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8.5話 調香師と似た者夫婦
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薄青色の髪をした新妻を見送り、調香師のジーラは再び店の奥で片付けの作業に戻っていた。しばらくの後、また店の入り口の扉が開く音がしたので客を出迎えるべく顔を出す。
そこにいたのは、茶色がかった金髪の男だった。身なりに派手さはないが、端正な顔立ちで品の良い男だ。おそらく豊かな国の貴族だろうとジーラは踏んだ。
「あら男前、あたし今日はついてるかも。いらっしゃいませ」
「ここは……」
陳列された商品を不思議そうに眺める男に、ジーラは尋ねた。
「お兄さん、どこから来た人?」
「フロレンシア王国だ」
「ああ、フロレンシア。そこから来るお客さん、皆羽振りがいいんだよねぇ。で、何かお探し? 火遊びの相手なら、あたし立候補しちゃおうかな」
「遠慮する。今は一人だが、妻と来ているのでな」
そういったことを目的とする者も少なからずいるのだが、目の前の男は違うようだ。客の機嫌を損ねるのは本意ではないので、ジーラは大げさに頷いた。
「そっかそっか。お兄さんみたいな男前を捕まえられたなんて、奥さんは幸せ者だねぇ」
「幸せなのは俺の方だ。すべてが完璧で、まさしく女神のような女性だから」
「わあぉ。聞いてるこっちが恥ずかしくなるよ」
「……すまない」
目の前の男に、先ほど訪れた客の女の姿が重なる。彼女もフロレンシア王国から来たと言っていた。
「うち、香水を主に取り扱ってるんだ。良かったら見てってよ。気になるのがあったら試してもいいし」
「香水か……普段から使うものではないな」
「え、まさか男だからとかそういうわけじゃないよね?」
「男性用のものもあると知ってはいる。だが仕事柄、あまり華美なものは身につけられない」
上流階級の男なら、香水は当たり前のように使用する身だしなみの一つだ。彼は貴族ではないということだろうか。
「ふーん、固い仕事してるんだね。でも、常に真面目でいなきゃいけないってわけじゃないんでしょ? せっかくだしこの機会につけてみない?」
考え込む素振りを見せた男に、ジーラは更にたたみかけた。
「お兄さん、結婚してどのくらい?」
「半年ほどだが」
「今が一番楽しいだろうけど、そういうときに気を引き締めるのが大事だよ。やっぱりさ、いつまでも男として見てもらいたいものでしょ?」
「それはもちろん」
「同じ人でも、匂いが変われば印象も変わるもんだよ。そういうところにちょっと変化をつければ、女はクラっとしちゃうの」
「……そういうものか。しかし俺には知識がない」
この男、隙がないように見えて案外そうでもないのかもしれない。ジーラは内心うきうきしながら胸を張った。
「そんなのあたしがお兄さんに合うのをばっちり見立ててあげるに決まってるじゃん。これでも調香師歴は十年超えてるんだから」
「そうか……では頼む」
「任せてー!」
男性がつけても違和感のないものをいくつか取り、彼の前にとんとんと並べる。
「すべてあなたが作ったものか?」
「そうだよ。ぜーんぶあたしの秘密のレシピ。色々あってね……」
商品の中から、男性がつけても違和感のない香水たちを試させる。男はどれにもいい反応を示さなかったが、最後に渡した、四角い瓶に入ったものを気に入ったようだった。
「これがいいな。一番癖がない」
「お、あたしもお兄さんにはこれが一番似合うかなーって思ったんだよね」
「値段は?」
「抜け目ないね。これは六百ジル。言っとくけど適性価格だよ。阿子木な商売すると女公さまにどやされて、最悪店を畳まされるからね」
「分かった」
納得したようで、男が財布を取り出す。ジーラは笑顔で付け加えた。
「でも、お兄さん男前だからおまけして五百と五十ジルにしたげる」
「上手だな」
「それほどでもー」
新品を箱に詰めて包みながら、ついでに香水の別の使い方についても説明しておいた。水を張ったコップに数滴垂らして置いておくと、部屋中に香りが行きわたるよと言うと、男は感心した様子で頷いた。
更に、せっかくだから今つけていきな、と彼の手首に香水を垂らした。彼の雰囲気によく合っている。
「今度は奥さんも連れてきてね」
代金を受け取り、品物を渡す。男が口元に笑みを浮かべた。
「ありがとう」
爽やかな香りが男の魅力を引き立たせる。男性慣れしていない初心な女なら瞬く間に心を奪われてしまうだろう。
男が去った後、ジーラは笑い声を漏らした。
「……ふふ」
同じ王国から来ていて、結婚して半年ほど。話を振った時の反応もそっくり――ジーラの予想が当たっていれば、再び落ち合った夫婦は、お互いから同じ香りが漂っていることに驚くだろう。その様子を直接見られないのが残念だった。
しかし、あの温和そうな風貌の紳士が夜は野獣……つくづく人は見かけによらないものだ。
「やっぱり今日はついてるね」
鼻歌を交えながら、ジーラはまた店の奥に引っ込んだ。
***
ゆるっと人物紹介⑥ ジーラ・フェイン
公国の商業区に店を出す調香師。店自体は目立たないが、質の良い香水と明るい接客は評判が良くリピーターが多い。
ちなみに、男性と女性どちらも好き。
そこにいたのは、茶色がかった金髪の男だった。身なりに派手さはないが、端正な顔立ちで品の良い男だ。おそらく豊かな国の貴族だろうとジーラは踏んだ。
「あら男前、あたし今日はついてるかも。いらっしゃいませ」
「ここは……」
陳列された商品を不思議そうに眺める男に、ジーラは尋ねた。
「お兄さん、どこから来た人?」
「フロレンシア王国だ」
「ああ、フロレンシア。そこから来るお客さん、皆羽振りがいいんだよねぇ。で、何かお探し? 火遊びの相手なら、あたし立候補しちゃおうかな」
「遠慮する。今は一人だが、妻と来ているのでな」
そういったことを目的とする者も少なからずいるのだが、目の前の男は違うようだ。客の機嫌を損ねるのは本意ではないので、ジーラは大げさに頷いた。
「そっかそっか。お兄さんみたいな男前を捕まえられたなんて、奥さんは幸せ者だねぇ」
「幸せなのは俺の方だ。すべてが完璧で、まさしく女神のような女性だから」
「わあぉ。聞いてるこっちが恥ずかしくなるよ」
「……すまない」
目の前の男に、先ほど訪れた客の女の姿が重なる。彼女もフロレンシア王国から来たと言っていた。
「うち、香水を主に取り扱ってるんだ。良かったら見てってよ。気になるのがあったら試してもいいし」
「香水か……普段から使うものではないな」
「え、まさか男だからとかそういうわけじゃないよね?」
「男性用のものもあると知ってはいる。だが仕事柄、あまり華美なものは身につけられない」
上流階級の男なら、香水は当たり前のように使用する身だしなみの一つだ。彼は貴族ではないということだろうか。
「ふーん、固い仕事してるんだね。でも、常に真面目でいなきゃいけないってわけじゃないんでしょ? せっかくだしこの機会につけてみない?」
考え込む素振りを見せた男に、ジーラは更にたたみかけた。
「お兄さん、結婚してどのくらい?」
「半年ほどだが」
「今が一番楽しいだろうけど、そういうときに気を引き締めるのが大事だよ。やっぱりさ、いつまでも男として見てもらいたいものでしょ?」
「それはもちろん」
「同じ人でも、匂いが変われば印象も変わるもんだよ。そういうところにちょっと変化をつければ、女はクラっとしちゃうの」
「……そういうものか。しかし俺には知識がない」
この男、隙がないように見えて案外そうでもないのかもしれない。ジーラは内心うきうきしながら胸を張った。
「そんなのあたしがお兄さんに合うのをばっちり見立ててあげるに決まってるじゃん。これでも調香師歴は十年超えてるんだから」
「そうか……では頼む」
「任せてー!」
男性がつけても違和感のないものをいくつか取り、彼の前にとんとんと並べる。
「すべてあなたが作ったものか?」
「そうだよ。ぜーんぶあたしの秘密のレシピ。色々あってね……」
商品の中から、男性がつけても違和感のない香水たちを試させる。男はどれにもいい反応を示さなかったが、最後に渡した、四角い瓶に入ったものを気に入ったようだった。
「これがいいな。一番癖がない」
「お、あたしもお兄さんにはこれが一番似合うかなーって思ったんだよね」
「値段は?」
「抜け目ないね。これは六百ジル。言っとくけど適性価格だよ。阿子木な商売すると女公さまにどやされて、最悪店を畳まされるからね」
「分かった」
納得したようで、男が財布を取り出す。ジーラは笑顔で付け加えた。
「でも、お兄さん男前だからおまけして五百と五十ジルにしたげる」
「上手だな」
「それほどでもー」
新品を箱に詰めて包みながら、ついでに香水の別の使い方についても説明しておいた。水を張ったコップに数滴垂らして置いておくと、部屋中に香りが行きわたるよと言うと、男は感心した様子で頷いた。
更に、せっかくだから今つけていきな、と彼の手首に香水を垂らした。彼の雰囲気によく合っている。
「今度は奥さんも連れてきてね」
代金を受け取り、品物を渡す。男が口元に笑みを浮かべた。
「ありがとう」
爽やかな香りが男の魅力を引き立たせる。男性慣れしていない初心な女なら瞬く間に心を奪われてしまうだろう。
男が去った後、ジーラは笑い声を漏らした。
「……ふふ」
同じ王国から来ていて、結婚して半年ほど。話を振った時の反応もそっくり――ジーラの予想が当たっていれば、再び落ち合った夫婦は、お互いから同じ香りが漂っていることに驚くだろう。その様子を直接見られないのが残念だった。
しかし、あの温和そうな風貌の紳士が夜は野獣……つくづく人は見かけによらないものだ。
「やっぱり今日はついてるね」
鼻歌を交えながら、ジーラはまた店の奥に引っ込んだ。
***
ゆるっと人物紹介⑥ ジーラ・フェイン
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