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初心・・・語り、保志継亮(ほしけいすけ)
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「これに勝てばいよいよ4強入りだ」
俺達はなんだかんだいいつつ、県大会のベスト8へと勝ち上がっていた。秋沢の野球部始まって以来の快挙らしい。因みに秋沢は今年で創立87年。随分古いだろ?しかも野球部は秋沢高校が始まってからずっと存続し続けてきた・・・なにの、一度もここまで上り詰めたことがない。どれだけ弱かったんだ?
「みてみて、これ、“秋沢・甲子園への軌跡”」
ナリはこの夏に撮った写真を次々と現像して写真集を作り上げている。小学2年生の時ナリが初めて自分のカメラを手に入れてから毎年作っている“夏休みの想い出アルバム(撮影:ナリ、編集:アキ)”のノリで。それにしても匡弥とアキ以外はほとんど活躍がうかがえないな・・・和騎でさえ活躍しているようには見えない。
「これ、いいんじゃない?」
朝斗が拾った写真には部活を終えてユニフォーム姿のまま、夕陽を眺めながらぐったりと地面に座って並んでいる俺たちの後姿。
「ユニフォームだけがオレたちが甲子園を目指していると語ってるね」
「しかもこれ、練習試合で負けた日の写真じゃない?」
あの練習試合の日が、随分遠く感じる。本当はまだ、大して経ってないのに。
「でも、あの最初の日から考えると、随分強くなったよね、オレたち」
「ああ」
匡弥が写真を教室の後ろの掲示板に張った。
「勝てるよ。勝って、一番上まで登ってみよう」
勝ち続けた先に見える景色って、いったいどんななのだろう。俺は今までの人生で、そこまで登りつめた事がないから、分からない。でも、今ならそこまで、登っていけそうな気がする。
「今日勝ったらベスト4だ」
今日もまた、朝から黙り込んだままの匡弥率いる秋沢野球部は静かに整列した。回を重ねるごとに、グランドに立つことに慣れていくはずなのに。俺は何故だか初めての試合の日よりも胃が痛くなるほどプレッシャーを感じていた。
「今日勝ったら・・・」
ふと隣を見ると、アキもナリも凍ったような顔をしている。俺だけではない。みんな、上に登るに連れて、表情が硬く険しくなってきているような気さえする。
「関谷、やっぱり来ないね」
「うん」
レギュラーメンバーがグラウンドに散り、アキと匡弥以外の俺たち4人は固まったようにベンチに座る。関谷はまだ来ない・・・。
「・・・・・・」
5回の表・・・負けてる。
「半沢ー!しっかりやれー!」
浅見先生がベンチから叫ぶが、匡弥はこちらを振り返りもしない。
「打った・・・」
相手チームの打ったボールが高く上がった。
「フライだ、捕れるよ」
そう。捕れる・・・いつものアキなら。
「・・・・・・」
でも、それは捕れなくて、アキはフライを落とした。そして、さらに一点を奪われた。
『ごめん』
アキが声を出さずに謝るのが見えた。
「動きが硬いな」
「うん」
確かに、みんな今までよりもずっと硬い。匡弥にしたって、他の奴らにしたって、今までできていたことが急にできなくなっていっているように見える。今のアキだってそうだ。この間の試合では、絶対に落とさなかったのに。
「我妻」
「はい」
次の回から和騎が代打でグランドに出たが、ああ言っていた和騎自身も、いつもの滑らかさはなかった。
「みんな、今日はどうした?」
試合が終わってからの反省会で、浅見先生に訊かれたが、俺達は何も答えられなかった。どうして体が動かなくなったのか、俺たち自身も分からないからだ。
「今日は、勝てたからよかったようなものの、相手のミスがなかったら、今日ここで負けて、夏は終わってたんだぞ」
「はい・・・」
そう、今日は終盤に相手のミスがかさみ、俺達は救われた。でも、こんな百試合に一度みたいなことが、二度と起こるわけはない。このままではダメだ。次も俺たちがこんな感じなら、次の試合で必ず負けて、夏は終わる。ここで夏が終わったら、何のために野球やってるか、わからなくなるじゃないか。
「真面目にやれよ!」
「やってるよ!」
あの4強入りの試合以来部活では、勝たなければならないプレッシャーもあって、俺達は最初の頃のように野球を楽しむというより、必死に野球をしている。俺は走るのも苦手だし、結構きついけど、一番上の景色を見に行くって、こういうことなのかもな。
「じゃあ、もういっかい」
「おう」
「ちゃんと打てよ」
バットにうまく当たらないことも、自分が速く走れないことも、エラーもファールも三振も、俺はすべてにいらいらしていた。
「何で上手くいかねーんだよ?」
「おまえだけじゃないだろ」
いらいら言う俺に、和騎がいらいらと返す。
最初は多分、俺のいらいらがみんなに伝染して、何もかもに、みんながいらいらし始め、練習が終わる午後8時が近づくにつれて、そのいらいらは頂点に達しようとしていた。
