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十四話 凍てついた町へ
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目的地ロレーヤに近づくにつれ、馬車の中にまで冷気が入り込んできた。今はまだそこまで冷え込む季節ではない。しかし、窓から見える景色は冬そのものだ。葉が落ち、裸になった木がいくつも見える。
急に王都を出発することを伝えても、ディオンは慌てたりせずてきぱきと準備を整えて、わたしと一緒に馬車に乗り込んだ。ロレーヤの状況と危険な仕事になることを伝えても、「そうか」と答えるだけだった。
表向きは、彼はまだわたしの従士だ。この状況で魔術師長もさすがに、ディオンを連れて行くなとは言わなかった。
本当なら危ないことは何ひとつして欲しくない、と必死に言うディオンの姿はまだ記憶に新しい。だが、彼はただひたすらに従士の役目を全うしようとしてくれている。二人きりの馬車の中、ほとんど言葉を交わすことなく、わたしたちはただ手を重ね合わせていた。
ロレーヤは山のふもとにある小さな町だ。一日にして家も畑も凍り付き、住民は家の中で怯えるしかない。わたしたちはとにかく急ぎで到着することを最優先にしたため、持ってきた支援物資は最低限の量だ。王都から騎士団が追加のものを運ぶ用意が急がれているが、早めにこの状況を打破しなければ町の人々の今後の生活が危うくなる。
前を行く馬車には、ランドルフが乗っている。わたしと共にロレーヤに行って状況の調査を行うことになっているのだ。わたしたちの後ろには、手伝いをする魔術師たちを乗せた馬車が続く。その他近くの村や町、それら一帯を治める領主のもとへ、有事に備えて他の大魔術師たちが向かっている。
景色が変わり、窓からは立ち並ぶ背の低い家々が見えだした。屋根にも外壁にも、霜がまとわりついている。空は白くにごり、道にも薄い氷が張っていた。
「なんて有様だ……」
その光景を見たディオンが呆然とつぶやく。
「こんなことが起こりえるのか……」
「……強い魔物なら、訳もないことよ」
――わたしはそんな魔物と、独りで戦わなければならない。
やがて馬車が街中で止まった。降りると一層、強い冷気が染みる。それと同時に、ひりつくような魔力を肌に感じた。
「分かるか、女神サマ」
同じく馬車を降りたランドルフが、わたしとディオンの方へ歩いてきた。
「ええ。魔力に満ちているわ」
「ひでぇもんだ。ここら一帯は全部、奴の縄張りに変えられちまってる。下手にここで魔法を使うと奴がすっ飛んでくるだろうな」
もしも気を逆立てた<霜の魔女>が再び町に現れたら、きっと周囲を凍らせるだけでは済まない。すべての元凶である<霜の魔女>を倒すまで、町の氷を溶かして人々を助けることは無理だろう。
「王都から来た魔術師の方々ですか?」
若い男性が、わたしたちのもとへ走ってきた。厚手のコート、毛皮の帽子、手袋を身につけているが、それでも寒そうだ。
「僕は町長の息子です。父のもとへご案内しますのでこちらへどうぞ」
彼に連れられ、ディオンやランドルフ、魔術師たちと共に町で一番大きな建物に足を踏み入れた。子供や老人、身重の女性、病人や怪我人が優先してここに集められているようだ。皆、床に座り込み、体に毛布を巻き付けて疲れ切った顔をしている。大きな暖炉に火が焚かれている。これが唯一の命綱だ。
「今は何とか持ちこたえておりますが、薪が尽きるのが時間の問題です。採りに行こうにも、山の方には魔物がうろついておりまして……」
出迎えてくれた町長が苦々し気に行った。目の下には隈ができており、この数日間の苦労を物語っている。
「<霜の魔女>の魔力に、雑魚が吸い寄せられちまってるみたいだな」
悠長にしていたら、町中にまで魔物たちがやって来てしまう。わたしは町長に問うた。
「町を凍らせた魔物を最後に見たのはいつでしょうか」
「ここに現れた後、山の方に飛んでいきました。おそらくは今もそこに潜んでいるかと……」
「分かりました」
わたしの持ち物は魔法杖と、氷の魔法に対抗できる特殊な薬だ。万が一魔物の力を受けて体が凍り付いても、これを口にすれば体の中で魔力が動いて助けてくれる。飲む暇があるか分からないが、ないよりましだ。
「ランドルフ、他の魔術師たちとここをお願い」
<霜の魔女>は並の魔術師では太刀打ちできない相手だ。わたしについて来てもらっても無駄死にしてしまうだけになる。町中に魔物が入って来る場合に備えてもらう方がいい。
「任せな。しくじるんじゃねえぞ」
わたしは頷き、ディオンの方を向いた。彼を連れて行くこともできない。
「ディオン、ここに残ってランドルフの指示で動いて」
「……分かった」
「それから、もしわたしが」
戻らなかったら、と言う前に、ディオンがわたしの両手をしっかり握った。
「セシーリャ、俺はあなたを信じている。必ず魔物を倒して戻ってくると」
「ディオン……」
本当は今すぐ彼に抱き着いて勇気をもらいたい。けれど今のわたしたちはあくまでも大魔術師と従士だ。他の魔術師たちもいる手前そのようなことはできない。
両手にくれた温もりと、信じているという言葉、それが今の彼にできる精いっぱいだ。それだけでもわたしは頑張れる。頑張らないといけない。
「……必ず戻るわ」
名残惜しさをこらえ、彼の手を放した。もう一度、町長に向き直る。
