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二章 騎士団と自警団
28話 壊れた相棒
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宿屋「月の雫亭」に、金づちの軽快な音が響いていた。
アロンが金づちを右手に、床にあぐらをかいて座っている。その前には木製の椅子が横たえられていた。
「釘!」
椅子から目を離さないまま、アロンが左手を軽く伸ばした。宿屋の末娘ミアがすかさずその掌に釘を乗せる。
アロンは手慣れた様子で、椅子の脚と脚の間に角材をあて釘を打ち込んでいった。誤って自分の指を叩くようなことはしない。
補強のための部品を取り付けた後、それがしっかり固定されているか手で軽く握って確認し、とん、と椅子を立てた。
「よし! ジュリエナさーん、終わったぞー!」
アロンが元気よく声を上げると、宿屋の二階からジュリエナが降りてきた。椅子を見てぱっと顔を輝かせる。
「あらぁ、もう直ったの?」
「うん、座ってもこわれないぞ!」
アロンが椅子の上にどっかりと腰を下ろして見せる。彼の手によって修理されたそれは、きちんと自分の役割を果たしていた。
「ほんとに助かったわぁ、ありがとうねぇ」
大喜びのジュリエナに対しアロンは得意げに胸を張った。
「へへん、このくらいどうってことない!」
事の始まりは一時間ほど前だ。宿屋で使っていた椅子の脚が突如折れてしまいジュリエナが困っていたところ、アロンが修理をかって出て、保管されていた廃材や釘を使い職人さながらに元通り修理してみせた。
椅子を元あった場所に置き、ジュリエナは再び二階の掃除に戻っていく。アロンの傍らで作業を手伝っていたミアがにこっと笑った。
「アロンはすごいね」
「あたりまえだ。おれは英雄になるんだからな。椅子くらいかんたんに直せるんだ……でも、ミアが手伝ったからはやく終わったんだし、それはほめてやるぞ」
「えへへ、ありがとう」
ニールは少し離れた席で、子供たちのやり取りをのほほんと見つめていた。
自警団の最年少にして古株のアロンは、小さな体に有り余るほどの活力を秘めている。じっとしていることが苦手で暇さえあればギーランに肩車をねだったり、エンディやフランシエルの手を引いて遊びに誘ったり、どこからか拾ってきた虫の抜け殻や小石をこれはすごいものだと言ってルメリオやゼレーナに見せびらかしたりしている。イオが気紛れで作った、草葉でできた風車をもらった時には大喜びでそれを持って走り回り、時には体を強くするためとニールに体当たりをしかけてもくる。ニールが故郷で面倒を見てやっていたやんちゃな子供たちのことが思い出される。
そんなアロンが自ら進んで大人しくなるのは、何かを作っているときだ。愛用のクロスボウの手入れはもちろん、矢の作成もすべて彼一人で行っている。先ほどの椅子の修理といい、もの作りに関しては九歳とは思えないくらいの腕前だ。
「……あの年でこれだけ器用なら鍛冶屋なり大工なり、食い扶持はいくらでもありそうですね」
ニールの隣で同じくアロンの様子を見ていたゼレーナが言った。
「そうだな。でもアロンはやっぱり英雄になりたいみたいだぞ」
彼の言う「英雄」の定義がニールにもいまいちはっきりしないが、己の強さで人々を悪いものから守り、称賛される存在――そんなところだろう。
ニールも騎士になりたいという志を持っていたため彼のことは応援しているが、ゼレーナの言うような職人になったアロンの姿も少しだけ見てみたいと思った。
***
数日後、王都の外でニールは魔物の集団と交戦していた。
四枚の透明な羽を生やした虫のような魔物が、ぶうんとそれを唸らせてニールの頭の上を通り過ぎる。
「アロン、そっちに行った!」
「よし!」
矢が魔物の体を貫く。急所ではなかったようで即死には至らなかったが、ぐんと高度を落とした体にフランシエルがとどめをさした。
「まだいるよ! 大丈夫?」
「まかせろ!」
アロンは少しも手間取ることなく、大人顔負けの流れるような動作で次の矢をつがえて弦を張る。自分の体にぴったり合うように作られたクロスボウだからこそなせる技だ。一匹、また一匹と魔物がその餌食になっていく。
あともう少しで方が付く――と思われたその時だった。
