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一章 結成!自警団
10話 全てを壊す戦斧
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ハイラ村は王都からそう遠くない割に小さな村だった。村人に話を聞いたところ、傭兵が魔物を倒したという報告はまだ来ていないとのことだった。村のはずれの洞窟に大きな魔物が住み着いてしまい、作物や家畜が何度か餌食になっているのだという。
ニールたちはその洞窟へと進んでいた。
「新米でもない傭兵がさじを投げるくらいなんですから、わたしたちで勝てるかどうか分かりませんよ?」
ニールについてきているものの、ゼレーナは後ろ向きな態度を見せている。
「だとしても、何とかあの傭兵を助ける隙くらいは作りたいんだ」
「逃げ出したか魔物のおやつになったかで、わたしたちが無駄足にならなければいいんですけど」
あの戦斧を持った傭兵は今もまだ戦い続けているだろうか。ひょっとすると怪我をして動けなくなっているかもしれない。
やがてニールたちの目の前に、ぽっかりと口を開けた洞窟が姿を現した。幅も高さも大人三人が並んだくらいの長さがある。魔物と赤黄色の髪の傭兵がきっとこの奥にいる。
薄暗い洞窟を進むと、かすかに鋼がぶつかり合うような音が聞こえてきた。その他に人の声もする。誰かが叫んでいる。
「誰かいる、急ごう!」
走るとまもなく開けた場所に出た。天井や壁にところどころわずかな亀裂が走っており、そこから日の光が漏れている。
そこにいたのは王都で見かける馬車よりも更に一回りは大きい、亀に似た姿の魔物だった。ごつごつした甲羅は小さな岩山に見える。
そしてその魔物と対峙していたのは、先ほど勢いよく宿屋を飛び出していった傭兵の男だ。ニールたちに背を向け、身の丈ほどもある戦斧を構えている。
「おらあああああああっ!」
男は雄叫びをあげながら戦斧を振りかざす。しかしその刃が当たる前に魔物は首を引っ込めた。戦斧が甲羅にぶつかり、鈍い音が鳴った。
その様子を見てゼレーナは目を丸くした。
「まさか、生きてたんですかあの傭兵」
「良かった、助けるぞ!」
「よし任せろ!」
再び首を出した魔物の頭を狙い、アロンが矢を放つ。しかし矢は魔物の皮膚に跳ね返り、ころりと床に落ちた。甲羅だけでなく皮膚もかなりの堅さをほこるようだ。
傭兵がニールたちに気づいた。ニールは彼の隣に並び、剣を構えた。
「手伝う!」
傭兵は突然現れたニールらには目もくれず、また武器を振り上げて魔物へと向かっていった。今度は魔物の脚に刃が当たったが、戦意を削ぐには至らない。
魔物が大きく口を開けると、そこから岩が勢いよく飛び出した。誰にも当たらず壁にぶつかって砕けたものの、あれをまともに食らえば大怪我をしてしまう。
「堅い……!」
ニールの剣どころか、ゼレーナやエンディの魔法ですら魔物にまともな傷を負わせることができない。
「駄目です、効きません!」
ニールは唇を噛み締めた。魔物の動きは遅く攻撃を見切ることはできるものの、この魔物を仕留める術が今のニールたちには無い。村人には悪いが、一度退くしかない。
傭兵はなおも逃げようとせず、戦斧を持って魔物に向かっていった。だが、その鉄壁の体にはじかれてしまう。
ニールは傭兵に声をかけた。
「おい、もう諦めて一緒に逃げよう!」
「うるせえ、まだ勝負はついてねえぞ!」
驚くことに、傭兵の男はまだ戦いを続けるつもりでいるようだ。しかしこれ以上粘ってもこちらの体力が失われていくだけだろう。
「この魔物は堅すぎる。俺たちでは歯がたたない!」
ニールは彼を止めるべく腕をつかんだが、傭兵はそれを振り払った。
「邪魔すんな!」
「どうして止めないんだ、このままじゃ死ぬぞ!」
「上等だ。俺が死ぬかあっちが死ぬか、それが戦いってもんだろ」
