7 / 9
決意・・・語り、半沢匡弥
しおりを挟むちょっと前の話・・・おれは、二週間ため続けた宿題を片付けるために、みんなと一緒に久しぶりにマリ・ベーカリーに行った。実は、結実ちゃんと直接あって話をするのも久しぶり。メールや電話はするし、試合の日もいつもきてくれるけど、それじゃあ全然足りない・・・少なくとも、おれはそう思っていた。
「ほんとによかったのに」
送るといったおれを断った結実ちゃん。でも、結局おれはこうして自転車を押しながら、彼女の家の前まで来た。
「実は、話したいことがあって」
「なぁに?」
ちょっと首を傾げて、おれを見上げる。
「ごめん・・・」
「え?」
「・・・別れよう」
結実ちゃんの表情が曇り、大きな瞳が潤む・・・。
「どうして?私・・・何か怒らせるようなことした?」
「そうじゃない・・・」
「じゃあ、どうして?」
「今でも好きだよ、すごく。でも、今のおれには、野球が一番だから・・・ゆっくり会う時間もないし、デートもできないし、どこにもつれてってあげられないから・・・だから・・・」
「つれてってよ」
言いかけたおれを遮って結実ちゃんが言う。
「え?」
「甲子園まで」
「結実ちゃん・・・」
「夏中応援に行くから!そばにいけなくても、見に行くから!連れてってよ!甲子園まで!」
涙目のまま、きっとおれを睨むように見た。
「・・・・・・」
わかったよ・・・でも、やっぱり・・・。
「でも、やっぱり別れよう・・・」
おれの言葉に、結実ちゃんがしばらくおれを見詰めて黙り込む。
「・・・そう・・・」
しばらくして・・・一言だけ言った。おれの気持ちにきっと、納得してくれたんだ。
「甲子園で、もう一度君に告白するよ」
魂が抜けてる・・・。
「匡弥、しっかり!」
朝斗に背中を軽く叩かれる。
「うん」
原因は、結実ちゃんと別れたからじゃなくて、決勝戦が迫っているから。そう、おれ達はついに、神奈川の頂点へと上り詰めようとしている。甲子園まで、あと一戦。
「すごいな」
部活が終わってから、おれ達は6人だけで校庭に座って空を眺めている。日が長くなり、きれいな夕焼けが紺色の中に溶けて、もうすぐ、山並みが影絵のように黒く浮かび上がってくる。
「きたね」
ついに、ここまで登ってきた。
「まだ、あと一戦ある」
そう、まだあと一戦ある・・・でも、言い換えれば、あと一戦しかない。
「やればできる」
やればできる・・・ここに来るまで、確かにたくさんの幸運に恵まれてきたかもしれないけど、頑張れば夢って、叶えられるものなんだ。
「さあ、もうちょっとで、神奈川の一番上の景色に出会えるよ」
握り慣れたバッドを手に、おれは県内最後の試合へ望んだ。
「さすがに決勝だね」
勝負の舞台慣れしているアキでさえも目を見開いて会場を見回す。今までのどの試合よりも観客が多い。ベンチまで声援が押し寄せてくる。そして、声援に押しつぶされそうになる。
「敵方の声援ばっかりだけどね」
今日の相手は、去年の甲子園出場校。当然、甲子園の常連だし、秋沢は予選会であたったこともない相手だ。しかも、あっちは私立で、こっちは公立。普段の練習設備から言っても、雲泥の差がある・・・ま、それは言い訳になっちゃうから、今は忘れよう。
「あ、」
会場内を移動中に、今日の対戦相手チームとすれ違った。
「今日は、宜しくお願いします」
「こちらこそ」
立ち止まって言ったおれに、日に焼けて、いかにも野球部って感じの主将格の人が答えた。
「ほんと、イケメンぞろいだね」
そう、今まで何の功績もなかった秋沢野球部に張られた宣伝文句は“イケメン揃いのアイドル球児”さすがにここまで来ると、あちこちのスポーツ誌に名前が挙がるようになる。でも、おれ達は別に、アイドルしてるわけじゃない。しかも、アキ以外は別に普通の高校生だと思う。
「普通だとおもいますけど・・・」
「控えめで、いかにもアイドル球児らしいね。でもまあ、顔で野球するわけじゃないからね」
これって、嫌味?
