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第三章 夫の実家に初訪問
28、続・公爵閣下と散策
しおりを挟むテオのお父様から結婚を祝福された。
その事実に私の心が震えた。お義母様もディーやパットも私のことを優しく受け入れてくれてとても嬉しかったけれど、当主であるお義父様はあまり良く思っていないのではないかと心の片隅では不安に思っていたのだ。
だけど、立派に次期公爵夫人だとまで言ってもらえ、私の目から涙があふれ出て止まらなくなった。
「シルフィア?!」
「大丈夫です、これは嬉しい時の涙です。嬉しすぎても涙が出ると以前テオドール様に教えて貰いました。お義父様、テオドール様との結婚を許してくださってありがとうございました。私はそれで救われたのです」
驚き慌てるお義父様に手で涙を拭いながら私も感謝していると伝えれば、目の前にタオルが差し出された。
お義父様、こんな大きなタオルをどこに持っていたのですか?!
心の中でツッコミつつ、ありがたく受け取って顔に当てる。公爵家はタオルもフカフカだ。
「シルフィア、これから周囲は間違いなく君に悪意を持って色々言ってくると思う。危険な目に遭わされるかもしれない。それでも、僕達が君を守るから何があってもテオの側にいてあげて欲しい」
お義父様からテオとずっと一緒にいていいとお墨付きを貰えたら、なんだか無敵の気分になってきた。
「はい、私は悪く言われるのも殴られるのも慣れていますから大丈夫です。私はずっとテオドール様と一緒にいます!」
顔をあげて小さくこぶしを作ってお任せくださいと張り切れば、お義父様が吹き出した。
「ふはっ、これはまた、頼もしいね。さすがに殴られるのは看過できないけど。うん、やっぱり最高のご令嬢より君がいいな」
満面の笑みでそう言われると、嬉しくなってはしゃいでしまう。
「お義父様、私もお義母様に護身術を習い始めたんです。だから、自分の身を守れる強い次期公爵夫人になってみせます!」
それはそれは、と顔を綻ばせたお義父様の後ろから突如として低い声がした。
「父上。城に寄らず真っ直ぐ屋敷に帰るまではいつものことですから、良いとしましょう。ですが、私の留守に私の妻と二人で庭を散策というのはどうかと思いますが?」
お義父様の後ろに笑顔で怒っているテオが立っていた。怒りのあまり、口調が公用になっている。周囲の空気が一気に冷えて私は身震いした。
「やあ、おかえり、テオ。僕だけ留守をしていた分、二人で親交を深めていたところだよ」
しかし、お義父様は全く動じていないどころか、テオに向かって片手を上げて面白そうな表情でサラリと返している。
「そういうことは僕がいる時にして欲しいですね」
「君も愛する妻のこととなると随分、心が狭いね」
「『溺愛公爵』の異名を取る父上ほどじゃないですよ」
「その名も君が受け継いでくれそうだよね」
「丁重にご辞退申し上げます」
きらびやかな父子が笑顔のままで嫌味の応酬をしている。なんだか気温もどんどん下がっていっている気がする。
ここは私がなんとかしなくては!
私は二人の注意を引こうと両手を広げかけ、大いなる身長差を鑑みて思いっきり腕を上に挙げた。
「テオ、おかえりなさいませ! 私を忘れないでください。それと、私はお義父様とお話できてとても嬉しかったです」
バンザイの格好でさらにぴょこぴょこ跳ねてテオに訴えれば、ブハッと吹き出す声が聞こえた。そちらを向けば、お義父様がお腹を抱えて笑っていた。
「シルフィアも予測のつかない行動をするね」
「ええ。ものすごく可愛いでしょう」
忘れるわけないよ、とテオが私へ手を差し伸べてきたのでギュッと握る。私へニコッと笑いかけたテオは、直ぐに父親へ無愛想な顔を作って言った。
「そうそう、母上がお茶の用意をして待っていますよ。僕達はゆっくり戻りますから、父上は先に戻って母上と二人で過ごしてはいかがですか」
「おや、テオが気を利かせてくれるなんて嬉しいな。ではまた後でね、シルフィア」
ヒラヒラと手を振った後、お義父様は勢いよく走り出してあっという間に見えなくなった。
「速いですね」
「目的地に母がいるからね。僕だって君の所へなら全力で走っていくよ」
サラリとそういうこと言わないでください!
