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九話 甘い溺愛生活
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紆余曲折を経て、わたしとディオンは晴れて恋人同士となった。
想いを隠さなくてもよくなったということで、ディオンのわたしへの態度はより一層甘みを増した。「好きだ」「可愛いな」「綺麗だ」といった言葉を惜しみなくかけてくれる。夕食を終えてあとは休むだけになると、わたしと並んでソファに座り、わたしの手を握ってじっと見つめてきたり、わたしを膝の上に乗せてぎゅっと抱きしめてくる。どうやら、彼はなかなか情熱的な人らしかった。
……正直なところ、最初のうちはかなり恥ずかしかった。少し触れられただけでどうしようもなくドキドキしてしまう。世の中の夫婦や恋人が皆こんなことをしているのか、今まで男性とお付き合いなどしたことのないわたしには知る由もない。
でも何度もそういったことを繰り返している内に、段々と恥ずかしさより安心感の方が勝るようになってきた。大切にされているのだと感じてとても嬉しい。彼の温もりが心地よくて、つい膝に乗せられたままうとうとしてしまうまでになった。
そういえば小さい頃のわたしは甘えん坊で、怖い夢を見ると泣きながら親のベッドに潜り込んで、抱きしめてもらいながら寝ていたっけ。もう長い間誰かに甘えることを忘れてしまっていたけれど、ディオンには本当のわたしをさらけ出せる。彼はすべて受け止めてくれる。
それが嬉しくてわたしの方からディオンに抱き着いてみると、彼は相当嬉しかったのか、そのまま天高く飛んでいってしまうのではないかと思うほどにはしゃいで、わたしが呼吸困難の一歩手前になるまで強く抱きしめ返してくれた。今となっては、彼と過ごす甘い時間がわたしの楽しみとなっている。
とはいえ、日中のわたしとディオンはあくまでも魔術師と従士だ。彼はしっかりとそこは線引きして考えてくれているのでわたしの邪魔はしないし、わたしもディオンの務めの妨げになるようなことは一切しない。
むしろ、ディオンはより一層頑張ってくれるようになった。「千倍働く」は冗談だと思っていたけれど、本気なのかもしれない。大魔術師であるわたしより、彼の方が仕事量が多いのではないだろうか。それはわたしが仕事を増やしてしまうせいもあるけれど……。
「ディオン、本当に無理してない? あなたが倒れでもしないか心配になるわ」
「はは、心配はいらない。元から体が丈夫なことだけが取り柄だ」
ディオンはとても謙虚にしているけれど、彼のいいところは決してそれだけではない。頭が良くてしっかり者で優しくて……更に滅茶苦茶格好いい。輝いて見えるくらいに。よくもまあ、こんな素敵な人と今まで普通に生活ができていたものだ。
恋人だから余計にそう思うだけかもしれないが、彼は完璧な王子様みたいな人だ。
「こんなに頑張ってくれてるのに、わたし、あなたに何もしてあげられなくて……何だか申し訳ないわ」
「そんな風に考える必要はない。あなたは大魔術師として国を支えている人だ。あなたの苦労に比べれば俺のしていることなんて全然大したことではない」
でも……と食い下がるわたしの頭を、ディオンは優しく撫でた。
「どうしても納得できないというなら……」
彼の手がわたしの顎まで下りる。軽く上を向かされたかと思うと、ちゅ、と音を立てて唇を吸われた。
「これで十分だ」
ディオンが満足気な笑みを浮かべる。わたしはというと、顔の熱を冷ますのに相当な時間がかかってしまった。
***
魔術師協会での仕事を終え、門を出たわたしとディオンの前に小さな馬車が止まった。御者をしていたエラルドがいそいそと降り、馬車の扉を開ける。
「よぅお二人さん。仲睦まじそうで何より」
馬車から降りたランドルフはわたしたちの姿を見つけるなり近寄ってきた。
彼がいなければ、今のわたしたちはきっとなかっただろう。後から聞かされた話なのだが、ランドルフは初めてディオンに会った時から、わたしたちのことを恋仲だと思っていたらしい。
わたしがディオンの告白を振り切って逃げたあの日、元いた伯爵家に帰ろうと道を歩いていたディオンをランドルフが偶然見つけた。わたしと喧嘩をしたのだと読んで話を色々聞き出すべく、半ば無理やりディオンを自分の屋敷へ連れていったのだそうだ。それで事のいきさつを知り、わたしとディオンが恋仲ではなかったことに驚きつつも、わたしを呼び出して話し合いの場をもうけてくれた。