「失礼します」
「では、またグランドで」
なんか嫌味っぽかったけど、そんなこと、今気にしてる場合じゃない。相手になんと言われようと、観客がなんと思おうと、おれたちはおれたちの野球をやればいい。
「でも、この顔のおかげで遠征費は稼げてるけどな」
継亮と朝斗のあこぎな商売のおかげで、おれ達は遠征費のほとんどをそれでまかなえてる。
「まあ、なんて言われてもいいよ」
「大切なのは結果だから」
みんな今の嫌味もすっきりと忘れて試合に望めそうでよかった。
「胃が痛い・・・」
ナリは全試合でこう言い続けて来たけど、今日はおれも胃が痛い。なんたって、この試合は、おれが小学生のときから野球を続けてきて、いままでで一番大きな舞台なんだから。胃が痛くて当然だ。
「匡弥、しっかりしろ」
和騎に喝を入れられた。和騎は胃が痛くないの?
「匡弥、はい」
継亮が小さな錠剤とペットボトルの水を寄越した。
「なに?」
「胃薬」
おれは頷いて胃薬を流し込んだ・・・よし、大丈夫。胃薬飲んだから、もう胃が痛くなるわけない。大丈夫、大丈夫、大丈夫。
「深呼吸して」
朝斗の号令でみんなが思いきり息を吸い込む。すぅーーーーー・・・・・・苦しい。
「匡弥、吸ったら吐いていいんだよ」
あ、そうか!
ふぅーーーーー。よし、行くぞ。
「さ、いこう」
甲子園まであと一歩。おれたちはゆっくりと踏み出した。
今日は、序盤からいつもと違う展開だった。いつもの秋沢野球は序盤は負けている。奇跡のサヨナラとかぎりぎりで逆転勝利するパターンが大半だ。でも、今日は序盤の現段階で勝ってる・・・。
「怖いな・・・」
5回が終わった時点で2‐1・・・怖い。いつもなら、5回の終わりは1か0。どうして今日は、2なのだろう。
「守ったほうがいいのかな?」
守る・・・。
「いや、攻める」
ナリの言葉に、和騎は首を振った。
「でも・・・」
迷う朝斗と何も言わないみんな。
「たった1点しかないんだから、考えるのはやめようよ」
「アキ・・・」
「今の1点はないものと思って、いつもどおりの野球をしよう。いつものオレたちなら、負けてるころだよ。今日も、負けてるつもりで行こう」
アキの言うとおりだ。守る野球よりも、攻める野球よりも、まず、いつもの野球だ。
「よし、いこう」
1点あることに油断したわけじゃない。どちらかといえば、後半調子が上がる攻めの秋沢野球になった。でも、試合は初の延長戦に持ち込まれた。
「さすがに手強いね」
オレたちが裏の攻撃だから、同点にならない限り、ここで勝敗が決まる・・・現時点で一点負けてて、ツーアウト。塁に出ているのは和騎だけ。和騎が帰ってくるだけでは足りない・・・勝つためにはあと一点・・・。甲子園に行くためには・・・。
関谷がいたら・・・次の打席を任せたい・・・。
「・・・仕方ない・・・」
言いかけたおれに、神様は味方した。
「半沢さん、大関さん・・・」
立っていたのは、関谷だった。
「ナイスタイミングだね」
「お帰り」
一瞬、おれの妄想かと思うくらいのタイミング・・・よかった。来てくれて本当によかった。
「さあ、打ってオレたちを救って」
ナリがバットを差し出す。使う人がいないのに、毎試合毎試合、ずっとみんなで交代で持って歩いていた関谷のバット。今日それは、やっと持ち主の手に戻った。
「打てなかったら、どうするんですか?」
泣いてるのか笑ってるのか分からないけど、関谷は嬉しそうだ。
「打てるよ。それがルーキーの役目でしょ?」
「そうっすね」
袖で涙を拭い、いつものようにつり目がちの強気な目をして、関谷は打席に向かった。
0
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
失恋中なのに隣の幼馴染が僕をかまってきてウザいんですけど?
