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番外編 いつかの未来6

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※この話はテオドール5歳、パトリック2歳の設定です。ディートリントはまだいません。
 
 
 
 「きゃーーっ!」
 「エミィ!!」
 
 バサバサッという音と共に母がツリーの上から落ちてきた。でも、下で心配そうにずっと見ていた父が難なく抱き止めて無事だった。
 
 母の手はキラキラ光る大きな星をしっかり握っている。それを木の一番上に飾ろうとして2階の手すりから身を乗り出し落ちたのだった。
 
 父はふーっと大きく息を吐きだして腕の中の母に頬を寄せた。
 
 「やっぱり落ちてきたね。君は僕の心臓を止める気なの?」
 「うー、ごめんなさい。絶対に届くと思ったのに。」
 「僕の寿命は確実に縮んだよ。」
 「えっ!それは困るわ。どうしたら元に戻せるかしら。」
 「君からキスしてくれたら倍に延びるんじゃないかな?」
 「本当・・・?」
 
 この後を正確に予想した僕は、2人を眺める2歳の弟の視線を逸らすべく手元の飾りを手に取って振った。
 
 弟の気を引きながら横目で見ていると母から軽いキスをされて頬を緩め、キスを返そうとしていた父と目があった。
 
 「・・・続きは後にしようかな。」
 
 ふっと笑った父はそう呟いて母を降ろし、母の手から大きな星を取った。
 
 「これは僕が飾ってくるよ。エミィはテオ達と安全に手が届く所の飾りつけをしてて。」
 「はーい。リーン、一番上の真ん中に付けてね!」
 「分かった。任せといて。」
 
 そう言って母の額に唇を寄せた父は、軽い足取りで階段を上がって行った。
 
 「さあ、どんどん飾っていきましょ。」
 
 言いながら腰に手を当ててツリーを眺めた母は直ぐにふふふっと笑い出した。
 その視線の先には弟のパトリックがいて、見様見真似でツリーに飾りつけをしていた。彼は自分の手の届く狭い範囲だけを一生懸命飾ったものから、そこだけ過剰に飾られていた。
 
 「パット、いっぱい飾ったのね。とても綺麗。」
 
 母はパットの側に行ってしゃがみこんで彼と同じ目の高さで嬉しそうに眺めている。僕も近づいて弟の作品を眺める。
 
 手当たり次第つけていったのか、何の法則性もなく所狭しと吊り下がっているきらきら光るボールや小さな人形に笑いがこみ上げた。
 
 「ははっ凄い。ここだけ迫力があり過ぎだよ。」
 「だめ?ちがう?」
 
 僕の反応に不安そうな顔をした弟を見て、しまったと思った時、彼が宙に浮いた。
 
 「いいえ、パット。とっても素敵よ。テオもいいねって言ってくれてるのよ。」
 
 小さなパットを抱き上げた母は、ふわっと笑って彼に頬ずりをした。
 
 「そうだよ、かっこいいよ。」
 「おれ、かっこいー!」
 
 最近『かっこいい』と言われることに憧れている弟は、僕の言葉で大いに喜んで母の腕の中で跳ねた。
 
 「あっ、パット動かないで!」
 「おっと、大丈夫?」
 
 重くなってきた弟を支えきれず母がバランスを崩したところで、すかさず父が来て後ろから二人を支えた。
 
 父はこうやっていつもいつも母を助ける。だから、僕は夫婦ってこういうものなんだと思っていたんだけれど、実は違うらしいと最近知った。
 
 
 僕は今年5歳になるからと城や他家のお茶会に呼ばれるようになって、他の貴族の子供達と話す機会が増えた。
 
 彼らの話を聞いていると、うちみたいに父がずっと屋敷に居て、しょっちゅう母を抱き上げたり抱きしめたり、愛してるって言ってキスしたりすることは珍しいらしい。
 
 珍しいといえば僕の髪色もそうだ。初めて参加した城の茶会では、送ってくれた父と別れて1人で会場に入った途端、その場が一瞬静まり返った。
 
 「あれってハーフェルト公爵の・・・」
 「あの『色褪せ』の・・・」
 「リーンハルト様に似てないわね。」
 
 その後、僕の耳に届くか届かないかの音量で一斉にささやかれ始めたたくさんの言葉達は、今まで触れたことがない感情がこもっているようで僕は戸惑った。
 
 「お前、『色褪せ令息』だな!ちょっと身分が高くて金持ちだからって調子に乗るなよ。」
 
 場の雰囲気に押されてまごついていた僕の元へ、付き添いの母親から離れて走り寄ってきた大きな男の子がそれだけ言って戻って行った。母親に付き添われている子供は全体の半分くらいだった。
 
