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二章 騎士団と自警団

8話 騎士団本部へ

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 再び自警団の仲間が八人揃う日々が戻ってきた。エンディは以前にも増してやる気を見せている。今日もいつもの通り月の雫亭の一階に集合し、一日の予定を決めるところだ。
 宿屋の扉が開いた。朝から来客があるのは珍しい。

「いらっしゃいませぇ……あらぁ?」

 宿屋の女主人ジュリエナは、現れた二人連れの客を見て首を傾げた。

「騎士団の方、どうなさいました?」

 二人の男はまだ若く、揃いの濃紺のローブに身を包み、騎士団に所属しているという証をつけている。おそらく魔術師隊の者だ。

「朝早くに申し訳ない」

 男の一人が言い、集まっていたニールたちの方に視線を向けた。

「ゼレーナさんはおられますか」
「え、わたしですか?」

 名前を呼ばれたゼレーナはいぶかし気に男たちの方を見た。どうやら知り合いというわけではなさそうだ。

「ゼレーナ、なにかしたのか?」

 アロンが問うたが、まさか、とゼレーナは首を振った。

「少なくとも騎士団にしょっ引かれるようなことは何も。阿子木あこぎな商売もしていませんし」
「あなたですか、見つかってよかった」

 魔術師たちが近づいてくる。だが、彼らの前にルメリオが立ちふさがった。

「貴方がたは何者です? まずはそちらから名乗るのが筋でしょう」

 ルメリオの刺々しさに怯むことなく、男たちがそれぞれ名乗った。

「私はルーク、王国騎士団魔術師隊の者です」
「俺はカイル。同じく魔術師隊に所属している」
「ほう。それでゼレーナさんに何の御用ですか? 彼女の美しさに惹かれぬ人はいないでしょうが、あいにく彼女は私のあああっ!」

 ルメリオの首筋に氷の塊が押し付けられ、言葉は途中であえなく切られた。ゼレーナは作った氷をルメリオの服の中に押し込み、彼を脇にぐいと追いやって魔術師たちの前に進み出た。

「すみませんね、これは相手にしないでください。で、わたしが何か?」

 氷の冷たさに悶絶するルメリオを横目に、ルークが口を開いた。

「ゼレーナさんに我らの隊長がお会いしたいとのことで、一緒に来て頂きたいのです」
「は?」
「えっ!?」

 突然すぎる申し出に、後ろにいたニールも思わず声をあげてしまった。

「魔術師隊の隊長ってことは、エカテリーン様!?」

 エンディが目を丸くした。

「……失礼ですけど、わたしはその隊長とやらの名前は初めて聞きましたし、何の心当たりもないので急にそんなこと言われても困るんですが」

 ゼレーナが苦い顔をして言ったが、魔術師たちも引き下がらなかった。

「悪いようには致しません。ゼレーナさんの魔法の才能を見込んでのことなのです」
「そうは言われましてもね……」

 どうします、と言いたげな顔でゼレーナがニールの方を振り返った。
 騎士団の隊長から直接呼び出されるなんて一体何事なのか、ニールにもさっぱり見当がつかない。
 魔術師たちがつけている騎士の証は本物のようなので、騙そうとしているわけではなさそうだが……。

「あのさ……俺たちも一緒に行くのは駄目か? もちろん、用があるのはゼレーナだけなのは分かるんだけど……邪魔は絶対にしない。約束する」
「……いいんじゃないか、ルーク」

 もう一人の魔術師カイルが、ルークにささやいた。

「もしもの時には他の人間も連れてきて構わないと言われてるし、一応、今後に関わる問題だろ」
「ええ、そうですね」

 ルークが頷いた。

「では皆さんもご一緒にどうぞ」

***

 まさかこのような形で、騎士団の本部に足を踏み入れるとは思っていなかった。
 ニールたちは案内役の魔術師の後に続いて、長い廊下を進んでいた。天井は高く、太い柱に支えられている。白い石の床はぴかぴかしていて、その上を歩くニールたちの姿をぼんやりと映していた。
 全員で押しかけるのはさすがに気がひけたため、ギーランとイオに留守を任せてきた。まだ幼いアロンも連れていっていいものか判断に迷ったが、どうしても行きたいという強請ねだりに負け、騒ぎ立てないという約束で共に来ている。とりあえず言いつけは守っているものの未知の世界にアロンはずっと興奮しっ放しで、目を放せばどこかに走り去ってしまいそうだった。エンディとフランシエルも、騒いだりはしないもののわくわくした様子で周りを見回しながら歩いている。
 ニールも好奇心を隠すことができなかった。だが同時に胸中は少し複雑でもある。叶うなら客としてではなく、騎士としてここを歩きたかった。
 呼び出された張本人であるゼレーナは、周りのものに興味を示すこともなく案内人の後をついて行っている。隣を歩くルメリオに何か話しかけられても淡々と一言か二言返すだけだ。
 階段を昇り角をいくつか曲がって、案内役の魔術師二人は見えてきた扉の前で足を止めた。重厚な雰囲気を放つ両開きの扉で、金色の輪が取り付けられている。

