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二十四話 お妃様の新たな悩み
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今日のエリーズは、美しいドレスに身を包んだ五人の女性と王城の一室でテーブルを囲んでいた。
皆、エリーズと同じ年頃で名家の令嬢たちだ。お茶と菓子をお供に、色々な話題に花を咲かせて彼女たちと親睦を深めるはずだったのだが――
「レティシアさんのドレス、とても素敵ね。どちらの仕立屋さんにお願いしたの? それともどなたかからの贈り物かしら?」
エリーズの右隣に座る、萌黄色のドレスを来た令嬢レティシアは薄く笑った。
「王妃様のお召し物に比べれば全然大したことのないものですわ」
それを皮切りに他の令嬢たちも次々と口を開く。
「ええ、本当に! 紫色が本当によくお似合いですね」
「この中で一番お綺麗なのは間違いなく王妃様ですわ」
「さすが、陛下のお心を射止められた方です!」
彼女たちが並べ立てるのは、すべてエリーズを称える言葉だ。
「そ、そうかしら……? ありがとう」
礼を述べつつ、エリーズは自分のドレスに目を落とした。腰に薄い布で作ったリボンが結ばれている薄紫色のそれは、確かにエリーズのお気に入りだ。しかし、令嬢たちが着ているものも「大したことない」で済ませるにはもったいない。
先ほどからずっとこの調子だ。エリーズが何かを言うと、彼女たちは一様に「王妃様の仰る通りです」と答える。もしエリーズが「カラスは白い」と言ったとしても頷くのではないだろうか。にこやかな笑みを浮かべているが、どこかぎこちないようにも思えた。
近衛のリノンや女官たち、もちろんヴィオルともいつもそれなりに会話が弾むのに、実は自分には話を盛り上げる才能がないのだろうか――この茶会はエリーズが主催したものだが、客人からももっと自由に話題を出して欲しい。しかし令嬢たちは揃いも揃って控えめで、エリーズが言うことにはいと忠実に答えることだけに集中している。
「あ、あの、皆さんは好きな詩はある? わたしは『愛しき人へ』がすごく好きなのだけれど」
「ええ、私もそれが一番ですわ」
「わたしもそれが好きです!」
返ってくるのはまた同じ答え――エリーズは空しさを覚え、彼女たちに気づかれないようため息をついた。
***
茶会を終えた後、エリーズは近衛のリノンを自室に招いた。小さなテーブルを二人で挟んで座ると、エリーズの肩から自然に力が抜ける。
「リノン、聞きたいことがあるのだけれど、正直に答えてくれる?」
「ん、どーしたの急に。もちろん答えるよ」
「わたしとお話ししていて、面白くないと感じる時はある?」
リノンはきょとんとして首を傾げた。
「全然ないよ。エリーズって聞き上手だからすごく楽しい」
「わたしに何か、多くの方を嫌な気分にさせるような癖があるかしら?」
「あるわけないじゃん。何しても綺麗で尊敬しちゃう」
「リノン、カラスって白い鳥よね?」
「え、何言ってんの? カラスは普通黒でしょ……エリーズ大丈夫? かなり疲れてるんじゃないの、たまにはゆっくり寝かせてって陛下に頼んだ方がいいんじゃない?」
思いのほか心配されてしまったので、エリーズはふるふると首を横に振った。
「変なことを言ってごめんなさい。さっきまで一緒にいたご令嬢の皆さんがね……わたしが何を言ってもそうですねって頷くばかりで、ちゃんとお話ししている感じがしなかったの。だから、わたしに何か悪いところがあるのかしらと思って」
「そうだったんだ……」
リノンは申し訳なさそうな顔をしながら、人差し指で頬をかいた。
「どうしてだろうね……ごめん、あたし貴族のことにそんなに詳しくないから力になってあげられそうにないや……」
でも、と彼女は軽く身を乗り出した。
「少なくとも、エリーズが悪いってことは絶対にないと思うよ」