「うわぁっ!」
アロンが己の得物を取り落とし、体勢を崩して尻餅をついた。這うようにして動きクロスボウを拾い上げたものの、それを抱えたままその場から動かない。フランシエルが彼を守るように隣に立ち、向かってきた魔物を倒した。
少し離れたところで、ギーランとゼレーナが残りの敵を引き付けている。ニールは相手にしていた魔物を斬り捨て、アロンのもとに駆け寄った。
「アロン、大丈夫か! どこかに怪我を……」
言いかけて、ニールは口をつぐんだ。アロンに怪我はない。しかしその腕の中にあるクロスボウの、弓の部分が真っ二つに折れてしまっている。部品もところどころが欠けているようだった。
クロスボウについては素人であるニールからも、到底元通りにできるものではないのが一目で分かった。
「壊れちゃったみたい……」
アロンに代わり、フランシエルが言った。
魔物の残党を始末し終えたゼレーナとギーランも何事かとやって来た。
「アロン、それは……」
「ぶっ潰れてんじゃねえか」
「ごめん……ごめんな……」
震える声でアロンがつぶやく。涙は流していないが、それでも悲痛な様子だった。
「……とりあえず街まで戻ろう。これを直せそうな人を探すしかない」
アロンをゆっくりと立たせ、ニールは仲間たちと共に王都へと戻った。
***
「……どうするんだ、あれ」
宿屋の隅に座り込むアロンを見ながら、イオが苦い顔をした。
王都に戻り、ニールはアロンを連れて思いつく限りの武器を売る店や鍛冶師がいる工房を巡ってみたが、店主も職人も口をそろえて「とてもじゃないが直せない」「新品を買った方がいい」という返事をするばかりだった。
アロンも何とか自分で修理をしようとあれこれ頭をひねっていたがどうにも無理なようで、それからずっと黙って落ち込んだままだ。泣くことも怒ることもしないのが、逆にニールの心を痛めた。ニールだけではない。他の仲間も、いつも元気なアロンとは真逆の姿にあてられてしまっている。大抵のことでは動じないイオでさえもだ。エンディやルメリオ、フランシエルが代わるがわる慰めたが、まるで効果がなかった。
「直せる人がいないなら、新しいの買ってあげようよ」
フランシエルの提案にゼレーナが首を振った。
「いくら腕前があっても大人用のクロスボウは扱えないでしょう」
修理は不可、既製品は体に合わない、一から作るには時間を要する――これら以外の対処法が、ニールにも他の仲間にも思いつかなかった。
アロンと仲の良いミアが心配そうに彼の傍に寄った。
「アロン、だいじょうぶ……?」
「……今日はあそばない」
ぷい、とアロンは彼女に背を向けた。その様子を見てルメリオが眉根を寄せる。
「未来の花嫁の言葉も届かないとは、相当ですよ」
ニールの脳裏に、アロンと初めて出会った日のことがよぎる。クロスボウを抱え英雄になると言い張っていた。あのクロスボウはアロンの大切な相棒であり、夢そのものだ。それが使い物にならなくなったことが単純に悲しいのはもちろん、壊れる可能性に気づけなかった自分を責めているのだろう。
クロスボウがばらばらになってしまった時にアロンが口にした謝罪の言葉は、相棒に向けられたものだった。
頭を抱えるニールのもとにミアの姉、リーサが近づいてきた。
「ニール、ちょっといい?」
「リーサ、ごめんな。アロンがミアに冷たくして……」
「ううん、それは大丈夫。それより、アロンの武器のことなんだけど……ひとりだけ直せそうな人を知ってて」
「本当か!?」
ニールはリーサの顔をまじまじと見た。
「王都に住んでる人か? どこにいるんだ、教えてくれ」
「んーとね……」
いつもはきはき話すリーサだが、なぜか歯切れが悪い。
「市場をずーっと突っ切って、貧民街に差し掛かるところの裏通りに一軒、工房があるの。金物でも武器でも、馬車も一人で直しちゃうとっても器用な職人さんがいる工房」
「へぇ、初耳ですね」
どうやらゼレーナも知らない店のようだった。
「その職人さんはゴルドンさんっていうんだけど、あたしも姉さんも直接話したことはないの。ほとんど外に出ない人で、すごく気難しいらしくてね……自分が気に入った人の依頼しか受けないんだって。お金持ちかどうかは関係ないみたい」
ただ、本当に腕は確かなようだ。最後の希望はそのゴルドンという男だろう。