そして、いつもなら、そろそろ片付けようという頃。みんな荒れたまま、誰も片付けなどしていない。
「・・・いい加減にしろよ!」
いきなりの聞き慣れない怒声に、最初は誰の声なのかと思った。
「大関・・・」
練習のとき、大概怒るのは俺とか匡弥で、そんな俺たちを、大関はいつもなだめてくれていた・・・。今日だって、ずっとそうだった。
大関が怒ったのを、俺は今初めて見た。匡弥と同じくらい・・・いや、それ以上に穏やかだ、怒ることなどあるのかと思わせるような奴だ・・・でも、今は本気で怒っていた。
「何でみんな、そんなに強くなることに必死なの?それってそんなに重要?強くないと意味ってないの?勝たないと無意味なの?いつからこんなことになったの?」
「それは・・・」
もちろん勝ちたい。やってるからには勝つ。俺はいつもそう思ってきた・・・でも・・・。
「楽しくないなんて、意味ないよ」
俺は勝つことに必死になりすぎて、いつの間にか楽しむことを忘れていた・・・匡弥も、みんなもきっとそうだったのだ。だが、大関一人だけは、野球を楽しむことを、ずっと覚えていた。
「強いとか弱いとかじゃなくて、今このメンバーで野球ができること、それが一番なんだよ、おれには!」
強いとか、弱いとかじゃない・・・今このメンバーで野球ができること・・・そうだったんだ。
「そうだよな」
匡弥がゆっくりと頷く。
「毎日楽しく、一生懸命やってたら、強さはきっとあとからついてくる」
多分、和騎のいうとおり。
「楽しいみんなのほうが、輝いてるしね」
そういえば、ナリは今日、一度もシャッターをきってなかった。いらいらしてる俺達はきっと、カメラにもいらいら写ったのだろう。だから、撮らなかったんだな。
「さあ、じゃあ、片づけくらいは楽しくやろうよ」
朝斗がグランドに散らかったボールを次々にみんなに投げて寄越した。
「楽しさと強さって、案外比例してるかも」
アキが久しぶりに笑顔を見せた。そういえば、最近誰も、グランドで笑ってなかったな。
「大関、悪かった」
みんなのバットを片付けながら、俺は謝った。
「謝んなくていいよ。ただ、おれは今しかできないことを、精一杯楽しくやりたいだけだから」
「俺もそうする」
「うん。おれは幸せだと思ってるし、みんなに感謝もしてる。今こうして甲子園目指して野球ができるのは、みんながいてくれるおかげだから。だから、みんなに、高校野球って楽しかったなって、思っててもらいたいんだ」
俺はきっと、この先何年経っても、夏がきたら今年のことを思い出すのだろう。最高に、熱くて楽しいこの夏のことを。
俺達はなんだかんだいいつつ、県大会のベスト8へと勝ち上がっていた。秋沢の野球部始まって以来の快挙らしい。因みに秋沢は今年で創立87年。随分古いだろ?しかも野球部は秋沢高校が始まってからずっと存続し続けてきた・・・なにの、一度もここまで上り詰めたことがない。どれだけ弱かったんだ?
「みてみて、これ、“秋沢・甲子園への軌跡”」
ナリはこの夏に撮った写真を次々と現像して写真集を作り上げている。小学2年生の時ナリが初めて自分のカメラを手に入れてから毎年作っている“夏休みの想い出アルバム(撮影:ナリ、編集:アキ)”のノリで。それにしても匡弥とアキ以外はほとんど活躍がうかがえないな・・・和騎でさえ活躍しているようには見えない。
「これ、いいんじゃない?」
朝斗が拾った写真には部活を終えてユニフォーム姿のまま、夕陽を眺めながらぐったりと地面に座って並んでいる俺たちの後姿。
「ユニフォームだけがオレたちが甲子園を目指していると語ってるね」
「しかもこれ、練習試合で負けた日の写真じゃない?」
あの練習試合の日が、随分遠く感じる。本当はまだ、大して経ってないのに。
「でも、あの最初の日から考えると、随分強くなったよね、オレたち」
「ああ」
匡弥が写真を教室の後ろの掲示板に張った。
「勝てるよ。勝って、一番上まで登ってみよう」
勝ち続けた先に見える景色って、いったいどんななのだろう。俺は今までの人生で、そこまで登りつめた事がないから、分からない。でも、今ならそこまで、登っていけそうな気がする。
「今日勝ったらベスト4だ」
今日もまた、朝から黙り込んだままの匡弥率いる秋沢野球部は静かに整列した。回を重ねるごとに、グランドに立つことに慣れていくはずなのに。俺は何故だか初めての試合の日よりも胃が痛くなるほどプレッシャーを感じていた。
「今日勝ったら・・・」
ふと隣を見ると、アキもナリも凍ったような顔をしている。俺だけではない。みんな、上に登るに連れて、表情が硬く険しくなってきているような気さえする。
「関谷、やっぱり来ないね」
「うん」
レギュラーメンバーがグラウンドに散り、アキと匡弥以外の俺たち4人は固まったようにベンチに座る。関谷はまだ来ない・・・。
「・・・・・・」
5回の表・・・負けてる。
「半沢ー!しっかりやれー!」
浅見先生がベンチから叫ぶが、匡弥はこちらを振り返りもしない。