傭兵は得物を手に魔物に向かい合っている。その顔にはこの状況を楽しんでいるかのような表情が浮かんでいた。
「どこのどいつか知らねえが、戦う気がないなら下がれ。邪魔だ」
「ニール! わたしたちだけで逃げましょう!」
ゼレーナが少し離れた場所からニールを呼ぶ。すでに撤退する準備は整っている。
ニールがこの場から逃げ出すことは容易だ。だが、そうすればこの男はどうなるのだろう。傭兵はもうニールのことなど見えていないかのように、魔物にまた向かっていった。とにかくひたすら叩き続けるつもりのようだ。
この傭兵を見捨てたくはない――ニールは魔物を見つめ、はっとした。大木のような魔物の首の一部分に、ひびが入っている。古傷か傭兵の攻撃によってついたものか分からないが、あの部分を何度も叩けば勝てるかもしれない。
ニールは踵を返し、仲間たちの元へ走った。
「皆、まだ諦めるのは早い。俺たちならやれる」
「まだそんなことを……」
ゼレーナが呆れた表情を浮かべる。
「何か考えがあるの?」
エンディが問う。ああ、とニールは頷いた。
「魔物の首に弱そうな部分があるんだ。そこを何度も攻撃するのを俺とあの傭兵でやる。皆であいつの動きを止めて欲しい」
「どうすればいいんだ? おれの矢、効かなかったぞ」
「アロンはもし魔物が口を開けたらすかさずそこに矢を飛ばす。それで魔物が岩を吐き出すのを邪魔できるはずだ。ゼレーナとエンディで、魔物の体と首が動かないようにしてくれ」
「また随分と無茶を言ってくれますね……」
「きっと大丈夫だよ、僕たちで頑張ろう」
「あの傭兵が素直に言うことを聞いてくれますかね」
ゼレーナがニールの肩越しに、魔物に立ち向かう傭兵を見やった。彼は未だに戦斧を振るっては間合いを取り、また振りかざすのを繰り返している。
「そこは賭けになるけど……でもあの人の力も必要だ」
「おれはやるぞ! 逃げるなんて英雄らしくないからな!」
ニールは仲間たちと共に魔物の方へ戻り、再び傭兵の隣に立った。長時間の戦いでさすがに疲れてきたのか、彼は肩で息をし始めている。
「聞いてくれ」
「なんだ、まだいやがったのか」
「俺たちもあいつを倒したいんだ。頼む、協力してくれ」
「協力だぁ? 俺は面倒なことは嫌いなんだよ、ぶっ倒れるまで叩くだけだ」
「そう、叩いて欲しいんだ。俺の仲間が魔物を止める。俺が合図するまで待ってくれ」
出会ったばかりの自分たちのことを信用してくれるか――ニールの不安に反し、傭兵はあっさり応じた。
「のってやる。しくじるんじゃねえぞ」
ニールは頷き、魔物に向き直った。岩のような体躯をした魔物が低い唸り声を上げる。
「ゼレーナ、エンディ、頼む!」
「出でよ、邪悪を縛る漆黒の鎖!」
魔物の脇に控えていたエンディが生み出した魔法の鎖が、魔物の四肢に巻き付く。驚いた魔物が口を開けた。そこへすかさずアロンが矢を放つ。喉奥に矢を受け、身もだえる魔物の首の周りが、徐々に凍り付いていく。魔法球を手にしたゼレーナの力だ。
ゼレーナとエンディの魔力には限界がある。悠長にはしていられない。
「今だ、首を狙え!」
ニールと傭兵が、一斉に駆け出す。魔物の首に、剣と戦斧が同時に振り下ろされる。
「同じところを叩くんだ!」
凍らされたことで引っ込めることができなくなった魔物の首に、二度、三度と刃が撃ち込まれる。傭兵は獰猛な野獣のように、攻撃の手を緩めなかった。
傭兵の戦斧が再び魔物の首をとらえた瞬間、魔物の目がかっと見開かれ――ずしんと音を立てて、その体から力が永遠に失われた。
「やったんだな!」
少し離れたところで待機していたアロンが駆け寄ってきた。
「ああ、倒した」
「なんだ、全然大したことねえな」
傭兵が魔物の首に下ろされた戦斧を引き抜き、担ぎ上げた。
「……よく言いますよ」
ゼレーナが苦々し気につぶやいた。エンディはほっとした様子で息を整えている。
「ニール、こんなところさっさと出ましょう」
