて眠りにつく。
日の出と共に目が覚める。 喧騒はとっくの前になくなったらしく撫でる程度の風の音が聞こえるほど静かだ。
身支度を一通り済ませ、朝食を食べた頃に五時を知らせる鐘の音が街に鳴り、うるさいというわけではないけれど、街が少しだけ活気を帯びてくる。
何処からともなく聞こえてくる人が生きる音と共に、読みかけの本を開いて窓辺の椅子に腰掛ける。 窓の隙間から入り込んでくる他の家の朝食の匂いに恨ましい気持ちを覚えながら本のページをめくっていく。
騒がしさが増してきた頃、もう一度鐘の音が鳴り響き、僕は本にしおりを挟んで鞄の中に入れた。 立ち上がって服を整えてからカーテンを閉めて、鞄を手に持つ。
「いってきます」
一人でそう頭を下げてから、ゆっくりと家から出る。 品のいい人が多いこの街は居心地は良くないけれど、住むにはこれ以上ないところだ。
何せ治安がいい。 庇護者のいないけどお金だけはある僕のような小娘だと、色々と都合がいいところだ。 危ない目には合わないし、美味しい物は食べれる、学ぶことも出来れば安心して出歩ける。
だからこそ、昨日の喧騒が不安である。 ガヤガヤと野次馬が集まっているところに目を向けると、魔導銃によって抉られたであろう石の壁と、まだ生々しい赤さの残る血痕が付着していた。
少しゆっくりと歩き、話し声に耳を傾けると、どうやら吸血鬼という魔物が出たらしい。 聞き覚えのある単語に首を傾げ、後で学校で調べてみることにした。
学校の図書館に入り、人気の少ない魔物関連の棚を見る。
「吸血鬼、吸血鬼……と、ありました」
パラパラとめくってから、確かにそれが吸血鬼について書かれている書物であることを確認してから、図書館に備え付けられている椅子に座って読む。
真新しい折れ線に似たような切っ掛けで開いた人がいたことと、その人なぞんざいな扱いに微妙な気分になりながら見ていくと、既に滅んだ魔物であると書かれていた。 だからすぐに棚に戻したのだろう。
興味を失いかけたけれど、人にそっくりな姿であるという記述に好奇心を揺さぶられて本を置かずにめくっていく。
曰く、人に似ているが鋭い牙があり、その牙により人から吸血して生きる。 人より強靭な身体、闇に隠れる特性。 しかしながら日に弱いとか香辛料が苦手とか水が苦手とか、案外弱点が多いらしい。
それに、銀の武器によって簡単に致命傷を与えられるとか……そうやって淘汰された魔物である。 そう本に書いてあった。
滅んだのは百年以上前らしく、もし数人生き残っていたとしても自分の敵ばかりの人里にいなければならないのだから絶滅は避けられないだろうと、他人事のように思う。
おそらく吸血鬼の噂はガセだろう。 生き残っていられるはずがない生き物だ。
興味を失って棚に戻そうとするが、棚の上の方に戻すのは結構大変だった。 取った時にはあったはずの台はなくなっており、指の先で本の下を引っ掛けるようにして押して、頭上でぐらりと揺れた本に嫌な予感がする。
ごつん、と硬い装丁の本が落ちて頭にぶつかり、軽く蹲りながら本に手を伸ばす。 捲られたページは丁度特徴を記した挿絵のページであり、人と変わらない姿のそれを見ながら手を伸ばし、僕の手が届くより前に他の白い手が伸びて本に触れる。
「……吸血鬼か」
男の人の声。 本を片付けようとして頭に落とすなんて間抜けな姿を見られてしまった、と気がついて羞恥心に顔が熱くなるのを感じる。
まともに顔を見ることも出来ずに立ち上がりながら、パタンと本が閉じられる音を聞く。僕の頭の上に手が伸びて、本が棚に戻される。
「ありがとうございます」
僕のお礼は聞き流されて、男の人はつまらなさそうに去っていく。
本の匂いに紛れて薄らと感じる鉄の匂い、すぐにそれは失われて、気のせいだったかと息を吐く。
本を拾ってくれた金髪の男の人の後ろ姿を見て小さく思う。 あの人間にしか見えない吸血鬼の挿絵で、よく吸血鬼だと判断出来たものだ。
吸血鬼について知っているというだけでも珍しいというのに。
ああ、本についていた真新しい折れ線は彼がつけてしまったものなのかもしれない。
そう思いながら気になる本がないかを探しながら歩いていく。
0
あなたにおすすめの小説
【完結/番外追加】サリシャの光 〜憧れの先へ〜
ねるねわかば
恋愛
彼女は進む。過去に囚われた者たちを残して──
大商会の娘サーシャ。
子どもの頃から家業に関わる彼女は、従妹のメリンダと共に商会の看板娘として注目を集めていた。
華々しい活躍の裏で、着実に努力を重ねて夢へと向かうサーシャ。しかし時には心ないことを言う者もいた。
そんな彼女が初めて抱いた淡い恋。
けれどその想いは、メリンダの涙と少年の軽率な一言であっさり踏みにじられてしまう。
サーシャはメリンダたちとは距離をおき、商会の仕事からも離れる。
新たな場所で任される仕事、そして新たな出会い。どこにあっても、彼女が夢を諦めることはない。
一方、光に囚われた者たちは後悔と執着を募らせていき──
夢を諦めない少女が、もがきながら光を紡いでいく軌跡。
※前作「ルースの祈り」と同じ世界観で登場人物も一部かぶりますが、単体でお読みいただけます。
※作中の仕事や制作物、小物の知識などは全てフィクションです。史実や事実に基づいていないことをご理解ください。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