「ランドルフ、この間は本当にありがとう」
「まったくだぜ。死ぬまで俺を称えろよ。ま、俺としても女神サマの間抜け面が見れたんで満足だがな」
あの日のわたしは外面のことなんて一切頭になくて、慌てたり半泣きになったりとんだ醜態を晒していた。ランドルフにも本当のわたしがどんな人間かを知られてしまったわけだが、こればかりはどうしようもない。
「今思い出しても笑えてくるぜ。あの氷晶の女神サマの慌てふためいた顔。いっつも澄ました面してんのに、男から告白されて逃げるとはなぁ」
「ちょっと……」
「セシーリャをあまりからかうな」
わたしが抗議するより先に、眉間にしわを寄せ普段より低めの声でディオンが注意する。ランドルフは悪戯を咎められた子供のようにうへぇ、と呟いて舌を出した。
「お前、女神サマのことになると本当に大人気ねえな。そんなにカリカリしてるといつか愛想尽かされちまうぜ?」
ランドルフが拳でディオンの胸を小突く。ディオンは顔色ひとつ変えなかったが、わたしには結構強めに叩いているように見えた。
「ま、女神サマも行き遅れは避けられそうだし、良かったんじゃねえの」
「ランドルフ様……」
彼の従士、エラルドが申し訳なさそうに呼びかける。あまり長い立ち話をしている場合ではないようだ。
「あー分かった分かった。んじゃ、元気でなお二人さん」
ディオンの肩を軽くぽんと叩き、ランドルフが魔術師協会の建物へ入っていく。その後にエラルドが続いた。
彼らの姿が見えなくなってからも、わたしたちはしばらくその場に立っていた。ランドルフは相手が誰であろうとも、自分のペースに巻き込む人だ。彼がいなくなった後は、取り残されたみたいにしばらく立ち尽くす羽目になってしまう。
「彼、決して悪い人じゃないけれど……ちょっと困った人よね」
「だが、周りのことをよく見ている。俺が偉そうに言えることではないが、大魔術師になったのも頷けるし、侯爵家の次期当主としての器も備えていると思う」
わたしはきょとんとしてディオンの顔を見た。
「ディオン、ランドルフのこと嫌いじゃないの?」
「ん? 別に嫌いというわけではないが……」
「そうなの? あなた、この前初めてランドルフに会った時、すごく怖い顔で彼のこと睨んでたから嫌いなんだとばかり……」
「え? あ、ああ……それはだな……」
ディオンは口ごもり、ばつが悪そうに頭をかいた。
「……実は、ランドルフのことを勝手に恋敵だと思い込んでいた」
「えっ!? ど、どうして?」
わたしとランドルフが恋……? いやいや、天地がひっくり返ったとしてもあり得ない。
「どうしてって……名門バルザード家の出身であなたとは年も近いし、同じ大魔術師という立場ならお互いに色々と分かり合えるだろう。それに、彼は随分と女性の扱いにも慣れているようだったから」
……言われてみれば一理あるけれど、わたしはランドルフのことを異性として意識したことなんてない。彼に熱を上げている令嬢たちから目をつけられそうで怖かったので、むしろ必要以上に関わりたくなかったくらいだ。もちろんランドルフはとても優れた魔術師だし、わたしが学ぶべきことも多いけれど。
ディオンがため息をつき、目を伏せた。
「俺はつくづく心の狭い男だな。いや、もともと心が広いわけでもないが……。ランドルフの言う通りだ。俺はあなたのことになるとどうにも余裕がなくなってしまう」
「……ふふっ」
しょんぼりとするディオンを見て、悪いとは思いながら笑いがこみ上げてきてしまった。
「セシーリャ?」
「ごめんなさい。なんだか、ディオンのことが可愛く見えちゃって」
「俺が? 変わった人だな。こんないい年をした男のことを可愛いだなんて……」
ディオンが困った顔で言う。おかしいのかもしれないが、本当に可愛いと思ったのだ。ひとりの人のことを格好いいと思ったり、可愛いと思ったり、どんな一面も好きだと感じる。恋の魔法というものだろうか。
紛れもなく、わたしが好きなのはディオンだ。真っすぐな想いをためらわず伝えてくれる人だから。
「わたしは、誰よりもあなたのことを素敵だと思ってるわ。ディオンのことが一番好き」
「っ!」
ディオンの顔が、一気に赤く染まった。耳まで色づいている。
「いきなりそんな……ずるいぞセシーリャ」
いつも似たようなことをわたしに言ってくるのに……と思ったところではたと気づいた。ディオンは毎日のようにわたしを褒めてくれるけど、わたしはその半分ほども彼のことを褒めていない。これは反省するべき点だ。