「ああ、そうだな。ええっと……」
ニールは傭兵の男の顔を見た。
「あ?」
「俺はニール。あんたの名前は?」
「ギーラン」
傭兵が名乗った。
「ギーラン、一緒に村まで戻ろう」
ニールたちはその洞窟へと進んでいた。
「新米でもない傭兵がさじを投げるくらいなんですから、わたしたちで勝てるかどうか分かりませんよ?」
ニールについてきているものの、ゼレーナは後ろ向きな態度を見せている。
「だとしても、何とかあの傭兵を助ける隙くらいは作りたいんだ」
「逃げ出したか魔物のおやつになったかで、わたしたちが無駄足にならなければいいんですけど」
あの戦斧を持った傭兵は今もまだ戦い続けているだろうか。ひょっとすると怪我をして動けなくなっているかもしれない。
やがてニールたちの目の前に、ぽっかりと口を開けた洞窟が姿を現した。幅も高さも大人三人が並んだくらいの長さがある。魔物と赤黄色の髪の傭兵がきっとこの奥にいる。
薄暗い洞窟を進むと、かすかに鋼がぶつかり合うような音が聞こえてきた。その他に人の声もする。誰かが叫んでいる。
「誰かいる、急ごう!」
走るとまもなく開けた場所に出た。天井や壁にところどころわずかな亀裂が走っており、そこから日の光が漏れている。
そこにいたのは王都で見かける馬車よりも更に一回りは大きい、亀に似た姿の魔物だった。ごつごつした甲羅は小さな岩山に見える。
そしてその魔物と対峙していたのは、先ほど勢いよく宿屋を飛び出していった傭兵の男だ。ニールたちに背を向け、身の丈ほどもある戦斧を構えている。
「おらあああああああっ!」
男は雄叫びをあげながら戦斧を振りかざす。しかしその刃が当たる前に魔物は首を引っ込めた。戦斧が甲羅にぶつかり、鈍い音が鳴った。
その様子を見てゼレーナは目を丸くした。
「まさか、生きてたんですかあの傭兵」
「良かった、助けるぞ!」
「よし任せろ!」
再び首を出した魔物の頭を狙い、アロンが矢を放つ。しかし矢は魔物の皮膚に跳ね返り、ころりと床に落ちた。甲羅だけでなく皮膚もかなりの堅さをほこるようだ。
傭兵がニールたちに気づいた。ニールは彼の隣に並び、剣を構えた。
「手伝う!」
傭兵は突然現れたニールらには目もくれず、また武器を振り上げて魔物へと向かっていった。今度は魔物の脚に刃が当たったが、戦意を削ぐには至らない。
魔物が大きく口を開けると、そこから岩が勢いよく飛び出した。誰にも当たらず壁にぶつかって砕けたものの、あれをまともに食らえば大怪我をしてしまう。
「堅い……!」
ニールの剣どころか、ゼレーナやエンディの魔法ですら魔物にまともな傷を負わせることができない。
「駄目です、効きません!」
ニールは唇を噛み締めた。魔物の動きは遅く攻撃を見切ることはできるものの、この魔物を仕留める術が今のニールたちには無い。村人には悪いが、一度退くしかない。
傭兵はなおも逃げようとせず、戦斧を持って魔物に向かっていった。だが、その鉄壁の体にはじかれてしまう。
ニールは傭兵に声をかけた。
「おい、もう諦めて一緒に逃げよう!」
「うるせえ、まだ勝負はついてねえぞ!」
驚くことに、傭兵の男はまだ戦いを続けるつもりでいるようだ。しかしこれ以上粘ってもこちらの体力が失われていくだけだろう。
「この魔物は堅すぎる。俺たちでは歯がたたない!」
ニールは彼を止めるべく腕をつかんだが、傭兵はそれを振り払った。
「邪魔すんな!」
「どうして止めないんだ、このままじゃ死ぬぞ!」
「上等だ。俺が死ぬかあっちが死ぬか、それが戦いってもんだろ」
傭兵は得物を手に魔物に向かい合っている。その顔にはこの状況を楽しんでいるかのような表情が浮かんでいた。
「どこのどいつか知らねえが、戦う気がないなら下がれ。邪魔だ」
「ニール! わたしたちだけで逃げましょう!」
ゼレーナが少し離れた場所からニールを呼ぶ。すでに撤退する準備は整っている。
