吸血鬼と銀の婚約指輪

ウサギ様

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最終話

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「悪い。 ……用意、出来なかったから、お前のもので」
「……悪くないです。 嬉しいです」

 僕の左手を優しくアレンさんは触り、右手で指輪を薬指にはめる。
 そのまま、アレンさんは僕を見る。 意図を察して僕は首を横に振り続ける。

「ダメです! だって、銀です……はめたら、もう、アレンさんは……」
「どちらにしても……もう、助からない。 頼む……」

 僕にとどめを刺せというのか、あまりにも……酷すぎる、けれどここで断れば、アレンさんがあまりにも可哀想だ。 握り込むように銀の指輪を持って、アレンさんの左手を触る。 ボロボロで、もうほとんど動かすことも出来ないようだ。

 涙がひたすらでて、泣き続ける。 前が見えない中で、手探りで薬指に指輪をはめていく。

「……ミア、愛してる」
「僕もです。 アレンさん……」

 弱々しく抱き締められる。
 冷たいのは吸血鬼だからか、死にかけているからか。

「永遠の命などより、この一瞬の方が……何億倍も……」

 僕の唇に、アレンさんの唇が触れる。 最後、もう生きているのかも分からないアレンさんとキスをして……。 泣き崩れながらアレンさんの身体を抱き締める。

「あああ!! ああぁぁぁぁぁぁああああ!!!!」

 涙が出てき続けて、ひたすらアレンさんの身体に抱きつき続ける。 もうこのまま死んでもいい。 それほどの絶望の淵で、おかしなことに気がつく。

 抱き締め、続ける?

 吸血鬼は死ねば灰になる。 なら、僕が抱き締めていられるというのは……顔をあげると、理解出来ないといった表情をしているアレンさんが、僕の頰を指輪をはめた手で触り、目を何度も瞬きさせる。

「生きて……いる?」
「生きてる……アレンさんが、生きて!」

 理屈なんてどうでもいい。 アレンさんが生きていた。 それだけであまりにも嬉しくて、涙をボロボロと零しながら、彼の暖かい身体に身体を埋めるように抱きついて、彼の手をまわされて抱き締められる。

「アレンさん! アレンさん! アレンさんアレンさんアレンさん!!」

 めちゃくちゃに名前を呼びながら、抱きついているうちに、抱き締められている間に、ぼんやりと言葉を思い出す。

『魔物とは分不相応に強欲なるものだ。自身の意思で動くことを望んだ水は、動かせる身体を得て、生命を癒す力を失い水魔スライムとなった。』

 スライムが水から産まれた理由。


「何の本を読んでるんですか?」
「スライムから飲み水を作る方法について」
「……作る意味あります?」
「しばらく瓶に詰めていたら水に戻るらしい」
「そうですか」

 スライムを水に戻す方法。


『永遠を望んだ人は……永く昏き生を得て、人を想う心を失い、血を啜る鬼ヴァンパイアとなった。』

 人から吸血鬼が産まれた理由。


「永遠の命などより、この一瞬の方が……何億倍も……」

 アレンさんが言った言葉。

 あり得ない。 そう思いながら、彼の手を見る。 銀に侵されていた手に傷はなく、顔を見ても、太陽に焼かれていた焦げたあとはなく、今も日に当たっているのに傷つく様子もない。

「人に……なってる」

 偶然なんて、奇跡なんてちんけな言葉では表せられない。
 いや、言葉なんてどうでもよかった。 アレンさんが生きていることより大切なことなど、あるはずがない。

「好きです、アレンさん」
「……愛している。 ミア」

 強く、強く、抱き締められて、精一杯にアレンさんを抱き締めた。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 ぱらり、ぺらり、本の捲れる音がする。
 その音の数が少し多いのは、読むのが早いからではなく、となりにいる人も本を読んでいるからだ。

 彼が本を捲る早さは、幾分か以前よりも早くなっている。 あれから魔物についての本を読むことはめっきりとなくなり、僕と同じように取り留めもなく気になった本を読むのが気に入ったらしい。

 会話もなく数時間過ごし、日が暮れるよりも前に、二人で外に出る。 不慣れな太陽の明かりは吸血鬼の頃の名残か、少し嫌そうにしている。

 仕方ないので、今日は日陰を歩けるように、過ごし遠回りして家に帰ってやろう。 そう思って遠回りの道を選ぶと、人気が少ない。

 僕の手が彼の大きな手に掴まれて、指を絡ませるように握られる。

「……ミア、愛してる」

 僕もです。 そう返す代わりに、少しだけ強く繋いだ手を握り返した。
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