わたしの言葉に照れるディオンの表情を見ていると、更に愛おしさが溢れる。
――ああ、幸せ
想いを隠さなくてもよくなったということで、ディオンのわたしへの態度はより一層甘みを増した。「好きだ」「可愛いな」「綺麗だ」といった言葉を惜しみなくかけてくれる。夕食を終えてあとは休むだけになると、わたしと並んでソファに座り、わたしの手を握ってじっと見つめてきたり、わたしを膝の上に乗せてぎゅっと抱きしめてくる。どうやら、彼はなかなか情熱的な人らしかった。
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でも何度もそういったことを繰り返している内に、段々と恥ずかしさより安心感の方が勝るようになってきた。大切にされているのだと感じてとても嬉しい。彼の温もりが心地よくて、つい膝に乗せられたままうとうとしてしまうまでになった。
そういえば小さい頃のわたしは甘えん坊で、怖い夢を見ると泣きながら親のベッドに潜り込んで、抱きしめてもらいながら寝ていたっけ。もう長い間誰かに甘えることを忘れてしまっていたけれど、ディオンには本当のわたしをさらけ出せる。彼はすべて受け止めてくれる。
それが嬉しくてわたしの方からディオンに抱き着いてみると、彼は相当嬉しかったのか、そのまま天高く飛んでいってしまうのではないかと思うほどにはしゃいで、わたしが呼吸困難の一歩手前になるまで強く抱きしめ返してくれた。今となっては、彼と過ごす甘い時間がわたしの楽しみとなっている。
とはいえ、日中のわたしとディオンはあくまでも魔術師と従士だ。彼はしっかりとそこは線引きして考えてくれているのでわたしの邪魔はしないし、わたしもディオンの務めの妨げになるようなことは一切しない。
むしろ、ディオンはより一層頑張ってくれるようになった。「千倍働く」は冗談だと思っていたけれど、本気なのかもしれない。大魔術師であるわたしより、彼の方が仕事量が多いのではないだろうか。それはわたしが仕事を増やしてしまうせいもあるけれど……。
「ディオン、本当に無理してない? あなたが倒れでもしないか心配になるわ」
「はは、心配はいらない。元から体が丈夫なことだけが取り柄だ」
ディオンはとても謙虚にしているけれど、彼のいいところは決してそれだけではない。頭が良くてしっかり者で優しくて……更に滅茶苦茶格好いい。輝いて見えるくらいに。よくもまあ、こんな素敵な人と今まで普通に生活ができていたものだ。
恋人だから余計にそう思うだけかもしれないが、彼は完璧な王子様みたいな人だ。
「こんなに頑張ってくれてるのに、わたし、あなたに何もしてあげられなくて……何だか申し訳ないわ」
「そんな風に考える必要はない。あなたは大魔術師として国を支えている人だ。あなたの苦労に比べれば俺のしていることなんて全然大したことではない」
でも……と食い下がるわたしの頭を、ディオンは優しく撫でた。
「どうしても納得できないというなら……」
彼の手がわたしの顎まで下りる。軽く上を向かされたかと思うと、ちゅ、と音を立てて唇を吸われた。
「これで十分だ」
ディオンが満足気な笑みを浮かべる。わたしはというと、顔の熱を冷ますのに相当な時間がかかってしまった。
***
魔術師協会での仕事を終え、門を出たわたしとディオンの前に小さな馬車が止まった。御者をしていたエラルドがいそいそと降り、馬車の扉を開ける。
「よぅお二人さん。仲睦まじそうで何より」
馬車から降りたランドルフはわたしたちの姿を見つけるなり近寄ってきた。
彼がいなければ、今のわたしたちはきっとなかっただろう。後から聞かされた話なのだが、ランドルフは初めてディオンに会った時から、わたしたちのことを恋仲だと思っていたらしい。
わたしがディオンの告白を振り切って逃げたあの日、元いた伯爵家に帰ろうと道を歩いていたディオンをランドルフが偶然見つけた。わたしと喧嘩をしたのだと読んで話を色々聞き出すべく、半ば無理やりディオンを自分の屋敷へ連れていったのだそうだ。それで事のいきさつを知り、わたしとディオンが恋仲ではなかったことに驚きつつも、わたしを呼び出して話し合いの場をもうけてくれた。
「ランドルフ、この間は本当にありがとう」
「まったくだぜ。死ぬまで俺を称えろよ。ま、俺としても女神サマの間抜け面が見れたんで満足だがな」