さいとう みさき
青春
雄太(ゆうた)は勇気を振り絞ってその思いを彼女に告げる。
しかしあっさりと玉砕。
クールビューティーで知られる彼女は皆が憧れる存在だった。
しかしそんな雄太が落ち込んでいる所を、幼馴染たちが寄ってたかってからかってくる。
そんな幼馴染の三大女神と呼ばれる彼女たちに今日も翻弄される雄太だったのだが……
病み上がりなんで、こんなのです。
プロット無し、山なし、谷なし、落ちもなしです。
詠唱? それ、気合を入れるためのおまじないですよね? ~勘違い貴族の規格外魔法譚~
Gaku
ファンタジー
「次の人生は、自由に走り回れる丈夫な体が欲しい」
病室で短い生涯を終えた僕、ガクの切実な願いは、神様のちょっとした(?)サービスで、とんでもなく盛大な形で叶えられた。
気がつけば、そこは剣と魔法が息づく異世界。貴族の三男として、念願の健康な体と、ついでに規格外の魔力を手に入れていた!
これでようやく、平和で自堕落なスローライフが送れる――はずだった。
だが、僕には一つ、致命的な欠点があった。それは、この世界の魔法に関する常識が、綺麗さっぱりゼロだったこと。
皆が必死に唱える「詠唱」を、僕は「気合を入れるためのおまじない」だと勘違い。僕の魔法理論は、いつだって「体内のエネルギーを、ぐわーっと集めて、どーん!」。
その結果、
うっかり放った火の玉で、屋敷の壁に風穴を開けてしまう。
慌てて土魔法で修復すれば、なぜか元の壁より遥かに豪華絢爛な『匠の壁』が爆誕し、屋敷の新たな観光名所に。
「友達が欲しいな」と軽い気持ちで召喚魔法を使えば、天変地異の末に伝説の魔獣フェンリル(ただし、手のひらサイズの超絶可愛い子犬)を呼び出してしまう始末。
僕はただ、健康な体でのんびり暮らしたいだけなのに!
行く先々で無自覚に「やりすぎ」てしまい、気づけば周囲からは「無詠唱の暴君」「歩く災害」など、実に不名誉なあだ名で呼ばれるようになっていた……。
そんな僕が、ついに魔法学園へ入学!
当然のように入学試験では的を“消滅”させて試験官を絶句させ、「関わってはいけないヤバい奴」として輝かしい孤立生活をスタート!
しかし、そんな規格外な僕に興味を持つ、二人の変わり者が現れた。
魔法の真理を探求する理論オタクの「レオ」と、強者との戦いを求める猪突猛進な武闘派女子の「アンナ」。
この二人との出会いが、モノクロだった僕の世界を、一気に鮮やかな色に変えていく――!
勘違いと無自覚チートで、知らず知らずのうちに世界を震撼させる!
腹筋崩壊のドタバタコメディを軸に、個性的な仲間たちとの友情、そして、世界の謎に迫る大冒険が、今、始まる!
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件
さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。
数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、
今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、
わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。
彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。
それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。
今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。
「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」
「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」
「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」
「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」
命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!?
順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場――
ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。
これは――
【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と
【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、
“甘くて逃げ場のない生活”の物語。
――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。
※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
隣の家の幼馴染と転校生が可愛すぎるんだが
akua034
恋愛
隣に住む幼馴染・水瀬美羽。
毎朝、元気いっぱいに晴を起こしに来るのは、もう当たり前の光景だった。
そんな彼女と同じ高校に進学した――はずだったのに。
数ヶ月後、晴のクラスに転校してきたのは、まさかの“全国で人気の高校生アイドル”黒瀬紗耶。
平凡な高校生活を過ごしたいだけの晴の願いとは裏腹に、
幼馴染とアイドル、二人の存在が彼の日常をどんどんかき回していく。
笑って、悩んで、ちょっとドキドキ。
気づけば心を奪われる――
幼馴染 vs 転校生、青春ラブコメの火蓋がいま切られる!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる