最高に熱くて楽しい夏の話

Coco

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王者・・・語り、枚田朝斗

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「・・・人生って、上手くできてんだな」
 ベンチに座ったまま、継亮がふと言った。確かにその通りだ。少なくとも、オレたちの人生は、上手くできているらしい。
「・・・信じられないよ」
 あのあと、打席に立った関谷は、信じられないことに、ホームランを打った。本当にサヨナラホームラン・・・塁に出ていた和騎と、打った関谷がホームへ帰り、オレたちの甲子園への切符は、そこで決まった。人生は時として、作り物のドラマより、ドラマチックな展開を迎える。オレたちにとっては、今がまさにそのときなのかもしれない。
「勝った・・・」
 珍しく、浅見先生が言葉を失って立ち尽くしている。
「・・・・・・」
 匡弥が何も言わないと思ったら、目を見開いて得点版を眺めていた。
「匡弥、勝ったよ」
「ああ・・・」
「甲子園への切符が手に入ったよ」
「ああ・・・」
 何を言っても、今はダメみたい。
「匡弥、整列して、挨拶するよ」
「ああ・・・」
 オレが匡弥の背中を押して、アキが手を引いて、匡弥はグランドに並ばされて、頭を下げるときも、アキが無理に下げさせてた。
「大丈夫か?」
「・・・ちょっとびっくりしちゃって・・・」
 そのひとこと以来、匡弥は秋沢のグランドに帰り着くまで、ひとことも何も言わなかった。

「ただいま」
 秋沢の誰もいないグランドに帰ってきた。もう、陽は沈みかけている。
「勝ったね」
「うん」
 ここでいつも、その日の試合の反省会をして、あのときああすれば、相手はこうだった、あそこでミスがなければ・・・なんて、みんなそれぞれ試合についても意見を言い合う。でも、今日はみんなほとんど喋らない。きっと、話すことが何もないから。今日の試合を通して、反省するべき点は、きっとたくさんあると思うけど、今は何も、話さなくていい。ただ、勝ったことだけを確かめ合えば、それで充分だから。
「勝ったってことは、まだ先があるってこと」
 そう、この道は甲子園に続く。
 でも、とりあえず今夜オレ達は、神奈川の王者になった。

「修学旅行みたいだな」
 右手に富士山を見ながら、駅弁を食べる。そう、今、東海道新幹線の中。
「継亮、あの城なに城?」
「さあ?熱海城かな?」
「見て、海見えてきた!」
「浜名湖じゃない?」
 はしゃぐオレたちの中で、ひっそりと黙り込んでふたり掛けの席におさまっている・・・匡弥と大関。ふたりはきっと、オレたちとは違う気持ちで今を迎えているんだね。オレたちよりも、ずっと感慨深い感じで。
「大丈夫?」
 もうひとり、新幹線に乗ってから、ずっと黙り込んでいる人がいる。
「ええ、ちょっと珍しくて」
「景色が?」
「初めてなんです。新幹線に乗るの」
 関谷はお弁当も食べずにずっと窓の外を眺めてる。
「中学の修学旅行はどこだったの?」
「京都でしたよ。でも、母が入院することになって行ってないんですよ」
「あ、ごめん・・・」
「いえ、俺、団体行動苦手だし、クラスに友達っていなかったから“行けなくてラッキー”って思ってましたから」
 普段は不愛想で怖い顔してるけど、話し出すと穏やかで、笑うといい顔してる。
 そういえば、オレが東海道新幹線に乗るのは中学生のときの京都の修学旅行以来。今日はあの日と同じくらいワクワクしてる・・・でも、緊張もちょっとあるかな。匡弥はやっぱり、今日もほとんどしゃべってない。最初の頃は、無口な匡弥が心配で気になったけど、今ではこれもなれっこで、試合が始まれば、鬼に戻るから大丈夫。
「朝斗」
「ん?」
 和騎がお菓子を回してくれた。
「ありがとう」
 新大阪まではあっという間だった。大阪は、小田原よりも暑い。
「大阪城ってエスカレーターあるらしいよ」
「グリコまでどれくらいかな?
 大阪といえばグリコだけど(?)今回はそんな余裕なさそう。
「いや、まずは甲子園球場見てからね」
 在来線を乗り継いでやっと本日の宿泊地へ到着。今日はホテルに直行して、試合は明日。
「なんか、秋沢のグランドじゃないと落ち着かないね」
 それぞれの部屋でみんな筋トレ。明日のために今できることは、これくらいしかない。明日の相手チームの映像ももう飽きるほど見た。
「107,108,109・・・」
 アキは数を数える以外は喋らず腹筋。よくこんなに連続できるね。
「オレも、もうちょっとやろうかな」
 オレ達は明日に疲れが残らない程度に筋トレをして、少し落ち着かない気持ちのままいつもより早く眠りに落ちた。
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