あの日のわたしは外面のことなんて一切頭になくて、慌てたり半泣きになったりとんだ醜態を晒していた。ランドルフにも本当のわたしがどんな人間かを知られてしまったわけだが、こればかりはどうしようもない。
「今思い出しても笑えてくるぜ。あの氷晶の女神サマの慌てふためいた顔。いっつも澄ました面してんのに、男から告白されて逃げるとはなぁ」
「ちょっと……」
「セシーリャをあまりからかうな」
わたしが抗議するより先に、眉間にしわを寄せ普段より低めの声でディオンが注意する。ランドルフは悪戯を咎められた子供のようにうへぇ、と呟いて舌を出した。
「お前、女神サマのことになると本当に大人気ねえな。そんなにカリカリしてるといつか愛想尽かされちまうぜ?」
ランドルフが拳でディオンの胸を小突く。ディオンは顔色ひとつ変えなかったが、わたしには結構強めに叩いているように見えた。
「ま、女神サマも行き遅れは避けられそうだし、良かったんじゃねえの」
「ランドルフ様……」
彼の従士、エラルドが申し訳なさそうに呼びかける。あまり長い立ち話をしている場合ではないようだ。
「あー分かった分かった。んじゃ、元気でなお二人さん」
ディオンの肩を軽くぽんと叩き、ランドルフが魔術師協会の建物へ入っていく。その後にエラルドが続いた。
彼らの姿が見えなくなってからも、わたしたちはしばらくその場に立っていた。ランドルフは相手が誰であろうとも、自分のペースに巻き込む人だ。彼がいなくなった後は、取り残されたみたいにしばらく立ち尽くす羽目になってしまう。
「彼、決して悪い人じゃないけれど……ちょっと困った人よね」
「だが、周りのことをよく見ている。俺が偉そうに言えることではないが、大魔術師になったのも頷けるし、侯爵家の次期当主としての器も備えていると思う」
わたしはきょとんとしてディオンの顔を見た。
「ディオン、ランドルフのこと嫌いじゃないの?」
「ん? 別に嫌いというわけではないが……」
「そうなの? あなた、この前初めてランドルフに会った時、すごく怖い顔で彼のこと睨んでたから嫌いなんだとばかり……」
「え? あ、ああ……それはだな……」
ディオンは口ごもり、ばつが悪そうに頭をかいた。
「……実は、ランドルフのことを勝手に恋敵だと思い込んでいた」
「えっ!? ど、どうして?」
わたしとランドルフが恋……? いやいや、天地がひっくり返ったとしてもあり得ない。
「どうしてって……名門バルザード家の出身であなたとは年も近いし、同じ大魔術師という立場ならお互いに色々と分かり合えるだろう。それに、彼は随分と女性の扱いにも慣れているようだったから」
……言われてみれば一理あるけれど、わたしはランドルフのことを異性として意識したことなんてない。彼に熱を上げている令嬢たちから目をつけられそうで怖かったので、むしろ必要以上に関わりたくなかったくらいだ。もちろんランドルフはとても優れた魔術師だし、わたしが学ぶべきことも多いけれど。
ディオンがため息をつき、目を伏せた。
「俺はつくづく心の狭い男だな。いや、もともと心が広いわけでもないが……。ランドルフの言う通りだ。俺はあなたのことになるとどうにも余裕がなくなってしまう」
「……ふふっ」
しょんぼりとするディオンを見て、悪いとは思いながら笑いがこみ上げてきてしまった。
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「ごめんなさい。なんだか、ディオンのことが可愛く見えちゃって」
「俺が? 変わった人だな。こんないい年をした男のことを可愛いだなんて……」
ディオンが困った顔で言う。おかしいのかもしれないが、本当に可愛いと思ったのだ。ひとりの人のことを格好いいと思ったり、可愛いと思ったり、どんな一面も好きだと感じる。恋の魔法というものだろうか。
紛れもなく、わたしが好きなのはディオンだ。真っすぐな想いをためらわず伝えてくれる人だから。
「わたしは、誰よりもあなたのことを素敵だと思ってるわ。ディオンのことが一番好き」
「っ!」
ディオンの顔が、一気に赤く染まった。耳まで色づいている。
「いきなりそんな……ずるいぞセシーリャ」
いつも似たようなことをわたしに言ってくるのに……と思ったところではたと気づいた。ディオンは毎日のようにわたしを褒めてくれるけど、わたしはその半分ほども彼のことを褒めていない。これは反省するべき点だ。
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