目覚めたら公爵夫人でしたが夫に冷遇されているようです
MIRICO
恋愛
フィオナは没落寸前のブルイエ家の長女。体調が悪く早めに眠ったら、目が覚めた時、夫のいる公爵夫人セレスティーヌになっていた。
しかし、夫のクラウディオは、妻に冷たく視線を合わせようともしない。
フィオナはセレスティーヌの体を乗っ取ったことをクラウディオに気付かれまいと会う回数を減らし、セレスティーヌの体に入ってしまった原因を探そうとするが、原因が分からぬままセレスティーヌの姉の子がやってきて世話をすることに。
クラウディオはいつもと違う様子のセレスティーヌが気になり始めて……。
ざまあ系ではありません。恋愛中心でもないです。事件中心軽く恋愛くらいです。
番外編は暗い話がありますので、苦手な方はお気を付けください。
ご感想ありがとうございます!!
誤字脱字等もお知らせくださりありがとうございます。順次修正させていただきます。
小説家になろう様に掲載済みです。
短編【シークレットベビー】契約結婚の初夜の後でいきなり離縁されたのでお腹の子はひとりで立派に育てます 〜銀の仮面の侯爵と秘密の愛し子〜
美咲アリス
恋愛
レティシアは義母と妹からのいじめから逃げるために契約結婚をする。結婚相手は醜い傷跡を銀の仮面で隠した侯爵のクラウスだ。「どんなに恐ろしいお方かしら⋯⋯」震えながら初夜をむかえるがクラウスは想像以上に甘い初体験を与えてくれた。「私たち、うまくやっていけるかもしれないわ」小さな希望を持つレティシア。だけどなぜかいきなり離縁をされてしまって⋯⋯?
【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。
猫屋敷むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で――
私の願いは一瞬にして踏みにじられました。
母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、
婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。
「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」
まさか――あの優しい彼が?
そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。
子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。
でも、私には、味方など誰もいませんでした。
ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。
白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。
「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」
やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。
それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、
冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。
没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。
これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。
※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ
※わんこが繋ぐ恋物語です
※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ
とっていただく責任などありません
まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、
団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。
この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!?
ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。
責任を取らなければとセルフイスから、
追いかけられる羽目に。
離した手の温もり
橘 凛子
恋愛
3年前、未来を誓った君を置いて、私は夢を追いかけた。キャリアを優先した私に、君と会う資格なんてないのかもしれない。それでも、あの日の選択をずっと後悔している。そして今、私はあの場所へ帰ってきた。もう一度、君に会いたい。ただ、ごめんなさいと伝えたい。それだけでいい。それ以上の願いは、もう抱けないから。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる