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第二章 夫妻の贈り物
12、小さな嵐 後編
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「カミーユ様、本当に帰っちゃいましたよ。よかったのですか?」
私は二階の居間の窓から眼下の賑わう歩道をトボトボと歩いて行くカミーユ様を見送りつつ背後のテオ様に尋ねた。
「課題の手助けは十分したからいいだろ。それに彼はちょっと軽率なところがあるから、今回はしっかり反省してもらわないと。本当なら縁を切ってもいいくらいなんだけど」
「それはダメです! お友達は大事にしなくては」
とんでもない台詞に驚いて振り向けば、彼は目を眇めて窓の外を見下ろして呟いた。
「彼は大事にしなくてもしがみついてきそうだけどね。ああ、そんな不安そうな顔しないで。カミーユとはまだ友人だから・・・次やらかしたら友人じゃなくなるかもしれないけど」
その最後の一言に顔から血の気が引いた。
私がカミーユ様の言葉にカッとなって言い返して泣いたりしたから、テオ様の大事な友達がいなくなってしまうかもしれない。
私はテオ様へ思い切り深く頭を下げて必死に謝った。
「先程は取り乱して見苦しいところをお見せして申し訳ありませんでした。今まで何を言われてもあんなに怒ったり言い返したりしたことがないのに、何で私はカミーユ様にあんな態度をとってしまったのか。反省しています、次からはああいうことをしないよう気をつけますから、カミーユ様とお友達でいてください・・・わっ?!」
どう言えば彼に伝わるだろう、なんで今までみたいに黙って聞き流しておけなかったのだろうと、また泣きそうになっていたらブワッと勢いよく抱きあげられた。
いきなり目の前にちょっと怒ったような薄青の綺麗な目が現れて、私の涙はひっこんだ。
何か気に障ることをしただろうか、でもそうだとしたら、なんで私は抱き上げられているのだろうかとおろおろしていたら、テオ様がギューッと力いっぱい抱きしめてきた。
「いきなりごめん。聞いてて堪らなくなったんだ。フィーア、僕は君にそんな我慢をさせないために一緒にいるんだよ? 今まで誰にも言い返せなかった君が、自分の気持ちを言えたのはとてもいいことなんだ。これからも誰が相手でも言いたいことは我慢せず、なんでも言えばいい」
「ですが、それでカミーユ様がテオ様のお友達でなくなってしまったら、私はどうしていいか・・・」
「ん、大丈夫。さっき言ったろ、まだ友人だって。あいつは軽率だけど、同じ失敗は繰り返したりしないから、この先も友人だと思うよ」
それを聞いて私はホッとした。同時に先程の自分が、どうしてカミーユ様に言い返したのか分かった。
「私がカミーユ様に言い返してしまったのは、きっとテオ様の大事なお友達に私の気持ちを疑われたのが、とても悲しかったからなのです。私は、テオ様のお友達には嫌われたくないのです」
テオ様が優しく頷いて、ふわっと目元を緩ませた。
「それは、フィーアが僕だけでなく僕の周囲とも仲良くしていきたいと思ってくれているからだよね。ありがとう。僕は君にそう言ってもらえて幸せだよ。カミーユは二度と君の気持ちを疑ったりしないだろうから許してやって」
「はい。また訪ねてきてくださるでしょうか?」
「あいつは来るなと言っても来るよ」
「では次は美味しいお菓子を用意してお待ちしてますとお伝えください」
「気が向いたら伝えとく。本音を言えば、僕は君をこうやって独占しておきたいんだけどね」
そう言ったテオ様は、いたずらっぽい笑顔で私の頬に口付けた。
・・・うう、頬が熱い。
■■
・・・シルフィアにはああ言ったものの、僕の中でカミーユに対しての怒りはまだ残っていた。
二度と悲しい思いはさせないと誓ったつもりだったのに、あの涙を見た瞬間の僕の気持ちをどう表現すればいいのか。
「おはよう、カミーユ。課題は終わった?」
「よお、テオドール! いや、あと少し残ってるんだ。今日の放課後、付き合ってくれよ」
翌朝、学院の玄関で彼を待ち受けて声を掛ければ、ヤツは昨日のことなんて綺麗サッパリ忘れたように纏わりついてきた。
「無理だよ。僕だって自分の課題はあるし、空いた時間は全て妻と過ごしたい」
「本当、付き合い悪くなったよな。昔なら最後まで面倒見てくれたのに」
「何言ってるの、あと一年で卒業なのにいつまでも僕を頼ってたら困るだろ。それに、昨日のことシルフィアは許しても僕は許してないからね。とりあえず、その課題で満点が取れなかったら家に来るの禁止ね」
「えっ、なんでテオドールが許さないわけ?! 満点なんて誰が取れるんだよ?!」
「分からないの? 僕の友人が彼女を傷つけたんだよ、お前は僕の顔を潰したも同然じゃないか」
「えええ・・・」
ようやく僕の怒りの深さに気がついたカミーユが絶句した時、イスマエルがやってきた。
「おはようございます。朝から何を言い合っているのですか?」
「おお、イスマエル! 聞いてくれよ~」
僕が口を開く前に、カミーユが彼に向かって事の顛末を喋ってしまった。カミーユとしてはそこまで怒る事ではないと執り成して欲しかったのだろうが、イスマエルの表情の変化をみるにそれは期待できそうにない。
「カミーユ、君はどういう思考をしたらそんな酷いことが言えるのですか? シルフィア殿にしてみればこれ以上ない侮辱ですよ」
温厚なイスマエルが珍しく怒り、カミーユは想定外の反応に青くなって口を押さえている。
・・・本当に自分のやったことを反省して!