「ありがとうリーサ! アロンと一緒にその人のところに行って頼んでみるよ」
「なんとなくだけど、ニールならゴルドンさんともうまくやれるような気がするんだ。お店の場所、詳しく教えるね」
アロンが金づちを右手に、床にあぐらをかいて座っている。その前には木製の椅子が横たえられていた。
「釘!」
椅子から目を離さないまま、アロンが左手を軽く伸ばした。宿屋の末娘ミアがすかさずその掌に釘を乗せる。
アロンは手慣れた様子で、椅子の脚と脚の間に角材をあて釘を打ち込んでいった。誤って自分の指を叩くようなことはしない。
補強のための部品を取り付けた後、それがしっかり固定されているか手で軽く握って確認し、とん、と椅子を立てた。
「よし! ジュリエナさーん、終わったぞー!」
アロンが元気よく声を上げると、宿屋の二階からジュリエナが降りてきた。椅子を見てぱっと顔を輝かせる。
「あらぁ、もう直ったの?」
「うん、座ってもこわれないぞ!」
アロンが椅子の上にどっかりと腰を下ろして見せる。彼の手によって修理されたそれは、きちんと自分の役割を果たしていた。
「ほんとに助かったわぁ、ありがとうねぇ」
大喜びのジュリエナに対しアロンは得意げに胸を張った。
「へへん、このくらいどうってことない!」
事の始まりは一時間ほど前だ。宿屋で使っていた椅子の脚が突如折れてしまいジュリエナが困っていたところ、アロンが修理をかって出て、保管されていた廃材や釘を使い職人さながらに元通り修理してみせた。
椅子を元あった場所に置き、ジュリエナは再び二階の掃除に戻っていく。アロンの傍らで作業を手伝っていたミアがにこっと笑った。
「アロンはすごいね」
「あたりまえだ。おれは英雄になるんだからな。椅子くらいかんたんに直せるんだ……でも、ミアが手伝ったからはやく終わったんだし、それはほめてやるぞ」
「えへへ、ありがとう」
ニールは少し離れた席で、子供たちのやり取りをのほほんと見つめていた。
自警団の最年少にして古株のアロンは、小さな体に有り余るほどの活力を秘めている。じっとしていることが苦手で暇さえあればギーランに肩車をねだったり、エンディやフランシエルの手を引いて遊びに誘ったり、どこからか拾ってきた虫の抜け殻や小石をこれはすごいものだと言ってルメリオやゼレーナに見せびらかしたりしている。イオが気紛れで作った、草葉でできた風車をもらった時には大喜びでそれを持って走り回り、時には体を強くするためとニールに体当たりをしかけてもくる。ニールが故郷で面倒を見てやっていたやんちゃな子供たちのことが思い出される。
そんなアロンが自ら進んで大人しくなるのは、何かを作っているときだ。愛用のクロスボウの手入れはもちろん、矢の作成もすべて彼一人で行っている。先ほどの椅子の修理といい、もの作りに関しては九歳とは思えないくらいの腕前だ。
「……あの年でこれだけ器用なら鍛冶屋なり大工なり、食い扶持はいくらでもありそうですね」
ニールの隣で同じくアロンの様子を見ていたゼレーナが言った。
「そうだな。でもアロンはやっぱり英雄になりたいみたいだぞ」
彼の言う「英雄」の定義がニールにもいまいちはっきりしないが、己の強さで人々を悪いものから守り、称賛される存在――そんなところだろう。
ニールも騎士になりたいという志を持っていたため彼のことは応援しているが、ゼレーナの言うような職人になったアロンの姿も少しだけ見てみたいと思った。
***
数日後、王都の外でニールは魔物の集団と交戦していた。
四枚の透明な羽を生やした虫のような魔物が、ぶうんとそれを唸らせてニールの頭の上を通り過ぎる。
「アロン、そっちに行った!」
「よし!」
矢が魔物の体を貫く。急所ではなかったようで即死には至らなかったが、ぐんと高度を落とした体にフランシエルがとどめをさした。
「まだいるよ! 大丈夫?」
「まかせろ!」
アロンは少しも手間取ることなく、大人顔負けの流れるような動作で次の矢をつがえて弦を張る。自分の体にぴったり合うように作られたクロスボウだからこそなせる技だ。一匹、また一匹と魔物がその餌食になっていく。
あともう少しで方が付く――と思われたその時だった。
「うわぁっ!」
