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二章 騎士団と自警団
29話 鍛冶師ゴルドン
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ニールはアロンを連れ、リーサに教えてもらったゴルドンという職人のいる工房を目指していた。アロンは片手をニールに引かれ、もう片方の手で布にくるんだクロスボウを抱えている。
賑やかな市場を通り過ぎたところに伸びる薄暗い路地に入り進んでいく。目的地には看板もないため、見過ごさないよう注意してとリーサから言われていた。
「……あ」
一つの扉の前でニールは足をとめた。やや古ぼけた扉に、下を向いた蹄鉄がはめこんである。あらかじめ聞いていたゴルドンの工房の目印だ。石造りの建物は二階建てだが両脇に建つ家と比べると少し低い。窓は上の階にしかなく、中の様子が分からない。
「ここだな……」
呼び鈴は見当たらない。扉を拳で軽く叩いてみたが、返事も誰かが出てくる気配もなかった。
ニールは意を決して、扉に手をかけてそっと押した。鍵はかかっておらず、すんなりとニールたちは中に迎え入れられた。来客があったことを知らせる、扉に吊るされた小さな鐘がからんと音を響かせた。
薄暗い部屋の中心に陣取っているのは、大きな作業台だった。その上には槌やはさみ、ニールには名前が分からない道具が散らばっている。壁には剣や斧などの武器がかけられており、おそらく材料や仕事道具が入っているのであろう木箱が部屋の隅やあちこちに積まれていた。
そして部屋の奥には、赤々と燃える炎を抱く炉が据えてあった。その前に、ニールに背を向けて男が立っている。
「こんにちはー」
勝手に作業場に踏み込んでいいものか分からず、ニールはその場で声を発したが反応がない。
アロンが不安そうな顔を向けてきた。叱られるのを承知で、ニールは炉に向き合っている人物の方へゆっくり近づいていった。アロンが後に続く。
男は金床に向かい、鉄を打っているようだった。白いものが混じる黒髪を無造作に後ろでまとめている。ニールたちに気づいていないのか気にしていないのか、手元の作業に集中するばかりだ。
「あの……ゴルドンさん?」
おずおずとニールが呼びかけると、男は手を止めた。彼がゴルドンで間違いないのだろう。ゴルドンが体をニールたちの方に向けた。背が高く、ギーランよりいくらか細身ではあるが、服の上からでも分かる引き締まった体格をしている。鋭い目つき、途中が盛り上がった鼻筋。まるで鷲が人間に姿を変えたかのようだった。肘丈の白いシャツと煤汚れがついたズボンの上に、厚手の胸から膝までを覆う前掛けをつけている。
目元に皺が刻まれ、並の魔物より威圧感があるその姿にニールは一瞬身をすくませたものの、何とか口を開いた。
「初めまして。俺はニール、こっちが仲間のアロン。ゴルドンさんに頼みたいことがあって来たんだ」
そこで言葉を切り様子を見たが、ゴルドンは一言も話さない。続きを促しているものと受け取り、ニールはアロンに目配せをした。修理の依頼は、アロンの口から直接しようとあらかじめ決めてあった。
アロンは手にしていた布の包みをほどき、クロスボウを取り出した。
「これ、おれの……おれが作ったんだ。でも、使ってたらこわれちゃって、おれひとりじゃ直せない。たすけてほしいんだ」
「アロンの大事なものなんだ。ゴルドンさんはすごく腕がいいって聞いたから、どうしてもお願いしたくて。今すぐ払えるお金はあんまりないんだけど……待ってくれるなら何とか用意するし、代わりにできることがあるなら何でもする」
やはりゴルドンは言葉を発さない。口がきけないということはないはずだが。彼の視線はクロスボウに注がれていた。もし直せないと言われたら――ニールの胸に不安が募る。
ゴルドンがわずかに首を動かし、今度はニールの腰に下げられた剣を見た。
「……戦えるのか」
低い声だった。だが、見た目ほどの鋭さは感じられない。
「え、俺? ……一応、腕に覚えはあるけど」
戸惑いつつニールが答えると、ゴルドンはわずかに目を細めた。しばしの間の後、彼は大股で近くにあった棚の方へ向かい、そこに置いてあった箱を開けて小さな何かを取り出した。そして元のところに戻ると、ニールの目の前で右手を広げた。
そこにあったのは酒瓶のコルク栓より少し小さいくらいの黒い石だった。表面はでこぼこしているが、光沢がある。