「カミーユはシルフィア殿に嫉妬したのでしょうけど、やり方を間違えましたね」
「え、カミーユが、シルフィアに嫉妬? 僕に、じゃなくて? でも、カミーユはシルフィアのこと狙ってたよね?」
今度は僕の口がぽかんと開く。イスマエルはやれやれというように僕とカミーユを交互に見た。カミーユの顔が気まずそうなものに変わっていく。
「シルフィア殿だけならカミーユの好みの相手だったのかもしれませんが、テオドールの愛する奥方となれば話は別です。小さな頃からお互いの国を行き来して学院でも一番仲が良かったテオドールが、いきなり知らぬ女性のことを最優先し始めて拗ねたのでしょう?」
「は?! カミーユだって付き合う女性を優先してたじゃないか」
思わず僕の口から抗議の声が漏れる。
「それはそれ、これはこれ、というやつで。特にテオドールは女性嫌いで結婚したくないとまで明言していたので、ずっと自分が一番近くにいられると思っていたのでしょう。急に突き放された気分になったのではないですか? 更にシルフィア殿が自分すら惹かれる女性でこれといった瑕疵がないのもまた悔しいと」
なんだ、その自分勝手な考えはと眉を顰めてカミーユを見れば、図星なのか顔を真っ赤にして消え入りそうになっている。
確かに他人に自分の気持ちを言語化されると恥ずかしいよね。
「まあでもカミーユも反省しているようですし。ね、カミーユ、もうしませんよね?」
僕らの間に入り、明るい声でそう尋ねたイスマエルに必死で頷くカミーユを見て、僕の脳裏に今朝のシルフィアの言葉が蘇った。
『テオ様、カミーユ様にお会いしたらまたきてくださるように必ずお伝え下さいね?! 今度はきちんとおもてなししますから』
彼女は友人というものを宝物のような、大変重要なものだと思っているらしい。本当はその時々で変わったり、数も増減するものなのに。
だけど、確かにカミーユとの付き合いは長い。六歳の時に父の仕事について海の向こうの国に行って以来だから、もう十五年は経つ。
家の関係だけでなく、一緒にいて気を遣わないから続いているのだろう。腐れ縁とも言うけれど。
僕は軽いため息をついてカミーユの青い目をまっすぐ見た。彼もじっと見返してくる。
「次はないからな? シルフィアがまた遊びに来てほしいと言っていたから、満点取ったら訪ねてきてくれ」
「えっ満点・・・分かったよ」
「よかったですね、カミーユ。テオドール、僕は試験明けに食堂の方に行きますとシルフィア殿にお伝えください」
「ありがとう、イスマエル。きっと喜ぶよ」
それで安心したのか、カミーユがボソリと呟いた。
「でもさ、嘘は言ってないと思うんだけど。だってあの状況のシルフィアちゃんを助けたら誰だって好きになってもらえるじゃん」
「カミーユ!」
慌てて止めるイスマエルを制して僕はカミーユに笑顔を向けた。
「それが何? シルフィアの夫は先着一名限定だったんだよ。早い者勝ちなのに手段なんて選んでられないよね。大体、世界中見渡しても僕より彼女を愛して安心と安全をあげられるヤツなんていないと思わない? だから、何があろうと誰にも譲らないよ?」
心の底からそう思ってる、と宣言すれば、カミーユの顔が引き攣った。
私は二階の居間の窓から眼下の賑わう歩道をトボトボと歩いて行くカミーユ様を見送りつつ背後のテオ様に尋ねた。
「課題の手助けは十分したからいいだろ。それに彼はちょっと軽率なところがあるから、今回はしっかり反省してもらわないと。本当なら縁を切ってもいいくらいなんだけど」
「それはダメです! お友達は大事にしなくては」
とんでもない台詞に驚いて振り向けば、彼は目を眇めて窓の外を見下ろして呟いた。
「彼は大事にしなくてもしがみついてきそうだけどね。ああ、そんな不安そうな顔しないで。カミーユとはまだ友人だから・・・次やらかしたら友人じゃなくなるかもしれないけど」
その最後の一言に顔から血の気が引いた。
私がカミーユ様の言葉にカッとなって言い返して泣いたりしたから、テオ様の大事な友達がいなくなってしまうかもしれない。
私はテオ様へ思い切り深く頭を下げて必死に謝った。
「先程は取り乱して見苦しいところをお見せして申し訳ありませんでした。今まで何を言われてもあんなに怒ったり言い返したりしたことがないのに、何で私はカミーユ様にあんな態度をとってしまったのか。反省しています、次からはああいうことをしないよう気をつけますから、カミーユ様とお友達でいてください・・・わっ?!」
どう言えば彼に伝わるだろう、なんで今までみたいに黙って聞き流しておけなかったのだろうと、また泣きそうになっていたらブワッと勢いよく抱きあげられた。
いきなり目の前にちょっと怒ったような薄青の綺麗な目が現れて、私の涙はひっこんだ。
何か気に障ることをしただろうか、でもそうだとしたら、なんで私は抱き上げられているのだろうかとおろおろしていたら、テオ様がギューッと力いっぱい抱きしめてきた。
「いきなりごめん。聞いてて堪らなくなったんだ。フィーア、僕は君にそんな我慢をさせないために一緒にいるんだよ? 今まで誰にも言い返せなかった君が、自分の気持ちを言えたのはとてもいいことなんだ。これからも誰が相手でも言いたいことは我慢せず、なんでも言えばいい」
「ですが、それでカミーユ様がテオ様のお友達でなくなってしまったら、私はどうしていいか・・・」
「ん、大丈夫。さっき言ったろ、まだ友人だって。あいつは軽率だけど、同じ失敗は繰り返したりしないから、この先も友人だと思うよ」
それを聞いて私はホッとした。同時に先程の自分が、どうしてカミーユ様に言い返したのか分かった。
「私がカミーユ様に言い返してしまったのは、きっとテオ様の大事なお友達に私の気持ちを疑われたのが、とても悲しかったからなのです。私は、テオ様のお友達には嫌われたくないのです」
テオ様が優しく頷いて、ふわっと目元を緩ませた。
「それは、フィーアが僕だけでなく僕の周囲とも仲良くしていきたいと思ってくれているからだよね。ありがとう。僕は君にそう言ってもらえて幸せだよ。カミーユは二度と君の気持ちを疑ったりしないだろうから許してやって」
「はい。また訪ねてきてくださるでしょうか?」
「あいつは来るなと言っても来るよ」
「では次は美味しいお菓子を用意してお待ちしてますとお伝えください」
「気が向いたら伝えとく。本音を言えば、僕は君をこうやって独占しておきたいんだけどね」
そう言ったテオ様は、いたずらっぽい笑顔で私の頬に口付けた。
・・・うう、頬が熱い。
■■
・・・シルフィアにはああ言ったものの、僕の中でカミーユに対しての怒りはまだ残っていた。
二度と悲しい思いはさせないと誓ったつもりだったのに、あの涙を見た瞬間の僕の気持ちをどう表現すればいいのか。
「おはよう、カミーユ。課題は終わった?」
「よお、テオドール! いや、あと少し残ってるんだ。今日の放課後、付き合ってくれよ」
翌朝、学院の玄関で彼を待ち受けて声を掛ければ、ヤツは昨日のことなんて綺麗サッパリ忘れたように纏わりついてきた。
「無理だよ。僕だって自分の課題はあるし、空いた時間は全て妻と過ごしたい」
「本当、付き合い悪くなったよな。昔なら最後まで面倒見てくれたのに」
「何言ってるの、あと一年で卒業なのにいつまでも僕を頼ってたら困るだろ。それに、昨日のことシルフィアは許しても僕は許してないからね。とりあえず、その課題で満点が取れなかったら家に来るの禁止ね」
「えっ、なんでテオドールが許さないわけ?! 満点なんて誰が取れるんだよ?!」
「分からないの? 僕の友人が彼女を傷つけたんだよ、お前は僕の顔を潰したも同然じゃないか」
「えええ・・・」
ようやく僕の怒りの深さに気がついたカミーユが絶句した時、イスマエルがやってきた。
「おはようございます。朝から何を言い合っているのですか?」
「おお、イスマエル! 聞いてくれよ~」
僕が口を開く前に、カミーユが彼に向かって事の顛末を喋ってしまった。カミーユとしてはそこまで怒る事ではないと執り成して欲しかったのだろうが、イスマエルの表情の変化をみるにそれは期待できそうにない。
「カミーユ、君はどういう思考をしたらそんな酷いことが言えるのですか? シルフィア殿にしてみればこれ以上ない侮辱ですよ」
温厚なイスマエルが珍しく怒り、カミーユは想定外の反応に青くなって口を押さえている。
・・・本当に自分のやったことを反省して!