「今から魔物討伐のため、山へ向かいます。皆さんはここに留まってください。魔術師たちがお守りします」
「山の方までご案内します」
「ありがとう。お願いします」
町長の息子の申し出にわたしは頷き、ディオンたちに背を向けた。これが最後になるかもしれないという考えを懸命に頭から追い出して。
急に王都を出発することを伝えても、ディオンは慌てたりせずてきぱきと準備を整えて、わたしと一緒に馬車に乗り込んだ。ロレーヤの状況と危険な仕事になることを伝えても、「そうか」と答えるだけだった。
表向きは、彼はまだわたしの従士だ。この状況で魔術師長もさすがに、ディオンを連れて行くなとは言わなかった。
本当なら危ないことは何ひとつして欲しくない、と必死に言うディオンの姿はまだ記憶に新しい。だが、彼はただひたすらに従士の役目を全うしようとしてくれている。二人きりの馬車の中、ほとんど言葉を交わすことなく、わたしたちはただ手を重ね合わせていた。
ロレーヤは山のふもとにある小さな町だ。一日にして家も畑も凍り付き、住民は家の中で怯えるしかない。わたしたちはとにかく急ぎで到着することを最優先にしたため、持ってきた支援物資は最低限の量だ。王都から騎士団が追加のものを運ぶ用意が急がれているが、早めにこの状況を打破しなければ町の人々の今後の生活が危うくなる。
前を行く馬車には、ランドルフが乗っている。わたしと共にロレーヤに行って状況の調査を行うことになっているのだ。わたしたちの後ろには、手伝いをする魔術師たちを乗せた馬車が続く。その他近くの村や町、それら一帯を治める領主のもとへ、有事に備えて他の大魔術師たちが向かっている。
景色が変わり、窓からは立ち並ぶ背の低い家々が見えだした。屋根にも外壁にも、霜がまとわりついている。空は白くにごり、道にも薄い氷が張っていた。
「なんて有様だ……」
その光景を見たディオンが呆然とつぶやく。
「こんなことが起こりえるのか……」
「……強い魔物なら、訳もないことよ」
――わたしはそんな魔物と、独りで戦わなければならない。
やがて馬車が街中で止まった。降りると一層、強い冷気が染みる。それと同時に、ひりつくような魔力を肌に感じた。
「分かるか、女神サマ」
同じく馬車を降りたランドルフが、わたしとディオンの方へ歩いてきた。
「ええ。魔力に満ちているわ」
「ひでぇもんだ。ここら一帯は全部、奴の縄張りに変えられちまってる。下手にここで魔法を使うと奴がすっ飛んでくるだろうな」
もしも気を逆立てた<霜の魔女>が再び町に現れたら、きっと周囲を凍らせるだけでは済まない。すべての元凶である<霜の魔女>を倒すまで、町の氷を溶かして人々を助けることは無理だろう。
「王都から来た魔術師の方々ですか?」
若い男性が、わたしたちのもとへ走ってきた。厚手のコート、毛皮の帽子、手袋を身につけているが、それでも寒そうだ。
「僕は町長の息子です。父のもとへご案内しますのでこちらへどうぞ」
彼に連れられ、ディオンやランドルフ、魔術師たちと共に町で一番大きな建物に足を踏み入れた。子供や老人、身重の女性、病人や怪我人が優先してここに集められているようだ。皆、床に座り込み、体に毛布を巻き付けて疲れ切った顔をしている。大きな暖炉に火が焚かれている。これが唯一の命綱だ。
「今は何とか持ちこたえておりますが、薪が尽きるのが時間の問題です。採りに行こうにも、山の方には魔物がうろついておりまして……」
出迎えてくれた町長が苦々し気に行った。目の下には隈ができており、この数日間の苦労を物語っている。
「<霜の魔女>の魔力に、雑魚が吸い寄せられちまってるみたいだな」
悠長にしていたら、町中にまで魔物たちがやって来てしまう。わたしは町長に問うた。
「町を凍らせた魔物を最後に見たのはいつでしょうか」
「ここに現れた後、山の方に飛んでいきました。おそらくは今もそこに潜んでいるかと……」
「分かりました」
わたしの持ち物は魔法杖と、氷の魔法に対抗できる特殊な薬だ。万が一魔物の力を受けて体が凍り付いても、これを口にすれば体の中で魔力が動いて助けてくれる。飲む暇があるか分からないが、ないよりましだ。
「ランドルフ、他の魔術師たちとここをお願い」
<霜の魔女>は並の魔術師では太刀打ちできない相手だ。わたしについて来てもらっても無駄死にしてしまうだけになる。町中に魔物が入って来る場合に備えてもらう方がいい。
「任せな。しくじるんじゃねえぞ」
わたしは頷き、ディオンの方を向いた。彼を連れて行くこともできない。
「ディオン、ここに残ってランドルフの指示で動いて」
「……分かった」
「それから、もしわたしが」
戻らなかったら、と言う前に、ディオンがわたしの両手をしっかり握った。
「セシーリャ、俺はあなたを信じている。必ず魔物を倒して戻ってくると」
「ディオン……」
本当は今すぐ彼に抱き着いて勇気をもらいたい。けれど今のわたしたちはあくまでも大魔術師と従士だ。他の魔術師たちもいる手前そのようなことはできない。
両手にくれた温もりと、信じているという言葉、それが今の彼にできる精いっぱいだ。それだけでもわたしは頑張れる。頑張らないといけない。
「……必ず戻るわ」
名残惜しさをこらえ、彼の手を放した。もう一度、町長に向き直る。
「今から魔物討伐のため、山へ向かいます。皆さんはここに留まってください。魔術師たちがお守りします」
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