「これは……?」
「黒剛石という」
ゴルドンは答え、黒剛石を握った手を下ろした。
「ここから三時間ほど南東に行くと鉱山がある。そこで採れる希少な石だ。お前の拳ほどのものを持ってきたら修理を引き受ける。金はいらん」
「それでいいのか!?」
もしかすると頼みを聞いてくれないのではないか、と思っていただけに有難い話だった。
「分かったありがとう! その石を手に入れたらまた来るよ」
アロンを伴って帰ろうとしたところで、待て、とゴルドンに呼び止められた。
「……それは預かっておく」
ゴルドンはそう言ってアロンのクロスボウを指さす。彼の意図が読めなかったが、悪いようにされることはないと思えた。
「アロン、それをゴルドンさんに渡そう……きっと大丈夫だ」
アロンは小さく頷き、クロスボウを布ごとゴルドンの方へ差し出した。ゴルドンがそれをしっかり受け取ったのを確認し、ニールはアロンを連れて工房を後にした。
***
宿屋に戻ってきたニールは、仲間たちを集めて事の顛末を話した。
「修理費がいらないというのは聞こえはいいですけど……大丈夫なんですか。その鉱山、曰くつきとかでは?」
ゼレーナの懸念はもっともだ。鉱山での採取ならその術に長けた者はいるはずだが、ニールに戦えるか聞いてまで頼んできたのだから魔物がひしめく場所であることも考えられる。しかし、ゴルドンだけが頼みの綱だ。
「魔物が出るとしても、俺たちだったら対処できるだろ。ただ一日仕事になりそうなんだ」
「ニール、僕が一緒に行くよ」
エンディが名乗りをあげてくれた。
「ありがとう。イオ、お前も来てくれないか」
「……構わないが、鉱石には詳しくないぞ」
それでも、遠出をする際にイオの知識は色々と助けになる。
「大丈夫だ。なら後は……」
「大将、俺も連れていけ」
ギーランが声をあげた。彼は確実に魔物と戦える場合でない限り自分から役目を引き受けることがほぼないのだが、アロンの落ち込んだ様子に思うところがあるのかもしれない。
「ありがとう、頼むよ。じゃあ俺たちで鉱山に行くから、ルメリオとフランとゼレーナは王都に残ってくれ」
「分かった、気を付けてね!」
「ふふ、両手に花ですね。ニールもなかなか気がきくようになってきたではありませんか」
「何言ってるんですか気持ち悪い。まあ、お互い何事もないように祈っておきますよ」
これで指針は決まった。出発は明日の朝だ。
賑やかな市場を通り過ぎたところに伸びる薄暗い路地に入り進んでいく。目的地には看板もないため、見過ごさないよう注意してとリーサから言われていた。
「……あ」
一つの扉の前でニールは足をとめた。やや古ぼけた扉に、下を向いた蹄鉄がはめこんである。あらかじめ聞いていたゴルドンの工房の目印だ。石造りの建物は二階建てだが両脇に建つ家と比べると少し低い。窓は上の階にしかなく、中の様子が分からない。
「ここだな……」
呼び鈴は見当たらない。扉を拳で軽く叩いてみたが、返事も誰かが出てくる気配もなかった。
ニールは意を決して、扉に手をかけてそっと押した。鍵はかかっておらず、すんなりとニールたちは中に迎え入れられた。来客があったことを知らせる、扉に吊るされた小さな鐘がからんと音を響かせた。
薄暗い部屋の中心に陣取っているのは、大きな作業台だった。その上には槌やはさみ、ニールには名前が分からない道具が散らばっている。壁には剣や斧などの武器がかけられており、おそらく材料や仕事道具が入っているのであろう木箱が部屋の隅やあちこちに積まれていた。
そして部屋の奥には、赤々と燃える炎を抱く炉が据えてあった。その前に、ニールに背を向けて男が立っている。
「こんにちはー」
勝手に作業場に踏み込んでいいものか分からず、ニールはその場で声を発したが反応がない。
アロンが不安そうな顔を向けてきた。叱られるのを承知で、ニールは炉に向き合っている人物の方へゆっくり近づいていった。アロンが後に続く。
男は金床に向かい、鉄を打っているようだった。白いものが混じる黒髪を無造作に後ろでまとめている。ニールたちに気づいていないのか気にしていないのか、手元の作業に集中するばかりだ。
「あの……ゴルドンさん?」
おずおずとニールが呼びかけると、男は手を止めた。彼がゴルドンで間違いないのだろう。ゴルドンが体をニールたちの方に向けた。背が高く、ギーランよりいくらか細身ではあるが、服の上からでも分かる引き締まった体格をしている。鋭い目つき、途中が盛り上がった鼻筋。まるで鷲が人間に姿を変えたかのようだった。肘丈の白いシャツと煤汚れがついたズボンの上に、厚手の胸から膝までを覆う前掛けをつけている。