「カミーユはシルフィア殿に嫉妬したのでしょうけど、やり方を間違えましたね」
「え、カミーユが、シルフィアに嫉妬? 僕に、じゃなくて? でも、カミーユはシルフィアのこと狙ってたよね?」
今度は僕の口がぽかんと開く。イスマエルはやれやれというように僕とカミーユを交互に見た。カミーユの顔が気まずそうなものに変わっていく。
「シルフィア殿だけならカミーユの好みの相手だったのかもしれませんが、テオドールの愛する奥方となれば話は別です。小さな頃からお互いの国を行き来して学院でも一番仲が良かったテオドールが、いきなり知らぬ女性のことを最優先し始めて拗ねたのでしょう?」
「は?! カミーユだって付き合う女性を優先してたじゃないか」
思わず僕の口から抗議の声が漏れる。
「それはそれ、これはこれ、というやつで。特にテオドールは女性嫌いで結婚したくないとまで明言していたので、ずっと自分が一番近くにいられると思っていたのでしょう。急に突き放された気分になったのではないですか? 更にシルフィア殿が自分すら惹かれる女性でこれといった瑕疵がないのもまた悔しいと」
なんだ、その自分勝手な考えはと眉を顰めてカミーユを見れば、図星なのか顔を真っ赤にして消え入りそうになっている。
確かに他人に自分の気持ちを言語化されると恥ずかしいよね。
「まあでもカミーユも反省しているようですし。ね、カミーユ、もうしませんよね?」
僕らの間に入り、明るい声でそう尋ねたイスマエルに必死で頷くカミーユを見て、僕の脳裏に今朝のシルフィアの言葉が蘇った。
『テオ様、カミーユ様にお会いしたらまたきてくださるように必ずお伝え下さいね?! 今度はきちんとおもてなししますから』
彼女は友人というものを宝物のような、大変重要なものだと思っているらしい。本当はその時々で変わったり、数も増減するものなのに。
だけど、確かにカミーユとの付き合いは長い。六歳の時に父の仕事について海の向こうの国に行って以来だから、もう十五年は経つ。
家の関係だけでなく、一緒にいて気を遣わないから続いているのだろう。腐れ縁とも言うけれど。
僕は軽いため息をついてカミーユの青い目をまっすぐ見た。彼もじっと見返してくる。
「次はないからな? シルフィアがまた遊びに来てほしいと言っていたから、満点取ったら訪ねてきてくれ」
「えっ満点・・・分かったよ」
「よかったですね、カミーユ。テオドール、僕は試験明けに食堂の方に行きますとシルフィア殿にお伝えください」
「ありがとう、イスマエル。きっと喜ぶよ」
それで安心したのか、カミーユがボソリと呟いた。
「でもさ、嘘は言ってないと思うんだけど。だってあの状況のシルフィアちゃんを助けたら誰だって好きになってもらえるじゃん」
「カミーユ!」
慌てて止めるイスマエルを制して僕はカミーユに笑顔を向けた。
「それが何? シルフィアの夫は先着一名限定だったんだよ。早い者勝ちなのに手段なんて選んでられないよね。大体、世界中見渡しても僕より彼女を愛して安心と安全をあげられるヤツなんていないと思わない? だから、何があろうと誰にも譲らないよ?」
心の底からそう思ってる、と宣言すれば、カミーユの顔が引き攣った。
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