ポポッと熱くなった頬を手で押さえて冷ましていると、唇にふわりと優しい感触が降ってきた。
「はい、ただいまのキス」
私も屈んでいるテオの肩を引き寄せ、頬にキスを返す。
「おかえりなさいのキスですよ」
「これはクセになりそうな幸せだなぁ」
テオがつぶやいて顔を綻ばせた。
その後、テオの案内で屋敷の方に戻ったのだけど、やっぱり涼しい道を選んでくれた。お義父様と並んで歩くのは緊張したけれど、テオだとデートだ。
色々お喋りしながら草花や生き物を眺めて、お義父様達がお茶をしているテーブルへたどり着くと三人になっていた。
「ディーも帰っていたんですね。おかえりなさいませ」
「お義姉様! お待ちしておりました。さあ、どうぞ!」
促されて座席を見た私は、驚きのあまり繋いでいたテオの腕を思いっきり引っ張ってしまった。
「テオ、ウサギさんが二匹になっています!」
「うん、僕と君の色のウサギだね」
私とテオが座る椅子に、それぞれの色のウサギのぬいぐるみがちょこんと腰掛けていた。灰色のウサギと白にも見える淡い淡い黄色のウサギ。
私は二つとも抱き上げてお義母様の顔を見た。彼女もとても嬉しそうな顔をしている。
「お義母様! ありがとうございます! 大事にしますね」
「ええ、可愛がってあげてね」
ありったけの歓びと感謝を込めてぬいぐるみ達とともに礼をする。お義母様は本当に愛しそうにぬいぐるみ達を見つめて微笑んだ。
「母上。僕にもシルフィアの色のぬいぐるみを一つ作ってください。父上が持ってるような小さいものがいいです」
「まあ、テオがぬいぐるみを欲しがるなんて嬉しいわ。いいわよ、シルフィアとお揃いのドレスも着せましょうか?」
「是非」
あれよあれよという間に私の色のぬいぐるみがもう一つ作られることになった。お義母様はぬいぐるみの伝道師なのかな?
「テオ兄様、いいな。でも、私はぬいぐるみのお義姉様じゃなくて本物が欲しいのよねえ」
「ディー、シルフィアは僕の妻だから何があっても渡さないよ」
分かってるわよ、とプイと拗ねたディーへ私は慌てて声を掛けた。
「ディー、お茶会はいかがでしたか?」
「そうそう、お義姉様の話題で持ちきりだったわ」
「私の?!」
私が驚きの声を上げれば、ディーは真剣に頷き、他の三人が眉をひそめた。
「やっぱりテオ兄様の結婚の噂が広まっていて私は質問攻めにあったわ。皆、パット兄様の結婚披露の場でお義姉様に会うのを手ぐすね引いて待ってるみたい」
「二人のことはまだ正式に発表をしていないのよね。憶測だけでとんでもないことを言われていないといいのだけど」
お義母様が不安そうな顔で頬に手をあてればお義父様はすかさずその手を取って慰めつつ、私達を見た。
「連中は人のことを面白可笑しく言うのが好きだからね。国の規定通り式が近づいてから公布しようと思っていたのだけど、パットの結婚式の前に公布だけしておこうか」
私はテオと目線で会話して、お義父様に任せておこうと二人揃って頷いた。
翌日の公布後、公爵家の広い広い玄関ホールに国中の貴族から結婚祝いと私個人宛のお茶会の招待状、次期公爵夫妻宛の夜会への招待状が山と積まれた。
「これ全部に目を通すのか・・・」
ぼやくテオの横で私はひたすら驚いていて、そのまた横ではディーが腰に手を当てて口を真一文字に結んでいる。
「お義姉様、これから令嬢対策をしましょう!お茶会等での会話を練習したほうがいいと思うのです」
確かに、と思った私は大きく頷いた。
・・・なんだか、忙しくなりそうだ。
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