最高に熱くて楽しい夏の話

Coco

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要塞・・・語り、葵木里成

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 入るのをためらいそうになる。
「まるで要塞だね」
 夢の甲子園球場は、テレビで見るのと同じ外観。でも、入っていいのか、迷う。たくさんの高校球児と、全国の高校野球ファンが集まる聖地。
 高校野球夏の甲子園・一回戦 県立秋沢高等学校(神奈川県)対県立泉沢等学校(岩手県)
 いよいよ、甲子園の本番が幕を開けた。オレたちの第一戦の相手は、優勝候補のスター選手がいる学校だ。うちに、スター選手はいない。
「胃薬飲んだのに、胃が痛い・・・」
 匡弥が珍しく眉間にしわを寄せて胃を押さえてる。匡弥まで胃が痛いなんて・・・やっぱり、ここは甲子園だ。
「胃薬?」
「うん、継亮に渡された」
「え?継亮、マジでやったの?」
 継亮は無言でにこっと微笑んだ・・・こいつ、悪魔だ・・・以下回想・・・。

 県大会決勝戦・試合開始前
『どうした、ナリ?』
『いや、胃が痛くて』
『大丈夫か?』
『うん・・・毎試合こうだったから・・・でも、今日は一番痛いかも』
 ベンチにうずくまるオレ。オレと継亮はほとんどベンチ待機でグランドに出ることはほぼないけど、それでも・・・継亮は胃が痛くないの?
『ほら』
『なに?』
『胃薬』
 受け取った錠剤からほんのりミントの香りが・・・これは胃薬ではない。
『胃薬じゃないでしょ?』
『ばれたか』
『こんなときに騙さないでよ』
『今の匡弥なら騙せそうじゃね?』
 ふと見ると、匡弥はまたあの“考える人”ポーズで試合前のロッキー・バルボア並みに渋い顔をしていた。
『止めときなって、かわいそうだよ』
『いけそうだけどな』

「マジでやったって?」
「匡弥、それ、胃薬じゃなくて、フリスクだよ」
「え?」
「予選会の日も、飲んだ後落ち着いてたから、自己暗示でも案外いけんだなって思ってよ」
「あれもフリスク?」
「いや、あれはミンティアだったかな」
 いや、どっちでもいいでしょ?むしろオレは、ピンキーでもいいと思う。って言うか匡弥、ミントのにおいで気づいてよ!

「いつもどおりだ」
 6回裏・・・そう、いつもどおり、前半負けてる・・・でも、半端な負け方じゃない。
「9点差・・・」
 あと一点で二桁。ここまで点差が開いたのは、練習試合含め、初めてだ。因みに0‐9。
「最後まで諦めない」
「うん」
「全国の壁は高いけど、おれたちだって、神奈川の王者だよ」
「そうだな」
「さあ、いこう」

 あっさりと。本当にあっさりとその瞬間は訪れた。
「・・・・・・」
 前半からずっと負けていたオレ達は、いつもどおり、後半調子が上がったが、最終的には2‐9。全国の壁はやっぱり高くて、試合終了の合図とともに、オレたちの夏は終わった。
「匡弥・・・」
 甲子園のグランドに跪いた匡弥。
「泣くな」
「・・・うん・・・」
「ここで負けたことじゃなくて、この土を踏んだことに意味があるんじゃないか」
 和騎の言葉に、匡弥がしきりに頷いている。
「・・・わかってる・・・わかってるよ・・・ただ・・・」
「ただ?」
 顔を上げた匡弥は、確かに泣いていたけど、泣いてる以上に、笑顔だった。
「・・・ただ、みんなと一緒にここまで来れて、ここに立てたことが、嬉しくて・・・ありがとう・・・」
 オレたちも、匡弥と同じか、それ以上に幸せだよ。なんたってオレたちは、半年前まで野球なんか、遊び程度にしかやったことなくて、ボールの投げ方も、バットの握り方も、何から何まで、全部教えてもらって、やっとグランドに立てるようになったんだから。そんなオレたちが、甲子園だよ?
「みんな、おれがここに来るのを助けてくれるために、自分の部活とか、バイトとか、全部捨てちゃったじゃん・・・」
 匡弥、何で泣くの?オレたちは誰も、そんなこと気にしてないし、むしろ、考えたことも、きっとなかったよ。
「オレたちは大丈夫だよ」
 一番に名乗りを上げて、ここまでついてきたアキは本当に優しい。そのアキに引っ張られて、オレたちはここまで来たよ。
「そんなこと、気にするなよ」
「でも・・・」
 オレたちみんな、最高の夏だったと思ってるから。
「何もかも捨ててでも助けたいと思える相手がいるなんて、俺達の人生って最高だろ?」
 そう言って微笑んだ。やっぱり、和騎はかっこいいよ。

「お帰りなさい・・・」
 控え室を出た後、夕暮れの甲子園球場の入り口に立っていたのは、結実ちゃんだった。制服でもなく、エプロンでもない結実ちゃんは、いつもより、ぐっと大人っぽく見える。でも、子供みたいな顔をして、今にも泣きそうだった。
「ただいま・・・」
「約束、守ってくれる?」
 結実ちゃんが言って、匡弥が息を止めた。
「・・・おれは、負けたんだよ」
 どんな約束をしたのかは知らないけど、勝ったか負けたかは、きっと、結実ちゃんには関係ないんだよ、匡弥。大切なのは、匡弥がそばにいることなんじゃないかな。
「ここまでくるのに、ずっと勝ってきたじゃない?」
「ありがとう・・・」
「約束、守ってね」
「おれともう一度、付き合ってください」
 言った匡弥に、結実ちゃんは涙目で笑った。

 こうして、俺たちの最高に熱くて楽しい夏は終わった。
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