最高に熱くて楽しい夏の話

Coco

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ロダン・・・語り、葵木里成(あおきさとなり)

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 野球部に半分移籍してから一ヶ月が経った。オレは代打というより、野球部専属のカメラマン化している。
「ルーキーズだな」
「スラムダンクっぽくもある」
 オレたちがあまり上達しないまま、甲子園の予選会が開幕した。オレたちの野球レベルは多分、入部当初の桜木花道並み。しかも、花道みたいな人並みはずれたパワーもない。
「一戦も落とせない・・・」
 匡弥のためにも関谷のためにも絶対に負けられないというこのプレッシャー・・・ああ・・・胃が痛くなりそう・・・ってかもうなってる。
「関谷は来ないな」
 オレたちが野球部に入ってから、関谷は一度も来ていない。
「だからこそ、今日勝たないと」
 そう、和騎の言うとおり。今日勝てば、それは次の試合につながる。次の試合には来るかもしれない。可能性はこの一戦一戦すべてにかかってるんだ。
 オレたちの中でこういう勝負の舞台慣れしてるのはやっぱり和騎とアキ。ふたりは小学生の頃から市内や県内の駅伝大会や水泳大会なんかに出場していた。オレ達はいつも沿道やプールサイドで自作の旗を振ってた・・・懐かしいな。ていうか、なんか今とあんまり変わってないな。成長してないってことかな。
「匡弥、大丈夫かな?」
 今日の匡弥には近づけない。
 匡弥は朝からひとことも喋ってない。考えてみれば、オレ達は中学の頃から部活はばらばらだったから、応援に来たことはあっても、ベンチでの匡弥を見るのは今年が初めてだ。
「固まってるね」
 ベンチの端に座ってグランドをじっと見ている・・・何かに似ている・・・あ、ロダンの“考える人”にそっくり。
「あれで大丈夫なのか?」
「大丈夫だよ」
 答えたのは大関だ。野球部での匡弥を一番よく知っている人。
「そろそろ時間だから、ちょっと声かけてくるね」
 大関はにこっと微笑み、座っている匡弥のところにいく。匡弥の隣に座って、何か話し、匡弥がそれに頷く。ふたりは立ち上がってきゅっと伸びをした。
「いくぞ!」
 今日初めて匡弥の声を聞いた。
「スイッチ、入ったみたいだね」
 試合前のスイッチは大関にしか入れられないらしい。
「さて、いきますか」
 こうして、身体能力はともかく心だけは高校球児になりきったオレたちの、最初で最後の夏が始まった。

「まずは一勝だね」
 一日中眉間のしわが消えない匡弥に、楽しそうに笑う大関。なんか正反対だけど、だからいいのかも。
「甲子園まで、何試合あるんだっけ?」
「えっと・・・」
 朝斗とアキが甲子園マガジンを広げる。本当は甲子園マガジンって名前じゃないんだけどね。最近はこれがオレたちの愛読書になってる。
「いち、にい、さん・・・」
 この甲子園マガジンには全国の注目高校注目選手や監督がアップされていて、それぞれの歴代の記録や出身のプロ野球選手や大リーガーなんかも載ってて、読み込むと結構はまる。
 もちろん、甲子園出場経験も、プロ選手の輩出歴もない秋沢はページの端にも出てこない。秋沢の名前が出てくるのは神奈川大会のトーナメント表くらいだ。
「7試合かな」
「7試合?」
 甲子園までの道のりは遠い。
「身が持たない・・・」
 今日一日だけでもかなりどきどきしっぱなしだったのに・・・(今日は代打が回ってこなかったからグランドに出てはないんだけど)・・・こんな日があと7日もあると思うと・・・。
「大丈夫だよ。みんなもっと肩の力を抜いて。おれたちにはおれたちの夏を用意すればいいんだから」
 オレたちが6人でいるときは匡弥が空気を軽くしてくれるけど、野球部ではそれは大関のポジションだ。この空気にもそろそろ慣れてきた。
「大関の言うとおり」
「夏を楽しめばいい」
 高校最後の最高に楽しい夏の準備は少しずつ進んでいた。

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