ニールがこの場から逃げ出すことは容易だ。だが、そうすればこの男はどうなるのだろう。傭兵はもうニールのことなど見えていないかのように、魔物にまた向かっていった。とにかくひたすら叩き続けるつもりのようだ。
この傭兵を見捨てたくはない――ニールは魔物を見つめ、はっとした。大木のような魔物の首の一部分に、ひびが入っている。古傷か傭兵の攻撃によってついたものか分からないが、あの部分を何度も叩けば勝てるかもしれない。
ニールは踵を返し、仲間たちの元へ走った。
「皆、まだ諦めるのは早い。俺たちならやれる」
「まだそんなことを……」
ゼレーナが呆れた表情を浮かべる。
「何か考えがあるの?」
エンディが問う。ああ、とニールは頷いた。
「魔物の首に弱そうな部分があるんだ。そこを何度も攻撃するのを俺とあの傭兵でやる。皆であいつの動きを止めて欲しい」
「どうすればいいんだ? おれの矢、効かなかったぞ」
「アロンはもし魔物が口を開けたらすかさずそこに矢を飛ばす。それで魔物が岩を吐き出すのを邪魔できるはずだ。ゼレーナとエンディで、魔物の体と首が動かないようにしてくれ」
「また随分と無茶を言ってくれますね……」
「きっと大丈夫だよ、僕たちで頑張ろう」
「あの傭兵が素直に言うことを聞いてくれますかね」
ゼレーナがニールの肩越しに、魔物に立ち向かう傭兵を見やった。彼は未だに戦斧を振るっては間合いを取り、また振りかざすのを繰り返している。
「そこは賭けになるけど……でもあの人の力も必要だ」
「おれはやるぞ! 逃げるなんて英雄らしくないからな!」
ニールは仲間たちと共に魔物の方へ戻り、再び傭兵の隣に立った。長時間の戦いでさすがに疲れてきたのか、彼は肩で息をし始めている。
「聞いてくれ」
「なんだ、まだいやがったのか」
「俺たちもあいつを倒したいんだ。頼む、協力してくれ」
「協力だぁ? 俺は面倒なことは嫌いなんだよ、ぶっ倒れるまで叩くだけだ」
「そう、叩いて欲しいんだ。俺の仲間が魔物を止める。俺が合図するまで待ってくれ」
出会ったばかりの自分たちのことを信用してくれるか――ニールの不安に反し、傭兵はあっさり応じた。
「のってやる。しくじるんじゃねえぞ」
ニールは頷き、魔物に向き直った。岩のような体躯をした魔物が低い唸り声を上げる。
「ゼレーナ、エンディ、頼む!」
「出でよ、邪悪を縛る漆黒の鎖!」
魔物の脇に控えていたエンディが生み出した魔法の鎖が、魔物の四肢に巻き付く。驚いた魔物が口を開けた。そこへすかさずアロンが矢を放つ。喉奥に矢を受け、身もだえる魔物の首の周りが、徐々に凍り付いていく。魔法球を手にしたゼレーナの力だ。
ゼレーナとエンディの魔力には限界がある。悠長にはしていられない。
「今だ、首を狙え!」
ニールと傭兵が、一斉に駆け出す。魔物の首に、剣と戦斧が同時に振り下ろされる。
「同じところを叩くんだ!」
凍らされたことで引っ込めることができなくなった魔物の首に、二度、三度と刃が撃ち込まれる。傭兵は獰猛な野獣のように、攻撃の手を緩めなかった。
傭兵の戦斧が再び魔物の首をとらえた瞬間、魔物の目がかっと見開かれ――ずしんと音を立てて、その体から力が永遠に失われた。
「やったんだな!」
少し離れたところで待機していたアロンが駆け寄ってきた。
「ああ、倒した」
「なんだ、全然大したことねえな」
傭兵が魔物の首に下ろされた戦斧を引き抜き、担ぎ上げた。
「……よく言いますよ」
ゼレーナが苦々し気につぶやいた。エンディはほっとした様子で息を整えている。
「ニール、こんなところさっさと出ましょう」
「ああ、そうだな。ええっと……」
ニールは傭兵の男の顔を見た。
「あ?」
「俺はニール。あんたの名前は?」
「ギーラン」
傭兵が名乗った。
「ギーラン、一緒に村まで戻ろう」
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