リノンはエリーズに対していつでも素直で正直だ。王妃という立場上、他の貴族たちとも長い付き合いになるためできるだけ仲良くしたかったが、それが叶わなくても彼女が傍にいてくれれば寂しさは感じない。
「ありがとう、リノン。わたしもあなたとお話ししているといつもすごく楽しいわ」
微笑みながらエリーズが言うと、リノンは顔をくしゃくしゃにしてテーブルの下で小さく足をばたつかせた。
「うあー、あたしがもし男だったら絶対にエリーズのこと好きになっちゃってた。陛下っていうどうあがいても勝てない相手がいるのにぃ」
「ふふ……もう、リノンったら」
その時、部屋の扉が静かにノックされた。エリーズが応えると、女官のカイラが姿を現した。
「失礼致します。エリーズ様、本日の晩餐会に向けてのお着換えを始めさせて頂きたいのですが」
「まあ、もうそんな時間なのね」
解決ができた訳ではないが、リノンに悩みを打ち明けたことで少しはすっきりした。エリーズは気持ちを切り替えて準備のため席を立った。
***
後日。エリーズはヴィオルと共に、客人を迎え入れる謁見の間にいた。部屋の最奥に据えられた、赤いベルベットが張られた二つの玉座にそれぞれ座り、そろそろ来るはずの訪問者を待つ。ヴィオルは時折エリーズの方に視線を送り、エリーズが見つめ返すと嬉しそうに目を細めるのを繰り返した。ジギスの他に使用人たちが数名、部屋の隅に控えているため堂々と愛しい妃に触れることができない中で彼が考え出した、構ってもらう手段のようだ。
目線だけで静かにじゃれ合っているうちに、ゆっくりと謁見の間の扉が開いた。ヴィオルが一瞬で王の顔に変わりその方に目を向ける。
姿を現したのは薄紅色のドレスをまとった金色の髪を持つ長身の女性、エーデルバルト家の公女であるグローリエだった。ヴィオルとは昔からの付き合いだが、エリーズは王妃お披露目の夜会で会ったきりだ。グローリエは部屋の入り口から玉座まで敷かれた長い絨毯の上を歩き、国王夫妻の前まで来ると姿勢を低くした。ドレスの裾が花びらのようにふわりと広がる。
「御機嫌よう、国王陛下、王妃様」
「グローリエ、元気そうで何よりだ。固くならなくて構わないよ」
「お心遣いに感謝致します」
ヴィオルに声をかけられ、グローリエはゆっくりと立ち上がった。夜会での対面の際と変わらない相変わらずの優雅な所作に、エリーズは思わず圧倒されてしまった。
「お久しぶりです、王妃様。お元気でいらっしゃいますか?」
自分に向けられた言葉にエリーズははっとし、慌てて返事をした。
「は、はい。お気遣いありがとうございます」
少々声が上ずってしまったように思えたが、グローリエは微笑を浮かべるだけだった。挨拶を終え、さて、とヴィオルが玉座から立ち上がる。
「あまり時間を取らせるのは申し訳ないからね。さっさと移動しようか」
グローリエが訪問する目的はエリーズも事前にヴィオルから伝えられていた。エーデルバルト家の当主である公爵は以前から体調を崩し伏せりがちになっている。彼に代わって一人娘であるグローリエが公務に出向いており、今日も国王と話さなければならないことがあるのだという。機密性が高い内容らしく話合いはヴィオルとグローリエの二人だけで行われるため、エリーズの出番はここまでだ。
エリーズがこの場に呼ばれたのは、王家に近しい立場であるグローリエと久しぶりに顔を合わせておいた方が良いだろうというヴィオルの気遣いだった。
「王妃様、申し訳ございませんが陛下をしばらくお借り致しますわね」
「やましいことは一切ないからね。余計な話は一切せずに終わらせる」
とにかく浮気の意思は断じてないのだと強調した物言いをするヴィオルに、エリーズは微笑みかけた。
「大丈夫よ。分かっているから」
「王妃様、いずれエーデルバルト家にご招待致しますわ。ゆっくりお話ししましょう」
その時、エリーズは奇妙な胸の引っ掛かりを覚えた。エーデルバルト家という名前を、グローリエとの初対面の更に前に聞いた気がする。しかし、それがいつでどのような話だったかが思い出せない。