「こちらに魔術師隊隊長、エカテリーン様がいらっしゃいます。失礼のないようにお願い致します」

 魔術師のルークに言われ、ニールはぴんと背筋を伸ばした。エンディとフランシエルも緊張した面持ちになった。
 ルークは扉についた金の輪を二度、扉に打ち付けた。

「入ってくれ」

 女性の声が聞こえたのを確認し、ルークが扉を開いた。

「失礼致します」

 魔術師と共に、ニールたちも部屋の中に足を踏み入れた。
 正面に据えられた執務机に一人の女性がかけていた。彼女が魔術師隊を率いるエカテリーンだ。薄い青色の髪は首元がすっきり見える長さに整えられている。年齢はまだ若く、二十代の半ば程だろうか。
 部屋の後ろに彼女と同じくらいの年頃の男性が一人控えていた。金色の長い髪を束ねており、青色の裾の長いコートを羽織っている。
 
「ゼレーナさんとそのお仲間をお連れしました」

 案内役の一人、カイルが告げる。

「ああ、ご苦労だった」

 エカテリーンが立ち上がり、ニールたちの前までやってきた。女性にしては背が高めですらりとしている。上質そうな濃い紫色のコートに、乗馬用のズボンとブーツという出で立ちで、男性のような佇まいだが凜とした雰囲気は女性らしい。

「美しい……」

 ルメリオがため息混じりに呟き、帽子をとってうやうやしく礼をした。

「ルメリオ・ローゼンバルツと申します。お会いできて実に光栄、まさか騎士団に貴女のような美しい方がおられるとは、まるで岩山に咲く一輪の花を見つけた時のような」
「ゼレーナと申します」

 ルメリオの言葉を遮ってゼレーナが名乗り、背筋を伸ばしたまま膝を軽く曲げてひざまずくような姿勢をとった。魔術師隊の隊長を前にして緊張している様子は微塵みじんも見せない。

「エンディ・ウィンザードです。父と兄が剣士隊でお世話になっています」
「おれ、アロン!」
「ニールです」
「フランシエルですっ」
「わたしはエカテリーン・ミスティアス。イルバニア王国騎士団魔術師隊の隊長を務めている」

 エカテリーンは背後にいる男性の方に目をやった。

「彼はフェリク。わたしの副官だ」

 フェリクがニールたちの方を見て微笑んだ。
 さて、とエカテリーンがゼレーナの方を見た。

「会えて嬉しいよゼレーナ。どうか楽にしてくれ。もちろん仲間の皆も」
「勝手に来てしまってすみません」

 謝るニールに、エカテリーンは気にしないでくれ、と笑みを浮かべた。

「構わないよ。しかし、思ったより人数が多かったな。かけてもらう場所がここにはない」

 執務室の右手には、二人がけの椅子が二脚、それぞれ真っ白なクロスがかかったテーブルをはさんで置いてある。
 お構いなく、とゼレーナが言った。

「ご用件を伺ったら全員ですぐ帰りますので」
「……そうか、ならさっそく本題に入ろう」

 そのまま、エカテリーンは言葉を続けた。

「ゼレーナ、わたしは君を魔術師隊の一員として迎え入れたいと思っている。騎士団に入る気はないか?」
「ええっ!?」

 ゼレーナより先にニールが声を上げてしまい、慌てて自分の口を塞いだ。
 誘いを受けた当人であるゼレーナは眉をひそめている。

「君の噂を聞いてから、色々と調べさせてもらった。君には騎士団でやっていけるだけの実力が十分にある。どうか前向きに考えてはもらえないだろうか?」
「……お言葉ですが、隊長ともあろう方が今、わたし一人に構っている暇はないのではありませんか。戦争中でしょう」

 ゼレーナは喜ぶでも驚くでもなく、冷ややかに告げた。

「ああ。君の言うことは正しい。しかし魔術師は残念ながら誰でもなれるわけではなく、素質ありきの世界だ。魔術師隊は、常に才能と適性のある者を探すことも並行して行っている」

 そして今回、君にも声をかけたとエカテリーンは締めくくった。

「はあ……」

 もしも勧誘を受けたのがニールであったなら舞い上がって二つ返事で了承していただろうが、ゼレーナはそうはならない。

「急な話で困るのも無理はない。仲間の皆には申し訳ないが……少し、ゼレーナと二人で話をさせてくれないか」
「あ、ああ、もちろん……」

 半ば放心状態で、ニールは答えた。

「ありがとう。フェリク、そのあいだ彼らを別の場所でもてなしてくれ」

 エカテリーンが振り返り、控えていたフェリクに命じた。

「分かった。さあ、こちらへ」

 フェリクが執務室の出口へ赴き、ニールたちを別の部屋へ促す。言われるがまま、ニールたちはゼレーナを残してその場を後にした。
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