 周囲は呆然としている僕をクスクス笑って『色褪せ令息』という言葉が小波のようにその場に広まっていく。僕はその言葉も皆の笑い方もとても嫌だった。
 
 もう帰りたい、いつも優しい笑顔で僕を包み込んでくれる母に会いたいと踵を返そうとした時、伯母である王太子妃殿下と従兄の王子達が来て僕は踏みとどまった。
 
 ちらりとその場を見渡した伯母が華やかな笑顔を浮かべて遅れを詫び、その場の濁った空気を吹き飛ばした。
 
 その後は従兄が僕の手を引いて、僕のことを『色褪せ令息』と呼ばない子供達の所へ連れていってくれた。僕はやっと息をついて母とお揃いの笑顔を浮かべることができた。
 
 茶会が終わって仕事を終わらせた父が迎えに来てくれた時には、僕はすっかり元気になって新しくできた友達の話をした。
 
 
 だけど、その夜胸がモヤモヤして寝付けなかった。しばらく考えた後、僕はまだ仕事をしていた父の部屋を訪ねた。
 
 「父上。」
 「テオ、どうしたの?初めてのお茶会で疲れ過ぎて寝れないのかな?」
 
 手を止めて小首を傾げた父の前に行って、机の縁に手をかけた僕の目から涙が溢れ出た。
 
 「父上、僕、『色褪せ令息』って言われるの嫌なんだ。どうやったら言われないように出来る?」
 「テオ?!誰がそんなことを言ったの?!」
 
 即座に父の顔が強張り、持っていたペンを投げ出して僕の所へ走ってきた。直ぐに僕を抱き上げてぎゅっとした父の腕が少し震えている。
 
 「信じられない、こんな小さい子供になんてことを言うんだ。テオ、辛かったね。」
 
 頬を寄せて泣きそうな声で言う父に、僕は首を振って返した。
 
 「ううん。父上、僕は辛いんじゃないんだ。言い返せなかったことが悔しいんだ。」
 「え?」
 「最初は僕の悪口だと思ってショックだったんだけど、ベッドで思い返してて気がついたんだ。僕の髪は母上の色なんだから、あの『色褪せ』って言葉は母上への悪口なんだって。父上は母上が今日のお茶会に出たら虐められると分かってたんだよね?だから、今日僕の送迎を自分が出来るようにわざわざお城の仕事入れたんでしょ?」
 
 父は絶句して言葉を探している。それで僕はその予想が当たっていると確信した。
 
 「だからね、父上。僕も母上を守るために『色褪せ』って言ってくる人達を黙らせられるようになりたいんだ。」
 
 なるほど、と呟いた父がにやっと笑った。僕達家族には向けない類のちょっと意地の悪い顔だった。
 
 「いいとも。さすが僕の息子。エミーリアを守るために僕が使っている方法を全部、君に教えるよ。」
 
 それから父に教わったことを実践していくうちに、僕の周りから『色褪せ』という言葉は減っていった。
 弟が茶会に出ないといけなくなるまでに、悪口をいう人達をひとり残らず黙らせるのが今の目標だ。
 
 ■■
 
 「そうだ、テオとパットは欲しいものとかあるのかな?」
 
 パットを肩車しながらツリーを飾りつけていた父が不意に尋ねてきた。
 
 それってクリスマスにツリーの下に置かれるプレゼントの希望だよね?普段から特に不足の無い生活をさせてもらっているから、これといって欲しい物はないのだけど、それじゃ贈る側も困るよね・・・。
 
 僕が悩んでいたら、弟が元気よく手を挙げて叫んだ。
 
 「あかちゃんがいい。」
 「え?」
 「おとーとが欲しい。」
 「ええっ?!」
 
 なんだ、そんなこと頼んでいいのか。それならと、僕も便乗することにした。
 
 「僕は妹がいいな。」
 「ええ、テオまで?!」
 「うーん、そうか。今年は無理だけど、いつか会えたらいいね。」
 
 父と母が顔を見合わせて照れたような笑顔になった。







■■■■■

ここまで読んで頂き、ありがとうございます。

ちなみに他の二人のお茶会デビューは、
パット。兄が離れたすきに兄の悪口を言われ腕力でねじ伏せる。
ディートリント。兄二人を従えて、圧倒的な美貌時の強さで周りを黙らせる。
と思われます。
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