「打った・・・」
相手チームの打ったボールが高く上がった。
「フライだ、捕れるよ」
そう。捕れる・・・いつものアキなら。
「・・・・・・」
でも、それは捕れなくて、アキはフライを落とした。そして、さらに一点を奪われた。
『ごめん』
アキが声を出さずに謝るのが見えた。
「動きが硬いな」
「うん」
確かに、みんな今までよりもずっと硬い。匡弥にしたって、他の奴らにしたって、今までできていたことが急にできなくなっていっているように見える。今のアキだってそうだ。この間の試合では、絶対に落とさなかったのに。
「我妻」
「はい」
次の回から和騎が代打でグランドに出たが、ああ言っていた和騎自身も、いつもの滑らかさはなかった。
「みんな、今日はどうした?」
試合が終わってからの反省会で、浅見先生に訊かれたが、俺達は何も答えられなかった。どうして体が動かなくなったのか、俺たち自身も分からないからだ。
「今日は、勝てたからよかったようなものの、相手のミスがなかったら、今日ここで負けて、夏は終わってたんだぞ」
「はい・・・」
そう、今日は終盤に相手のミスがかさみ、俺達は救われた。でも、こんな百試合に一度みたいなことが、二度と起こるわけはない。このままではダメだ。次も俺たちがこんな感じなら、次の試合で必ず負けて、夏は終わる。ここで夏が終わったら、何のために野球やってるか、わからなくなるじゃないか。
「真面目にやれよ!」
「やってるよ!」
あの4強入りの試合以来部活では、勝たなければならないプレッシャーもあって、俺達は最初の頃のように野球を楽しむというより、必死に野球をしている。俺は走るのも苦手だし、結構きついけど、一番上の景色を見に行くって、こういうことなのかもな。
「じゃあ、もういっかい」
「おう」
「ちゃんと打てよ」
バットにうまく当たらないことも、自分が速く走れないことも、エラーもファールも三振も、俺はすべてにいらいらしていた。
「何で上手くいかねーんだよ?」
「おまえだけじゃないだろ」
いらいら言う俺に、和騎がいらいらと返す。
最初は多分、俺のいらいらがみんなに伝染して、何もかもに、みんながいらいらし始め、練習が終わる午後8時が近づくにつれて、そのいらいらは頂点に達しようとしていた。
そして、いつもなら、そろそろ片付けようという頃。みんな荒れたまま、誰も片付けなどしていない。
「・・・いい加減にしろよ!」
いきなりの聞き慣れない怒声に、最初は誰の声なのかと思った。
「大関・・・」
練習のとき、大概怒るのは俺とか匡弥で、そんな俺たちを、大関はいつもなだめてくれていた・・・。今日だって、ずっとそうだった。
大関が怒ったのを、俺は今初めて見た。匡弥と同じくらい・・・いや、それ以上に穏やかだ、怒ることなどあるのかと思わせるような奴だ・・・でも、今は本気で怒っていた。
「何でみんな、そんなに強くなることに必死なの?それってそんなに重要?強くないと意味ってないの?勝たないと無意味なの?いつからこんなことになったの?」
「それは・・・」
もちろん勝ちたい。やってるからには勝つ。俺はいつもそう思ってきた・・・でも・・・。
「楽しくないなんて、意味ないよ」
俺は勝つことに必死になりすぎて、いつの間にか楽しむことを忘れていた・・・匡弥も、みんなもきっとそうだったのだ。だが、大関一人だけは、野球を楽しむことを、ずっと覚えていた。
「強いとか弱いとかじゃなくて、今このメンバーで野球ができること、それが一番なんだよ、おれには!」
強いとか、弱いとかじゃない・・・今このメンバーで野球ができること・・・そうだったんだ。
「そうだよな」
匡弥がゆっくりと頷く。
「毎日楽しく、一生懸命やってたら、強さはきっとあとからついてくる」
多分、和騎のいうとおり。
「楽しいみんなのほうが、輝いてるしね」
そういえば、ナリは今日、一度もシャッターをきってなかった。いらいらしてる俺達はきっと、カメラにもいらいら写ったのだろう。だから、撮らなかったんだな。
「さあ、じゃあ、片づけくらいは楽しくやろうよ」
朝斗がグランドに散らかったボールを次々にみんなに投げて寄越した。
「楽しさと強さって、案外比例してるかも」
アキが久しぶりに笑顔を見せた。そういえば、最近誰も、グランドで笑ってなかったな。
「大関、悪かった」
みんなのバットを片付けながら、俺は謝った。
「謝んなくていいよ。ただ、おれは今しかできないことを、精一杯楽しくやりたいだけだから」
「俺もそうする」
「うん。おれは幸せだと思ってるし、みんなに感謝もしてる。今こうして甲子園目指して野球ができるのは、みんながいてくれるおかげだから。だから、みんなに、高校野球って楽しかったなって、思っててもらいたいんだ」
俺はきっと、この先何年経っても、夏がきたら今年のことを思い出すのだろう。最高に、熱くて楽しいこの夏のことを。
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