「ありがとうございます。楽しみにしております」
疑問を頭の片隅に追いやり、エリーズはグローリエに会釈で応えた。
皆、エリーズと同じ年頃で名家の令嬢たちだ。お茶と菓子をお供に、色々な話題に花を咲かせて彼女たちと親睦を深めるはずだったのだが――
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エリーズの右隣に座る、萌黄色のドレスを来た令嬢レティシアは薄く笑った。
「王妃様のお召し物に比べれば全然大したことのないものですわ」
それを皮切りに他の令嬢たちも次々と口を開く。
「ええ、本当に! 紫色が本当によくお似合いですね」
「この中で一番お綺麗なのは間違いなく王妃様ですわ」
「さすが、陛下のお心を射止められた方です!」
彼女たちが並べ立てるのは、すべてエリーズを称える言葉だ。
「そ、そうかしら……? ありがとう」
礼を述べつつ、エリーズは自分のドレスに目を落とした。腰に薄い布で作ったリボンが結ばれている薄紫色のそれは、確かにエリーズのお気に入りだ。しかし、令嬢たちが着ているものも「大したことない」で済ませるにはもったいない。
先ほどからずっとこの調子だ。エリーズが何かを言うと、彼女たちは一様に「王妃様の仰る通りです」と答える。もしエリーズが「カラスは白い」と言ったとしても頷くのではないだろうか。にこやかな笑みを浮かべているが、どこかぎこちないようにも思えた。
近衛のリノンや女官たち、もちろんヴィオルともいつもそれなりに会話が弾むのに、実は自分には話を盛り上げる才能がないのだろうか――この茶会はエリーズが主催したものだが、客人からももっと自由に話題を出して欲しい。しかし令嬢たちは揃いも揃って控えめで、エリーズが言うことにはいと忠実に答えることだけに集中している。
「あ、あの、皆さんは好きな詩はある? わたしは『愛しき人へ』がすごく好きなのだけれど」
「ええ、私もそれが一番ですわ」
「わたしもそれが好きです!」
返ってくるのはまた同じ答え――エリーズは空しさを覚え、彼女たちに気づかれないようため息をついた。
***
茶会を終えた後、エリーズは近衛のリノンを自室に招いた。小さなテーブルを二人で挟んで座ると、エリーズの肩から自然に力が抜ける。
「リノン、聞きたいことがあるのだけれど、正直に答えてくれる?」
「ん、どーしたの急に。もちろん答えるよ」
「わたしとお話ししていて、面白くないと感じる時はある?」
リノンはきょとんとして首を傾げた。
「全然ないよ。エリーズって聞き上手だからすごく楽しい」
「わたしに何か、多くの方を嫌な気分にさせるような癖があるかしら?」
「あるわけないじゃん。何しても綺麗で尊敬しちゃう」
「リノン、カラスって白い鳥よね?」
「え、何言ってんの? カラスは普通黒でしょ……エリーズ大丈夫? かなり疲れてるんじゃないの、たまにはゆっくり寝かせてって陛下に頼んだ方がいいんじゃない?」
思いのほか心配されてしまったので、エリーズはふるふると首を横に振った。
「変なことを言ってごめんなさい。さっきまで一緒にいたご令嬢の皆さんがね……わたしが何を言ってもそうですねって頷くばかりで、ちゃんとお話ししている感じがしなかったの。だから、わたしに何か悪いところがあるのかしらと思って」
「そうだったんだ……」
リノンは申し訳なさそうな顔をしながら、人差し指で頬をかいた。
「どうしてだろうね……ごめん、あたし貴族のことにそんなに詳しくないから力になってあげられそうにないや……」
でも、と彼女は軽く身を乗り出した。
「少なくとも、エリーズが悪いってことは絶対にないと思うよ」
リノンはエリーズに対していつでも素直で正直だ。王妃という立場上、他の貴族たちとも長い付き合いになるためできるだけ仲良くしたかったが、それが叶わなくても彼女が傍にいてくれれば寂しさは感じない。
「ありがとう、リノン。わたしもあなたとお話ししているといつもすごく楽しいわ」
微笑みながらエリーズが言うと、リノンは顔をくしゃくしゃにしてテーブルの下で小さく足をばたつかせた。
「うあー、あたしがもし男だったら絶対にエリーズのこと好きになっちゃってた。陛下っていうどうあがいても勝てない相手がいるのにぃ」
「ふふ……もう、リノンったら」
その時、部屋の扉が静かにノックされた。エリーズが応えると、女官のカイラが姿を現した。
「失礼致します。エリーズ様、本日の晩餐会に向けてのお着換えを始めさせて頂きたいのですが」
「まあ、もうそんな時間なのね」
解決ができた訳ではないが、リノンに悩みを打ち明けたことで少しはすっきりした。エリーズは気持ちを切り替えて準備のため席を立った。
***
後日。エリーズはヴィオルと共に、客人を迎え入れる謁見の間にいた。部屋の最奥に据えられた、赤いベルベットが張られた二つの玉座にそれぞれ座り、そろそろ来るはずの訪問者を待つ。ヴィオルは時折エリーズの方に視線を送り、エリーズが見つめ返すと嬉しそうに目を細めるのを繰り返した。ジギスの他に使用人たちが数名、部屋の隅に控えているため堂々と愛しい妃に触れることができない中で彼が考え出した、構ってもらう手段のようだ。
目線だけで静かにじゃれ合っているうちに、ゆっくりと謁見の間の扉が開いた。ヴィオルが一瞬で王の顔に変わりその方に目を向ける。
姿を現したのは薄紅色のドレスをまとった金色の髪を持つ長身の女性、エーデルバルト家の公女であるグローリエだった。ヴィオルとは昔からの付き合いだが、エリーズは王妃お披露目の夜会で会ったきりだ。グローリエは部屋の入り口から玉座まで敷かれた長い絨毯の上を歩き、国王夫妻の前まで来ると姿勢を低くした。ドレスの裾が花びらのようにふわりと広がる。
「御機嫌よう、国王陛下、王妃様」
「グローリエ、元気そうで何よりだ。固くならなくて構わないよ」
「お心遣いに感謝致します」
ヴィオルに声をかけられ、グローリエはゆっくりと立ち上がった。夜会での対面の際と変わらない相変わらずの優雅な所作に、エリーズは思わず圧倒されてしまった。
「お久しぶりです、王妃様。お元気でいらっしゃいますか?」
自分に向けられた言葉にエリーズははっとし、慌てて返事をした。
「は、はい。お気遣いありがとうございます」
少々声が上ずってしまったように思えたが、グローリエは微笑を浮かべるだけだった。挨拶を終え、さて、とヴィオルが玉座から立ち上がる。
「あまり時間を取らせるのは申し訳ないからね。さっさと移動しようか」
グローリエが訪問する目的はエリーズも事前にヴィオルから伝えられていた。エーデルバルト家の当主である公爵は以前から体調を崩し伏せりがちになっている。彼に代わって一人娘であるグローリエが公務に出向いており、今日も国王と話さなければならないことがあるのだという。機密性が高い内容らしく話合いはヴィオルとグローリエの二人だけで行われるため、エリーズの出番はここまでだ。
エリーズがこの場に呼ばれたのは、王家に近しい立場であるグローリエと久しぶりに顔を合わせておいた方が良いだろうというヴィオルの気遣いだった。
「王妃様、申し訳ございませんが陛下をしばらくお借り致しますわね」
「やましいことは一切ないからね。余計な話は一切せずに終わらせる」
とにかく浮気の意思は断じてないのだと強調した物言いをするヴィオルに、エリーズは微笑みかけた。
「大丈夫よ。分かっているから」
「王妃様、いずれエーデルバルト家にご招待致しますわ。ゆっくりお話ししましょう」
その時、エリーズは奇妙な胸の引っ掛かりを覚えた。エーデルバルト家という名前を、グローリエとの初対面の更に前に聞いた気がする。しかし、それがいつでどのような話だったかが思い出せない。
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