目元に皺が刻まれ、並の魔物より威圧感があるその姿にニールは一瞬身をすくませたものの、何とか口を開いた。
「初めまして。俺はニール、こっちが仲間のアロン。ゴルドンさんに頼みたいことがあって来たんだ」
そこで言葉を切り様子を見たが、ゴルドンは一言も話さない。続きを促しているものと受け取り、ニールはアロンに目配せをした。修理の依頼は、アロンの口から直接しようとあらかじめ決めてあった。
アロンは手にしていた布の包みをほどき、クロスボウを取り出した。
「これ、おれの……おれが作ったんだ。でも、使ってたらこわれちゃって、おれひとりじゃ直せない。たすけてほしいんだ」
「アロンの大事なものなんだ。ゴルドンさんはすごく腕がいいって聞いたから、どうしてもお願いしたくて。今すぐ払えるお金はあんまりないんだけど……待ってくれるなら何とか用意するし、代わりにできることがあるなら何でもする」
やはりゴルドンは言葉を発さない。口がきけないということはないはずだが。彼の視線はクロスボウに注がれていた。もし直せないと言われたら――ニールの胸に不安が募る。
ゴルドンがわずかに首を動かし、今度はニールの腰に下げられた剣を見た。
「……戦えるのか」
低い声だった。だが、見た目ほどの鋭さは感じられない。
「え、俺? ……一応、腕に覚えはあるけど」
戸惑いつつニールが答えると、ゴルドンはわずかに目を細めた。しばしの間の後、彼は大股で近くにあった棚の方へ向かい、そこに置いてあった箱を開けて小さな何かを取り出した。そして元のところに戻ると、ニールの目の前で右手を広げた。
そこにあったのは酒瓶のコルク栓より少し小さいくらいの黒い石だった。表面はでこぼこしているが、光沢がある。
「これは……?」
「黒剛石という」
ゴルドンは答え、黒剛石を握った手を下ろした。
「ここから三時間ほど南東に行くと鉱山がある。そこで採れる希少な石だ。お前の拳ほどのものを持ってきたら修理を引き受ける。金はいらん」
「それでいいのか!?」
もしかすると頼みを聞いてくれないのではないか、と思っていただけに有難い話だった。
「分かったありがとう! その石を手に入れたらまた来るよ」
アロンを伴って帰ろうとしたところで、待て、とゴルドンに呼び止められた。
「……それは預かっておく」
ゴルドンはそう言ってアロンのクロスボウを指さす。彼の意図が読めなかったが、悪いようにされることはないと思えた。
「アロン、それをゴルドンさんに渡そう……きっと大丈夫だ」
アロンは小さく頷き、クロスボウを布ごとゴルドンの方へ差し出した。ゴルドンがそれをしっかり受け取ったのを確認し、ニールはアロンを連れて工房を後にした。
***
宿屋に戻ってきたニールは、仲間たちを集めて事の顛末を話した。
「修理費がいらないというのは聞こえはいいですけど……大丈夫なんですか。その鉱山、曰くつきとかでは?」
ゼレーナの懸念はもっともだ。鉱山での採取ならその術に長けた者はいるはずだが、ニールに戦えるか聞いてまで頼んできたのだから魔物がひしめく場所であることも考えられる。しかし、ゴルドンだけが頼みの綱だ。
「魔物が出るとしても、俺たちだったら対処できるだろ。ただ一日仕事になりそうなんだ」
「ニール、僕が一緒に行くよ」
エンディが名乗りをあげてくれた。
「ありがとう。イオ、お前も来てくれないか」
「……構わないが、鉱石には詳しくないぞ」
それでも、遠出をする際にイオの知識は色々と助けになる。
「大丈夫だ。なら後は……」
「大将、俺も連れていけ」
ギーランが声をあげた。彼は確実に魔物と戦える場合でない限り自分から役目を引き受けることがほぼないのだが、アロンの落ち込んだ様子に思うところがあるのかもしれない。
「ありがとう、頼むよ。じゃあ俺たちで鉱山に行くから、ルメリオとフランとゼレーナは王都に残ってくれ」
「分かった、気を付けてね!」
「ふふ、両手に花ですね。ニールもなかなか気がきくようになってきたではありませんか」
「何言ってるんですか気持ち悪い。まあ、お互い何事もないように祈っておきますよ」
これで指針は決まった。出発は明日の朝だ。
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