アロンが己の得物を取り落とし、体勢を崩して尻餅をついた。這うようにして動きクロスボウを拾い上げたものの、それを抱えたままその場から動かない。フランシエルが彼を守るように隣に立ち、向かってきた魔物を倒した。
少し離れたところで、ギーランとゼレーナが残りの敵を引き付けている。ニールは相手にしていた魔物を斬り捨て、アロンのもとに駆け寄った。
「アロン、大丈夫か! どこかに怪我を……」
言いかけて、ニールは口をつぐんだ。アロンに怪我はない。しかしその腕の中にあるクロスボウの、弓の部分が真っ二つに折れてしまっている。部品もところどころが欠けているようだった。
クロスボウについては素人であるニールからも、到底元通りにできるものではないのが一目で分かった。
「壊れちゃったみたい……」
アロンに代わり、フランシエルが言った。
魔物の残党を始末し終えたゼレーナとギーランも何事かとやって来た。
「アロン、それは……」
「ぶっ潰れてんじゃねえか」
「ごめん……ごめんな……」
震える声でアロンがつぶやく。涙は流していないが、それでも悲痛な様子だった。
「……とりあえず街まで戻ろう。これを直せそうな人を探すしかない」
アロンをゆっくりと立たせ、ニールは仲間たちと共に王都へと戻った。
***
「……どうするんだ、あれ」
宿屋の隅に座り込むアロンを見ながら、イオが苦い顔をした。
王都に戻り、ニールはアロンを連れて思いつく限りの武器を売る店や鍛冶師がいる工房を巡ってみたが、店主も職人も口をそろえて「とてもじゃないが直せない」「新品を買った方がいい」という返事をするばかりだった。
アロンも何とか自分で修理をしようとあれこれ頭をひねっていたがどうにも無理なようで、それからずっと黙って落ち込んだままだ。泣くことも怒ることもしないのが、逆にニールの心を痛めた。ニールだけではない。他の仲間も、いつも元気なアロンとは真逆の姿にあてられてしまっている。大抵のことでは動じないイオでさえもだ。エンディやルメリオ、フランシエルが代わるがわる慰めたが、まるで効果がなかった。
「直せる人がいないなら、新しいの買ってあげようよ」
フランシエルの提案にゼレーナが首を振った。
「いくら腕前があっても大人用のクロスボウは扱えないでしょう」
修理は不可、既製品は体に合わない、一から作るには時間を要する――これら以外の対処法が、ニールにも他の仲間にも思いつかなかった。
アロンと仲の良いミアが心配そうに彼の傍に寄った。
「アロン、だいじょうぶ……?」
「……今日はあそばない」
ぷい、とアロンは彼女に背を向けた。その様子を見てルメリオが眉根を寄せる。
「未来の花嫁の言葉も届かないとは、相当ですよ」
ニールの脳裏に、アロンと初めて出会った日のことがよぎる。クロスボウを抱え英雄になると言い張っていた。あのクロスボウはアロンの大切な相棒であり、夢そのものだ。それが使い物にならなくなったことが単純に悲しいのはもちろん、壊れる可能性に気づけなかった自分を責めているのだろう。
クロスボウがばらばらになってしまった時にアロンが口にした謝罪の言葉は、相棒に向けられたものだった。
頭を抱えるニールのもとにミアの姉、リーサが近づいてきた。
「ニール、ちょっといい?」
「リーサ、ごめんな。アロンがミアに冷たくして……」
「ううん、それは大丈夫。それより、アロンの武器のことなんだけど……ひとりだけ直せそうな人を知ってて」
「本当か!?」
ニールはリーサの顔をまじまじと見た。
「王都に住んでる人か? どこにいるんだ、教えてくれ」
「んーとね……」
いつもはきはき話すリーサだが、なぜか歯切れが悪い。
「市場をずーっと突っ切って、貧民街に差し掛かるところの裏通りに一軒、工房があるの。金物でも武器でも、馬車も一人で直しちゃうとっても器用な職人さんがいる工房」
「へぇ、初耳ですね」
どうやらゼレーナも知らない店のようだった。
「その職人さんはゴルドンさんっていうんだけど、あたしも姉さんも直接話したことはないの。ほとんど外に出ない人で、すごく気難しいらしくてね……自分が気に入った人の依頼しか受けないんだって。お金持ちかどうかは関係ないみたい」
ただ、本当に腕は確かなようだ。最後の希望はそのゴルドンという男だろう。
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